法案が提案された時の文部大臣下条康麿による提案理由説明は次のようなものでした。
今回,政府から提出いたしました,国立国語研究所設置法案について御説明申し上げます。
わが国における国語国字の現状を顧みますときに,国語国字の改良の問題は教育上のみならず,国民生活全般の向上に,きわめて大きな影響を与えるものでありまして,その解決は,祖国再建の基本的条件であると申しても過言ではありません。
しかしながら,その根本的な解決をはかるためには,国語及び国民の言語生活の全般にわたり,科学的総合的な調査研究を行う大規模な研究機関を設けることが,絶対に必要なのであります。
言い換えますならば,国語国字のような国家国民に最も関係の深い重大な問題に対する根本的な解決策をうち立てますためには,このような研究機関によって作成される科学的な調査研究の成果に基かなければならないと存じます。
国家的な国語研究機関の設置は,実に,明治以来先覚者によって提唱されてきた懸案であります。また終戦後においては,第1回国会において,衆議院及び参議院が,国語研究機関の設置に関する請願を採択し,議決されましたのをはじめ,国語審議会からの建議ならびに米国教育使節団の勧告等,その設置については,各方面から一段と強く要望されるに至りました。
政府におきましても,その設置について久しい間種々研究を重ねてきたのでありますが,実現を見ることなくして今日に至ったのであります。しかるに,このたび国会におきまして請願が採択され,世論の支持のもとに,急速にその準備が進められることになりました。
さて,この法案を立案するに当りましては,その基本的な事項につきましては,国立国語研究所創設委員会を設けて,学界その他関係各界の権威者の意見を十分とり入れるようにいたしました。
次に,この法案の骨子について申し述べます。
第一に,国立国語研究所は,国語及び国民の言語生活について,科学的な調査研究を行なう機関であり,その調査研究に当っては科学的方法により,研究所が自主的に行うように定めてあります。
第二に,この研究所の事業は,国民の言語生活全般について広範な調査研究を行い,国語政策の立案,国民の言語生活の向上のための基礎資料を提供することといたしてあります。
第三には,この研究所の運営については,評議員会を設けて,その研究が教育界,学界その他社会各方面から孤立することを防ぐとともに,研究所の健全にして民主的な運営をはかるようにいたします。
この研究所が設置され,調査研究が進められてまいりますならば,わが国文化の進展に資するところは,はなはだ大きいと存じます。
何とぞ,この法案の必要性を認められ,十分御審議の上,御賛成下されんことをお願いいたします。