目次

3.新しい研究への出発

現代の国語国字問題への対応:キーワードは「言語生活」

このころ,大学の国語学の研究室では,現代語はほとんど研究されていませんでした。それに対して,国立国語研究所ではその時々の生きた日本語を扱うことを目的としたのです。

このような新しい国語研究を行う研究所の第一のキーワードは「言語生活」です。これは,言葉を言葉としてだけ研究するのではなく,生活の中で用いられる言葉の姿や働きを見つめようとする考え方を表したものです。「言語生活」という言葉は既にあったものですが,それを特に重要な研究課題として取り上げたのは,初代所長の西尾実でした。この視点による研究は,後に広く「社会言語学」と呼ばれる分野に発展していきました。

『言語生活の実態』報告書表紙写真
『言語生活』写真

ところで,昭和26(1951)年からは国語研が監修して『言語生活』という月刊誌の発行が始まりました(筑摩書房刊,昭和63(1988)年休刊)。早い時期からの「言語生活」という観点への強い思い,そして成果を広く発信して議論を深めたいという思いが伝わってきます。

人文系での共同研究体制

現代語を科学的に研究するために実態を調査しようとすると,その対象は広大になります。それを行うためには,共同研究体制をとることが必要だと考えられました。これは,従来の国語学が個人単位で研究をしてきたために,現代語についての幅広い調査研究を十分に行えなかったという反省に立ったものです。

この共同研究体制は国語研の重要な特徴で,個人研究では難しい大規模な調査研究を可能にしました。

白河調査(集合写真)写真

昭和24(1949)年の福島県白河調査のメンバー

第一回地方調査員会議写真

第一回地方調査員全国協議会(昭和28(1953)年)

共同研究は所員がチームを組むだけではなく,「地方調査員制度」という独自の制度としても進められました。各県に一人ずつ調査員を委嘱し,共通のテーマで調査・報告をしてもらうものです。この制度は,特に『日本言語地図』作成のための調査で大きな力となりました。

多彩なアプローチ

もうひとつの国語研の特徴は,当初から様々な学問分野の視点や方法,技術を積極的に取り入れて,多面的に言葉の分析を進めたことです。

まず,統計学の専門家との連携が注目されます。初期の大規模な社会調査では,統計数理研究所と共同で研究が進められました。統計学の手法は,社会言語学では不可欠なものとなりました。また,後に紹介する,単語の用いられ方を調査する語彙調査でも,統計学的手法は使われました。

紙のオープンリールの写真
八丈島報告書の「ぐらふ」写真

『八丈島の言語調査』(昭和25(1950)年)より

婦人雑誌のサンプリングの計算式の写真(報告書画像)

『現代語の語彙調査 : 婦人雑誌の用語』(昭和28(1953)年)より

これは,文字列の読みやすさを研究するために眼球運動のデータをとる機械です。

眼球運動調査写真

眼球運動を調べる機械「オフサルモグラフ」

オフサルモグラフ
X線トレース図

X線トレース図

これは,昭和40~42(1965~1967)年に,日本語を発音する時の口や喉などの動きを調べるために,X線写真をとって分析したものです。

最も重要な取り組みの一つは,電子計算機(コンピュータ)の導入です。コンピュータで漢字を扱う,という課題に取り組み,成果を出したのは国語研が最初です。

言葉の研究というと,文科系的な印象を持たれるのが普通ですが,国語研では当初から積極的に先進的な理工学系技術を取り入れて,言葉の新しい研究方法を開発してきました。

漢字テレタイプ入力キーボード

漢字テレタイプ入力キーボード

最初の電子計算機HITAC3010

最初の電子計算機HITAC3010

校正用にプリントアウトしたデータ

校正用にプリントアウトしたデータ

漢字テレタイプ付属印刷装置

漢字テレタイプ付属印刷装置

1966年に最初の電子計算機 HITAC 3010が導入されました。(旧西が丘庁舎の電算室)

  • HITAC 3010

    HITAC 3010一式
    手前 コンソール(操作卓)
    右 CPU(本体)
    正面 プリンター
    左 磁気テープ装置

  • コンソール

    コンソール

  • プリンタ

    プリンタ

  • 磁気テープ装置

    磁気テープ装置

また,国際交流にも力を入れてきました。平成6(1994)年からは国際シンポジウムを開催し,国語研の調査研究は一段と国際的な視野の広がりを持つようになりました。

さらに,北京日本学研究センターなどと学術交流協定を結び,密接な交流関係を築いてきました。

学術交流協定

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