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日本語読本 巻十二 [布哇教育会第3期]
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凡例
1.頁移りは、その頁の冒頭において、頁数を≪ ≫で囲んで示した。
2.行移りは原本にしたがった。
3.振り仮名は{ }で囲んで記載した。 〔例〕小豆{あずき}
4.振り仮名が付く本文中の漢字列の始まりには|を付けた。 〔例〕十五|仙{セント}
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≪目録≫
もくろく
第一 日本一と世界一 一
第二 夕暮 八
第三 雨のハイキング 十
第四 動く島 十八
第五 空の旅 二十六
第六 キラウエア火山に遊ぶ 三十四
第七 老砲手 四十七
第八 キャプテン、クック 五十二
第九 いなむらの火 六十一
第十 登別{のぼりべつ} 六十八
第十一 アレキサンドルといしゃのフィリップ 七十六
第十二 南極海に鯨{くじら}を追う 八十一
第十三 滿洲國{まんしゅうこく}から 八十八
第十四 庭園 九十六
第十五 母の力 九十八
第十六 電話の發明 百七
課外 三日月の影 百十七
≪p001≫
第一 日本一と世界一
次郎 「兄さん、僕の聞く事を知っていますか。」
太郎 「言ってごらん。」
次郎 「世界一のもの。」
太郎 「たいてい知ってるだろう。」
次郎 「では兄さん、世界で一番大きな國は。」
太郎 「イギリスさ。では、僕は日本一のものを聞こう。
知らなかったらおじぎをしっこだよ。日本で一
番高い山。」
次郎 「新高山、知ってますよ、そんなものやさしいよ。
≪p002≫
今度は僕の番だ。世界で一番高い山は。」
太郎 「何だ、僕のまねをしてるね。エベレストさ。」
次郎 「どこにあるの。」
太郎 「印度{いんど}にあるよ。それでは日本一の長い川は。」
次郎 「知ってるとも。朝鮮{ちょうせん}の鴨緑江{おうりょっこう}よ。じゃあ、世界
一の大きい川は。」
太郎 「又まねか。南米のアマゾン川。今度は僕の番
だね。えゝと、何にしようか。おゝ日本で一番大
きな都會は。」
次郎 「東京でしょう。」
太郎 「そうだ。」
≪p003≫
次郎 「では僕の番だ。世界一の都會は。」
太郎 「まねばかりするんだね。ニューヨークさ。で
は、日本一のみずうみ。」
次郎 「琵琶湖{びわこ}、そうでしょう、兄
さん。今度は僕だ。何に
しようか。世界一のみず
うみ。これなら兄さんだ
って知らないでしょう。」
太郎 「知っているとも。世界
一のみずうみは裏海{りかい}さ。」
次郎 「何だ。知っていたのか。
≪p004≫
太郎 「これくらいのもの知らないでどうする。」
次郎 「どのくらい廣いの。」
太郎 「さあ、布哇八島の二十四ばいくらいかな。」
次郎 「へえ。そうして、どこにあるんです。」
太郎 「ロシヤにあるんだよ。今度は僕だ。日本一の
長いトンネルを知っている。」
次郎 「知っているよ。此の間先生に聞いたばかりだ
もの。清水{しみず}トンネルさ。」
太郎 「えらいね。どのくらい長いの。」
次郎 「六哩餘りよ。」
太郎 「汽車で何分間くらいかゝる。」
≪p005≫
次郎 「僕知らないよ。まだ通ったことがないんだも
の。今度は僕の番ね。僕もトンネルにしよう。
世界一のトンネルは。」
太郎 「シンプロンと言って、イタリーとスイスの國ざ
かいにあるトンネルだ。」
次郎 「どのくらい長さがあるの。」
太郎 「十二哩。」
次郎 「では清水{しみず}トンネルの二ばいあるんだなあ。清
水{しみず}トンネルは世界で何番目くらいでしょうか。」
太郎 「九番目だよ。イタリーには、一番から五番まで
あるんだ。今度は僕が聞くよ。日本一の古い建
≪p006≫
物。」
次郎 「日本一の古い建物って何だろう。そんなもの
が分かるの。」
太郎 「分かるさ。日本一どころか、世界一とも言える
よ。」
次郎 「何かなあ。もう止めよう、兄さん。」
太郎 「あゝ止めてもいゝ。けれども、日本一の古い建
物を知らなかったんだから、次郎ちゃんおじぎし
なくちゃ。」
次郎 「だって、そんなものまだ教わらないんだもの。」
太郎 「では教えて上げよう。大和{やまと}の法隆寺{ほうりゅうじ}だ。今か
≪p007≫
ら千三百年も
前に建てられ
たんだが、ちゃ
んと今でも殘
っている。し
かもそれが木
造なんだから
すばらしいだ
ろう。布哇で
は新しく家を
建てても、十年
≪p008≫
もたゝないうちに、白ありがついたりするよ。」
次郎 「僕、日本へ行ったら、きっと其の法隆寺{ほうりゅうじ}を見て來
よう。」
太郎 「僕もハイスクールを卒業したら、一度日本見物
に行きたいと思っている。一しょに行こうか。」
次郎 「さあ、大分遊んだ。少し勉強しよう。」
第二 夕暮
海原に
日は落ちて、
夕やみせまる
≪p009≫
岡のほとりに、
すたれたる
古き工場。
かべくずれ、
屋根落ちて、
あれたる庭の
草むらに、
ちろ〳〵と
鳴くはこうろぎ。
≪p010≫
靜まりて
そゝり立つ、
大王やしの、
葉のかげに、
夕星の
一つまたゝく。
第三 雨のハイキング
話をしながら、三人はエンマ街からパンチボール
のすそにそった廣い道を歩いていた。
「雨になるかも知れないね。」
≪p011≫
うす雲の走る空を見上げて、山田君が言う。三上君
は心配そうに、
「そうだろうか。」
と、これも空をあおぐ。
「三上君、タンタラス登りに雨はつき物だよ。僕は
三度登って三度とも降られた。」
と、小森君が言うのを聞いて、
「そうかねえ。」
と、山田君が不平そうに言う。行手に近く山が重な
り合って見える。
「タンタラスは一体どれだろう。」
≪p012≫
先に行く三上君は立止って山を眺めている。
「おい、三上君。そっちじゃないよ。」
三上君を呼止めて、小森君は左側の低いがけを登っ
た。二人は後について行く。此のあたりは草とグ
アバの木で、其の間に登山者のふみつけた細路があ
る。
「僕が案内者になろう。」
と、小森君が先頭に立ち、山田君・三上君と一列になっ
て、青草をかき分けながら登って行く。かなりの坂
である。所々大きな石が顔を出している。路がぬ
れているので、ゆだんをするとすべってころびそう
≪p013≫
になる。グアバの枝や草にすがって登って行く。
三人の頭だけが草の上にゆらりゆらりと動く。
一歩は一歩より高く、ホノルルの市街はすでには
るか下界にあって、海はかぎりなく廣がっている。
ぼんのようなパンチボールの噴火口も、はや目の下
に見える。
登るにつれて大木が多くなる。兩側からさしか
わす枝は、空をおうている。目白の鳴聲が聞える。
まったく山おくの感じだ。
間もなく廣い道路に出た。三人は語り合って歩
いたが、又雜木林の細路をたどる。又道路に出る。
≪p014≫
こうして、ついに絶頂にたどり着いた。
見下すと、足もとは深さおよそ二百五十フィート
の噴火口である。中には草木が生茂っている。
「さあ、底に下りるんだ。」
路もない急な坂を、小森君は下り始める。二人も後
について下りて行く。一歩々々草につかまって下
りるのである。下に着くと、まずべんとうを開いた。
雨雲がしきりに東から西へ走る。どこからわき出
たか、やがて噴火口内にきりが立ちこめると、大雨が
音を立てて降出した。三人は顔に流れるしずくを
手て拂いながら、べんとうを食べ續けた。
≪p015≫
「僕は寒くなって來た。風を引くといけない。」
と、山田君が言う。小森君
が、
「坂すべりをやろう。ど
うせびしょぬれだ。」
と言うと、
「よし、やろう。」
三人は葉のむらがって
いるチーの枝を折って、そ
れをこしたあてながら、草
の生茂った急な坂を幾度
≪p016≫
もすべり下りた。山田君はすべりそこねて、横にこ
ろがった。三上君もころがった。ころがる度に、三
人の笑い聲がきりの中にひゞく。
「体を後にそらしてすべるんだ。足をあげて。」
と言いながら小森君は上手にすべる。三四十フィ
ートも一氣にすべるのだからゆかいだ。
今は風さえ加わって、雨は横なぐりにます〳〵は
げしく降る。
「歸ろう。あらしになりそうだ。」
山田君が言うと、小森君も三上君も同意して、もと來
た火口壁を登り始める。草にすがって登る小森君
≪p017≫
は、さるのように早い。三上君と山田君がきりの中
にぼうっとかげのように動いて見える。
「おうい。早く登れよ。」
三人は噴火口のふちに出た。
こゝは一面の草原で、風ははげしく吹く。あたり
は雨に煙って、下界はたゞ雲の海である。
「あぶないよ。吹飛ばされたら噴火口の底までこ
ろがるんだ。さあ下山だ。僕がまた案内しよう。」
と、小森君が言う。くち葉をまぜたぬかるみの坂は、
スケートを足につけたようにすべる。三上君がた
おれる、小森君もころぶ。上手に七八フィートもす
≪p018≫
べって行って、横からさし出た枝を握って立止まる
こともある。靜かな林の中に笑い聲が絶えない。
半哩も下って、杉林を過ぎる頃は、雨上りのさわや
かな空が木の間をのぞいて、葉をもれて來る日の光
が足先にからまる。
「晴れたね。」
間もなく自動車道に出た。青空に續く海には、白
帆をあげたヨットが十幾そうも浮かんでいる。
第四 動く島
千七百七十八年一月の或晴れた日の朝であった。
≪p019≫
二そうの大きな船が、カワイ島のワイメア沖にいか
めしい姿をあらわした。澤山の帆げたをつけた帆
柱、山のような船体が、朝日を浴びてくっきり見える。
キャプテン、クックのひきいるたんけん船、レゾリュ
ーションとディスカバリーである。
「やあ、不思議な物が見えるぞ。」
「何だろう、あれは。」
「動いているようだ。だん〳〵こっちへ近ずくよ
うだ。」
海岸の岩や岡の上には、島人が黒山のように集って、
わい〳〵さわいでいる。
≪p020≫
「島だ、島だ。」
「島が動いている。」
と叫ぶ者がある。
「島の森だ。森が沖から
やって來るぞ。」
「これは又、何とゆう不思
議なことだ。」
人々は恐れと驚きにふる
えている。
船は靜かに近ずいて、一
哩ばかり沖にいかりを下
≪p021≫
した。
大勢の部下を引連れて、海岸へ出て來たしゅう長
は、カヌーを出して、此の不思議な「動く島」をしらべさ
せることにした。たくましい男が五六人カヌーを
こいで沖へ出た。間もなく大急ぎでこぎもどって、
しゅう長に告げた。
「あれは島でも森でもありません。恐ろしく大き
な船でございます。」
「色の白い人間が大勢乘っています。」
「其の人たちはひふがだぶ〳〵で、体中しわだらけ
でございます。」
≪p022≫
「わき腹に穴があいていて、其の中に手をさしこん
ではいろ〳〵な不思議な物を出します。」
「かどの有る變なかっこうの頭をしていて、口から
火と煙を噴いているのもあります。」
見て來た事を、目を丸くして口々にのべる男たち
の言葉には、いつわりが有ろうとは思われない。
「そうか。何しろ不思議だ。きっとたゞの人間で
はあるまい。」
しゅう長は、手をかざして沖の方を眺めながら、うな
るように言った。みんなも人間では無かろうと思
った。
≪p023≫
「ロノの神がお出でになったのかも知れないぞ。」
「そうだ、神樣に違いない。ロノの神だ。」
「おう、子供の頃に聞いたことがあるぞ。ロノの神
は、いつか又もどってお出でになるんだって。」
年とった男がこう言うと、外の男も、
「そうだ、そうだ。おれたちは、どんなにロノの神の
お出を待っていたか分からない。きっとすばら
しい仕合わせを持って來て下さったのだ。」
と言う。
しゅう長は、人々の言うのを聞いて、たしかにそう
だろうと思いこんだ。ロノの神とゆうのは、此の布
≪p024≫
哇の島々を造り、人々に食物を與え、布哇をこんな住
みよい所にして下さったと信じられていたえらい
神樣である。
其の時までは、布哇の人々はこんな大きな船を見
たことは無かった。着物らしい着物も無かった。
たばこなどはもちろん知らなかった。始めて洋服
を着て、ぼうしをかぶった人間や、たばこをふかして
いる人間を見て、不思議な船が、ロノの神を乘せて來
たのだと思ったのは無理もないことである。
キャプテン、クックは、ワイメアに着いた日の午後、
數名の部下を連れて上陸した。島人は、「それ神樣の
≪p025≫
お通りだ。」と、どっと押寄せて來て、地面に顔をすりつ
けて、クックたちをおがんだ。
しゅう長はぶたや、にわとりや、野菜などをカヌー
に積んで船へ運ばせ、神樣を祭る通りにしてクック
にそれをさゝげた。何を言っても言葉は通じない
し、クックの方では自分たちが神樣と間違えられて
いるとは氣がつかない。クックは其の親切なもて
なしを喜んで、其のお禮に鐵やくぎなどを與えた。
島人には、それが何よりもとうといたから物だった
のである。
クックは四日間ワイメアにとまって、それからニ
≪p026≫
イハウ島に立寄ったが、そこでもやはり神樣と思わ
れて、人々のさわぎは大變なものであった。
第五 空の旅
自動車を急がせて飛行場に着いた時は、もう旅客
は乘りこみ始めて、飛行機のプロペラがゆるやかに
廻っていた。
小さなはしごを上って、飛行機に乘りこんだ。中
は思ったより廣く、細長い立派な部屋で、一人がけの
いすがたてに二列に並んでいる。兩側は全部ガラ
ス窓だが、あけることは出來ない。
≪p027≫
プロペラがはげしくうなり出すと、やがて飛行機
は靜かにすべり出した。ちょうど午前八時である。
手をあげて見送りの人に別れの合圖をした。しば
らく地上を走ってから、方向を變えて止まると、こゝ
は本滑走路{ほんかつそうろ}である。ふたゝびプロペラがものすご
くうなり出した。機体は一秒々々速力をまして、一
直線にすべる。前は畠で、てん〳〵と農家が見える。
不安に思って路面をのぞくと、機体はいつか陸をは
なれて、すでに五六十フィートの空中に浮かんでい
た。畠を越え、家を越え、沼を越えながらぐん〳〵高
度を高める。
≪p028≫
地上にいるのと違って、全く空中に浮かんだ感じ
である。畠も、市街も、實にきちんとしてあざやかだ。
ハワイアンパイナップル會社や、アロハタワーを左
下に見ながら、波靜かな海上を飛んだ。海の深淺が
よく分かる。ワイキキからダイヤモンドヘッドを
過ぎると、向こうにモロカイ島が低く雲のように見
える。海はかなりあれているのだろう、ちりめんの
ような海面に白い波頭が見える。おもちゃのよう
な汽船が、白波を立てながら走っている。私たちは、
またゝく間にそれを追越した。遠く海面を飛行機
の影法師が走っている。
≪p029≫
モロカイ島に近ずいた。山から高原へ、高原から
海へとのびて來た土地が、海へはいる所で白波と戰
っている。陸に近い海はあさぎ色で、陸地を遠ざか
るにつれて色がこくなっている。
島へかゝった。モロカイ島と向合っているラナ
イ島である。すべてが黒茶色の岩山で、深い谷が幾
すじも見える。まるでぼうえんきょうで月の世界
を見るような感じだ。やがて森らしい所も見え、畠
も見えて來た。眞下に見るパイナップル畠の美し
さ。緑の中のたて横のすじは道路であろう。家も
そここゝに見える。
≪p030≫
ライナ島をはなれて海上に出ると、間もなくマウ
イ島の上空を飛行する。きび畠が見え、製糖場が見
える。山々は大波のようにうねっている。草原に
遊ぶ牛や馬が小犬ほどに見えてかわいらしい。道
を走っている自動車は、おもちゃに糸をつけて、子供
が引っぱっているように思われる。しばらく山に
そって飛んだ。つばさが今にも山はだにふれそう
なので、思わずはっとする。草木がつきて、一面の岩
山になった。住む人も無いのに道だけは見える。
ハワイ島が近ずいた。海は波が高い。とつぜん、
機体が煙に包まれてしまった。煙はすさまじい勢
≪p031≫
で後へ〳〵と飛んで行く。飛行機が燒けるのかと
驚いたが、雲の中を飛行しているのだと氣がついて
安心した。雲を出た時は、もうハワイ島を右に見な
がら、海の上空を飛んでいた。海岸はどこまでも絶
壁で、谷間々々に、必ず白い流が緑の間に見えかくれ
している。これらの谷川は絶壁から海へ落ちて、幾
十すじの瀧となっているのが、まことに美しかった。
にわかに雨が降り出して、下界はうすくかすんで來
た。
陸にかゝると、機体がゆれ出した。時々エアポケ
ットに出合う。すっと急速度に落ちて、足もこしも
≪p032≫
浮上ってしまう。其の度に思わず前のいすにすが
りつく。下は一面のきび畠だ。キャンプの屋根が
かたまって白く見える。道路が畠の間を飛行機と
同じ方向に走っている。一周道路だろう。空はす
っきりと晴れて來た。マウナケア山の頂に、美しい
白い物が見える。雪だそうだ。
長い防波堤{ぼうはてい}が見え出した。いよ〳〵ヒロに來た
のだ。ワイルク川を過ぎると、家がぎっしり並んで
いる。たて横幾すじもの街路には、澤山の自動車が
行き來している。學校らしい大きな建物の上を通
った。プロペラの音が靜まって、空中|滑走{かっそう}を始めた。
≪p033≫
町を過ぎると、下界がゆるやかに右へ〳〵と廻る。
ふと左側がなだらかな山のように見え出した。私
は不思議に思った。しかも山の中腹にある家は、皆
右にかたむいて、今にもたおれるかと思われる。高
度はぐん〳〵落ちる。隣の人の説明によると、飛行
機が左へ廻ると、陸地は右へ廻るように見える。其
の時には必ず機体の右側が上って左側が下る。だ
から平地が山に見えたり、家がかたむいて見えたり
するのだそうだ。ちゅうがえりの時、鐵道線路が壁
のように突立ったり、町が空にあったりするのも、考
えれば直ぐ分かることだと、教えてくれた。話の終
≪p034≫
らぬうちに、機体はすでに着陸して地上を滑走{かっそう}して
いた。飛行場に下り立った時は十時だった。耳が
がん〳〵してなか〳〵なおらない。しかし、乘るま
では幾らか不安もあった飛行機が、こうもゆかいで
安全だと知ると、歸りの飛行が待遠しかった。
第六 キラウエア火山に遊ぶ
雨もようの空を氣にしながら、ヒロを立ったのは
朝の六時でした。道路は思ったよりまがりが少く、
坂とゆうほどの坂もありませんでした。
きび畠が見えたり、雜木のやぶが見えたり、小さな
≪p035≫
町を過ぎたりして、自動車は快速力で走ります。ど
ちらを見ても廣々とした平原で、全く大きな山のす
そ野とゆう感じです。空をおゝっていた雲はおい
おい姿を消して、大分青空が見えて來ました。
「晴れたよ。もう安心だ。せっかく君を連れて來
たのに、きりがかゝっては氣の毒だと思った。」
と、いとこが言いました。
此のあたりから上は、時々きりがかゝって、遠い眺
がきかないばかりか、向こうから來る自動車が、白い
きりの中から不意にあらわれるので、非常にきけん
だそうです。そんな時にはあかりをつけて走るの
≪p036≫
ですが、それでも少しはなれたら見えないそうです。
窓から吹きこむ風が冷たく感じます。もう大分
上ったようです。いとこに尋ねると、上りつめた所
がちょうど四千フィートだから、此のあたりは三千
フィートくらいだろうとのことです。木立が多く
なりました。所々、木立の間に家が見えます。多分
べっそうでしょう。おじさんは火山ホテルの前で
車を止めました。
前面は幾千エーカーとも知れぬ眞黒なラバの平
地です。中ほどに、丸い大きな穴が見えます。ハレ
マウマウだそうです。あちらこちらに湯氣が立ち
≪p037≫
のぼって、いかにも火山らしい恐しさとさびしさを
感じました。
後もどりし
て右へまがる
と、赤木林の中
のくね〳〵し
た道を通るの
です。少し行
ってから車を下りて左へ行くと、赤木の木立にかこ
まれて、大きな穴がありました。中も一面赤木やし
だが茂っています。
≪p038≫
「小さいが、これも古い噴火口だよ。」
と、いとこが言いました。急な坂の細路をたどって
底に下りました。向側の岩壁に大きなラバチュー
ブがあります。入口の前は深いほりのようになっ
ていて、其の上にあやうげなかけ橋があります。此
のあたりは立木におゝわれて、じめ〳〵しています。
橋を渡って穴にはいりました。入口はちょっけ
い十二三フィートもありましょうか。上も下も皆
ラバです。水のしずくがぽたりぽたりと落ちてい
ます。二三十歩でもう眞暗です。小さなかいちゅ
う電燈で探り〳〵歩くのですが、こんなあかりでは
≪p039≫
さっぱり役に立ちません。天井は高い所も低い所
もありますから、片手を高くのばして、頭をぶっつけ
ない用心をして歩きました。振
返ると、穴の入口がくっきりと明
かるく、日の光のさす青葉の景色
が美しく見えます。
だん〳〵おくへ行くと、今度は
先が明かるくなって來ました。
くずれ落ちたたて穴があるので
す。そこを上って外へ出ると、一
時に夜が明けたようです。穴は
≪p040≫
これから先まだ〳〵深いのですが、狹くて、はって歩
かなければならないそうです。小鳥のさえずりを
聞きながら林の中を歩いて、元の所にもどりました。
兩側に高さ二十フィートに近い大しだの茂った
道を通って、自動車はなお先に進みました。道路に
近く大きな噴火口が幾つもあります。始めて見る
私には、どれもこれも驚きの種です。古くて中に草
や木の生えているのもあり、新しくて草一本無いの
もあります。
「あくまののど」とゆう恐しい名の穴があります。
普通の噴火口と違って、ちょっけい七八十フィート
≪p041≫
の小さいものですが、深さは二百五十フィートもあ
るそうです。底は暗くて見えません。いかにも見
物人を一のみにしそうなものすごさです。
最後の噴火口では、「うなぎの目」とゆう不思議な物
を見ました。ふちから七八百フィートはなれた、底
の方に、うす青く光る石らしい物があって、それが「う
なぎの目」なのです。火口のふちに、長さ二フィート
くらいの細いパイプがすえつけてあって、それから
のぞくと直ぐ見つけられます。
道路はこゝで行止りです。もと來た道へ車を返
しました。空はすみ切って、風が冷たい。目に入る
≪p042≫
物はラバとやせた赤木ばかりです。
ラバチューブの近くから左へまがると、間もなく
キラウエアイキとゆう深さ七百七十フィートの大
噴火口があります。
少し進むと、左側に又噴火口があります。上から
下まで積重なっている大きな石を傳って下に下り
てみました。高さ二百フィートくらいの火口壁に
かこまれていて、大きなたらいの底に立ったようで
す。一面が黒いラバで、草一本ありません。運動場
のように平らで、ベースボールが四組も五組も出來
そうな廣さです。
≪p043≫
ハレマウマウに來て、其の大
きいのに驚きました。深さは
八百フィートもあるでしょう。
火口壁は皆切立っただんがい
で、どこにも下りられそうな所
はありません。火口壁も底も
大方茶色で、大きな石がごろご
ろしています。ふちに立つと、
見えない大きな力で引きこま
れそうな氣がします。まわり
を一めぐりしたら、三哩はありましょう。はるか絶
≪p044≫
壁の向こうに、青空を後にして火
山ホテルがくっきりと見えます。
火山|博物館{はくぶつかん}に寄りました。シ
ョーケースの中に、いろ〳〵な石
やペレのひげなどがありました。
横の方に地震計{じしんけい}もすえてありま
した。隣の暗室で活動寫眞を見
せてもらいました。眞赤にとけ
たラバが、どろ〳〵と流れたり、噴
火口の中で波打ちながら、火口壁
にぶっかって、赤いしぶきを高く
≪p045≫
飛ばしたりする光景は、實にものすごく又珍しいも
のでした。
「火山のさかんに活動する頃、私は二三度見物に來
たことがあるが、それはそれはすばらしいものだ
った。眞赤なラバが火口にもり上って、外までど
ろどろと流れ出して來るのだ。それが冷えて、表
面が固まると、所々にわれ目が出來る。しかし、わ
れ目の中は眞赤なラバだ。其の上をおじさんた
ちは平氣で歩いたよ。足の裏が熱くなるので、同
じ場所にじっと立っては居られないのだ。あの
頃は實に面白かったよ。」
≪p046≫
おじさんはこんな話をしてくれました。
布哇島一周道路に出て、車は強い風の中を走りま
した。左に草原や森をへだてて、マウナロア山がそ
びえています。右側のそここゝからさかんに湯氣
が上ります。道のほとりに、野ばらがちらほら咲い
ています。
間もなく硫黄山{いおうやま}に來ると、急に變なにおいが鼻を
つきます。餘り廣い場所ではありません。一面白
茶色で、草木は一本も無く、所々煙の出ている所には、
美しい黄色のいおうが固まっています。地われし
た深いみぞからも煙が上って、中はすっかりいおう
≪p047≫
です。
おじさんは、
「これで火山見物はすんだ。もう歸ろうね。」
と言いながら、車の方へ歩きました。
ヒロに歸り着いたのは午後三時でした。
第七 老砲手
アフリカの或港に、一そうの船がいかりを下した。
日はかん〳〵照りつける上に、そよ風もない靜か
な日で、じっととまっている船の中は、まるで燒ける
ような暑さであった。
≪p048≫
船長から、泳ぎの許しが出た。喜んだ船員等は、我
も我もと海に飛びこんだ。船にはたゞ船長と老砲
手だけが殘った。
晴々した氣持で、泳ぎ廻っている船員の中に、十三
四になる二人の少年があった。一人は老砲手の子
であった。二人は外の者からずっとはなれて、沖の
うきを目當てに泳ぎくらをしていた。
老砲手の子は、初め六十フィートも相手をぬいて
いたのに、どうしたことか急にぬかれて、見る〳〵十
五六フィートもおくれてしまった。今までにこに
こして眺めていた老砲手は、
≪p049≫
「おうい、がんばれ。負けるな。」
と、大聲に叫んだ。
其の時だった。
「ふかだ、ふかだ。」
と言う船長の叫び聲が聞えた。老砲手は驚いて海
面を見廻した。千フィートばかり向こうにふかの
大きな頭が見える。船員たちにも此の叫び聲が聞
えたのであろう、驚いて、我先にと船へ泳ぎもどって
來る。が、二人の少年だけは氣がつかぬらしい。老
砲手はあわてた。まるで氣が違ったように、
「逃げろ。ふかが來たぞ。」
≪p050≫
と、聲をふりしぼった。しかし、二人はまだむちゅう
に泳ぎ續けている。
助けのボートは下さ
れた。だが、とても間に
合いそうもない。二人
の少年は、やっと氣がつ
いたらしい。一生けん
めい逃げようとあせっ
ているが、もうおそい。
ふかは三十フィートの
近くにせまっている。
≪p051≫
一秒、二秒、老砲手はものすごい目つ
きでふかをにらんでいたが、つかつ
かと大砲のそばへ寄るが早いか、大
急ぎでたまをこめてじっとねらっ
た。大きくあいたふかの口は、ほと
んど子供にとゞきそう。
「あっ。」
思わず人々は叫んだ。
「ずどん」と一發、大砲の音が海面を
ふるわせた。
老砲手は手で顔をおゝって、大砲
≪p052≫
の上につっぷした。誰一人口をきく者はない。
立ちこめた煙が消えて、人々の目にはいったのは、
海に浮いている大きなふかの死体であった。
喜びの聲はどっと上った。ボートに乘せられて、
二人の少年は歸って來る。人々は代る〴〵老砲手
の手を握った。しかし、老砲手は、無言のまゝボート
から目をはなさなかった。
第八 キャプテン、クック
カワイ島やニイハウ島で、神としてもてなされた
キャプテン、クックは、レゾリューション・ディスカバ
≪p053≫
リーの二そうをひきいて、アラスカへ向かって航海
した。北太平洋はもうかなり寒く、波はずいぶん高
かった。そこで、暖かい南の島で冬を過ごすために
引返して來て、今度は、ハワイ島コナのケアラケクア
灣にいかりを下した。
ロノの神がお出でになったとゆうので、島人のさ
わぎは大變なものであった。
コナのカラニオプウ王は、人民に命じて、ぶた・にわ
とり・やしの實・ウルなどの食物を始め、鳥の羽のマン
トやかぶり物などを供え物として船に運ばせた。
船に行った人たちは、目を丸くして驚いた。船の中
≪p054≫
には、島人が何よりとうといた
から物と思っている鐵やしん
ちゅうの金具が、こゝにもそこ
にもぴか〳〵光っているのを
見たからである。
クックが上陸すると、王は、ま
ずナポーポーにあるロノの神
のヘイアウへ案内した。クッ
クの前には、いろ〳〵な供え物
がうずたかく積上げられた。
ぼうさんは一心においのりを
≪p055≫
上げた。王を始め、しゅう長も人民もひたいを地に
つけてクックをおがんだ。
クックは、親切なもてなしを心から喜んだ。或夜、
島人を喜ばせようとして、レゾリューションから花
火を上げて見せた。すさまじいひゞきと共に、青や
赤や黄の光が、晴れた夜空を美しく飛散る。だが、島
人は恐しさにふるえながら言った。
「何とゆうえらい神樣だろう。かみなりやいなず
まを自由にお使いになる。」
こうしてクックたちが神樣だと思われていた間
は、何事も起らなかった。
≪p056≫
しかし、島人たちは思ったほど幸福にはなれなか
った。それどころか、毎日々々、澤山の供え物を船に
運ばねばならない。自分たちの食物は足りなくな
って來る。こうなると、神樣がこれ以上長く居られ
るのは、かえってめいわくになって來た。
正直で親切なキャプテン、クックは、船員たちに、島
人をかわいがるようにと命じていたが、中にはずい
ぶん不心得な者があった。島のおきてを守らない
者もあった。ヘイアウの神樣のぞうを引きぬいて、
たきゞにする者さえあった。島人は、だん〳〵船員
をうらむようになった。
≪p057≫
或時、病死した船員の死がいが陸に運ばれて、土の
中にほうむられた。これを見た島人たちはひそひ
そと話し合った。
「もしかしたら人間なのかも知れないぞ。」
島人のうたがいは、日の立つにつれて深まって行
った。時には、船員との間にけんかさえ起ることも
あった。
クックは、めんどうな事が起きないうちにと考え
て、間もなくいかりを卷いて、ケアラケクア灣を出帆
した。
見送った島人たちはほっとした。ところが、又引
≪p058≫
返して來た。ひどいあらしにあって船がいたんだ
ためである。
島人は、今度は誰一人相手にしなかった。灣内に
いかりを下させまいとさえした。それでも、ぼうさ
んの世話で、どうにか船のしゅうぜんだけは出來る
ことになった。
翌日、島人の一人が船にはいって、のみと火ばしを
ぬすんで逃げて行った。又翌晩には、やみにまぎれ
てディスカバリーからボートをぬすみ出して、二哩
もはなれた海岸で、ばら〳〵にこわして、金具を取り
はずした者があった。クックは、きびしく島人が船
≪p059≫
に近ずくことを禁じた。
ぬすまれた品物を取返すまで、王を船に連れて來
て置こうと、クックは、船員と一しょに上陸した。
其のるす中の事である。二人のしゅう長が、カヌ
ーに乘って船へ近ずいて來た。船からは、鐵砲をう
ちかけて其の一人を殺した。一人はすばやく陸へ
逃げのびてしまった。
此の事を知った島人は、手に〳〵槍を持って海岸
へ押寄せた。そこへ王を連れてクックが歸って來
た。島人は王をさえぎって、船へ行かせまいとする。
船員はどうでも連れて行こうとする。そこではげ
≪p060≫
しい戰が始った。たまにたおれる島人、槍にさゝれ
る船員、海岸の岩はまたゝく間に血でそめられた。
突然、クッ
クを目がけ
て一人のし
ゅう長が飛
びかゝった。
そうして、ク
ックのけんを引きぬき、いきなり其の背中を突きさ
した。クックはばったり倒れた。千七百七十九年
二月十四日であった。
≪p061≫
第九 いなむらの火
「これは、たゞ事でない。」
とつぶやきながら、五兵衛{ごへえ}は家から出て來た。今の
地しんは、別にはげしいとゆうほどのものではなか
った。しかし、長いゆったりとしたゆれ方と、うなる
ような地鳴りとは、老いた五兵衛{ごへえ}にも、今までけいけ
んしたことのない無氣味なものであった。
五兵衛{ごへえ}は、高台にある自分の家の庭から、心配げに
下の村を見下した。村ではほう年祭の支度に心を
取られて、さっきの地しんには一向氣がつかないも
≪p062≫
ののようである。
村から海へうつした五兵衛{ごへえ}の目は、たちまちそこ
に吸着けられてしまった。風とは反對に、波が沖へ
沖へと動いて、見る〳〵海岸には廣い砂原や黒い岩
底があらわれて來た。
「大變だ。つなみがやって來るに違いない。」と、五兵
衛{ごへえ}は思った。此のまゝにして置いたら、四百の命が
村もろとも一のみにやられてしまう。もう少しも
ぐず〳〵してはいられない。
「よし。」
と叫んで、家にかけこんだ五兵衛{ごへえ}は、大きなたいまつ
≪p063≫
を持って飛出して來た。あたりには、取入れるばか
りになっている澤山のいなたばが積んである。
「もったいないが、これで村中の命がすくわれるの
だ。」
と、五兵衛{ごへえ}はいきなり其のいなむらの一つに火をう
つした。風にあおられて、火の手がぱっと上った。
一つ又一つ、五兵衛{ごへえ}は夢中で走った。こうして、自
分の田のいなむらにすっかり火をつけてしまうど、
たいまつを捨てた。まるで氣ぬけしたようにそこ
に突立ったまゝ、沖の方を眺めていた。
日はもうとっくに落ちて、あたりがだん〳〵うす
≪p064≫
暗くなって來た。いなむらの火は天をこがした。
山寺では、此の火を見て早がねをつき出した。
「火事だ。しょう屋さんの家だ。」
と、村の若い者は急いで山手へか
け出した。續いて、老人も、女も、子
供も、若者の後を追うようにかけ
出した。
高台から見下している五兵衛{ごへえ}
の目には、それがありの歩みのよ
うにもどかしく思われた。やっ
と二十人ほどの若者がかけ上っ
≪p065≫
て來た。若者は直ぐ火を
消しにかゝろうとする。
五兵衛{ごへえ}は大聲に言った。
「うっちゃって置け。――
大變だ。村中の人に來
てもらうんだ。」
人々は追々集って來た。
五兵衛{ごへえ}は、後から後から上
って來る村人を一人々々
數えた。集って來た人々
は、もえているいなむらと、
≪p066≫
五兵衛{ごへえ}の顔とを代る〴〵見くらべた。
其の時、五兵衛{ごへえ}は力一ぱいの聲で叫んだ。
「見ろ。やって來たぞ。」
たそがれのうす明かりをすかして、五兵衛{ごへえ}の指さ
す方を、一同は見た。遠く海のはしに、細い、暗い、一す
じの線が見えた。其の線は見る〳〵太くなった。
廣くなった。非常な速さで押寄せて來た。
「つなみだ。」
と、誰かが叫んだ。海水が、絶壁のように目の前にせ
まったと思うと、すさまじいとゞろきと共に、山がの
しかゝって來たように陸にぶっかった。人々は、我
≪p067≫
を忘れて後へ飛びのいた。雲の
ように山手へ突進して來た水煙
の外は、一時何物も見えなかった。
人々は、自分等の村の上を荒れ
くるって通る白い恐しい海を見
た。二度、三度、村の上を海は進み
又退いた。
高台では、しばらく何の話し聲
も無かった。一同は、波にさらわ
れてあとかたも無くなった村を、
たゞあきれて見下していた。
≪p068≫
いなむらの火は、風にあおられて、又もえ上り、タや
みに包まれたあたりを明かるくした。始めて我に
かえった村人は、此の火によってすくわれたのだと
氣がつくと、無言のまゝ五兵衛{ごへえ}の前にひざまずいて
しまった。
第十 登別{のぼりべつ}
北海道の一周旅行は、函館{はこだて}から札幌{さっぽろ}・旭川{あさひがわ}を通って、
オホーツク海に面する網走{あばしり}へぬけ、太平洋岸の釧路{くしろ}
に出て、それから北上して元通った瀧川{たきがわ}にもどり、最
後に、岩見澤{いわみざわ}で、室蘭{むろらん}線にはいって函館{はこだて}へ歸るのが普
≪p069≫
通である。
私たちはそれと反對に、函館{はこだて}を立って長萬部{おしやまんべ}で乘
りかえ、室蘭{むろらん}の方へ向かって行った。
北海道へ來てうれしいのは、野原をつらぬく線路
の兩側に、數かぎりなく野生するすゞらんが、かわい
い白い花を開いて、おしげもなく其の香を車窓に送
ることである。
函館{はこだて}を出てからおよそ
一時間、汽車は大沼{おうぬま}を横切
る。小さな島が、あちらこ
ちらに散在して、其の一つ
≪p070≫
一つが皆緑の木立を頂いている。行手に近く駒嶽{こまがだけ}
は、火口壁の一角を、たかの口ばしのようにするどく
突立てて、天にそびえている。
やがて右手に内浦{うちうら}灣を眺めな
がら、汽車はどこまでも走り續
ける。
室蘭{むろらん}を少し行くと、登別{のぼりべつ}とゆ
う小さなえきがある。こゝか
ら山路をバスで四哩餘り上る
と、有名な登別温泉{のぼりべつおんせん}に着く。
登別{のぼりべつ}は、緑の山にかこまれた
≪p071≫
中に谷川のさゝやきを聞く別天地で、戸數二百餘り
の小さな町である。こゝには十幾つもの旅館があ
る。私たちは、客室の二百
五十もある大きな旅館に
宿をとって、早速湯ぶねに
飛びこんだ。湯ぶねと言
っても、まるで水泳プール
だ。私たちは、始めて見る
温泉{おんせん}が珍しくて、さかんに
泳ぎ廻った。此の外、湯ぶ
ねは大小數十もある。
≪p072≫
宿のゆかたを着たまゝ、外の客と共に遊びに出た。
町をはなれて少し行くと、草も木も無いはげ山の所
に來た。ちょうど、キラウエア火山の硫黄山{いおうやま}を見る
感じだ。小さな淺い川から、さかんに湯氣が上って
いる。
「湯の川かも知れないね。」
と、竹下君が言う。
「湯らしいね。」
私は、川岸にかゞんで手を入れてみた。熱いのに驚
いて、思わず「あつっ。」と言った。
みなもとをたしかめようと、川にそって上って行
≪p073≫
った。赤茶色のだんがいの下に小さな湯の池があ
る。底からわき出る熱湯が、表面まで
ふつ〳〵ともり上って來る。もしす
べりこんだら、――と思うと、後
にさがらずには居られない。
熱湯はもう〳〵と湯氣を立て
ながら流れる。
少し行くと、灰色のどろが、
ごと〳〵と音を立ててにえ
ている所があった。もうも
うと煙を上げながらたぎり
≪p074≫
切ったどろを、三四フィートも噴上げている。こゝ
にはとくにかきをめぐらして、近寄られぬようにし
てある。見る物すべてがものすごい。此のあたり
一面は地獄谷{じごくだに}といわれている。
小さな山を一つ越すと、目の下に、まわり三千フィ
ート、深さ百フィートもあるとゆう湯沼が見える。
どんよりと黒ずんだ表面から、湯氣が立上っている。
小舟を浮かべて、底からいおうや湯の花を取ってい
る人があった。恐しい仕事だ。
沼の向こうに大きなはげ山があって、頂上から煙
を噴いている。天氣によって煙が多かったり少か
≪p075≫
ったりするので、日和{ひより}山とゆうのだと、一しょに行っ
た人が説明してくれた。竹村君が、
「日和{ひより}山は火山だろう。湯沼ももと噴火口だ。お
い歸ろう。」
突然こう言う。
「なぜ。」
「日和{ひより}山がばくはつしたら、湯沼だって湯を噴上げ
るよ。きけんだ。旅館へ歸ろう。」
「旅館へ歸ったところで、きけんは同じじゃないか。」
「そうか。登別{のぼりべつ}を早く出發しよう。」
「どこへ行く。」
≪p076≫
「阿寒{あかん}へ行こう。」
「阿寒{あかん}も火山だぜ。」
「そうか。やはり布哇が一番安全らしいな。」
「布哇だって火山が有るじゃないか。」
私たちは笑いながら、外の人たちと山を下った。
第十一 アレキサンドル大王と
いしゃのフィリップ
アレキサンドル大王は、部下を引連れて進軍の途
中、燒けつくような野原を横切った。流れる汗と、兵
士たちのふみ散らす土ぼこりとで、王の全身はすっ
≪p077≫
かりよごれてしまった。或町に着くと、王は早速町
はずれのすみ切った川にはいって、顔も体もきれい
に洗い流した。水は冷たくてまるで氷のようだっ
た。
ところが、これが体にさわったものか、王はにわか
にはげしい熱病にかゝった。戰爭に出ては、百万の
敵も恐れぬ王であるが、病氣にかゝってはどうする
ことも出來ない。ようだいは一日々々と惡くなっ
て行った。
いしゃたちは皆心配した。が、藥をさし上げても、
万一の事があれば、毒殺のうたがいを受けなければ
≪p078≫
ならない。それを恐れて、誰一人藥を上げる者が無
い。たゞ病氣の樣子を見ているだけであった。
此の有樣を見て、フィリップとゆういしゃは考え
た。
「王の病氣をなおすには、或げき藥を使う外、みちが
ない。自分の命は捨てても、王を助けなくてはな
らない。」
こう決心して、此の事を王に申し上げた。王は直ぐ
お許しになった。
フィリップが別室で藥をこしらえている時、王の
最も信じているパルメニオ將軍から、王にあてたひ
≪p079≫
みつの手紙がとゞいた。王が早速開いて見ると、
「フィリップは、敵から大金をもらうやくそくで、王
を毒殺しようと
しているとゆう
うわさがありま
す。どうぞ御用
心下さいますよ
うに。」
とゆう意味の手紙であった。王は讀終って、そっと
手紙をまくらの下に入れた。
ほどなく、フィリップは病室にはいって來て、藥の
≪p080≫
コップを王にさゝげた。王は片手にそれを受取り
ながら、片手でまくらの下から手紙を引出して、靜か
にフィリップに渡した。
一口又一口。王は落着いて藥を飲む。
一行又一行。フィリップは手をふるわせながら
手紙を讀續ける。
讀終ってフィリップが眞青な顔を上げて王を見
ると、王はにっこりしてフィリップを見た。手に持
つコップには、もう一しずくの藥もない。
王は間もなく全快して、ふたゝび戰場に其の勇ま
しい姿をあらわすようになった。
≪p081≫
第十二 南極海に鯨{くじら}を追う
灰色の雪雲が低くたれている。恐らく遠い所は
晴れているのであろう、地平線の上だけが明かるい。
大小樣々の氷山が島のように、あちらこちらに浮い
ている海上を、母船からはなれた我が捕鯨{ほげい}船は、今全
速力で走っている。はるか向こうに、代る〴〵背を
出しては、しおを吹く二頭の大きな鯨{くじら}を見つけたか
らである。
「取りかじ。」
帆柱の上の見張から、水夫長が叫んだ。
≪p082≫
「取りかじ。」
船橋でかじを取っていた舵{だ}手が
くり返す。
船は輕く左方へまがり、鯨{くじら}の逃
道に向かってイの字なりに近寄
って行く。砲手は、捕鯨{ほげい}砲の安全
かぎをはずして身がまえ、砲身を
二三回左右に振ってみた。そう
して鯨{くじら}の殘した水のわを注意深
く見守っている。
「一ぱい、一ぱい。」
≪p083≫
急に砲手が、後を振向いて力強くどなった。一ぱい
の速力を出せとゆうのである。船長が、直ぐにきか
ん室に通じている傳聲管{でんせいかん}に向かって、同じ事を叫ぶ。
見張から指圖する聲は次第にしげくなり、それをく
り返す舵{だ}手の顔も引きしまって來る。いよ〳〵發
砲の時が近ずいたのだ。
「バッ」とゆう音を立てて、鯨{くじら}の吹上げる水煙が、船の
上にもきりのように降りかゝる。
もう三百フィートとははなれていない。全船員
の注意は、海面に出たり沈んだりする鯨{くじら}の上に集る。
大きい氷山の影も目にはいらない。全速力を出し
≪p084≫
ていても、自分の船は止
まっているとしか思え
ない。十數名の船員の
心が、船と一つになって
鯨{くじら}に追着こうとしてい
るのだ。
「用意。」
見張から落着いた聲がひゞきわたる。砲手は兩足
をふん張り、捕鯨{ほげい}砲を下腹のへんにかまえて、じっと
なまり色の水面を見つめる。やがて、百六十フィー
トほど前方の水がいずみのようにもり上り、白い水
≪p085≫
煙が上ったと見る間に、鯨{くじら}は其の大きな体を浮上ら
せた。そうして背びれのあたりを水面にあらわし、
今や沈もうとする其の時、こゝぞと砲手は引金を引
いた。すさまじいひゞきと共に、もりが飛び、つなは
波打ってくり出された。
「命中。」
船長が傳聲管{でんせいかん}に向かって叫ぶ。
鯨{くじら}はものすごい勢で水中深く沈んだ。船のきか
んはぴたりと止まる。全員は鳴りをひそめる。「プ
スリ」と押しつぶすような音がした。鯨{くじら}の体内深く
くりこんだもりのばくだんが、はれつしたのだ。も
≪p086≫
りにつけたつなは、ぐん〳〵のび
て行く。數名の水夫が急いで船
首へかけつけた。船長も舵{だ}手も、
船首へ下りて行く。無線通信士
が代ってかじを取る。砲手は、へ
さきにうつぶせになり、つなの行
手をじっと見ている。
船長は水夫等に、二番もりのじ
ゅんびをさせる。
今まで勢よく引出されていたつなが少しゆるん
で、鯨{くじら}は六百フィートばかり先に浮上った。ふたゝ
≪p087≫
び船は鯨{くじら}の後を追う。百二三十フィートまで近ず
いた時、砲手は二番もりを打ちこんだ。鯨{くじら}は又水に
もぐったが、もう浮上って來ない。思わず喜びの聲
がわき上る。
つなははげしく卷かれる。やがて、百フィートも
ある鯨{くじら}が、全く息絶えて、小山のような体を水面に横
たえる。引寄せた鯨{くじら}は、腹部に送氣管{そうきかん}で空氣を送っ
て沈まないようにし、目じるしの旗をどうに立てて、
其の場に浮かして置く。
見張では、水夫長が、今一頭の鯨{くじら}のゆくえを見守っ
ている。
≪p088≫
船はふたゝび全速力で走り出した。
第十三 滿洲國{まんしゅうこく}から
ホノルルのさんばしで、皆さんとお別れしてから、
もう二ヶ月たちました。日本に着いて直ぐあちら
こちらと旅行して、今は滿洲國{まんしゅうこく}に來ています。
話に聞いたり本で讀んだりはしていましたが、實
際に滿洲國{まんしゅうこく}の土をふんで、其の廣いのと立派なのに
驚きました。やはり、百聞は一見にしかずです。い
ろいろお知らせしたい事が澤山ありますが、それは
歸ってからゆっくりお話することとして、こゝには
≪p089≫
今日見て來た石炭掘の事だけ
を書きましょう。
奉天から三十五哩餘り、汽車
で東へ行くと、有名な石炭の都、
撫順{ぶじゅん}に着きます。黒くよごれ
たきたない町だろうと思って
いましたが、どうしてどうして、
新市街は、ホテルでも、病院でも、
學校でも、商店でも、住宅でも、實
に立派なものばかりで、アメリ
カの町とくらべて少しもおと
≪p090≫
らないと思いました。人口はおよそ十四万人で、皆
石炭のおかげで生活しているのです。
石炭のある所は、幅二哩半、長さ十哩とゆうすばら
しい廣い場所で、撫順{ぶじゅん}の市街の下も皆石炭だとゆう
ことです。
石炭といえば、地の下深く竪坑{たてこう}や横坑{よここう}を掘って、眞
暗な中で、安全燈の光をたよりにこつ〳〵掘って、外
に運び出すものとばかり思っていました。ところ
が、此の撫順{ぶじゅん}では全く違います。地面の土を少しか
きのけると、茶色のオイルシェールとゆうもろい岩
が出ます。それをのけると、次が石炭の層です。眞
≪p091≫
黒なきら〳〵と光る石炭を、
掘っては運び、掘っては運び
するのですが、地下のトンネ
ルの中で働くのと違って、ち
ょうど谷を掘るようなもの
ですから、仕事は非常に樂で
す。これを露天掘{ろてんぼり}といゝま
す。今まで幾年掘續けたか
知れませんが、幅が一哩、長さ
が三哩以上もあろうと思わ
れる大穴になっています。此の大穴は幾だんもの
≪p092≫
かいだんのように、だん〳〵底に下るのですが、其の
一だん一だんに線路がしいてあって、トロッコの列
が並んでいます。幾千人の勞働者が、つるはしやシ
ャベルをふるっています。大きな機械がものすご
く動いて、またゝく間に數トンの石炭を掘ってはト
ロッコに運び入れます。石炭層のあつさは、へいき
ん百三十フィートで、あつい所では、三百フィートか
ら五百フィートもあるとのことです。
此の露天掘{ろてんぼり}は二ヶ所ありますが、外にトンネルの
中で掘る坑内掘{こうないぼり}も澤山あります。私は、其の中の世
界一だといわれる坑{こう}へ行って見ました。深さ何百
≪p093≫
フィートの眞暗な穴の底へ、大きなエレベーターが、
ものすごい勢で下りて行くのをのぞいた時、思わず
穴のふちの手すりを握りしめました。竪坑{たてこう}の底か
ら、坑道{こうどう}が幾すじも、横へ〳〵とのびて、坑内{こうない}は電燈の
かゞやく夜の町のようで、事務所があり、店があり、食
どうまであるそうです。掘った石炭はトロッコで
運ばれ、其のまゝエレベーターで坑外{こうがい}に持出される
のです。普通のエレベーターと違って、恐しい速さ
ですが、勞働者は平氣でこれに乘って上下します。
露天掘{ろてんぼり}と坑内掘{こうないぼり}とで掘出される石炭は、毎日およ
そ二万四五千トンですが、こうして百年掘續けても
≪p094≫
撫順{ぶじゅん}の石炭はつきないだろうとのことです。
石炭層をおゝっているオイルシェールは、何の役
にも立たない、もろい石のようですが、これから重油・
石油・ガソリン・パラフィン・アスファルト・ひりょうな
どが取れるのだと聞いては、誰だって驚きます。大
きな製油工場があって、さかんに製造しています。
鐵道でも石炭掘でも、これらの大事業は、滿鐵{まんてつ}が一手
にやっているのですから、すばらしいものです。
歸りは奉天{ほうてん}まで自動車を飛ばしました。兩側の
畠は、はてもなく廣がって、一フートばかりにのびた
こうりゃんのうねが、幾千すじ幾万すじとなく眞直
≪p095≫
に並んでいるのは、實に見事でした。
此の手紙を書終ると、直ぐ奉天{ほうてん}市
街の見物に出かけます。東陵{とうりょう}や北
陵{ほくりょう}など、歴史のあともたずねるつも
りです。
明日は、十四
時四十七分發
の「あじあ」に乘
って、一氣にハルピンに行き、そ
れから船で松花江{しょうかこう}を下って、有
名な移民地|佳木斯{ちゃむす}をおとずれ、
≪p096≫
歸りに新京に寄ることにしています。
卒業も追々近ずきました。皆さんは、一心に勉強
していることでしょう。八月半ば頃には、珍しいみ
やげ話を澤山持って歸ります。
第十四 庭 園
庭園の木とゆう木が、
皆新しいころもを着け、
六月の日を浴びて、
うれしげにそよいでいる。
ぼうえき風が、
≪p097≫
一葉々々をおとずれては、
とこ夏の喜びを告げる。
黄色いちょうの群がったような、
ゴールデンシャワーの花が、
幾ふさも、幾ふさも、靜かにたれて、
木かげを明かるくしている。
からかさのように廣がった
枝のはし〴〵までも、
眞赤にもえ立つポインシアナは、
庭園の王だ。
≪p098≫
いけがきのハイビスカス、
花園のなでしこ、ダリヤ、
色とり〴〵のクロトン。
あの花にも、
此の葉にも、
美しい色とゆう色が、
あざやかにそめ出されているのだ。
第十五 母の力
今日も毛利侯{もうりこう}の御前會議で、井上聞多{いのうえぶんた}は、多數の反
≪p099≫
對者を向こうに廻して、幕府{ばくふ}に對する武備を主張し
た。火をはくような一言一語、すべて理にかなって
いる。反對者はぐうの音も出なかった。
其の夜である。
下男|淺吉{あさきち}のちょうちんにみちびかれながら、聞多{ぶんた}
が山口の町から湯田{ゆだ}の自宅に歸る途中、暗やみの中
に待ちぶせているくせ者があった。
「誰だ、君は。」
と、それがだしぬけに聲をかける。
「井上聞多{いのうえぶんた}。」
と答えるが早いか、後に立った今一人のくせ者が、い
≪p100≫
きなり聞多{ぶんた}の兩足をつかんで前へのめらせた。そ
こへ第三のくせ者が大刀を振りかぶって、聞多{ぶんた}の背
中を眞二つ。
それを、不思議にも聞多{ぶんた}のさしていた刀が防いだ。
うつ向けになった時、刀が背中へ廻っていたのであ
る。それでも、背ぼねにまでくいこむほどの重いき
ずであった。
氣強くも聞多{ぶんた}は、立上って刀をぬこうとした。す
ると、又一たちが後頭を切りつけ、さらに、前からも深
く顔へ切りこんだ。
あたりは眞のやみである。聞多{ぶんた}はうまく其の場
≪p101≫
をのがれた。くせ者等は、なおも聞多{ぶんた}を探したが、も
うどこにも見つからなかった。
ひどい出血のために、氣を失っていた聞多{ぶんた}が、ふと
氣がつくと、そこはいも畠の中であった。体中が、な
ぐりつけられるように痛む。何よりものどがかわ
いてたまらない。
向こうに火が見える。聞多{ぶんた}はそこまではって行
った。それは農家のともし火であった。
「おゝ、井上{いのうえ}の若だんな樣。どうなさったのでござ
います。」
驚く農夫にやっと手まねで水を飲ませてもらった
≪p102≫
聞多{ぶんた}は、やがて、彼等の手で自宅へ運ばれた。
淺吉{あさきち}の知らせによって、聞多{ぶんた}の兄の五郎三郎{ごろさぶろう}は、刀
を取るが早いか其の場へかけつけたが、すでにおそ
かった。もうどこにも人影はない。弟の姿も見え
ない。急いで家に歸ってみると、今農夫たちにかつ
がれて來た弟の痛ましい姿、驚き悲しむ母親。
直ぐにいしゃが二人來た。しかし聞多{ぶんた}の体は血
だらけどろだらけである。いしゃは、たゞぼんやり
見つめるだけで、どうすることも出來なかった。
聞多{ぶんた}はもう虫の息であった。母兄いしゃの顔も
ぼっとして見分けがつかない。やっと一口、
≪p103≫
「兄上。」
とかすかに言った。兄の目は涙で一ぱいである。
「おゝ聞多{ぶんた}、しっかりせい。敵は誰だ。何人いたか。」
尋ねられても聞多{ぶんた}は答える力が無かった。たゞ手
まねが言う。
「かいしゃく頼む。」
兄は涙ながらにうなずいた。どうせ助からぬ弟、
のぞみ通り、一思いに死なせてやるのがかえってな
さけである。
心をさだめて、兄は刀をぬいた。
「待っておくれ。」
≪p104≫
それは、しぼるような母の聲である。母の手はしっ
かと五郎三郎{ごろさぶろう}のたもとをおさえた。
「待っておくれ。おいしゃもこゝにいられる。た
とい助からぬにしても、出來るだけの手をつくさ
ないでは、此の母の心がすみません。」
「母上、こうなってはもう仕方がございませぬ。聞
多{ぶんた}の体には一しずくの血も殘ってはいませぬぞ。
手當をしてもたゞ苦しめるばかり。さあ、おはな
し下さい。」
兄は刀を振上げた。
すると、母はいきなり、血だらけな聞多{ぶんた}の体をひし
≪p105≫
とだきしめた。
「さあ、切るなら此の母も一しょに切っておくれ。」
此の子をどこまでも助けようとする母の一念に、は
りつめた兄の心もゆるんでしまった。
聞多{ぶんた}の友人|所郁太郎{ところいくたろう}が、其の場へかけつけた。彼
は蘭方醫{らんぼうい}であった。
彼は刀のさげおをたすきにかけ、手早く支度をし
てから、しょうちゅうで血だらけのきずを洗い、有合
わせの小さいたゝみ針できず口をぬい始めた。聞
多{ぶんた}は痛みも感じないかのように、こん〳〵と眠って
いる。外のいしゃ二人も、いろ〳〵と手傳って、六ヶ
≪p106≫
所の大きずは次々にぬい合わされた。
それから十幾日。心を
こめた母のかんごと、いし
ゃの手當によって、不思議
にも一命をとりとめた聞
多{ぶんた}は、當時の母のなさけを
聞いてさめ〴〵と泣いた。
「三十歳の今日まで、何一つ孝行らしいこともしな
い私が、今、母上の力によって、あやうい命を助かろ
うとは。」
ほどなく、世は明治となった。昔の聞多{ぶんた}は井上馨{いのうえかおる}
≪p107≫
として、新しいみ代の政治{せいじ}に
たずさわり、ついに從一位{じゅいちい}侯
爵{こうしゃく}にのぼって、八十一年のめ
でたい生がいを終った。
それにつけても、まことに
有りがたく、とうといのは、此の母の力であった。
第十六 電話の發明
アメリカ合衆國{がっしゅうこく}ボストン市の聾啞{ろうあ}學校に一人の
若い先生がいました。
此の先生がまだ十五歳の少年であった頃、ふと人
≪p108≫
間の聲とゆうものの不思議さに氣ずきました。
「人間は、くちびるや舌を動かして、いろ〳〵變った
音聲を出すが、考えてみると、實に不思議だ。」
彼は妙な物を作り始めました。一年かゝって出來
上ったのが人間の頭のようなもので、ふいごで風を
吹きこむと、ゴムのくちびるが動いて、生きた人間の
ように聲を出す仕かけになっていました。
こうゆうように、小さい時から研究心の強かった
先生のことですから、聾啞{ろうあ}學校で氣の毒な子供たち
を教えるようになると、いよ〳〵熱心に、聲や舌くち
びる耳などの事を研究しました。
≪p109≫
しかし、何分にも耳や口の不自由な子供たちのこ
とですから、教える方も教えられる方も、並たいてい
の苦心ではありません。先生は、何とかして此のか
わいそうな子供たちのために、便利な機械を作りた
いと思いました。そうして、話をする時に起る空氣
の振動を目で見る機械の工夫をしたり、又は、其の頃
ひょうばんになっていた電信機械を研究したりし
ました。
其のうちにふと別の考が先生の頭に浮かびまし
た。
「電信は、電氣のはたらきによって、てんや線のしる
≪p110≫
しを使って通信するものだが、此のしるしの代り
に、人間の聲を使うことは出來ないものか。」
こう思うと、先生は、もう矢もたてもたまりませんで
した。すべてをすてて、トーマス=ワトソンとゆう助
手と一しょに、ボストン市の或電氣屋の屋根裏にた
てこもりました。そうして、話と電氣とをむすびつ
けようとゆう風變りな研究に取りかゝったのです。
ところが、元來、先生は電氣や電信の學者ではあり
ませんでしたから、研究が行きずまると、其の道の學
者に尋ねたり、友だちに意見を聞いたりしなければ
なりませんでした。中には其の研究をばかにして、
≪p111≫
「又物言うおもちゃの話か。電氣に話をさせよう
なんて、ばかげた事だ。」
と、相手にしない友だちもありました。
或日のこと、先生は、知合のいしゃから人の耳をも
らって來ました。そうして氣味の惡いじっけんを
始めました。まず一本のわらを持って來て、其の一
方を耳のこまくにふれさせ、一方をすゝのかゝった
ガラスの上に置きました。先生は、其の耳に向かっ
て息を吹きかけたり、歌を歌ったりしました。する
と、其の度毎に耳のこまくが振動して、わらがかすか
に動きます。そうして、すゝのかゝったガラスの面
≪p112≫
には、ぎざ〳〵の線がかゝれるのでした。
其の樣子を注意深く眺めていた先生は、此のこま
くの代りに、うすい鐵で圓板を
作って、それを電氣で振動させ
たらどうかと考えました。此
の考こそ、電話を工夫し出すも
とになったのでした。
月日が矢のように流れ去り
ました。あの氣味の惡いじっけんから、三年目の夏
がやって來ました。研究室の窓の外には、木々の葉
が一日毎に緑をまして、風にそよいでいます。今日
≪p113≫
も相變らず、針金やじしゃくや時計のぜんまいなど
を取りつけた機械を相手に、「物言うおもちゃ」の研究
に一生けんめいです。隣の室では、助手のワトソン
が、先生の機械と電線でつないだ別の機械をしらべ
ています。
其の時です。「ボーン」とゆうかすかな音が、電線を
傳って先生の機械にひゞきました。先生は、びっく
りして飛上りました。そうして、ワトソンの室へか
けこむが早いか、
「君、今、どうしたんだ。其の機械を動かしてはなら
ん。」
≪p114≫
と、どなりながら機械にかけ寄りました。先生の手
はふるえています。
「物言うおもちゃ」は、ついに電線によって、かすかな
がらも音を傳えたのです。研究はもう一息とゆう
ところです。
血の出るような苦心が、又續けられました。
やがて、年が變り、とう〳〵「物言うおもちゃ」の出來
上る日がやって來ました。今日こそ其のじっけん
の日です。先生の聲が、機械に向かって話しかけま
す。
「ワトソン君、すぐ來てくれたまえ、用事があるから。」
≪p115≫
耳をすまして待っていた隣のワトソンは、其の時
思わず機械を取落しました。無理もありません。
彼は、ほんとうに針金
を通じて人間の言葉
を聞いたのです。彼
は、急いで先生の室に
飛びこみました。
「聞えました、聞えま
した。先生の言葉
が一々はっきり聞えました。」
二人は思わずだき合いました。
≪p116≫
これは、千八百七十六年三月十日の事です。「物言
うおもちゃ」とは、言うまでもなく電話のことです。
電話を發明した此の先生こそ、アレキサンダー=グラ
ハム=ベルで、此の發明はベルが三十歳の時の事でし
た。
≪p117≫
課外 三日月の影
一
甚次郎{じんじらう}は、兄に呼ばれてざしきへ行った。見れば、
母もそこにゐた。とこの間には、すばらしく大きな
鹿{しか}の角と三日月の前立とのついたかぶとがかざっ
てある。兄は、あらたまって言った。
「甚次郎{じんじらう}、此のかぶとは祖先から傳はったたから、こ
れをお前にゆづる。十歳の時、いくさに出て、敵の
首を取ったほど強いお前のことだ。どうか立派
な武士になり、家の名をあげてくれ。」
≪p118≫
甚次郎{じんじらう}は、胸がこみ上げるやうにうれしかった。
「ありがたくちゃうだいいたします。」
と言って頭を下げた。母はそばから言った。
「それにつけて、御主君|尼子{あまご}家のごおんを忘れまい
ぞ。尼子{あまご}家は、昔にひきかへて、今はおとろへてい
くばかり。それをよいことにして、敵の毛利{まうり}がだ
んだん攻寄せて來る。大きくなったら一日も早
く毛利{まうり}をうって、尼子{あまご}家を昔のやうにしておくれ。」
甚次郎{じんじらう}の目は、いつの間にか涙で光ってゐた。
甚次郎{じんじらう}は此の日から山中|鹿介幸盛{しかのすけゆきもり}と名乘り、心に
かたく主家をおこすことをちかった。さうして、山
≪p119≫
のはにかゝる三日月をあふいでは、
「我に七難{なん}八苦を與へたまへ。」
といのった。
二
數年は過ぎた。尼子{あまご}の本城である出雲{いづも}の富田城{とだじやう}
は、其の頃|毛利{まうり}軍にかこまれてゐた。
鹿介{しかのすけ}は、戰って度々手がらを立てた。彼の勇名は、
味方ばかりか、もう敵方にも知れ渡ってゐた。敵方
に品川大膳{しながはだいぜん}といふ荒武者{あらむしや}がゐた。彼は、鹿介{しかのすけ}をよい
相手とつけねらった。名を棫木狼介勝盛{たらぎおはかみのすけかつもり}とあらた
め、をりがあったら鹿介{しかのすけ}をうち取らうと思ってゐた。
≪p120≫
或日のこと、鹿介{しかのすけ}は部下を連れて城外を見廻って
ゐた。川の向かふ岸から、鹿介{しかのすけ}の姿をちらと見た狼
介{おほかみのすけ}は、破鐘{われがね}のやうな聲で叫んだ。
「やあ、それなる赤糸|威{おどし}のよろひは、尼子{あまご}方の大將と
見た。鹿{しか}の角に三日月の前立は、たしかに山中|鹿
介{しかのすけ}であらう。」
鹿介{しかのすけ}は、りんとしたこゑで答へた。
「いかにも山中|鹿介幸盛{しかのすけゆきもり}である。」
狼介{おほかみのすけ}は、喜んでをどり上った。
「我こそは、石見{いはみ}の國の住人|棫木狼介勝盛{たらぎおほかみのすけかつもり}。さあ、一
|騎討{きうち}の勝負をいたさう。あの川下の洲{す}こそよい
≪p121≫
場所だ。」
と言ひながら、弓を小わきにはさんで、ざんぶと水に
飛びこんだ。鹿介{しかのすけ}もたゞ一人、流を切って進んだ。
狼介{おほかみのすけ}は弓に矢をつがへて、鹿介{しかのすけ}をねらった。尼子{あまご}
方の秋上伊織介{あきあげいおりのすけ}がそれを見て、
「一|騎討{きうち}に、飛道具{とびだうぐ}とは卑怯千万{ひけふせんばん}。」
と、これも手早く矢をつがへてひょうといる。ねら
ひたがはず、狼介{おほかみのすけ}がまん月のやうに引きしぼってゐ
る弓のつるを、ふつりとい切った。味方は、「わあ。」とは
やし立てた。
狼介{おほかみのすけ}は、怒って弓をからりと捨て、洲{す}に上るが早い
≪p122≫
か四|尺{しやく}の大太刀{おほたち}をぬいて切
ってかゝった。しかし、鹿介{しかのすけ}
の大刀風{たちかぜ}はさらにするどか
った。いつの間にか、狼介{おほかみのすけ}は
切立てられて、次第に水ぎわ
に追ひつめられて行った。
「めんだうだ。組まう。」
かう叫んで、狼介{おほかみのすけ}は太刀{たち}を投
捨てた。大男の彼は、鹿介{しかのすけ}を
力で仕止めようと思ったのである。
二人はむずと組んだ。しばらくはたがひに呼吸
≪p123≫
をはかってゐたが、やがて狼介{おほかみのすけ}は力一ぱい鹿介{しかのすけ}を投
げつけようとした。鹿介{しかのすけ}は、それをじっとふみこた
へたが、片足が洲{す}のはしにすべりこんで、思はずよろ
よろとする。たちまち狼介{おほかみのすけ}の大きな体が、鹿介{しかのすけ}の上
にのしかゝった。鹿介{しかのすけ}は組みしかれた。兩岸の敵
も味方も、思はず手に汗を握る。
とたんに、鹿介{しかのすけ}はむっくと立上った。其の手には、
血にそまった短刀が光ってゐる。狼介{おほかみのすけ}の大きな体
は、もう鹿介{しかのすけ}の足もとにぐたりとしてゐた。
「敵も見よ、味方も聞け。あらはれいでた狼{おほかみ}を鹿介{しかのすけ}
がうち取った。」
≪p124≫
鹿介{しかのすけ}の聲は、兩岸にひゞき渡った。
其の後幾度かはげしい戰があった。さしもの敵
も此の一城をもてあましたが、前後七年の長い籠城{ろうじやう}
に、尼子{あまご}方は多く戰死し、それに食物がとう〳〵無く
なってしまった。城主|尼子義久{あまごよしひさ}は、涙をのんで敵に
かうさんした。富田城{とだじやう}には毛利{まうり}の旗がひるがへっ
た。
三
尼子{あまご}の家來は、涙のうちに別れて行った。鹿介{しかのすけ}は、
姿を變へて京都へ上った。
戰國の世ではあったが、京都では花が咲き、人はて
≪p125≫
ふのやうに浮かれてゐた。
其のうちに尼子{あまご}の家來がおひ〳〵京都に集って
來た。彼等は、鹿介{しかのすけ}を中心として、主家をおこさうと
はかった。
其の頃、京都の或寺に、人品のよい小ぞうさんがゐ
た。さうして、それが尼子{あまご}家の子孫であることが分
かった。鹿介{しかのすけ}は、此の小ぞうさんを主君とあふいだ。
「尼子{あまご}家をおこすことは、長い間ののぞみである。」
小僧さんは力強くかう言って、ころもをぬぎ捨て、尼
子勝久{あまごかつひさ}と名乘った。
永禄{えいろく}十二年六月、尼子{あまご}勢は、出雲{いづも}にはいって城をき
≪p126≫
づいた。すると、元の家來がだん〳〵と勝久{かつひさ}の所へ
集って來た。勢をもりかへした尼子{あまご}勢は、敵の城を
片はしから攻めて取りもどした。しかし、富田城{とだじやう}は
名城であるだけに、中々落ちさうになかった。
其の間に毛利輝元{まうりてるもと}は、一万五千の大軍を引連れて、
だう〳〵と進軍して來た。
富田城{とだじやう}がまだ取れないのに、敵の大軍が押寄せた
のでは、味方にとって不利である。だが、鹿介{しかのすけ}は腹を
きめた。すべての兵をひきゐて、富田城{とだじやう}に近い布部
山{ふべやま}に敵をむかへうった。味方の軍は七千ばかりで
あった。
≪p127≫
まことに死物ぐるひの戰であった。敵の前軍は
幾度となくくづれた。しかし、何といっても二ばい
以上の敵である。新手{あらて}は後から後からあらはれる。
さしもの尼子{あまご}勢もへと〳〵につかれ、多くの勇士は、
次から次と戰死した。
勝ちほこった敵の大軍は、やがで出雲{いづも}一國にあふ
れた。勝久{かつひさ}はあやふくのがれて、ふたゝび京都へ走
った。
四
それから又幾年か過ぎた。鹿介{しかのすけ}は、織田信長{おだのぶなが}が毛
利{まうり}を攻めようとしてゐることを知って、彼を頼った。
≪p128≫
「毛利{まうり}攻めの御先手にくははり、若し、手がらがあり
ましたら、主人勝久{かつひさ}に、出雲{いづも}一國を頃きたうござい
ます。」
信長{のぶなが}は大きくうなづいて見せた。
尼子{あまご}の家來は秀吉{ひでよし}の軍勢にくははって、毛利{まうり}攻め
の先手となった。
たちまち播磨{はりま}の上月城{かうづきじやう}を攻取って、こゝにたてこ
もった。二千五百の尼子{あまご}勢は、ほどなく七万の毛利{まうり}
勢に、すき間もなく取りかこまれた。
秀吉{ひでよし}の軍が今日來るか明日來るか、それを頼みに
勝久{かつひさ}は城を守った。毛利{まうり}方の大砲をうばひ取って、
≪p129≫
味方は一時勢を見せた。しかし、秀吉{ひでよし}の軍は敵にさ
へぎられて近づくことが出來なかった。七万の大
軍にかこまれては、上月城{かうづきじやう}は一たまりもない。刀折
れ、矢つきて、勝久{かつひさ}はとう〳〵切腹することになった。
鹿介{しかのすけ}は、男泣きに泣いて主君におわびをした。し
かし、彼はまだ死ぬわけにはいかなかった。尼子{あまご}家
代々の敵|毛利{まうり}を、おのれそのまゝにして置けようか、
七|難{なん}八苦はもとよりのぞむところである。鹿介{しかのすけ}は
主君に心を打明け、許しを受けて、わざと敵にかうさ
んした。
五
≪p130≫
鹿介{しかのすけ}は西へ送られた。
こゝは備中甲部川{びつちゆうかふべがは}の渡
しである。天正六年七月
十七日、今日もはげしい日
の光がじり〳〵と照りつ
けてゐる。
川ばたの石にこしをか
けて、思ひにふけりながら、
鹿介{しかのすけ}はじっと水の面を眺
めた。つばめが川水にす
れすれに飛んでは、白い腹を見せてちゅう返りをし
≪p131≫
てゐた。
突然後から切りつけた者がある。鹿介{しかのすけ}は、それが
敵方の一人|河村新左衛門{かはむらしんざゑもん}であると知って、身をかは
しながらざんぶと川へ飛びこんだ。新左衛門{しんざゑもん}も飛
びこんだ。二人はしばし水中で戰ったが、きずを受
けながらも、鹿介{しかのすけ}は大力の新左衛門{しんざゑもん}を組みふせてし
まった。すると、これも力|自慢{じまん}の福間彦右衛門{ふくまひこうゑもん}が後
から鹿介{しかのすけ}のかみをつかんで引きたふした。
七|難{なん}八苦の一生は、三十四歳でをはった。
甲部川{かふべがは}の水は、今もいう〳〵と流れてゐる。月毎
にあのほのかな三日月の影を浮かべながら。(終)
≪p132≫
卷十二 新出漢字表 卒8 案12 列12 絶14 茂14 折15 加16 壁16 杉18 告21 信24 服24 理24 沼27 影28 周32 狹40 普40
我48 灣53 禁59 然60 倒60 支61 捨63 荒67 香69 在69 宿71 途76 藥77 幅90 層90 勞92 務93 移95 備99 防100 彼102 治106 妙108
卷十二 讀替漢字表 米{べい}2 教{おそわる}6 海{うな}8 者{しゃ}12 路{みち}12 歩{ぽ}13 雜{ぞう}13 雨{あま}14 絶{たえ}18 浴{あび}19 有{ある}22 變{へん}2 造{つくる}24 部{へ}26 全{まったく}28 淺{せん}28 壁{かべ}33 平{たいら}42
暗{あん}44 景{けい}45 熱{あつい}45 言{ごん}52 供{そなえ}53 足{たる}56 話{わ}58 突{とつ}60 度{たく}61 夢{む}63 歩{あゆみ}64 等{ら}67 退{しりぞく}67 北{ほく}68 窓{そう}69 散{さん}69 戸{こ}71 湯{とう}73 殺{さつ}77 藥{やく}78 行{きょう}80 眞青{まつさお}80 氷{ひょう}81 橋{きょう}82 働{どう}92 油{ゆ}94
言{げん}99 下{げ}99 男{なん}99 後{こう}100 血{けつ}101 音{おん}108 聲{せい}108 振{しん}109 助{じょ}110 毎{ごと}111 板{ばん}112
卷一 子 中 大 立 一 二 三 四 五 行 外 六 七 八 九 十 目
卷二 赤 小 白 青 今 木 下 持 上 切 入 言 見 畠 泣 出 月 日 光 山 虫 玉 拾 早 來
手 自 分 思 水 戸 方 首 私 前 先 生 休 貝 少 待 門 犬 川 時 男 名 向 刀 人 車
卷三 花 君 取 受 長 石 重 同 本 穴 口 所 郎 次 毎 又 間 何 雲 風 空 吹 天 雨 夕
夜 星 右 面 左 朝 田 枝 考 僕 急 走 音 昔 土 金 話 聞 松 米 火 枯 咲 歩 集
卷四 動 學 校 氣 笑 寸 神 指 高 舟 供 遠 通 忘 買 匹 島 作 沖 引 海 太 紙 顔 耳
茶 色 細 合 助 皿 黄 始 草 度 美 糸 困 年 逃 夏 町 友 喜 着 物 近 足 道 母 知 起
元 妹 枚 書 牛 答 用 千 百 強 落 羽 使 店 種 呼 渡 黒 兩
卷五 電 竹 谷 岸 流 食 晩 苦 樣 洗 賣 家 箱 村 住 死 仕 病 体 皮 皆 息 父 新 多
止 雄 讀 半 泳 砂 池 打 親 並 地 暗 力 飲 明 鳥 番 廣 弱 越 岩 西 東 眺 仲 負 毛
痛 申 國 主 弟 兄 深 後 銀 雪 綿 葉 追 文 字 横 女 森 井 古 形 北
卷六 事 聲 消 鐵 正 直 若 鳩 屋 根 頭 週 鳴 育 春 者 別 兵 弓 乘 遊 勉 開 叱 丸
攻 敵 矢 連 勝 歸 歌 心 會 平 命 去 苗 植 實 樂 魚 或 煙 殘 數 安 澤 教 固 肉 窓
≪p133≫
机 腹 探 靜 尾 恐 破 短 庭 尋 置 勇 波 飯 午 肩 底 曜 乾 沈 惡 居 勢 誰 悲 涙 湯
暮 配 耕 送 涼
卷七 第 港 船 馬 汽 針 進 頃 世 界 身 汗 晴 布 哇 晝 寢 運 働 王 組 角 掘 飛 野
笛 意 眠 血 刀 旅 商 御 片 荷 甲 乙 役 淺 雀 降 其 台 糖 不 以 坂 計 士 戰 爭 軍
殺 内 類 姉 原 工 場 寺 習 板 問 幾 裏 共
卷八 活 登 冬 末 南 鼻 曇 此 秋 陸 官 許 畫 建 返 叫 散 隣 頂 室 噴 初 汁 背 卷
側 珍 有 感 積 包 哩 浮 照 冷 卵 貧 灰 頼 禮 宮 祭 派 城 全 部 張 續 機 林 低 記
回 願 芽 緑 最 鉢 寄 景 發 驚 胸 柱 忙 暑 舌
卷九 快 速 代 具 老 丈 夫 濱 借 吸 銅 粉 姿 暴 幸 福 浴 帆 線 圓 岡 乳 過 投 燈
万 必 虹 豆 祝 京 公 園 橋 都 相 談 毒 夢 妻 違 翌 製 語 徒 英 修 綴 品 孝 成 功
洋 航 民 農 業 漁 市 街
卷十 皇 守 客 令 袋 瀧 振 議 法 輕 歳 械 貨 粗 群 油 無 燒 富 昨 院 久 失 寒 暖
決 坐 將 退 由 祖 猿 極 氷 怒 秒 娘 員 押 墓 宅 槍 突 貸 拂 圖 當 産 便 利 砲 味
條 旗 鏡
卷十一 億 弗 非 常 得 仙 存 館 變 清 廻 郵 炭 對 陽 等 表 説 球 反 和 與 織 研
究 熱 社 念 的 諸 終 握 眞 傳 餘 州 雜 料 央 孫 菜 寫 交 路 局 武 器 造 際 師 改
良 敗
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底本:ハワイ大学マノア校図書館ハワイ日本語学校教科書文庫蔵本(T643)
底本の出版年:1939年11月30日発行
入力校正担当者:高田智和
更新履歴:
2021年11月27日公開