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Esopo no fabulas (Aesop's Tales) [Amakusa edition]

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Transliteration (Japanese script)

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天草版伊曽保物語(漢字仮名翻字テキスト)

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凡例
1.頁移りは原本に従い、原本に付された頁番号をその頁の冒頭において括弧書きで示した。頁番号の記載のない冒頭部は(扉)、(序)とした。
2.原本の改行に従い改行をし、各行の先頭に行番号を半角数字で入力した。行番号は頁内の通し番号である。
3.本テキストは『日本語歴史コーパス室町時代編Ⅱキリシタン資料』の漢字仮名交じりテキストを基に作成した。語の表記は、形態素解析辞書「UniDic」の「語形代表表記」の情報を用いて決定している。語形代表表記は、UniDicの持つ階層的な見出し構造のうち異語形を区別するレベルである「語形」についてもっとも代表的な表記を定めたもので、『日本国語大辞典』の表記を参考にしている(UniDicの階層構造についてはhttps://unidic.ninjal.ac.jp/glossaryを参照)。
4.語形代表表記が漢字のものはそのまま漢字表記とした。
5.語形代表表記が仮名のものはそのまま仮名表記とした。語形代表表記は現代語をベースに定められているため、歴史的仮名遣いではなく原本の表音主義の綴り字を反映した仮名遣いとなる。
〔例〕vouaſu→おわす narai→習い tatoye→例え
6.活用語の活用語尾についても以下のように原本のローマ字に従った表音的な仮名遣いとなる。
〔例〕vomouanu→思わぬ mochijrare→用いられ
7.ただし以下のとおり原本のローマ字表記に配慮して語形代表表記から仮名遣いを改めた箇所がある。
・ザ行の「じ・ず」とダ行の「ぢ・づ」は原本で原則書き分けているため、本テキストにおいても区別する。
〔例〕muzuto→むずと mazzu→先づ  najica→なじか togite→閉ぢて 
・長音を表す「à」・「â」は「あ」と翻字する。
〔例〕yà→やあ
・オ段長音のうち、「ŏ」で表される開長音のものは「ア段の仮名+う」、「ô」で表される合長音のものは「オ段の仮名+う」とする。
〔例〕 mucŏ→向かう Sô→そう
・動詞に意志・推量を表す助動詞「う」「うず」が後続するもののうち、上一段・上二段活用動詞等「イ段+う・うず」の融合形は拗音形で表記した。「エ段+う・うず」の場合は拗音形とせず、「エ段の仮名+う・うず」の表記とした。
〔例〕miô→見ょう  tçuqiôzuru→尽きょうずる caqeô→駆けう suchôzure→捨てうずれ
8..外国語の普通名詞・地名・人名等が現れる場合は全角のアルファベット表記とした。ただし全角での出力が不可能な「ſ」は「s」に置き換えている。
〔例〕Eſopo → Esopo
9.句読点相当の記号は、原本の表記に応じて全角の「,/./:/;/!/?」を用いた。原本には不自然な箇所に句読点が打たれている場合があるが、修正は加えず原本どおりの位置に句読点を挿入した。
〔例〕cata,toqi→片,時
10.句読点以外の記号は、原本に現れる( )のみ使用した。
11.原本の分かち書き(アルファベット間の空白)は漢字仮名翻字テキストには反映していない。
12.固有名詞以外で明らかに原本の書き誤りであると判断できる箇所は、正しいと思われる語形に修正した。
〔例〕quabun no coco uoba vôxerarure, →過分の事をば仰せらるれ.
13.翻字した漢字の途中で原本ローマ字が改行している場合、漢字を仮名に改めることはせず前の行に収めた。
〔例〕ca/cuite→隠/いて
また、前の行に収めると句読点などの記号が次の行の頭に現れる場合は、記号も含めて前の行に入れることとした。
〔例〕no/chi, →後,/
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(扉)
1 ESOPOの
2 FABVLAS.
3 Latinを和して日本の
4 口と成す物なり.
5 IEVSのCOMPANHIAの
6 Collegio天草に於いてSuperioresの御免
7 許としてこれを版に刻む物なり.
8 御出世よりM.D.L.XXXXⅢ.

(序)
1 読誦の人へ対し
2 て書す.
3 総じて人は実も無き戯れ言には耳
4 を傾け,真実の教化をば聞くに退
5 屈するに因って,耳近き事を集め,この
6 物語を版に刻む事,例えば樹木
7 を愛するに異ならず;その故は植木には
8 益無き枝葉多しと言えども,その中に
9 良き実有るを持って枝葉を無用と思わぬ
10 がごとくなり.かるが故にSuperioresの仰せ
11 を持ってこの物語をLatinより日本の
12 言葉に和らげ,色々の穿鑿の後,
13 版に開かるるなり.これ真に日本の
14 言葉稽古の為に便りと成るのみならず,
15 良き道を人に教え語る便りとも成
16 るべき物なり.

(409)
1 ESOPOが生
2 涯の物語略.
3 これをMAXIMOPLANVDE
4 と言う人Gregoの言葉よりLatinに翻
5 訳せられし物なり.
6 EVROPAの内Phrigiaと言う国のTro
7 iaと言う城裡の近辺にAmoniaと言う里が
8 おぢゃる.その里に名をばEsopoと言う
9 て,異形不思議な人体がおぢゃったが,その時代
10 Europaの天下にこの人に勝って醜い者
11 もおりなかったと聞こえた.先づ頭は尖
12 り,眼はつぼう然も出て,瞳の先は
13 平らかに,両の頬は垂れ,首は歪み,丈
14 は低う,横張りに,背は屈み,腹は腫れ,
15 垂れ出て,言葉は吃りでおぢゃった.これ等の
16 姿を持って醜い事天下無双で有ったごと
17 く,知恵の長けた者もこの人に並ぶ事
18 はおりなかった.
19 或る時主人Esopoが上を思わるる様
20 は:公界の捌き,或いは内証の取り扱いな
21 どは如何にも似合うまじいと見ゆれば,せめて農人
22 の所作をなりともあてがわうずと思い定め,

(410)
1 農具を拵え与えて,田畠へ遣らるれば,
2 Esopoも又快気にその所作を成い
3 た.然れば程経てかの主人その田畠を
4 見舞いに出でられたれば,或る百姓上々の熟柿
5 を持って来て主人に捧ぐれば,色香も一
6 段良うて見事に有ったに因って,喜び斜め
7 ならなんだ:只今賞翫せうずれども,風呂へ
8 入れば,その風呂上がりの為に蓄え置けと
9 有って,側近う使わるる二人の小姓に預
10 け置かれ,その身は風呂に入られた.然る所に
11 Esopo畑より帰り来れば,かの柿を預
12 かった者共思う様は:良い幸いぢゃ,いざこの
13 柿を両人して取り食うてその咎めの有らうずる
14 時は,口を揃えてEsopoにこれを言い負おせて,
15 こちは空嘯吹いて居て,あれこそその熟柿をば
16 食べたれと撥ね掛けうずるに,何の子細が有らうぞと
17 談合して取って食した.
18 扠食し終わって後,互いに目弾きして
19 言う様は:扠も無果報なEsopo哉!如何様この
20 祟りが有らうずと囁き回った.扠主人風呂
21 から上がり,件の柿を湯上がりに持って来いと
22 言わるれば,右の二人の者共が犯
23 さぬ顔で申すは:それをばEsopoこそ盗んで
24 食べて御座れ:その時かの主人は腹に立て凝

(411)
1 ってEsopoを召し寄せ言わるるは:如何に畜
2 生なみちれない悪戯者,身が賞翫せうと
3 思い切って居たその熟柿をば何と思うて取っ
4 て食らうたぞと気色を変えて叱らるれば:その時
5 Esopoこれを聞いて分別はしたれども,元来
6 吃りぢゃに,又その叱らるるに肝を潰い
7 たれば,物言う事も適わいで,顔打ち赤
8 めてとちめくに因って,主人さればこそ紛い
9 も無いあれが取って食らうた物ぢゃ:それ打擲
10 せいと言い付けらるる程こそ有れ,杖棒を押っ取っ
11 て二三人ほど立ち掛かり,忽ち打擲
12 せうとするに臨んで,主人の足元に平伏し
13 吃り吃り慎んで申すは:仮令御折檻
14 有るとも,今暫く待たせられい頼み奉
15 る:我が腹中を翻いて御目に掛けうと
16 言い様に,生温い湯を一杯大茶碗に持っ
17 て来て主人の前で飲み,指を喉に差し
18 入れて吐却して,その実否を見するに,朝腹の
19 事なれば,吐却すれども,痰より他は別
20 に吐き出さなんだ所で,Esopo主人に向かうて
21 言う様は:某は既にこの分で御座れば,
22 御分別有れかし:然有らば又某にこの讒
23 言を申し掛けた人々にも私がごと
24 くに仕れと仰せ付けられいかし:然らば

(412)
1 食した人は必ず現われまらせうずると申
2 せば,その時主人Esopoが才幹な事を驚
3 き,かの二人にEsopoが所望のごとく言い
4 付けらるれば,両人の者共思う様は,
5 温湯をば飲むとも,喉に指をさえ入れず
6 は,苦しかるまじいと思うて,一杯づつ引き受け
7 引き受け飲むに,うそ甘い物を食らうた上なれば,
8 何かは良からう,御前に憚るほど吐却した
9 れば,何の様も無う化けが現われた.その時
10 主人Esopoをば許し,かの二人を裸に成
11 し,忽ち打擲させられた.これを持って
12 血を含んで人に吐けば,先づその口汚
13 ると言う事は今こそ思い知られた.
14 或る時Esopoが主人旅をせらるるに及う
15 で,下人共に荷物を負おせらるる所に,
16 Esopo荷奉行に言うは:某は未だ然様の事
17 に慣れまらせぬ程に,小軽い荷を下されいと
18 言うた所で,奉行の言うは:否それに及
19 ばぬ:そちは唯来ても大事も無いぞと言うた.
20 然れどもEsopoはそれは然る事で御座れども,
21 人並みに何ぞ持ちまらせいではと言うたが,そ
22 こに兵糧を入れた大きな荷が有ったを,Esopoこれを
23 持たうと言えば,否これは余り重い荷ぞと言え
24 ども,頻りに請い受けて持った.それを何故にと

(413)
1 言うに,Esopoが分別にはこれは当時重くと
2 も,軈て軽う成る物ぢゃと思うて,その分に
3 した.案のごとく,一夜には軽う成り,一朝には
4 又減り,さうさうする程に,後には何をも持
5 たいで手打ち振って,踊っつ跳ねつして喜うで
6 道を歩いた.それに因って主人を始めて朋輩
7 もEsopoが分別の所を皆褒めたと
8 申す.
9 それより後にかのEsopoに今二人を
10 買い添えてSamoと言う所へ行いた.その所に
11 Xanthoと言う学匠が有ったが,かの商人に行き
12 向かうて,先づ二人の能芸を尋ねらるるに,
13 両人共に,何でも有れ存ぜぬ事は無いと
14 答えた.その時Esopoかの二人の言い様を大
15 きに嘲った所で,XanthoEsopoに問わるるは;
16 そちは何とした者ぞ?Esopoが言うは:我
17 は人間で御座る.Xantho怪しゅうで言わる
18 るは;我にそれをば問わぬ:何たる所に
19 生まれた者ぞ?Esopo答えて言うは:母の
20 胎内からと:Xantho又言わるるは:身はその所
21 をも問わぬそちはどこで生まれたぞ?Eso
22 po答えて申すは:上に生んだか下に生んだか
23 存ぜぬと言うて投げ除けたれば,その時Xan
24 thoそちと問答をするならば,終わり果てが有る

(414)
1 まい.先づその方は何事を知ったぞと言え
2 ば,何事をも存ぜぬと言う所で:Xan
3 tho又何故にお主は何をも知らぬと言うぞ
4 と言わるれば:Esopo件の両人が悉く
5 存じ尽くいたに因って,私が存ずる為に
6 何も残りまらせぬと答えた所で,Xan
7 thoこれは興がった者ぢゃと心得て,又
8 言わるるは:そちを買わうと思うが,何と有らうぞと:
9 Esopoが答えて言うは:誰かその事を強いて
10 勧むるぞと:Xanthoの言わるるは:買うてから後
11 に,逃げうと思うか?何とと:Esopoが言うは:我
12 逃げうと思わうずる時は,御辺へその御意
13 をば得まじい.所詮当話に興がる者ぢゃに因っ
14 て,少しの値に買い取って,その辺りの関屋の
15 前を通らるるに,異形不思議な姿を
16 恥ぢて,関守がこれを怪しむれば,商人
17 も,Xanthoも二人共に我が従人では無いと
18 言われたれば:その時Esopo我には主人が無い,
19 自由の身ぢゃと言うて喜べば,恥をも顧
20 みいで,Xanthoも,商人もこれは我が所従ぢゃと
21 言われた.とかうしてXantho我が館にEsopoを
22 連れて返られて有った.
23 或る時Xantho遊覧の為にEsopoを連れて
24 出らるるに,百姓一人Xanthoに不審を成す

(415)
1 は;自然に生ずる所の草木は養い育
2 つる事が無けれども,大きに繁盛し,五穀
3 の類は養育すれども,栄ゆる事は少
4 ないがこの儀は何とと:Xanthoこれは別の子
5 細では無い,唯天道の自然ぢゃと答えられたれ
6 ば,その時Esopoこの連れの返事は田夫
7 野人の申す儀ぢゃと言えば:然らば己答
8 えいと有って,かの農人に我が奴に問えと言わ
9 るれば,農人Esopoを見てあれほど卑しゅう拙
10 い身で,何としてこの返答には及ばうぞと大
11 きに笑うた.その時Esopoが言うは:総じて人は
12 他の姿を持って是非をば論ぜぬ物ぢゃ:
13 唯知恵の有り無しにこそ因らうずれ:先づ只
14 今の不審はいと易い儀ぢゃ:例えを持ってその
15 方に示さうず:人の習いには実子をば懇ろ
16 に養えども,継子をば丁寧にせぬ物
17 ぢゃ:そのごとくに自然に生ずる草木は四
18 大の為には実子ぢゃ:これに因って人間の
19 養育を借らいで成長し生え茂る.その他の
20 五穀以下は四大の為には継子の心
21 ぢゃに因って,養いを次にすると如何にも
22 ありありと答えた.
23 或る時XanthoEsopoに我が第一と思わう
24 珍物を買い求めて来いと下知せらるるに,諸

(416)
1 人座に連なって居る所へ獣の舌
2 ばかりを整えて出いた.Xantho大きに怪しめて
3 Esopoを召して,汝は何故に舌ばかりをば
4 買うて来るぞと言わるれば:Esopo答えて言うは:第
5 一と思わう珍物を買うて参れと仰せらるる
6 に因って,かう仕った:それを何故にと申すに,
7 天下の善悪は舌三寸の囀るに有ると
8 言う事が御座る.然れば天下,国家の安否
9 も舌に任する事なれば,何かはこれに勝
10 らうずるぞと申した.然らば又第一の悪しい
11 物を買うて来いと下知をせらるれば,Esopo又
12 舌ばかりを買うて来たを,Xanthoこれは何
13 事ぞと怪しめらるれば:舌はこれ災いの
14 門なりと申す諺が御座れば,これに過ぎ
15 た悪しい物は御座るまじいと答えたと申す.
16 或る時又XanthoEsopoに風呂に行いて人
17 の多少を見て来いと遣らるれば:風呂へ行く路次
18 で宿老我はどこへ行くぞと問うに,身は存
19 ぜぬと答えたれば,その人これは狼藉至極
20 な奴ぢゃと言うて,既に牢舎に成さうとする所
21 で,Esopoが言うは:私が只今知らぬ
22 と申した事は:斯様に牢舎せられう事を弁
23 えなんだに因って,知らぬとは答えて御座ると言う
24 たれば:そこで人々も大きに笑うて許い

(417)
1 て遣れば,それからEsopo風呂に行って見る所に,
2 その風呂屋の前に鋭な石が一つ出て有っ
3 たが,出入りの人の足を破り,傷を付けた
4 を或る人がかの石を取ってかしこに捨てた所
5 で,Esopoこれを見て立ち返って,風呂には
6 唯一人居まらすると言うたれば:即ちXan
7 tho喜うで風呂に入らうと赴かるるに,人が
8 挙って足を踏み入れうずる所も無かったに因っ
9 て,XanthoEsopoに怒って言わるるは:己は風呂
10 に唯一人有ると言うたが,この群集は常より
11 も多いは何事ぞと:Esopoこの風呂屋の
12 入り口に尖った石が有って,出入りの人の仇と
13 成ったを誰も取り捨ていで人毎に躓き
14 倒るれども,顧みなんだを或る人一人来
15 て取って捨てて御座れば,知分の程の只一
16 人な事を申したと答えておぢゃる.
17 或る時Xantho沈酔して居らるる所へ,人
18 が来て大海の潮を一口に飲み尽くさ
19 るる道が有らうかと問うに,Xantho容易う飲まうず
20 ると領掌をせられた時,その人の言うは:若し
21 飲み尽くさせられずは何とと:Xanthoは必
22 ず明日飲まうず:若し又飲み損ずるに
23 於いては,一家の財宝を悉く賂に進ぜう
24 ずと言えば,相手もその分約束して,互いに

(418)
1 指金を取り交わいた.その人が帰り去って酒
2 覚めて後,Esopoを招き寄せ,身が指金
3 はどこに有るぞと問わるれば,Esopoが言うは:今
4 日まではこの家の御主なれども,明
5 日は何と成らせられうかと言うて,先の争い
6 を語ったれば:Xanthoは大きに驚いて,扠
7 何とせうぞ?偏に汝に任するぞ:こ
8 の事を何とぞ計略して見よと言われたれば,
9 Esopoが言うは:我この難儀を逃れさせら
10 れうずる事を教えまらせうず:然らば我が
11 身を自由に成させられいと:Xanthoその段はいと易
12 い事ぢゃと約束して,謀をEsopoに
13 教えられ,翌日海辺に出て,大海を飲まうと
14 争う程に,見物の貴賎海の辺に市
15 を成いた.その時Xantho器物に潮を
16 汲んで,高座に上って言うは:我昨日の約束
17 のごとく,海の水を悉く飲み尽く
18 さうず:然れども先づ諸々の川の流
19 れを塞き止められい:その後海を悉
20 く飲まうずると言うたれば,その時争うた人
21 は問訊してXanthoの足元に平伏し,是非に
22 及ばぬ聊爾を申した,右の賭け物を
23 ば御赦免有れと頼むに因って,その所に
24 馳せ集まった万民も共に許されいと請い

(419)
1 受くるに因って即ち赦免せられた.
2 或る時XanthoEsopoを連れて墓所へ赴
3 かるるに,その所に棺の有ったに,七
4 つの文字を刻うだ.それと言うは:ヨ,タ,ア,ホ,
5 ミ,コ,オ,これぢゃ.EsopoXanthoに言うは;殿
6 は学者で御座れば,この文字をば何と弁
7 えさせらるるぞと:Xantho暫く工夫をせ
8 らるれども,更に弁えられいで,この棺は
9 上古に作ったれば,文字今は弁え難い:
10 汝知らば言えと言われた:Esopoは固よりその
11 字面を良う心得てXanthoに言うは:我はこの
12 謂れを弁えて御座る;この所に過分
13 の財宝が御座る.それを表わしまらしたらば,何
14 たる御恩賞にか預からうぞと:Xanthoこの旨
15 を聞いて汝これを表わすに於いては,譜代の所
16 を赦免して,その上に財宝半分を与
17 ようずると約束せられた.その時Esopo文
18 字の謂れを読み現いて申すは:ヨと言うは,四
19 つと言う事ぢゃ:タと言うは,たんとと言う事:アとは,
20 上がらうずると言う義:ホと言うは,掘れと言う事:ミ
21 とは,見よと言う義:コとは,黄金と言う義:オと
22 言うは,置くと言う義ぢゃと判ずれば,掘って見るに,
23 文字のごとく,過分の黄金が見えた.Xan
24 thoこれを見て貪欲が俄かに起こって,Esopo

(420)
1 に約束を違ようとせられたれば:又その
2 奥な石に五つの文字が有ったをEsopoが
3 見て言うは:所詮この黄金をばXanthoも取ら
4 せられな:その故はここに又石に五字書いて
5 御座る:それと言うは,オ,コ,ミ,テ,ワと有った:こ
6 の心は:オと言うは,置くと言う義,コと
7 言うは,黄金と言う義:ミとは,見付くると言う義,
8 テと言うは,帝王と言う義:ワと言うは,渡し奉
9 れと言う義で御座る.然ればこの宝は国
10 王に捧げうずる物ぢゃと言うた所で,Xan
11 tho大きに驚いて,密かにEsopoを近付け,
12 この事が他へ聞こえぬ様にせい:家に返っ
13 てその分け分をば与ようずとばかり言わるれば,
14 Esopo譜代の許しの取り沙汰は無かったに因って,
15 Xanthoに向かうて言うは:この金を下さるる事
16 は恩に似て恩で無い:子細はさう無うて適わぬ
17 事ぢゃ.右の御約束のごとく譜代の所
18 を許させられいでは曲が無い:仮令当時は
19 色々に仰せらるるとも,時刻を持って是非に本
20 望を達せうずると申した.
21 或る時Xanthoを知音の下へ招待したに,
22 その座でXantho妻の事を思い出だし,Eso
23 poを呼び寄せ,座敷に有った珍物を取り揃え
24 て,これはいづれも賞翫の物ぢゃ程に,持っ

(421)
1 て行て,我が秘蔵大切にする者に食させいと言
2 わるれば,Esopoこれを聞き,女房の事を言わる
3 るとは分別したれども,かの人のEsopoに当た
4 り様が悪うて卑しめらるるに因って,どこでが
5 な返報をせうと思い居る時分で有ったに因って,
6 折に幸いぢゃ:今この時返報をせいでは
7 いづれの時日を待たうぞと思い,空惚けし
8 てかの雑餉を持ってXanthoの家に返り,Xan
9 thoの如何にも秘蔵せらるる子犬が有ったを女中
10 の前に呼び出し,かの雑餉をその犬に供
11 えて(食わせば唯も食わせいかし)如何にも良う聞
12 け,汝をXanthoの深う大切に思わせらる
13 る事は並ぶ方が無いぞ:その証拠はこれぞ
14 と言うて食わせ,軈て馳せ帰りXanthoに向かうて
15 仰せのごとくに仕ったと返事をした所
16 で:Xantho言わるるは:扠それを受け取ってから何
17 ともそれは言わなんだかと問わるれば:何をも
18 申す事は御座無かったれども,心の内
19 には一段と深い御大切の程を喜ぶ
20 体が見えて御座ったと申した.扠その後に女
21 中はこの事を熟と案じて妬みの
22 心が起こり,扠も曲も無い我が妻
23 哉,犬にも我を思い変えらるる哉,かの
24 珍物をば我にこそ贈られう事が本義

(422)
1 ぢゃに,然は無うて何ぞよ今の犬に呉れ様は?
2 この様な人を今は妻と頼うでも何に
3 せうぞ?取って退いてこの恨みを思い知らせうずる物
4 をと思う心が付いた.さう有る所へXan
5 tho帰宅して女中に向かうて,例のごとく,言
6 葉を掛けらるれども,嘗て女房は返事にも
7 及ばずつっくすんで居たが,腹こそ立っつらう:如何に
8 Xantho御聞き有れ,そなたと我は縁こそ尽き
9 つらう,今よりしては夫とも頼みまらすまい,
10 又妻とも思わせらるるな:我に当たる
11 財宝をば暇として賜うれ:我が代わりには先
12 に雑餉を贈り有った犬から寵愛せられさせら
13 れいと言うに因って,その時Xanthoこの事を聞いて
14 肝を消し,これは何事ぞ?扠も心得
15 ぬ事哉!これは定めて例のEsopoが仕業
16 に因って斯くのごとくぢゃと思い,女中に言わる
17 るは:如何に妻,但し御身も,我も酔狂か?
18 夢とも現とも覚えぬ物哉!先
19 の雑餉をばそなたにこそ贈ったれ,別には誰
20 にも遣らぬ物をと言わるれども,女房衆
21 はこれを真に受けいで,それは今こそ然仰
22 せらるるとも,一円その分では無かった:唯
23 犬にこそと言うに因って,Esopoを呼び寄せ,先の
24 贈り物をば誰に与えたぞと問わるれば,E

(423)
1 sopo居直り申すは:それはこなたの御大切に
2 思わせらるる者に渡いて御座ると答え,
3 犬を呼うでこれこそ御身を大切に思う者
4 なれ:何故にと言うに女は夫を大切に思
5 うと言えども,真実では御座無い:それに因って少
6 しも気逆いの事が有れば,口答えをし,
7 腹を立て,身の炎を燃やいて謗り回って
8 猶足んぬせねば,取って退いてそちはそち,こ
9 ちはこちと振る舞う者ぢゃ.然りながら犬は打っ
10 ても叩いても口答えもせず,謗らず,
11 取って退く事も御座らず,軈て立ち直れば,
12 尾を振り,足元に来て舐り付き,齧り付き
13 して主人の気を取る物で御座る程に,大
14 切の者と仰せらるるは平生御秘蔵為さるる
15 この犬の事で御座らうずると存じて,先の物
16 を渡いたは某が僻事で御座るか?そ
17 の上上様へ遣わさるるならば,明らかに
18 上様へと仰せられいで,唯我が大切に思
19 う者と仰せられたに因って,斯くのごとく仕
20 ったと申した.その時Xantho妻に向
21 かうて,さればこそ御聞き有れ,我が誤りでは無かっ
22 たは,唯使いをした者の聞き違えで有った:
23 又聞き違えなれば,折檻するにも及ば
24 ぬ事ぢゃ:兎角理を曲げて堪忍召されいと

(424)
1 言えども,少しも承引せいで,けんもほろろに
2 言い放いて親類の下へ行って退けた.そこでE
3 sopoXanthoに言うは:良うこそ先は申したれ,御覧ぜら
4 れい:犬は捨てまじいけれども,上様は捨てさ
5 せられてこの分に御座ると言うたれども,Xantho
6 はえ思い切らいで,親類を頼うで再び帰り
7 会われいと妻を頼まるれども,これにも同
8 心せねば,Xanthoは思いの余りに既に気
9 を患わせらるる様に有ったに因って,そこで
10 Esopoが申すは:少しも御気遣い有られそ:容
11 易う御仲を直しまらせうずると言うて,その手
12 立てを巧んだ:それと言うは,先づXanthoに銀
13 子を請うて,町辻を回って買い物をした
14 が,かの妻の籠もり居られた家の辺りへ行って
15 ここもとに雁や,鴨は無いか?買わうずと言うて,
16 どしめくに因って,その女房の親類これを
17 見て何事なれば,怪しからぬ肴道具の
18 買い様ぞと怪しむれば,Esopoが言うは:否扠は
19 未だ御存知無いか?某が頼うだ人は此の
20 頃夫婦諍いを召されたに因って,女房衆の
21 取って御退き有ったを種々に詫びらるれども,遂
22 に御聞き有らぬに因って,今は早詮方無い,世
23 に女房はあればかりか,余の妻を迎よう
24 と言うて,既に嫁入りが今明日の内に有る:

(425)
1 然るに因ってこそこの肴をも整え歩け
2 と実しやかに言うに因って,かの人家に走り
3 帰って,然々と語れば,女房これを聞いて,実
4 にそれは然ぞ有るらう,かうして居るさえ腹の立つに,我
5 が目の前で,別の妻などを持たせては
6 有られう物か?兎角余の女房をXanthoの
7 家へ入れ立てては成るまい:唯行けと言い様に取る
8 物も取り敢えず,走りぢだめいて家に返り如何
9 にXantho,我が未だ生きて居る内に別の妻
10 をば何として御持ち有らうぞ?思いも寄らぬ事
11 ぢゃ,適うまじいと言うて,その時に及うで人
12 も直さぬ仲を直られた.Esopoが仕業
13 を持って仲を違われたごとく,又Esopoが
14 匠を持って仲直りせられた.
15 或る時又Samoと言う所に大法会の儀
16 が有って,高いも卑しいも群集する:その場に所
17 の検役が座せられたに,鷲一つ飛んで来
18 てかの守護の指金を含んでいづくとも
19 知らず,飛び去った所で,その座に有り合うた万
20 民これを怪しみ,これは只事では無いと
21 言うて,法会の儀式も興醒めて,各々こ
22 の事を僉議するのみで有った.地下の宿
23 老若輩の者までこの儀はXanthoより
24 他に知る人が有るまじいと言うて,その旨を相

(426)
1 尋ぬれば,この事は浅からぬ不審ぢゃ程
2 に,思案をして答ようずると言うて家に返り,心
3 を尽くいて案ずれども,更に弁ゆる道
4 が無かったに因って,案じ煩うて居らるる体を
5 Esopo見てXanthoに問うは:何事を案じさせられ
6 て悲しませらるるぞと言えば,Xantho我この
7 程案じ煩う事はこれぢゃと有って,かの一
8 編を語って,汝これを弁えたかと言わる
9 れば,Esopo然らばこの里の会所で我が
10 郎等この事を弁えたれば,召し出だいて御
11 問い有れと仰せられい:某申し当てたならば,諸
12 人御身を崇敬致さうず:若し申し損ずる
13 とも,私一人の不覚でこそ御座らうず
14 れと言えば,この儀尤もぢゃと有ってXantho所
15 の人々にその分申さるれば,各々
16 大きに喜うでEsopoを召し出だすに,その座に連
17 なるほどの人扠もこれほど醜い者
18 はどこから出たぞと笑い合うたれば,Esopo少
19 しも臆した気色も無う,諸人の中を怖
20 めず憚らず,踏み越え踏み越え差し通って
21 高座に直り,只今各々私を欺
22 かせらるる事はその謂れが無い:破れた
23 衣装を着た君子も有り,藁屋の内に貴人の
24 座せらるる事も有る物と言えば,各々道理

(427)
1 ぢゃと言うて,物言う者も無かった.その時
2 Esopo只今某鷲の子細を申さうとす
3 れども,人の下人として主君の前で自由
4 に物申す事も憚りなれば,この座に
5 我が主Xanthoの御座る事なれば,ほしいままに
6 申されぬ:只今我が譜代の所を赦免
7 有らば,その因縁を談ぜうずると言うた.然れども
8 Xantho少しも同心無うて,嘗て有るまじい事
9 ぢゃと蜂を払われたれども,所の守護強
10 ちに赦免を請わるるに因って,力に及
11 ばいで万民の前で今日よりはEsopoに
12 暇を取らするぞと言われた.その時Esopo只
13 今の音声は澄みやかに諸人の耳に落
14 ち難いと言うて,別人を持ってXanthoの言葉の
15 ごとくに高声に叫ばせ,扠その後三戸を
16 静めさせて鷲の子細を述べた.かの鷲
17 守護の指金を奪い取る事は,余の儀では
18 無い:鷲は諸鳥の王ぢゃ,他の国の帝王から
19 この里を押領せられ,その勅命の下に
20 成らうずると言う儀ぢゃと言うて去った.それより軈
21 てLidiaの国のCressoと申す帝王より勅
22 使を立てられ,その里から年毎に過分の
23 貢きものを捧げ奉れ:この勅
24 諚を背かば,悉くを攻め取られうずると

(428)
1 の儀で有った.これに因って所の人々この
2 勅諚を背くまじいと口を揃えて,同
3 音に議定事終わって有った.然れども年長け
4 た人々は先づEsopoに談合して御返事を
5 申さうずると有って,如何にと問えば,Esopo答えて言う
6 は:一切人間のNaturaの教えには,自由を得う
7 事も,又は人に使われう事も,その身
8 の分別に有る事なれば,只今某いづれ
9 を取らせられいとは申すに及ばぬ:とも斯
10 くも総並みに任させられいと申した.そこ
11 で所の人々Esopoに知恵を付けられ,各
12 々その分別を成いて,貢きものを捧
13 げう事はその謂れが無いと言うて,勅諚を背
14 くに因って,勅使返ってこの由を奏し,
15 唯義兵を持って攻めさせられう事も難からう
16 ず:その子細は,かの所にEsopoと言う学者
17 が一人居住仕る,これを召されぬ程
18 ならば,容易う攻め伏せられう事は難う御座
19 らうずと申せば,重ねて勅使を立てさせられ,そ
20 の所に居住するEsopoを参らせい:然ら
21 ば貢きものを許させられうず,Esopoを参
22 らせぬならば,大軍を持って攻めさせられうずと
23 仰せられた.その時その里の人々は先づ
24 その難を逃れうとて,Esopoを奉らうずる

(429)
1 との談合半ばで有った所に,先づその身
2 に如何と問えば,例えを述べて言うは:昔
3 鳥獣の物を言うた時,狼羊
4 を食らわうとすれば,羊はその難を逃れう
5 とて犬を雇うて警固させた.その時狼
6 が心に思う様は,武略を持って誑かさう
7 には如くまじいと;羊に向かうて言うは:面々
8 の側に置かれた犬共を渡し与えらるる
9 ならば,今より以後汝等に害を成す事は有る
10 まじいぞと:羊はこれを真かと心得て
11 即ち犬を渡し遣れば,その時狼,固
12 より巧んだ事なれば,先づ犬共を生
13 害して,その後羊を食らい果たいたと言い終わって,
14 かの勅使と連れてLidiaの国へ赴い
15 た.
16 Esopo程無うLidiaの国に罷り着き,Cresso
17 の御前に伺候致せば,国王Esopoを叡覧
18 有って:扠も斯かる見苦しい奴が所為を持っ
19 てSamoの者共我が命を背いたかと大
20 きに怒らせられたれば,その時Esopo叡慮を察
21 して慎んで如何に帝王の中の帝王にて御
22 座る御身,少しの御暇を下されば,奏聞
23 申さうずる事が御座ると申せば,即ち御
24 許しを下された.その時Esopoが述ぶる所

(430)
1 の例えには:或る貧者蝗を取らうずると行
2 く路次に於いて蝉を見付け,即ちこれを
3 取って殺さうとする所で,かの蝉の申す様
4 は:然りとては我を殺させられう事本意無い儀
5 ぢゃ:それを何故にと申すに:五穀草木に障
6 りとは成らず,さしては人にも仇を成す事は
7 御座無い:結句梢に上って囀りを持っ
8 て夏の暑さを慰めまらする所に,
9 理不尽に殺させらるる事は何事ぞと事
10 を分けて申せば,その者道理に責められて
11 忽ち赦免致いた.然らば古の蝉
12 と,只今の某は少しも隔てが御座
13 無い:私は総じて人に仇を仕ら
14 ず,唯道理の押す所を人に教ゆるば
15 かりで御座る:道理を守る時は,天下も太
16 平に,国土も安う穏やかに,民の竃
17 も賑わう事は常の法で御座る.私
18 はこの道を教ゆるより他,別の犯し
19 も御座無い:御許し為されば,国里を遍
20 く徘徊致さうずると奏すれば,国王この奏
21 聞を感じさせられて,汝に科が無い,天道も
22 これを許させらるれば,我も又赦免する
23 ぞ:その他所望有らば,申し上げいと仰せらる
24 れば:某別の願いも御座無い:唯一つ

(431)
1 の望みが御座る:それと申すは,我が久しゅう居
2 住仕ったSamoに於いて人の被官と成っ
3 て色々の辛労を仕る所に,その里
4 の人々暇を請い受けて自由を得させられ
5 たれば,如何でかこれを報謝仕る志
6 が無うては御座らうぞ?仰ぎ願わくはかの所
7 へ仰せ掛けられた貢きものを許させられ
8 ば,比類も無い御恩で御座らうずると奏すれば,
9 帝王その優しい志を感じさせられて,御
10 赦免為さるると仰せられたれば,それから一巻
11 の書を作って帝へこれを奉ったれ
12 ば,叡感斜めならいで過分の財宝にSamo
13 の御許しの綸旨を添えて下されたれば,Esopo
14 これを頂いて夥しい船を飾り立て,これに
15 乗ってSamoへ渡海すれば,Samoの万民この由
16 を聞き,上下万民喜び身に余り,足の
17 踏み所も覚えいで馳走奔走をして結構に
18 船を飾り,舞楽を奏し,糸竹を調べ,宗
19 との老若迎いに出て,かのEsopoを持て
20 成いた.扠この船共港に着けば,宮
21 殿楼閣を飾り置いた高い台に上って言う
22 は:抑この所の人々我が身を自
23 由に成させられたその御恩賞の忝さを
24 いつの世に忘れうぞ?その御恩を報ぜう為に,

(432)
1 この度Lidiaの国王の勅札をここに
2 持って参ったと言うて,綸旨を開いて高らかに読
3 めば,その所の守護を始めとして,老
4 若男女喜びの眉を開き,安堵した
5 有り様は,真に例えを取るに例も無い
6 ほどに有ったと申す.
7 その後Esopo諸国へ渡り,道を
8 説き教ゆれば,Babiloniaと言う大国のLyceroと
9 申す帝王このEsopoを寵愛有って忝く
10 も御身近う召し置かせられた.その頃
11 諸国の帝王より互いに不審の勅札を送
12 り,その不審を開かねば,有るほどの宝を
13 奉らるる気質が御座った.然ればBabilo
14 niaへ諸国から掛くる不審をばEsopoが知略
15 を持って容易う開いて遣り,Babiloniaから掛け
16 らるる不審をば他国から開く事が稀に
17 有ったと聞こえた.然有ればBabiloniaは固より大
18 国と言い,知略と言い,国の勢いも他に異に
19 有って,国も福有に,民も豊かに,帝王の誉
20 も四海に仰がれさせらるれば,Esopoも又
21 官,位に進むる事も斜めならなんだ.
22 然れどもEsopoは未だ子孫を持たなんだに
23 因って,Ennoと言う官人の子を養い子と定
24 めて,軈てこの由を申し上げ,その身の総

(433)
1 領と披露した.或る時Enno罪を犯す事が
2 有った所で,若しこの事をEsopoが知らば,定
3 めて奏聞申さうず:その時は悔ゆるとも甲斐
4 が有るまじいと思うて,謀を成いて謀書を
5 作り,Esopo此の頃野心を企て他国
6 へ移り,この国を傾けうと仕
7 ると国王へ奏した.然れども帝王この由
8 を聞かせられて実否を未だ決しさせられなんだ
9 れば,予てEnno巧み置いた事ぢゃに因って,こ
10 こに証跡が有ると申して,一つの巻き物
11 を捧げた.帝王これを御覧ぜられて,今は疑
12 う所も無いと仰せられ,Ermippoと言う臣下
13 に仰せ付けられて罪科に行えとの儀で有っ
14 た.Ermippo即ちEsopoを召し戒めて
15 心中に思わるるは:扠も世上に名を得たこ
16 の学者を殺さう事は本意無い:所詮身に罪
17 を被ると言うとも,命を継がうずると思
18 い定め,密かに有る片脇な棺に入れて置
19 き,既に誅罰つかまったと奏聞せられて有った.
20 扠かのEsopoが跡式をば論ずる者も
21 無う,かの養子がこれを進退致いた.扠Esopoは
22 死去した由が隣国は申すに及ばず,遠い
23 国までも隠れが無かった所で,Egyptoの
24 国のNectenaboと申す帝王Esopoが逝去し

(434)
1 たと言う事を聞かせられ,然有るに於いては,不審を
2 掛けられうずると有って,不審の条々を書き送ら
3 れた.その趣は:今我天にも,地に
4 も付かぬ宮殿楼閣を一つ建立せうとの
5 望みぢゃ:願わくはその国から作者一
6 人を遣わされ,不審の様をも開かせたらば,
7 何の幸いかこれに如かうぞ?この事が成就致さ
8 ば,これより毎年宝の車を贈らうず:
9 然無い物ならば,その方より毎年宝を賜
10 われと書かれた.さう有る所でLyceroこの不
11 審を聞かせられて国中の学者,宿老共
12 を召し寄せられ,この事を如何にと問わせら
13 るれども,一人として明らめ申す者が無かった
14 に因って,帝王御心を悩まさせられ,嘆い
15 て仰せらるるは:国を滅ぼし,家を破る事
16 は人を失えばと有る言葉,今身の上に
17 知られた:何たる天魔波旬が我が心に入り
18 替わってかのEsopoを害したか?賢王は優れた
19 る臣下の滅ぶる事をば,手足をもがるるご
20 とくに惜しがると有るもこれ等の事で有らうず:
21 Esopoさえも有るならば,この不審を容易う開
22 き,我が誉をも輝かし,国の知略
23 をも上げうずるに,悔ゆるに甲斐無い越度をしたと
24 御涙を流させらるれば,Ermippoこの由

(435)
1 を見奉り,如何に君,かのEsopoを成
2 敗致せと宣旨を下された時,余り本意無さに,
3 或る棺に入れ置いて御座れば,未だ存命仕
4 る事も有らうずると奏すれば,帝王大きに
5 感じ喜ばせられて,Ermippoに取り付かせられ,汝
6 我に王業を再興した:偏にこの国の世
7 を収め,民を撫ずる事は汝が分別に残
8 ったと仰せられて,喜びの御涙を流
9 させられ,急ぎEsopoを召し寄せいと仰せらるる
10 に因って;Esopo再び死せいで蘇生仕り,
11 参内致すは不思議ぢゃ.固より数月棺の
12 内に籠もり居た事なれば,姿も衰え
13 衣冠も窶れて,いとどその様は見苦しゅう
14 成った所で,国王この姿を御覧為されて
15 衣冠を改め,罷り出よと仰せらるるに因って,
16 如何にも束帯いちぎって罷り出れば,即ち
17 かのEgyptoよりの勅札を見せさせられた.E
18 sopoこれを披見して暫く案じて申したは:
19 これは更に難しい不審でも御座無い:冬
20 過ぎてその造営の為に,作者をも遣わ
21 し,又は不審の条々をも開いて持って参
22 らうずると仰せ返されいと奏すれば,即ちその
23 返事をさせられたと申す.

(436)
1 EGYPTOよりの不審の
2 条々.
3 Esopo国王に奏するは:Griphoと言う大きな鳥
4 を四つ生け捕ってかの鳥の足に籠を結い
5 付け,その籠に童部を入れ置き,鳥の餌を
6 持たせ差し上げば,鳥も上に上がり,下げば鳥
7 も又下がる様に習わせて,かの四つの鳥
8 の上にその造営を致さうずると言うてEsopoは
9 Egyptoに赴いた.かの国の人共
10 Esopoを見て,笑い嘲る事は限りが無かった
11 れども,Esopoはこれを物ともせず:内裏に
12 参って,国王を礼拝して畏まったを国王
13 御覧ぜられて:扠高楼の作者は何とと問わせ
14 らるれば,各々召し具して御座る:いづれの
15 所に建立仕らうぞと奏すれば,所
16 を差いて教えさせられた所で,国土の貴
17 賎上下見物せうと出立つ事限りも無う
18 て,あまっさえ帝王后までも車を立て並
19 べてここを先途と見物させられたに,Esopo
20 は,予て巧んだ事なれば,件のGriphoを四
21 所に置いた.その時帝王作者は誰ぞと
22 問わせらるれば,籠の内な童部が参って
23 一方の手には鳥の餌を持ち,今一方には鏝

(437)
1 を取ってかの鳥の餌を差し上げたれば,かの鳥
2 遥かに飛び上がった時,童部いづくの程に
3 かの御造営をば有らうぞと言えば,その辺に立てい
4 と仰せらるれば,童部答えて申すは:然
5 らば石と,土とを運ばせられいと言えば,上
6 一人より下万民返事に詰まって物
7 言う者も無かったに因って,Esopoが才知の程
8 を大きに褒められ,帝王も,臣下も,その他
9 下々の者共もこの人を師とせずは,
10 誰人か師にせうぞと感じ合われたと申す.
11 Esopo養子に教訓の
12 条々.
13 子に向かうて申すは:汝確かにこの儀を
14 聞いて耳に挟め:人に良い理を教ゆ
15 るとも,その身に守らずは,木賊の物
16 を滑らかに磨いて,己は粗相なごとく
17 ぢゃ.又天道の私無い事を鑑み,万
18 事を慎み,天に跼り,地に抜き足
19 する心を持て:人は万物の霊長で有るぞ:
20 それに因って人と,万物の差別を置かずは,鳥
21 類,畜類に同前ぢゃ.この様な者には天
22 罰遠うは有るまじい:万事について難儀難艱

(438)
1 出来せうず:それを心から堪忍せい,その堪
2 忍を持って万事悉く心に適わうず:
3 親しいをも疎いをも分かたず,平等に笑い顔
4 を人に表わせ:妻に心を許すな:平
5 生異見を加えい:総別女は弱いに因って,
6 悪には入り易う,善には至り難いぞ:慳貪放逸
7 な者を友にすな:悪人の威勢富貴を羨
8 むな:道理の上からで無い時は,富貴は却っ
9 て成り下がる基ぞ:我が言わうずる言葉を押
10 し留めて,他人の言う事を聞け,言語に邪
11 無かれと言う轡を常に含め:濫
12 れがわしゅう物を言う事を本とする所で
13 は猶その嗜みに忽せをすな:良い道
14 を修せうずるには,人口外聞を憚るな:学
15 問をせいで心の至ると言う事は無い事ぞ:
16 我より下の者に崇敬せられうよりも,上
17 たる人に諫めらるる事を喜うで交わ
18 りを成せ:大事を妻に漏らすな:女は知
19 恵浅う,無遠慮なに因って,他に漏らいて仇と成
20 るぞ:凡下の者を卑しめ侮るな,却
21 って憐憫を加えい:これは即ち天の御
22 哀れみを被る道ぞ:万事を勤め行
23 わぬ前に,心を尽くいて思慮を加
24 えい:極悪の人に異見を成すな:病目の

(439)
1 為には日の光が却って仇に成らうず:病者は
2 良薬を服して癒え,犯人は異見を受けて善
3 人とも成るぞ.
4 NECTENABO帝王ESOPO
5 に御不審の条々.
6 Greçiaの国から数多の雑役を引き寄せた
7 が,Babiloniaの国に駒が嘶えば,必ず
8 この国の雑役が孕む事が有る:その心
9 は何とと問わせらるれば,Esopoこの当話
10 をば明日言上仕らうずるとて,我が
11 宿に返り,Esopoその夜家の猫を散々
12 に打擲せられた所で,Egyptoの国は
13 Gẽtioで猫を崇敬するに因って,旅宿の亭主
14 がこの由を奏聞すれば,叡慮を悩まさ
15 れ,Esopoを召して汝は何故に猫を打
16 擲するぞと,問わせらるれば:Esopo申す
17 は:Babiloniaの禁中の鶏をこの猫が
18 夜前食らい殺いたに因って,不肖ながらも某
19 はLycero帝王の臣下一分で御座れば,打
20 擲仕ったと申せば,Egyptoの帝王聞
21 かせられて,遥かの境なBabiloniaへ何とし
22 てこの猫が一夜の内に行き来をせうぞと

(440)
1 仰せらるれば,御馬屋に召し置かれた雑役
2 がBabiloniaの駒の嘶うを聞いて孕うで御座る
3 ごとく,かの猫も往返仕ったと奏
4 すれば:奇特な当話ぢゃと有って感じさせられたと
5 申す.
6 斯くてEgyptoの帝王国家の学匠を召し
7 て,Esopoに不審を成せと仰せ下さるるに因って,
8 或る学匠一人進み出でて問うは:大伽藍の
9 内に柱唯一本有って,その上に十二の在
10 所が有る;その在所の棟木は三十ぢゃに,こ
11 の柱から二人の女房上っつ下っつす
12 るは,何とした事ぞと言えば,Esopo答えて言う
13 はこれ等の不審は我等が国には女子
14 童などの口遊みで御座る:先づ大
15 伽藍とは,世界の事なり:一本の柱とは一
16 年の事:十二の在所とは,十二月の事:三
17 十の棟木とは三十日の事:柱から二
18 人の女が上り下りすると言うは:昼夜の
19 事よと目算も無うざっと言うて出いた.
20 又一同に各々掛くる不審には,天
21 地始まってからこの方,未だ見聞かぬ物は
22 何ぞ:Esopoが申すは:某只今家に返
23 らうず,その暇を下されいと申し,家に返
24 り,Esopo一紙を整えて帝王へ奉

(441)
1 った:その理はLycero帝王から借らせ
2 られた三十万貫の借状で有った:帝王これ
3 を御覧ぜられて大きに驚かせらるる体で,諸
4 臣下に汝等はこの儀を見聞いた事が有るか
5 と問わせらるれば,各々嘗て持って見聞か
6 ぬ事で御座ると,申せば.その時Esopo然
7 らば只今の御不審はそれを持って開けて
8 御座ると申して:Esopoは暇を請うて罷り帰
9 れば,その身にも数多の宝を下され,
10 Babiloniaへも宝の車を贈り下され
11 た.Esopoこれを受け取ってBabiloniaへ帰り着い
12 て,Egyptoからの宝の車を奉り,
13 かの国での事共を詳しゅう奏聞すれば,
14 斜めならず喜ばせられた.その後Esopo
15 Babiloniaの帝王に暇を申し,諸国修行
16 と志いて,先づGreçiaの国に行いて諸人
17 に道を教え,同じくその国の内な
18 Delphosと言う島へ渡り,教化すると言えど
19 も,この島の人悪逆無道にして,理非
20 善悪も聞き入れなんだれば,かの島を出るに
21 臨うで,島中の悪人共僉議して言うは:
22 Esopoは聞こゆる学匠ぢゃに:ここを去って我
23 等が悪名を言わば,この島の瑕瑾で有らう
24 ず:唯殺せと言うて,Esopoが荷物の中に

(442)
1 黄金を入れて置き,路次で追っ掛け荷物の中か
2 らこの黄金を捜し出し,盗人と言い掛けて即
3 ち牢舎させ,遂にはEsopoを山上に連れて
4 行けば,最後と心得て例えを述べて言うた
5 は:諸々の虫共が無事に参会を
6 した時,別して鼠と,蛙如何にも親しゅう言い
7 合わせた.或る時鼠の下に蛙を招
8 いて種々の珍物を揃えて持て成いた所
9 で,その後又蛙も鼠を持て成さう
10 ずるとて招き寄せ,川の辺に出て言うは:
11 我が私宅はこの辺ぢゃ:定めて案内を知ら
12 せられまじいとて,鼠の足に縄を付けて蛙
13 水の中に飛び入ったれば,鼠も引き入れら
14 れ,命の終わりと思うて言うたは:扠も蛙
15 は情けも無う我をたばかり,命を断つ物
16 哉!我こそ水屑と成り果つるとも,後
17 に残る一族共如何でか汝を安穏に
18 置かうぞと:互いに浮いつ,沈うづする所に,
19 鳶と言う猛悪人これこそ究竟の所望なれ
20 と言うて,宙に掴うで飛び上がり,二つ共に
21 裂き食らわれた.そのごとく我が只今の有り様
22 はかの鼠に少しも劣らぬ:我面
23 々に珍物のごとくな道を教ゆれど
24 も,その返報には命を失わるる:我こ

(443)
1 そ空しゅう果つるとも,Babiloniaと,Egyptoの人
2 々我を深う愛せらるれば,この儀は唯は果たさ
3 れまいぞと言い終われば,高い所から突き落といて殺
4 いて退けた.その後Esopoが申したに違わず,
5 この事がGreçiaに隠れが無かったに因って,その国
6 から人数を率しDelphosへ渡って,その事を
7 正し,皆打ち果たいて退けられたと申す.
8 Esopoが作
9 り物語の抜き書き.
10 狼と,羊の例えの事.
11 或る川端に狼も,羊も水を
12 飲むに,狼は川上に居,羊の子は
13 川裾に居た所で,かの狼この羊
14 を食らわばやと思い,羊の側に近付い
15 て言うは:そちは何故に水を濁らいて我が口
16 をば汚いたぞと怒ったれば,羊の言うは:我
17 は水裾に居たれば,何故に川の上をば濁
18 さうぞと:重ねて狼の言うは:己が母六
19 箇月前にも水を濁らしたれば,如何でか
20 その罪を汝は逃れうぞ?羊の言うは:そ

(444)
1 の時は未生以前の事なれば,更にその罪
2 我に当たらぬ:又狼より言うは:汝又
3 身が野山の草を食らうた;これ又重犯な
4 れば,何故に逃さうぞ?羊答えて言うは:我は
5 未だ年にも足らぬ若輩で御座れば,草を食
6 む事も未だ御座無いと:重ねて狼汝
7 は何故に雑言するぞと大きに怒ったれば,羊
8 の言うは:我は更に悪口を申さぬ:唯科
9 の無い謂れを申すばかりぢゃと:その時狼
10 所詮問答は無益ぢゃ:何で有らうとも侭
11 よ,是非に己をば我が夕飯にせうずると言う
12 た.これを何ぞと言うに:道理を育てぬ悪人に
13 対しては善人の道理と,その遜りも役
14 に立たず:唯権柄ばかりを用ようずる儀ぢゃ.
15 犬と,羊の事.
16 或る犬羊に言うは:汝に負おせた小麦
17 一石急いで返せと催促したれども,羊
18 この事を夢にも知らぬ事なれば,とに斯く
19 に検断の前に出て,言い開かうずると言えば,
20 犬の言うは:その証拠は歴々ぢゃと言うて,己
21 が一味の狼と,鳶と,烏を雇い,
22 権門の前に出た:時に狼糺し手に

(445)
1 向かうて言うは:この羊犬の小麦を請け負う
2 た事必定ぢゃ:鳶又進み出て言うは:何故に
3 羊は借物を負わぬとは言うぞと責むれば,
4 烏も又我が前で借ったをば存じたと言う
5 所で,検断これを聞いて,この上は糾明
6 に及ばぬ:羊急いで返弁せいと一決したに
7 因って,羊力に及ばず,小麦を持た
8 ねば,身の毛を挟うで遣った.
9 下心.
10 人に仇を成したがる悪人は権柄を本と
11 して,道理に似た託けを求むる事は常
12 の事ぢゃと言う心ぢゃ.
13 犬が肉を含んだ事.
14 或る犬肉叢を含んで川を渡るに,そ
15 の川の真ん中で含んだ肉叢の影
16 が水の底に映ったを見れば,己が含
17 んだよりも,一倍大きなれば,影とは知
18 らいで,含んだを捨てて水の底へ頭を入れ
19 て見れば,本体が無いに因って,即ち消え失せ
20 てどちをも取り外いて失墜をした.
21 下心.
22 貪欲に引かれ,不定な事に頼みを掛

(446)
1 けて我が手に持った物を取り外すなと言う
2 事ぢゃ.
3 獅子と,犬と,狼と,豹との事.
4 この四匹が同心して,山中を駆け巡る
5 に,獣一匹行き合うたれば,食らい殺いて,
6 その四足を四つに分けて配らうとするに,獅子
7 の言うたは:我は有るほどの獣の王な
8 れば,枝一つは王位の徳に供えい:又
9 我勢いも汝等に比せうずる物で無けれ
10 ば,その威徳分に今一枝は我に呉れい:又
11 身は汝等より早う走る事は電光の
12 ごとくにしてこれを留めたれば,その辛労分
13 に今一枝をば我に呉れい:相残る今一
14 つの枝にも手を掛けうずる者は即
15 ち我が敵で有らうずると言うに因って,残る三
16 匹の獣は力に及ばず,無体に
17 獅子に奪い取られて,すごすごと返った.
18 下心.
19 人は唯我に等しい人を伴わう事
20 ぢゃ:それを如何にと言うに;威勢の,盛んな貴人を友
21 にすれば,必ずその得分も,楽しみ
22 もその威勢の有る人に奪い取らるる物ぢゃ.

(447)
1 鶴と,狼の事.
2 或る時狼喉に大きな骨を立てて
3 迷惑ここに極まって,鶴の側へ行ってこの
4 難儀を救い御助け有らう御方はその方より他
5 は有るまじい:この難を御助け有らば,水と魚
6 のごとく親しみまらせう:その上生々世々そ
7 の恩を忘却仕る事は有るまじいと
8 言うに因って,鶴この由を見て,哀れに思い,
9 然らば口を御開き有れと言うて,嘴を差し
10 入れて,骨を銜えて引き出し,右の約束
11 を変ずるなと言えば,狼これを聞いて,
12 大きに怒り,己は何事を言うぞ?我こそ恩
13 を与えたれ:只今汝が首を食い切らうずる
14 も我が侭で有ったれども,差し置いて助けた事
15 をば恩と思わぬかと言えば,鶴は無
16 益の辛労をして立ち去っておぢゃる.
17 下心.
18 恩をも知らぬ悪人に恩を施さうずる
19 時は,偏に天道へ対して召されい.
20 鼠の事.
21 京の鼠田舎へ赴いたが,その所
22 の鼠の下で,都の鼠を持

(448)
1 て成す事が限りが無かった.扠京の鼠
2 その恩を報ぜうずるとて,同道して都へ
3 上った.京の鼠の家は所司代の館で
4 然も蔵の内なれば,七珍万宝,その他良い
5 酒,良い肴何でも有れかし乏しい事は一
6 つも無うて,酒宴の半ばに及うだ時,蔵
7 の役者戸を開いて来れば,京の鼠は
8 元から住み慣れたる所ぢゃに因って,我が住
9 処を良う知って,容易う隠れたれども,田舎の鼠
10 は案内は知らず,ここかしこを逃げ回った
11 が,とある物の陰に隠れて辛い命を生き
12 てその難を逃れた.扠その役者出て行
13 けば,又鼠共参会して,田舎の鼠
14 に言う様は;少しも驚かせらるるな:在
15 京の徳と言うは:この様な珍物,美物を
16 食うて,常に楽しむぞ:ほしいままに何をも
17 かをも御参り有れと言えば,田舎の鼠が言う
18 は:面々はこの蔵の案内を良う御知り有った
19 れば,然も有らうず,我等はこの楽しみも更に
20 望みが無い:それを何故にと言うに,この館の人
21 々各々を憎むに因って,万の
22 罠,鼠取りを拵えて置き,あまっさえ数十
23 匹の猫を養えば,十に八つ,九
24 つほどは滅亡に近い:我等は田舎の者

(449)
1 なれば,自然も人に行き合えば,藁芥の中
2 に逃げ入って隠るるにも心安いと言うて,速
3 やかに暇乞いして馳せ下った.
4 下心.
5 凡夫は貴人,高家の側に近付く事は
6 無益ぢゃ:若しその顧みが無くは,忽ち
7 気に違い,災いに会わうずれば,唯貧楽には如
8 かぬ:その子細は,貧を楽しむ者は他には
9 楽しみは少ないと言えども,心中には万
10 の宝を持つに因って,心安う楽しむ
11 事は極まりない:なかんづく貧に伴う堪
12 忍,遜りの宝を持って飾りにする物
13 ぢゃ:然るに有徳な者は常に心乱
14 れ騒いで,驕慢身をも,心をも,悩ま
15 すと言う心ぢゃ.
16 鷲と,かたつぶりの事.
17 或る鷲かたつぶりを見付けて食らわうとすれど
18 も,適わなんだれば,烏が側から我にその半
19 分を下されば,こしめす様を教えまらせう
20 ず:そのかたつぶりを取って高う飛び上がり,石の上
21 に落とさせられいと言えば,鷲そのごとくする時,
22 容易う割れた.
23 下心.
24 仮令如何なる威勢位に盛んなる者で有り
25 と言うとも,余の人の異見をばいつも聞かうずる

(450)
1 事が専らぢゃ.威勢は知恵を増す物で
2 はおりない:知恵は学者のみに有る.
3 烏と,狐の事.
4 或る時烏食を求め得て,木の上に
5 休み居るに,狐も食を求むれども,
6 得いで馳せ帰るとて,烏の含んで居る肉
7 叢を見て,羨ましゅう思い,何とぞしてこれ
8 を誑かいて取らばやと巧んだが,烏の居た木の
9 下に行って言うたは:如何に諸鳥の中の優れ
10 て気高い烏殿,御辺の翼の黒う輝
11 くは,袞竜の御衣か?又は錦か?縫い物
12 か?真に奇妙な装束ぢゃ.然れどもこ
13 こに一つの不足が有ると人皆これを沙汰
14 する:それを何ぞと言うに,音声が些か鼻
15 声で明らかに無いと申すが,真や此の頃
16 は音声も明らかに成って,歌わせらるる声
17 も面白いと承る:一曲聞かさせられい
18 かしと言えば,烏この事を聞いて真かと
19 心得て一曲上げうと口を開くと共
20 に肉叢をば落といた:狐下で落としも
21 付けずこれを食らうた.
22 下心.
23 人より追従せらるる事を真と信ずる

(451)
1 ならば,遂にはその身の損失と成り,あまっさえ
2 諸人より嘲られう事は疑い無い.
3 犬子と,馬の事.
4 犬子をその主人愛して,常に膝の上に
5 置き,抱き抱えて不憫を加えられた.又或る
6 時その主人他から返られたれば,その膝に
7 上がり,胸に手を掛け,口を舐りなどしていと
8 馴れ馴れしい体で有ったに因って,主人愈愛せられた
9 所で,驢馬この由を見て羨む心
10 が起こったか,我もあのごとくにして愛せられうと
11 思い,或る時主人の胸に両足を上げ,
12 口を舐り,その座を駆け巡れば,主人は
13 大きに腹を立てて,散々に打擲し,元の
14 馬屋へ追い下された.
15 下心.
16 我が身の無器量な事をば顧みいで,人
17 の器用と,主人に愛せらるる事を羨む者
18 は,忽ち恥を掻いて退く物ぢゃ.
19 獅子と,鼠の事.
20 獅子王の寝入った辺りに数多の鼠共が
21 徘徊して走り巡ったが,或る鼠獅子王の

(452)
1 上に飛び上がった時,獅子王これに怯えて目
2 を覚まいて,かの鼠を掴うで宙に差し上げ
3 た:鼠もそこで大きに肝を消し,慎ん
4 で申したは:如何に獅子王聞こし召されい,緩怠を
5 存じては,仕らぬと悲しむに因って,獅子
6 も心中に思うは:物の数でも無い小鼠
7 共を我が手に掛けて殺さう事,却って
8 我が名を汚すに似たと思うて,忽ち許い
9 て遣ったれば,鼠は天の命を助かってこ
10 の御恩をばいつまでも忘却仕る
11 まじいと礼を成いて去った.或る時かの獅子王山
12 中で罠に掛かり,進退ここに極まったに因って
13 声を上げて叫ぶ程に,件の鼠が聞
14 き付けて,急ぎその辺に走り来て獅子王に
15 礼を成いて言うは:如何に獅子王殿,心を尽くさ
16 せらるるな:先年被った御恩を報じ奉
17 らうずると言うて罠の端々を食らい切れば,獅子王
18 難無う逃れたと申す.
19 下心.
20 威勢,威光の天下に聞こえ渡る様な者とても,
21 誰をも卑しめず,卑しい者にも仇を成さず,
22 却って情けを先とせう事ぢゃ:如何な卑しい者
23 なれども,時としては貴人,高家の助けと成
24 る事も有る物ぢゃ.

(453)
1 燕と,諸鳥の事.
2 或る人麻の種を撒く所を見て,燕
3 これを悲しみ合うた:日を経て次第に苗に
4 生い出れば,愈燕これを悲しゅうだ所
5 で,諸鳥これを見て笑うて言うは:何故に燕
6 は悲しむぞと問えば,燕答えて言うは:
7 この麻が成長して罠と成り,網と成らば,我
8 等が果て口ぢゃ:これを思えば,愁嘆する:
9 各々もこの苗の小さい時,皆引き
10 捨てさせられいかしと勧むれども,諸鳥は却って
11 嘲れば,燕の言うは:我は今より
12 各々に一味を致すまい:唯人間と入魂
13 をせうずると言うて,燕ばかりは人の家の
14 内に巣を掛け,子孫を育つる物ぢゃ.
15 下心.
16 遠慮の無い者は必ず近い憂いが有る
17 物ぢゃ:少しの火を消さねば猛火の災い
18 が出来,少しの誤りを防がねば,大きな科
19 をする物ぢゃ.
20 EsopoAthenasの人々に述べたる例
21 えの事.
22 Athenasの在所始めは主人も無うて,地下の
23 宿老の評定を持って収めたに,何とか談
24 合が破れつらう,主人を定めて人の下人と

(454)
1 成り,少しの誤りをも許さず,成敗せら
2 れて後悔する折節,Esopoに向かうてその思
3 いを述ぶる所に,例えを述べて言うは:
4 或る川の辺に蛙共思う様は:我等に
5 主人が無いに因って,様々の者共に或いは
6 食らわれ,或いは侮らるる事口惜しい事ぢゃ
7 と言うて,天に祈って言うは:如何でか我等にばかり主
8 人を下されぬぞ?仰ぎ願わくは主人を下
9 されよかしと,申せば,天これを哀れませられて
10 柱を一本下さるれば,蛙共事とも
11 せいで,結句その上に上り,船車など
12 の様に乗り物にして,重ねて蛙共天に
13 奏聞申すは:以前の主人は無心の枯木で
14 御座れば,然るべい主人を与え下されいと申す
15 に因って,然らばと有って,後には鶴を主人と
16 して与え下された.それよりして鶴は件の
17 柱に座して辺りに来る蛙共を一つも
18 残さず食らうに因って,蛙の進退難儀に極
19 まり,又天に申すは:我等が一類を悉
20 く滅亡に及ぼすを哀れませられいと頼
21 み奉れば,その時天から仰せらるるは:汝
22 は我が定めを背いて,自己を専らとした
23 事なれば,今更改易する事は成るまじいとの
24 天勅ぢゃに因って,今日に至って蛙共こ

(455)
1 の憂いに耐えず,主君にてまします鶴御宿
2 に返らせらるれば,その後に夜な夜な天へ甲斐無い
3 恨みを成いて叫ぶ.
4 下心.
5 人毎に当時の主人の柔和なをば臆病
6 で役に立たぬと言い,武辺者をきついと言うて
7 嫌がり,前のを褒めて,当時のをば謗り恨
8 むる物ぢゃ.
9 鳶と,鳩の事.
10 鳩共が群がり居る所に鳶が来て
11 掴み殺さうとの風情ぢゃに因って,この儀を口
12 惜しゅう思い,鷹の方へ行って言うは:今日よ
13 り御辺を主人と敬わうずる:かの鳶と言う
14 は卑しい無道人が我等を侮り卑しむれば,頼
15 み奉ると言うに因って,鷹はこの事幸
16 いぢゃと喜び,鳩に向かうて言うは:いと易い儀
17 ぢゃ:急ぎ我が方へおりゃれと言うて,一つも残
18 さず掴み殺いた.その時或る鳩進み
19 出て申したは:始め鳶から受けた恥辱は物
20 の数でも無い:この御計らいは悉皆滅亡
21 の基なれども,自業自滅の技なれば,今
22 更人をも,世をも恨むる事は無いと言うて
23 死んだと見えた.

(456)
1 下心.
2 万事をせうと思わう時,先づ良う未来の
3 損得を考え,後に難の起こりさうな事
4 をばするな:苦しゅうで悔やむは,畜生の技
5 ぞ.
6 狼と,豚の事.
7 或る豚子を生まうとするに,狼が来て言う
8 は:兼日申し合わせうずる印として,只今御
9 産の砌の力を添よう為に参ったと言え
10 ば,豚の言うは:否々それは憚りぢゃ:殊更
11 産後,産前の砌には見苦しい事のみ多う
12 御座れば,疾う疾う返らせられいと言えば,又狼の
13 言う様は:志が浅くは,何故にこれまでは
14 参らうぞ?是非無うこれに留まって力を添えいで
15 はと言えども,豚強ちに辞退するに因って,
16 留まるにも及ばず,狼も返り,豚
17 も心安う産をした.
18 下心.
19 平生不和な者の難儀を救わうと言う事
20 は有るまじい:些かもその言葉を信ずるな.
21 孔雀と,烏の事.
22 或る烏己が人物を驕慢し,孔雀
23 の羽根を見付けてここかしこに纏い,自余

(457)
1 の烏をば大きに卑しめ,我が上は有るま
2 じいと飛び巡り,孔雀の内に交われば,孔雀
3 安からず思い,汝は我が一族で無い
4 に,何故に我が一門の衣装をば盗んで着た
5 ぞと取り回いて剥ぎ取り,散々に打擲して
6 場中で恥を掻かせたれば,泣く泣く烏の
7 中に加わり,尾羽を窄めて屈み回った.
8 下心.
9 徳も無うて誉を掲げうずる者は必
10 ず恥に会わうず.悪人紛れて善人の
11 中に交わると言うとも,言語進退に忽
12 ちその悪が現われて恥に及うで退かう
13 ずる事は疑いも無い.
14 蠅と,蟻の事.
15 或る蠅蟻に語って言うは:つらつら物を案
16 ずるに,世上に果報のいみじい者と言うは即
17 ち我等が事で有らうず;不肖至極な蟻共
18 は中々階立てても及ぶまじいぞ:それ
19 を何故にと言うに,天子将軍に捧ぐる物と
20 言えども,先づ我等その以前にほしいままに食う,
21 然のみならず上一人より,下万民の
22 頭上を踏むに恐れも無う,何たる良い酒,珍
23 しい肴と言うても,いづれか我等が手を
24 掛けぬを食する人の有る?いづれの人の頭

(458)
1 か我等が踏み物に成らぬが有るかと自
2 慢すれば,蟻の言うは:蠅殿の仰せ一つとして
3 偽りはおりない:但し世上に沙汰致いたは,蠅ほど
4 尾籠な者はおりない:手の及び,力の及
5 ぶほどは,誅罰せうと相巧まるる:されば我
6 等を卑しめさせらるれども,春過ぎ,夏長
7 けて,秋も暮れ,冬が来れば,翼も地に落
8 ち,力も槻弓の引き立てられう便
9 りも無うて凍えて屍を晒さるるは,又世
10 に類いも無い浅ましい儀ぢゃ:物の数で
11 は無けれども,我等が一門は如何に激しい
12 冬と言うても,飢渇に責めらるる苦しみも
13 無し:春夏未来の覚悟をすれば,秋冬
14 は豊かに日を送ると言えば,蠅は以前の広
15 言を忽ち引き替えて,おめおめとして立
16 ち去った.
17 下心.
18 当座の威勢に驕る者は以来の難儀に
19 躓かうず:我と身を大きに褒むる者
20 は未だその言葉も干ぬ内に,面目を
21 失う物ぢゃ.
22 獅子と,馬の事.
23 或る馬丘の辺に出て草を食む所に,
24 獅子王これを見て食らわうと思えども,左右無う

(459)
1 走り出るならば,あれも逃げうず.所詮武略
2 をして近付かうずると思い,如何にも静
3 かに柔軟な振りで馬の側に歩んで来,我
4 は此の頃医道を稽古した:そちは痛む所
5 が有らば見せい,薬を施さうと言う所
6 で,馬この謀を推察して,扠は天の
7 与ゆる所ぢゃ.我この程足に杭を踏
8 み立てて歩む事も適わぬ:憚りなが
9 ら,療治して下されいと言えば,いと易い事ぢゃ:
10 先づ見ょうと言う程に,片足を上ぐれば,獅子
11 王振り上げて見る所を眼と思しい辺
12 りを力に任せて強かに踏めば,然しも
13 に猛い獅子王も眼が眩うで,心気を
14 失い,かしこにかっぱと倒れたれば,その間に
15 馬は遥かに逃げ延び,やあしたりやと嘲って
16 行った.
17 下心.
18 謀りを持って人を誑かし,己が
19 依怙を尋ねう者は,一度は必ずその
20 罰に会わぬと言う事は有るまい.
21 馬と,驢馬の事.
22 或る馬に一段結構な鞍を置き華や
23 かにして差いて通るに,驢馬の見苦し気なに
24 重荷を負おせて行き合うた所で,かの乗り

(460)
1 馬がこれを見て,汝何故に我を礼拝せぬ
2 ぞ?只今我を踏み倒さうも身が侭ぢゃと
3 由々し気に罵って過ぎたが,その馬程無う
4 両足を踏み折ったに因って,乗り馬には似合わぬ
5 と言うて,肥などを負おする為に地下へ遣わ
6 いた.さう有って糞土を負おせられて田畠に出る時,
7 件の驢馬に行き合えば,驢馬が立ち留
8 まって言うは:ここを通るはいつぞや対面した
9 乗り馬では無いか?扠もその時の汝が過
10 言はいつぞの程に引き替えて斯く浅ましゅうは成
11 り下がったぞ?我は元から卑しい身なれども,未
12 だ糞土を運うだ事は無いと恥ぢしめて過ぎた.
13 下心.
14 人は威勢の盛んなとて,他をばな卑しめそ:
15 栄ゆる者の忽ち衰ゆるは珍
16 しからぬ世上の習いぢゃ.
17 鳥と,獣の事.
18 鳥と,獣の仲が不和に成って,弓箭
19 に及ぶ事が有った.その時鳥類度々利
20 を失うて,気を飲み,声を飲む所に,蝙蝠
21 手を変えて獣の方へ降参するに因っ
22 て鳥類の陣には愈力を落とし,敗軍
23 も遠からぬ体ぢゃとひそめく所に,鷲と言う
24 荒武者が進み出て高らかに言うは:各々は

(461)
1 何事を御詫び有るぞ?戦は勝負の事な
2 れば,勝つも,負くるも唯時の運に因る
3 事ぢゃ.小勢を持って大勢に勝つ事はその例
4 が無いでも無い:仮令鳳凰,孔雀の手を変え
5 らるるとも,我等が一族の有らう程で,無
6 下に敗軍する事は有るまじいに,況んや蝙蝠
7 連れの臆病者共が五万十万敵
8 に付いたればとて,戦場へ出でては一羽もえ追う
9 まいぞ:いざ然らば今度は我等が一門先
10 を駆けて戦を始めうずる.各々後を
11 黒めさせられいと然も頼もし気に罵って
12 行けば,諸鳥もこれに気を直いて,獣
13 の陣へ押し寄するに,獣元から待
14 ち掛けた事なれば,時も移さず,打って出
15 て,いつものごとくしたれども,今度は鷲
16 の調儀を持って戦に花を散らすに因って,
17 獣も多いと言えども,予て評議を
18 せなんだに因って,散々に切り立てられ,精兵数
19 多打たせ,風に木の葉の散る様に,東西に敗北
20 した.この後鳥も,獣も義兵を
21 止めて,和与の整えを成いて,広い野辺に
22 出会うて参会した.その時鳥類申したは:
23 今度互いの戦に誰とても別心を企
24 てた者は無いに蝙蝠が野心は前代未聞

(462)
1 の重罪ぢゃに因って,今日より鳥類の一
2 門を破するぞと言うて,鳥の衣装を剥ぎ取り,白
3 昼に徘徊する事も許されず,漸う辛
4 い命ばかりを助かって退出した.
5 下心.
6 一族の中を離れて,天下,国家を与
7 ようと言うとも,敵方に付くな.仮令一旦栄
8 華に誇る事有りと言うとも,遂には敵方の
9 心にも筋無い者と思わうず:その上
10 次第に道も狭う成り,身の置き所も有る
11 まいと言う儀ぢゃ.
12 鹿の事.
13 或る鹿水辺に出て水を飲むに,己が
14 影の水に映ったを見て思う様は:扠
15 我が角の花木利剣の様に見ゆる物,
16 又世に有るべうも覚えぬと自慢し:又
17 四つの足の影の物弱気に,然も
18 蹄の割れた体を見て,扠も我が四つ
19 足は頼もし気無い弱い身哉!頭は固
20 く,足は弱い体を何に似たぞと我と案じ煩
21 うて居た所に,人の来る音がするに因って,
22 慌て騒いで山に入ったが,何と取り外いたか
23 角を茂りに引っ掛けて,抜き差しも適わいで,
24 既に危うい時,鹿独り言して言うは:この

(463)
1 難に会う事最も道理ぢゃ:我が為に良い事
2 をば卑しめ,仇と成る物を慢じた故
3 ぢゃと思い当たった.
4 下心.
5 人も分別無ければ,身の為に便りと
6 成る物をば卑しめ,仇と成る事を尊
7 む事多い物ぢゃ.
8 腹と,四肢六根の事.
9 眼耳鼻舌の四つを先として,手足各
10 々一味して,腹と言う卑しい無道人その身は
11 何の技も成さいで,我等を下人の様に使
12 い,己は主君の風情を成す事近頃
13 狼藉千万ぢゃ:所詮今より腹に奉公すま
14 じいと議定した.その時腹が言うは:各々
15 の仰せは最も御道理ぢゃ:然れども我幼
16 少より少しの技をした事も無い:偏に
17 御免を被れと詫ぶれども,各々憤
18 り深うして,二三箇日は少しの事も
19 せいで腹を痛めうとの評議に済んで,日数を経
20 る程に,次第に四肢六根は弱り果て,進退
21 ここに極まった.その時各々仰天
22 して,今こそ思い当たったれ:四肢六根の働
23 きは偏に腹の力に因っての事ぞ:然ら
24 ば腹に懇望せよとて,前々のごとく

(464)
1 奉公に油断有るまいと言うて,少しも怠り無う
2 仕えた.
3 下心.
4 総じて下臈無うて,上﨟も無く,無能な者
5 が無うては,能者の立つ事も無い.
6 Pastorと,狼の事.
7 或る人狼を殺さうとて,追い掛けて行くに,
8 何としたか,狼は或る茂りに入った:したをそ
9 の辺に居合うたPastorこの狼の隠れた所
10 を良う見たに因って,狼その人の前
11 に来て言うは:如何にPastor聞こし召せ,我ほど不
12 運な者は又も御座るまい:只今隠
13 れた所を人々問うとも表わいて下されなと
14 慇懃に頼うだ.Pastorあう,何より易い事ぢゃと
15 然も頼もし気に約束した.狼これ
16 を真と心得,その言葉に安堵して隠
17 れ伏いた所に,狩人来て,その辺を尋
18 ぬるに,Pastorもこれを究竟の砌ぢゃと
19 思い,言葉ではそでも無い所を教え,
20 眼を持って臥所を教えた.然れど
21 も狩人Pastorの目遣いを見知らいで有らぬ
22 所へ過ぎ行いたれば,狼得たり賢し
23 とそこを逃げ去った.その後かの狼に
24 Pastor行き合うて,扠も先度は危うい命を

(465)
1 我が調略を持って助けたれば,定めてその
2 恩をばよも思い忘れられじと言えば,狼
3 答えて言うは:仰せのごとく御身の舌
4 の先は忝けれども,眼は抜いて取
5 りたいぞと.
6 下心.
7 佞人は心と,言葉と相違うて,口には
8 追従,諂いを本とし,心には人を譖
9 ぢょう事をのみ巧むに因って,忠言少し
10 も徳と成らぬ.
11 蝉と,蟻との事.
12 或る冬の半ばに蟻共数多穴より五
13 穀を出いて日に晒し,風に吹かするを蝉が
14 来てこれを貰うた:蟻の言うは:御辺は過ぎた
15 夏,秋は何事を営まれたぞ?蝉の
16 言うは:夏と,秋の間には吟曲に取り紛
17 れて,少しも暇を得なんだに因って,何たる
18 営みもせなんだと言う:蟻実に実にその分
19 ぢゃ:夏秋歌い遊ばれたごとく,今も秘曲
20 を尽くされて良からうずとて,散々に嘲り少
21 しの食を取らせて戻いた.
22 下心.
23 人は力の尽きぬ内に,未来の勤め
24 をする事が肝要ぢゃ:少しの力と,暇

(466)
1 有る時,慰みを事とせう者は必ず
2 後に難を受けいでは適うまい.
3 狼と,狐の事.
4 或る狐川端に居て魚を食する所
5 に,狼飢えに臨うでそこへ来て言うは:我
6 にその魚を食わせい:狐答えて言うは:某
7 の食い残いたをば何として参らせうぞ?籠
8 を一つ下されば,御望みの侭に魚
9 を取る調儀を教え申さうずると言う:狼
10 それは何より易い事ぢゃとて,近い里より籠
11 を取って来た.狐かの籠を狼の尾
12 先に括り付けてこれをこの川の内で先
13 へ引かせられい,我等後より魚を追い入れうずると
14 言えば,狼実にもと喜うで水の中
15 に飛び入って泳ぎ行く:狐後から石を直
16 物取り入るるに因って,次第に重う成って一足
17 も引かれぬに因って,後を見返り魚が多う入っ
18 たやら,早先へ行く事が適わぬが何とと
19 問うた:狐真に過分に魚が入って御
20 座るに因って,我等が力では引き上げ難い:然
21 らば誰ぞ合力に雇わうとて,近い里に行いて,
22 この辺りの羊を食らう狼只今水
23 に溺れて死なうとするぞ,人々来て殺せと罵
24 れば:我先にと走り行いて,川の中な

(467)
1 狼を散々に打擲するに:或る人刀
2 を抜いて切らうとしたが,切り外いて尾を打ち切った
3 れば:辛い命ばかり生きて山へ入った.又そ
4 の時分獣の王で有る獅子病して大
5 事に極まるに因って,いづれも獣共
6 踵を継いで,その山に伺候する.その中
7 に狼の出て言うは:我この程名医に伝
8 え申した事が有る:この御患いの病症に
9 は唐物も,和薬も用ゆるに足らぬ.唯
10 狐の生き皮を剥いで,未だその暖まりの
11 冷めぬ内に皮肉を包み,温めさせられ
12 ば,御平癒有らうずると.然るをその辺に狐
13 の穴が有って密かに聞いて,武略をせうとて全体
14 を泥の内に投げて,見苦しゅう汚れて,
15 獅子王の前に畏まった.獅子狐を招
16 き,近う来い,言わうずる事が有る:今日より
17 我を我が妻と定めうと言うたれば,狐
18 答えて言うは:仰せは天山忝いと言えど
19 も,御覧ぜらるるごとく,余りに泥に汚れて御
20 座をも不浄に成し奉らば,愈御患
21 いの元とも成らうず:然らば罷り帰って身
22 をも清めて参らうずると言い終わってから,我
23 此の頃これ等の御患いに妙薬が有る
24 事を習うて御座る:但し有るまじい事なれば,

(468)
1 良薬と申しても益無い事か,千万に一
2 つも有るに於いては,狼の尾の切れたを取って
3 生き皮を剥いで,未だ暖まりの冷めぬ内に皮
4 肉を包ませられば,最も奇妙不思
5 議な薬ぢゃと言うた所で,その側に件
6 の狼が居たを,忽ち掴うで引き寄せ,面
7 と,手足の皮ばかりを残いて丸剥ぎに
8 剥いで,獅子の全体を包み,狼をばその侭
9 差し放いた.折節夏の頃なれば,蟻,蠅が
10 群がってせせる程に,狼の悲しみは唯
11 一つでも無かった.扠件の狐或る丘
12 に休んで居る所に,かの狼哀れと言う
13 も疎かな体で過ぎ行くを見て,狐が呼
14 び掛けて言うは:只今かほどの炎天に頭巾
15 を担ぎ,足袋を履き,弓懸を差いてここを過
16 ぐるは誰ぞと散々に嘲り:如何に狼
17 良う聞け,人の上を訴ゆる者は,血を含
18 んで人に吐き掛くると同じ事ぢゃ.吐き掛けう
19 とするよりも,先づその口を汚すと言う
20 事が有る:忠言をこそえ言わずとも,せめ
21 て讒言を吐くなと言うたと申す.
22 下心.
23 讒者の遂に身を害するは,その身の口
24 故ぢゃと言う事を思え.

(469)
1 鳩と,蟻の事.
2 或る時蟻が海辺に出て行く所に,俄
3 かに大きな波が打って来て引き連れられ,既に命
4 も危うい様に漂い行くを,梢から
5 鳩が見たが,それが難儀を救わうと思うたか,
6 木の枝を食い切って蟻の辺りへ投げ落とせば,
7 蟻は大きに便りを得て,その枝に上って汀
8 に上がった.暫しして或る人が来て,その木
9 の枝に鳩の罠を差いたれば,かの蟻只
10 今の恩賞を報ぜうずると思うたか,その人の
11 足を強かに食らうたれば,罠を投げ捨てて先づ
12 その足を撫で摩る間に,鳩はこの由
13 を見及うで,忽ちそこを立って往んだと申す.
14 下心.
15 人より恩を被っては,そなたもそれを報ぜう
16 志を御持ち有れ:恩を知らぬ者は
17 蟻虫にも劣ると言う事ぢゃ.
18 Esopoが作
19 り物語の下巻.
20 鶏と,下女の事.
21 或る家の主二人の下女を使われたが,

(470)
1 払暁にそれ等を起こいて働かする為に,鶏
2 を飼うて,時を測られたを下女これを大きに嫌
3 うてかの鶏さえ無いならば,これほど払暁には
4 起こされまじい物をと思うて:二人言い合わせて,
5 密かに鶏を殺いた.家の主鶏の声
6 にこそ時を知って起こされたれども,鶏
7 が無ければ,時節を測る事が適わいで,夜中
8 前から起こいて,仕事を言い付けらるるに因っ
9 て,下女共大きに退屈して,鳥は物か
10 はと苦しゅうだ.
11 下心.
12 遠慮の無い者は後の難儀を顧
13 みいで,初一念に憤りを散じて,大事が出
14 来してから,悔やむに益無い事をのみし出だす
15 物ぢゃ.
16 二人の知音の事.
17 或る時自余に混ぜぬ二人の知音打ち連れ
18 立って行く道で,熊と言う獣に行き合う
19 て,一人は木に上り,今一人は熊と戦
20 うたが,精力が尽くれば地に倒れ空死をし
21 たれば,かの獣の気質で,死人には害を
22 成さぬ物ぢゃ:然れどもその獣生
23 死の安否を試みょうと思うたか,耳の辺,
24 口の辺りを嗅いで見れども,死んだごと

(471)
1 くに動かなんだれば,そこを退いた.その時
2 木に上った者が下りて,その人に近付いて,
3 扠只今御辺にかの獣が囁いた事
4 は何事ぞと尋ぬれば,答えて言うは:か
5 の獣の我に教訓を成いた:それを何
6 ぞと言うに,汝向後御身の様に大事に臨
7 うで見放さうずる者と知音すなと.
8 下心.
9 そのごとく憂き時,連れぬ友をば友
10 とするな.
11 棕櫚と,竹の事.
12 或る時棕櫚竹に向かうて言うたは:如何に竹,良う
13 聞け,我ほど世に弱うて実も無い者は有る
14 まじい:僅かの風にも恐れ戦いて,靡
15 くばかりぢゃ:我は少しも志を撓
16 めず,普段健気にして居ると言えば,竹は
17 この事を聞けども(真なれば)兎角論
18 ずるに及ばいで,閉口して畏まったが,軈て
19 その日大きな辻風が吹いて鳴動して来たが,
20 竹は元から恐れを成いて頭を地に下げ
21 遜ったれば,恙無う起き上がった:然るに
22 棕櫚は兼日の利口のごとく志を下
23 さず,肘を張って居たを何かは堪よう;散々に
24 吹き折って,ねごれに成って果てた.

(472)
1 下心.
2 高ぶる者は害せられ,従う者は却
3 って他を制するぞ.
4 大海と,野人の事.
5 或る時野人海辺に出て,海の緑の和
6 やかなを見れば,数多の回船が東から西
7 に行くも有り,鴎の砂に印を刻むも
8 有り,絵に書くとも,筆にも及ばぬ景気に乗
9 じて,心に思う様は:扠も我等が技ほ
10 ど物憂い事は有るまじい:山野を家にし,田
11 畠に汗を流し,氷を耕し,雨を植ゆ
12 る事は斯様の了見を弁えぬ故ぢゃ.
13 只今から一跡を沽却して,船の上の
14 商いをするには如くまじいと思うて,農具,牛,
15 馬を売って,その里の串柿を買い取って,
16 港に下って,渡海の便船を得て,向かい
17 の国に渡る所で,俄かに大風が吹いて来て
18 船を覆さうとすれば,船中の荷物を
19 悉く取り捨てて,漸う辛い命ばかりを
20 生けて返った.暫くして波風も早穏
21 やかに成り,海上も悠々としたを見て,海に
22 向かうて叱って言うは:如何に大海良う聞け,有るほ
23 どの串柿は皆汝に与えつ,又先の
24 ごとく蟠って身をたばかるとも,再び

(473)
1 串柿をば食らわする事は有るまじぞと.
2 下心.
3 諸職共に辛労の有る事を未だ知ら
4 ぬ者は,我が技ばかり苦しゅうで,人は辛
5 労の無いかと羨み,新しい道をせうとする
6 に因って,以前の辛労よりも猶大きな苦患
7 に会うて身を知る物ぢゃ.
8 炭焼きと,洗濯人の事.
9 或る炭焼き洗濯人の下に行って見れば,
10 家も広う,間々も多いを見て,如何に主,我
11 が借用した家は膝を入るるにも足らず,狭う
12 難儀に及べば,慈悲の上からこの一間を
13 我に御貸しゃれと言えば,主答えて言うは:仰
14 せは尤もなれども,我が身に取っては適い
15 難い:故を如何にと言うに:身が一七日の間
16 洗い清めうほどの物をそなたの一時
17 召されう事を持って汚されうずれば,少しの
18 間も適うまじいと.
19 下心.
20 仁者を友にせう人は,悪い者に遠ざか
21 らずんば,必ずその名も,その徳も滅
22 びょうず.
23 病者と,薬師の事.
24 或る薬師一人の病者の下に見舞い,気

(474)
1 分の趣を問うに,病者の言うは:今宵
2 鶏の鳴く時分から,今まで汗の出る事
3 は車軸を流すごとくぢゃと言えば,医者の言う
4 は:一段それは希う事ぢゃと.その翌日
5 又来て,気分は何とと問うに:病者の言うは:今
6 朝より強か震い付いたと:医者は一段これ
7 も良い事ぢゃ.又その翌日来て,如何にと問うに:
8 病者の言うは:昨日の暮れ程から小腹の辺り
9 が刳る様に痛うて瀉する事が度々に及ぶと:
10 医者の言うは:それは優れて良い印ぢゃと言うて往ん
11 だ.病者看病する人に言うは:医者は今まで出
12 来るほどの病をば皆良い良いと言わるれど
13 も,身は早死ぬるに近いと.
14 下心.
15 追従ばかりで人を諂う者の言う事
16 を信ずるな:その言葉の下から大事が起こ
17 らうず.
18 陣頭の貝吹きの事.
19 或る時この役者敵から生け捕りにせられ,忽
20 ち誅罰を加ようずるとするに,かの者
21 声を上げて悲しゅうで言うは:如何に人々我には
22 罪も無いに,何故に殺さうとはさせらるるぞ?その
23 子細は,我はこの年月人を害する事も
24 無し:唯出陣の時,貝を吹く事,これ家の

(475)
1 役なれば勤むるまでぢゃ?更に面々に
2 仇を成す事は無いと.敵方これを聞いて言うは:
3 それに因ってこそ猶殺さうずる事なれ:それを
4 何故にと言うに,己は戦場に出て,盾矛を取っ
5 ては働かねども,貝鉦を鳴らせば,味方の
6 勇気に力を添えて戦いに進む者な
7 れば,赦免する事は有るまじいと言うて殺いた.
8 下心.
9 仮令その身は犯さずとも,罪を勧むる
10 題目と成る者は,凡人よりも重罪に
11 付せうずる事で有.
12 母と,子の事.
13 或る童部手習いに遣る所から友達
14 の手本を盗んで来れども,その母はこれを
15 折檻もせいで置くに因って,日々に筆,墨など
16 を盗んで来て,盗みほどの面白い事は
17 無いと思い,成人するに従うて,後には大
18 盗人と成って,その罪が現わるれば,守護
19 の所に渡され,成敗の場に引かるるに臨う
20 で,その母後から泣き慕うをかの盗人声
21 を聞いて,警固の武士に我が母に密かに言い
22 たい事が有る:側に呼うで下されいと言うたれば,母
23 何心も無う悲しみの涙を押さ

(476)
1 えて近付けば,我が口へ耳を寄せさせ
2 られいと言う程に,即ち耳を寄せたれば,
3 片方の耳を食らい切って,大きに怒るに因って
4 見る人各々肝を消し,扠もあの盗
5 人は前代未聞の奴奴ぢゃ:盗みを
6 するのみならず,我が母に食らい付くは真
7 に畜類にも劣ったと言えば:盗人万民
8 の中で如何にも高声に罵ったは:我が母ほ
9 どの慳貪第一な者は世に有るまじい:我
10 がこの分に成る事は彼が仕業ぢゃ;故を
11 如何にと言うに,我幼少の時,友達の手本
12 墨,筆を盗んで来れども,遂に一度も
13 折檻を加えいで,その侭盗みの癖を
14 捨ていでこの分に成った.我を誅する者は
15 即ち母ぢゃと言うて切られた.
16 下心.
17 少しの悪を懲らさねば,大きな悪が世に
18 蔓延ると言う事を知れ.
19 鶏と,犬の事.
20 或る時鶏と,犬と打ち連れ立って野遊び
21 したに,日が既に暮るれば,鶏は梢に
22 上り,犬はその木の下に眠った.さう有る
23 所へ狐その辺り近う居たが,鶏の

(477)
1 暁歌うを聞いて,走って来て木の下に寄って
2 言うたは:如何に鶏,久しゅう見参せぬ:殊に
3 は一曲の妙な声が世に隠れ無い:一節
4 承らうずる為に参ったれば,少しの
5 間ここに下り有れと言えば,鶏答えて言うは:
6 真にその以後は久しゅう対面申さぬ:床しゅう
7 存ずる所に,御尋ねは忝い:軈て
8 それへ参らうず,先づその辺りに召し置いた私
9 が随身を起こさせられいと:狐は真
10 かと心得て,誰か有る?誰か有ると叫ぶ程
11 に,犬は眠りを覚まいて忽ち狐に
12 飛び掛かって,唯一口に噛み殺いた.
13 下心.
14 賢才の有る人は我が敵を手づから害せ
15 ねども,又我よりも強い者を持って
16 殺さする物ぢゃ.
17 獅子王と,熊との事.
18 或る時羊の子一匹熊と,獅子との二
19 つの手に掛かって死んだ.この二つの獣
20 互いに自他の勝負を争うて,明日から夕さり
21 まで戦えども,遂にその勝ち負けが見
22 えいで,争い草臥れて,両方に立ち別れて居る
23 所に,狐が余所からこれを見て,二つの

(478)
1 中に置かれた羊を取って食らうた.二匹の猛
2 い獣共扠も安からぬ狐が
3 働き哉とは思えども,流石に大敵を
4 前に置いたれば,小敵を拒むに足らいで食
5 らわれた.
6 下心.
7 両方から争う物を中から出て取る事
8 は多い物ぢゃ.鷸蚌が相争うて二つ乍
9 ら漁人の手に落つると言うもこれ等の事を
10 言うか.
11 貪欲な者の事.
12 或る貪欲な者一跡を悉く沽
13 却して,金子百両を求め,人も行かぬ
14 所に穴を掘って,深う隠せども,それも猶
15 疑わしゅうて,毎日その所に行って見舞う
16 た.さう有れば或る人かの者の日々に同
17 じ所へ行っては返り,行っては返りするを見て,
18 大きに怪しみ,暇を窺うてかの所を漸
19 う見れば,件の穴を見付け,それを悉
20 く取って返った.その翌日いつものごとく
21 行て見れば,穴も掘られ,黄金も無い事を
22 仰天して,五体を地に投げ,悶え焦がれて
23 泣き嘆く所に,或る人そこを通ったが,予
24 てその事を知ったか,嘲って言うは:御辺の

(479)
1 気遣いは無益ぢゃ.そなたの賢い謀
2 を持ってその悲しみを御宥め有れ:先づ
3 石を取って件の金子の重さに掛けて,そ
4 の穴に御隠しゃれ:扠そなたの心には:黄
5 金ぢゃと思い御成しゃれ:それを何故にと言うに,
6 黄金を使いもせず,家にさえも置かいで,山
7 野の土の中に埋むる事は,石と同
8 じ事では無いかと言うて去った.
9 下心.
10 仮令金銀を山ほど積んで持つとも,
11 使わいで蓄ゆる人は石を持ったも同前
12 ぢゃ.
13 驢馬と,狐の事.
14 或る時驢馬獅子の皮を被いてここかしこ
15 を駆け巡って,万の獣を脅いた
16 に,狐に行き合うて渋面を作ったれば,狐
17 は固より賢い者なれば,蹄の体を
18 軈て見知って,これは化け物ぞと心得て,
19 如何に優れて気高い装いなる御方へ申さうず
20 る事が有る:そなたの御声をば軈て承
21 り知ったと言うて,大きに嘲ったれば,それから尾を
22 窄べて去った.
23 下心.
24 何をも知らいで知った振りをせば,忽ち

(480)
1 言下に人から見知られて恥に及うで退かう
2 ず.
3 馬と,驢馬との事.
4 或る人驢馬と,馬とに荷を負おせて行くが,驢
5 馬の荷物が余り過ぎて,先へ行き着かう様も
6 無ければ,驢馬から馬に詫び言をして言う様は:
7 そなたと,我は一門で,そっとの高下を持って
8 隔たった:我が荷物が余り過ぎて,一足も
9 引かうずる様が無い:少しそなたの上に付けて
10 我を助けられいかしと:馬は一向承引せいで,
11 結句大きに嘲って先へ行ったれば,驢馬は力
12 に及ばいで,遂に倒れて死んだ.そこでこの
13 馬追いはせう事が無うて,驢馬に付けた荷物をも
14 悉く馬一匹に取り付けて,あまっさえ驢馬
15 の皮をも剥いで馬に負おせて行く所で,
16 その時馬は我が愚痴なる事を顧み,
17 先に驢馬の詫びた時,そっと合力したらば,これ
18 ほどの重荷は持つまじい物をと悔やめ
19 ども益が無かった.
20 下心.
21 理の高ずるは非の一倍と言うて,道理を承引
22 せぬ者は,必ず非分の害に会わいで適わ
23 ぬ物ぢゃ.

(481)
1 二人同道して行く事.
2 二人同じ様に歩んで行く所に,一人
3 斧を見付けて拾い取る所で,今一人の
4 言うは:そなた一人のにはせまじい:唯これは二
5 人のにせうずと:然れども一円同心せなんだ.
6 さう有って後からその主が走って来て持った斧を
7 これは身がぢゃと言うて,奪わうとして諍う所で
8 斧を拾うた者,なう同心した人,何故にそなた
9 は力を御添えやらぬぞと言えば:今一人が
10 答えて言うは:唯貴所御一人ので御座らうず
11 と.
12 下心.
13 良い時に友にせぬ人をば悪事の時も
14 伴う事は成るまい.
15 野牛と,狼の事.
16 或る野牛己が立ち処を離れてあそここ
17 こを徘徊したが,或る茂りから狼が走
18 り出て既に食らわうとした時に,野牛狼
19 に言うは:迚も我只今そなたから食わ
20 れうず:然らば多年好いた道で有れば,最後に
21 一奏舞うて死なうず,一曲添え声に預
22 かれと言えば,狼実にもと思い高声
23 に歌うたれば,辺りの犬共が聞き付けて,声
24 を導べに駆けて来たれば,狼は即ち

(482)
1 逃げて往ぬるが,立ち返って野牛へ言うは:我
2 は貴辺の料理者なれば,身にも似合わぬ音
3 曲をして,今日の獲物を失うたと.
4 下心.
5 我が身に当たる役に怠って,他の芸をせう
6 とする者は,日々にその徳を滅ぼす物
7 ぢゃ.
8 驢馬と,獅子の事.
9 或る時驢馬が一匹野に出た折節,獅子が
10 これを見て,究竟の食らい物ぢゃと喜うで
11 来たが,その辺り近う鶏が居て高声に時
12 を歌うたれば,獅子はその声に恐れて逃げ去っ
13 た所で,驢馬が心に思う様は:天晴
14 獅子は臆病な者哉!我を見て一足
15 を溜めいで逃げ行くよと後を慕うて行く程
16 に,鶏の声も聞こえなんだれば,獅子
17 王忽ち取って返いて,唯一口に食らい
18 殺さうとする所で,驢馬我が身の為には
19 逃げなんだ物をとその時悟ったれども,悔
20 ゆるに甲斐も無う滅ぼされた.
21 下心.
22 強敵が逃ぐると見ゆるとも,勝つに乗る
23 な:必ずしも心には別の謀が
24 有らうぞ.

(483)
1 蜜作りの事.
2 或る盗人蜜を作る所に行って見れ
3 ば,その主折節他行して居なんだに因って,
4 究竟の隙ぢゃと心得,蜜を悉く
5 盗んで返った.その後主は返って器
6 物の悉く開いたを見て,扠も不思議
7 ぢゃとここかしこを見回いたれば,蜂はその
8 主を散々に差いたれば,恨みて言うは:己
9 は盗人をば差さいで,養育する者を差すか
10 と言うた.
11 下心.
12 数多の人盗人をば家の為に成る者
13 かと心得,真実の為に成る者をば
14 盗人の様に疎む事が多い.
15 烏と,鳩の事.
16 或る烏とっと肥えた鳩を見て厳う羨ま
17 しゅう思うて,石灰を身に塗って,鳩に交じって餌
18 を食らうた所で,始めの程は鳩も烏
19 とは知らいで群がり居たが後には声で聞
20 き知って鳩の中を追い出いた.烏も又そ
21 の色姿の異相なを見て,一類にせいで両方
22 に離れて,どちへも付かぬ浪人に成った.
23 下心.
24 たばかってする謀は一旦の依怙には

(484)
1 成れども,遂には知音にも,親しみにも離れ
2 て,身の置き所も無い物ぢゃ.
3 蠅と,獅子王の事.
4 或る蠅一つ獅子王の所に行って,そなたは
5 身よりも強うは無い:それに因って某は貴
6 所を物とも思わぬ:これを口惜しゅう
7 思わせられば,出て勝負を決しさせられいと
8 言う所で,獅子王然らばと言うて,穴の中か
9 ら出て,蠅奴はどこに居るぞと言えば,忽
10 ち獅子の鼻の先に取り付いて,これは何とと
11 言えば,獅子王大きに腹を立てて,我と鼻を
12 岩石に打ち当てて強かに傷を被って,頭
13 を下げて穴に入ったれば,蠅は側から勝鬨
14 を上げて返るとて,或る木陰の蜘蛛の
15 網に掛かって,即ち蜘蛛から食らわれた.
16 下心.
17 数多の人大きな事には利運を開けど
18 も,些かの事には負くる事が多い.
19 盗人と,犬の事.
20 或る盗人福人の家に忍び入らうずると
21 思えども,番の為に犬を数多飼うて置い
22 たれば,吠え立てられてえ入らなんだ:それに因って盗
23 人の謀に,先づ度々Panを持って
24 来て犬に食わせて,その身を見知られうとした.扠

(485)
1 犬共漸く見知ったと思う時,密かに
2 忍び入らうとすれば,常よりも犬共が猶
3 吠え回る所で,盗人犬に言うは:扠
4 も己は我が恩を知らぬ物哉!身が
5 己に常に不憫を加えたはこの時見知
6 られう為ぢゃと:犬が又盗人に答えて
7 言うは:そちが偶々一口のPanを呉れ,多
8 年の主人の過分の財宝を取り事は曲
9 事ぢゃ:急いでそこを立ち去れと言うた.
10 下心.
11 主人に志を深うする者は少し
12 の利に因って,多くの恩を忘れぬ物ぢゃ.
13 然れども二心の有る者は少しの利を
14 持っても数多の恩を忘るる.
15 老いた犬の事.
16 或る人逸物の犬を飼うたが,時として猪,
17 鹿にも追い付かず,或いは度々食い
18 止めなんだに因って,鞭を当つれば,犬が畏
19 まって申したは:我が年盛りの時は,鹿,
20 猪をも遣らず,過ごさず,生きとし生ける
21 物を食い止めて忠節を尽くいたれども,
22 今は既に齢も傾いて,歯も抜け,力
23 も落ちて,唯世の常の犬にも劣った.
24 扠も人間は我が依怙ばかりを本にして,

(486)
1 先の忠節をば打ち忘れて,当座の奉公ばか
2 りを本とする事の嘆かしさよと言うて,涙
3 を流し(道理を正いて見るに於いては)老いてこ
4 そ猶丁寧をば尽くされうずる事なれと言う
5 た.
6 下心.
7 忠節を空しゅうする主人は年寄り犬,
8 老いた馬を捨つるごとくぢゃ.
9 蝮と,小刀の事.
10 或る人蝮を見て打たうずる杖が無かった
11 れば,真か,この虫は鉄を置けば,
12 去る事が無いと言う物をと言うて,小刀を
13 引き抜いて側に置いて,その身は杖を尋ねに
14 去った.その間に蝮は小刀に飛び掛かって
15 直食らいに食らうた所で,小刀が言うは:汝
16 我をば誰と思うぞ?千年万年食らうと
17 言うとも,汝が歯は皆減って,身は露ほど
18 も痛むまじいぞと.
19 下心.
20 如何に腹が立てばとて,力に適わぬ相手に
21 向かうて仇を成さうと企つる事は,土仏
22 の水嬲りぢゃ.
23 山と,杣人の事.
24 或る杣人山に入って斧の柄を一本下

(487)
1 されば,一期の御恩と存ぜうずると言葉を
2 崇め,膝を折ってこれを請う所で,山から
3 汝に許すと下知を成す所で,その杣
4 人斧の柄を為箝げてから,山,林
5 を悉く切り崩すに因って,諸木が山
6 を恨みて言うは;何故に山はこの様な赦
7 免をば御遣りやったぞ?斧の柄をさえ許
8 されずは,何故に我等は滅びょうぞと.
9 下心.
10 謀計を含んで詫び言をする者の手立
11 てを顧みずは,忽ち滅亡をせうず.
12 狐と,鼬の事.
13 或る狐如何にも痩せて人の蔵の如何に
14 も狭い穴から入って,小麦を思う侭に
15 食らうてから,出でうとすれども,腹より下はえ出い
16 で苦しむ所を,鼬が見て異見を加
17 えて言うは:元の穴を出うと思わせられば,
18 元の様に痩せさせられいと.
19 下心.
20 数多の人貧な時は,安楽なれども,富貴
21 に成れば,苦痛逼迫に及ぶ事が多い.
22 亀と,鷲の事.
23 或る亀飛びたい心が付いて,鷲の下に
24 行って飛ばうずる様を教えさせられい:御礼には

(488)
1 名珠を奉らうずると言うに因って,鷲は掻い
2 掴うで雲まで上がって,望みは達したかと
3 言えば:中々,今こそ望みは達したれと言う
4 程に,然らば約束の玉を呉れいと言えば,与
5 ようずる玉が無うて,無言するに因って,巌の
6 上に投げ掛けて殺いて食らうた.
7 下心.
8 数多の人は我が身に応ぜぬ楽しみを巧
9 むから,一旦その楽しみをも遂ぐれども,
10 その道から落ちて,身を過つ物ぢゃ.
11 漁人の事.
12 或る漁人網を引くに,引く事も適わぬ
13 ほど,網が重う覚えたれば,何様魚が
14 多いぞと勇み喜ぶ事が限り無うて,引き
15 上げて見れば,魚は稀で,石共で有った所
16 で,扠も無益の辛労哉と皆悲し
17 む所に,年寄った漁人が諫めて何故に人
18 々は御悲しみ有るぞ?喜びと,悲しみは
19 兄弟のごとくぢゃ.又この後には喜
20 びも来うず:この悲しみに犯されて再び
21 網を引くまじいと言うて,皆その悲しみを改
22 めなんだ.
23 下心.
24 深う頼みを掛けた事の手を空しゅうす

(489)
1 る事は深い悲しみに成り,又思いも
2 寄らぬ幸いに会う事の無いでも無い.
3 野牛の子と,狼の事.
4 野牛の母草を食らいに野に出づる時,子
5 供に言い置く様は:この穴の戸を内より良う
6 閉ぢて居よ:何と他より呼び叩くと言うとも,我
7 が声と,又この様に叩かずは,粗忽に開く
8 なと言うて出た.狼母の野に出た隙を
9 狙うて来て,母の声を似せて,その戸を叩いた.
10 野牛の子供内から聞いて,声は母の声
11 なれども,戸の叩き様は狼ぞと言うて
12 些とも開けなんだ.
13 下心.
14 子は親の異見に付くならば,悪しい事は
15 少しも有るまい:母の異見を聞かずは,忽
16 ち身をも,命をも失わうず.
17 童部の羊を飼うた事.
18 或る童部羊に草を飼うて居たが,ややもす
19 れば口遊みに狼の来るぞと叫ぶ程
20 に,人々集まれば,然も無うて返る事度
21 々に及うだ.又或る時真に狼が
22 来て,羊を食らうに因って,声を計りに喚き
23 叫べども,例の空言よと心得,出で会う人
24 無うて,悉く食らい果たされた.

(490)
1 下心.
2 常に虚言を言う者は,仮令真を
3 言う時も,人が信ぜぬ物ぢゃ.
4 鷲と,烏の事.
5 或る鷲巌の上から羊の居る上に飛
6 び来れば,烏これを羨みて,晒いて置いた羊
7 の皮の上に飛んで来たに因って,足に掛かっ
8 て飛ぶ事を得なんだ所を童部共そ
9 の侭寄って捕らまえた.
10 下心.
11 我が身に無い所を顧みず:他の徳
12 を構えて羨むなと言う事ぢゃ.
13 狐と,野牛の事.
14 狐と,野牛大きに渇して,或る井川の
15 中へ連れ立って入って,思う侭に飲うで後,
16 上がらう様が無かった所で,種々に思案をして
17 見たれども,別にせう様も無うて,狐野
18 牛に力を添えて言うは:如何に野牛殿
19 御気遣い有るな:二人共に恙無う上がる道
20 を巧み出だいた:先づ御辺伸び上がって前
21 足を井の側に投げ掛け,頭をも前へ
22 傾けて御座れ:某それを踏まえて先へ
23 上がって,又御辺をも引き上げうずると言う:野牛
24 この儀実にもと領掌して,その言う侭に

(491)
1 したれば,狐飛んで井桁の内に飛び上がって
2 跳ねびちたいて喜び,余りの嬉しさに野牛の
3 事をばはたと打ち忘れた.野牛はいつ引き上ぐる
4 ぞと待てども待てども,狐は知らぬ顔
5 して居るに因って,野牛罵って言うは:やあ貴所は
6 約束は忘れたかと問うたれば,狐その事
7 ぢゃ:御辺の頤に有る髭の数ほど,頭
8 に知恵が有るならば,遠慮も無う井川の中へは
9 入るまいぞと言うて嘲った.
10 下心.
11 賢い人の習いには,先づ事を始めぬ
12 前にその終わりを見る物ぢゃ.
13 百姓と,子供の事.
14 或る百姓子を大勢持ったが,その子供
15 の仲が不和で,ややもすれば喧嘩,口論をし
16 て犇めくに因って,その父何とぞしてこれ等
17 が仲を一味させたいと色々巧めども,せう
18 ずる様も無かったが,或る時子供一所に集
19 まり居た時,父下人を呼うで,木の楚を
20 数多束ねて持って来いと言うて,その束を
21 取って数多を一つにして,縄を持って思う様
22 固う巻き立てて,子供に渡いて,これを折れと
23 言う:子供我も我もと力を尽くい
24 て折って見れども,少しも適わなんだ.その

(492)
1 時,父その楚共を請うて解き,一把
2 づつ面々に渡いたれば,造作も無う折った:そ
3 れを見て父の言うは:面々もそのごとく
4 一人づつの力は弱くとも,互いに入
5 魂し,志を合わするに於いては,何とした
6 敵にも左右無う取り拉がるる事有るまじいぞと言い
7 終わった.
8 下心.
9 互いの一味を持って人間の仲も強
10 く,又不和な時は,国家も滅び易いと
11 言う儀ぢゃ.
12 尾長鳥と,孔雀の事.
13 諸鳥一所に集まって評議して言うは:世
14 の中の者を見るに,帝王を持たぬ一類
15 は無いに,獣に劣らう子細は無い.いざ然らばこ
16 の諸鳥の中より才知良く,芸他に優れ
17 られた人体を高賤に関わらず,今日より鳥
18 の王と仰ぎ用ようずると言えば,各々こ
19 の儀尤もと同心して選ぶ所に,孔雀
20 差し出て言うは:願わくは我を帝王と仰
21 がれよかし:迚も各々の中に我が器用
22 に似た方々も有るまいと言う.その時尾長
23 鳥孔雀の仰せ近頃聞こえぬ次第ぢゃ:
24 若し鷲などの様なわやく人我等に取り掛け,

(493)
1 一大事に及ばせうずる時,貴所のその翼
2 の美しゅう光るばかりでは防ぎ得させられ
3 まいぞ:生得人を収むる者はその器用
4 には因らぬ:その身に備わる知才と,心の
5 勇気に極まるぞと言うて,群集の前で散々
6 に恥を掻かせた.
7 下心.
8 人民を司る者は色身の美麗
9 なばかりでは済まぬ:尾長鳥の言うごとく,賢
10 才に因るぞ.
11 鹿と,子の事
12 或る鹿の子父に尋ねて言うは:如何に父
13 御に,憚りながら,一つの不審を申し上
14 げうず;御姿を見まらすれば,手足もすっかり
15 と軽気に,又角の物見な事世に
16 例う者も無く,固より走らせらるるに早い
17 事も世に並びが無いと見及うで御座れど
18 も,何とした子細でばし御座るぞ,あの犬にばかり
19 ここかしこで追われさせらるるは,何が一つと
20 して犬に劣らせらるる事は有るぞ?これが不
21 審に思わるると言う:鹿さればその事ぢゃ:我
22 もそれが不審ぢゃ.あれに逃げう道理が無いと心
23 に思うが,あの犬奴が鳴く声を聞けば,
24 胸打ち騒いで逃げいでは適わぬとぞ.

(494)
1 下心.
2 生得臆病な者は側から何と力
3 を添ゆれども,強い心が付き兼ぬると
4 言う心ぢゃ.
5 片目な鹿の事.
6 或る片目な鹿海端を回って食みを尋
7 ぬるが,かの鹿の思う様は:我目を一
8 つ持ちたれば,別して用心が要った事ぢゃと心
9 得た立てで良い方をば野の方へ成し,海
10 よりは大事有るまいと思うて,次第に先へ行
11 けば,折しもその磯端を船が通ったがこ
12 の鹿を見て矢を射立てた.その時獣が言うは:
13 扠も我は符の悪い者哉!大事の出来ょう
14 と思うた方は大事無うて,思いの外の方よ
15 り大事が起こったと言うて死んだ.
16 下心.
17 多分人は賢立てをして,し損なう物ぢゃ.
18 鹿と,葡萄の事.
19 或る鹿狩人より俄かに追わるるに因って,
20 詮方無さにその辺りな葡萄の葛の内
21 へ身を隠いた:狩人その所を通れ
22 ども,鹿を見付けいで行き過ぎた.その鹿
23 あら今は辛い命を助かった物哉と思
24 うて,頭を差し上げその葡萄の葉を食らうたが,

(495)
1 その口音を狩人が聞き付け怪しめて立
2 ち返り,扠はかの葛の陰に何ぞ獣
3 の居る物よと見れば,右の鹿を
4 見付け,その侭射て取る所に,鹿の言うは:
5 我が命を助けたこの葛の葉を食うた罰
6 にこの科に会うぞと言うて死んだ.
7 下心.
8 恩を仇を持って報ずれば,天罰逃れずと
9 言う儀ぢゃ.
10 蟹と,蛇の事.
11 蟹と,蛇互いに入魂し,或る穴に二つ共
12 に年久しゅう住み居たに因って,蟹蛇に言うは:
13 余り貴所と,某は水と,魚とのごと
14 くぢゃに因って,心を置かず申す:貴所の心
15 の曲がった事を少し御直し有れかしと折
16 々異見を加ゆれども,蛇情強にして少
17 しも聞き入れなんだに因って,蟹心中に殊
18 の外腹を立てて,所詮斯様の悪戯者
19 を娑婆塞げに生けて置いて,頭の痛い事を
20 堪ようよりはと思い,蛇寝入って居た所へそ
21 ろそろ這い寄って,かの重代の鋏を持って首
22 を挟み切って殺いたれば;蛇綰げ溜まって居た
23 が,俄かに直ぐに成ったを見て,蟹存生の時,
24 それほど直ぐに心が有ったらば,今この害

(496)
1 をば受けまい物をと言うた.
2 下心.
3 人をたばからうとする者は結句人より
4 たばからるる事多い物ぢゃ.
5 女人と,大酒を飲む夫の事.
6 或る女人夫を持ったが,大上戸ぢゃに因って,
7 普段常住酒に酔い沈んで,偏に死人の
8 ごとくで有った:それに因って女房はこの事を
9 嘆いて何とせば,この癖を直さうぞと案じ煩
10 う中に,又大酒を飲み,前後も知らず,
11 酔い伏した所を振り担げて或る棺の中へ
12 入れて置いて,酔いの覚め方に及うでかの女そ
13 の棺の戸をほとほとと叩けば,内から只
14 今起き上がったと思しい声で,誰そと尋ぬ
15 れば,女房これは死人に物を食わする者
16 ぞと言えば;又内から酒が無うては食物ばか
17 りは然のみ望ましゅうも無いと答えた所で,
18 女房この事を聞いて,力を落といて,未だあれ
19 は酒の事を忘れぬか?扠は我が手立ても
20 無益に成ったと嘆いた.
21 下心.
22 誤りの未だ根を差さぬ内には改む
23 る事も適わうずれども,古い癖は改め
24 難い事ぢゃ.

(497)
1 Pastorの事.
2 或るPastor極寒の時分山野に出て羊や,野
3 牛などの類いを飼うて居たに,俄かに雪が降り
4 積んで,谷峰の分けも見えず,山川には
5 水嵩が増して,家路に返らうずる様も無け
6 れば,そこに留まったが,糧に詰まって,飼い育つ
7 る羊を殺いて命を継いだ.さうさうする程に
8 漸う羊をも悉く食い尽くし,又野
9 牛に取って掛かり,これをも食らい果たせども,未
10 だ里に返らうずる様が無ければ,又牛を食らう
11 た.ここでかの番の為に引いて行った犬共が
12 思う様は:秘蔵せらるるあの羊共,野牛その
13 他耕作の辛労をして,主の命を継がるる
14 牛をさえ食せらるる上は,況してや言わんその
15 下人のごとく番をする我等をも油断する
16 物ならば,軈て食われうずる事は疑いも
17 無い:いざ逃げ去って命を生けうと皆駆け落ちを
18 した.下心.
19 親しまうずる者に親しみ,不憫を加よう
20 ずる者をその分にせぬ者をば,他人が
21 軈てこれを慳貪な人と知って,一味をせず,
22 それを捨つる物ぢゃ.
23 驢馬と,狐の事.
24 或る時驢馬と,狐同道して遊山する所

(498)
1 に,何としたか強敵の獅子王に行き合うて互いに
2 それぞと目と目と見合わせた所で,狐今
3 は逃れ難ければ,降参し返り忠して我が
4 命を継がうずると思う心が付いて,獅子王
5 の前に行き,尾を窄べ,頭を地に付けて
6 申すは:如何に我等が帝王聞かせられい,某が命
7 を助けさせらるるならば,かの驢馬を御身の
8 手の回に回る様に致さうずると言うた:獅子王中
9 々その分にせい,我をば許さうぞと言うに
10 因って,狐驢馬をたばかって括りを掛けた辺
11 りへ連れて行けば,驢馬は固より不覚人なれ
12 ば,忽ち括りに掛かった.そこで獅子は早驢
13 馬は逃るる道が無い:先づ狐をと
14 思うて飛び掛かって忽ちに食らい殺し,次
15 に驢馬をも食らうた.
16 下心.
17 身の為ばかりを思うて,他人に仇を成す
18 者は,その報いを逃るる事が適わぬ:
19 結句人より先に難に会う事が多い.
20 狼と,子を持った女の事.
21 狼一匹或る日獲物が無うて飢えに及う
22 で,ここかしこを駆け巡り,或る山里の
23 賤が庵の軒端に寄り添うて聞けば,小さい子
24 の泣くを賺すとて,その母構えて泣かば,狼

(499)
1 に遣らうずと言うに因って,狼はこれを聞
2 き,真かと思うて,天晴これは良い幸
3 せ哉と待ち掛けて居れば,日も漸う暮れ行いた.
4 然れども子をば呉れいで,あまっさえ母の言う様は:
5 あらいとおしの者や!気遣いするな:仮令狼
6 が来たりとも,そいつ奴をば打ち殺いて皮を剥い
7 で退けうぞと言うに因って,狼思う様は:然りと
8 ては一口両舌な者ぢゃ:初めは呉れうと言うたが,
9 今は又引き替えて身を殺さうはやれ,皮を剥
10 がうはなどと言うかと言うて,すごすごとそこを立ち去った
11 下心
12 人は多分心と,言葉は似ぬ物で,
13 ややもすれば,約束を変じ,思わぬ事を
14 も言う物ぢゃ.
15 蛙と,鼠の事.
16 頃は弥生下旬の頃ぢゃに,蛙と,鼠
17 或る池の知行争いで矛盾に及うだ.いづ
18 れも武具を揃え,事も夥しい合戦
19 に成って,鼠は伏し草をし,蛙を悩ませ
20 ども,蛙は少しも臆せいで,如何にも打ち
21 現われ喉笛を怒らかいて,大音を上げて,
22 喚き叫うで戦うに因って,その戦いと叫び
23 の音は事も仰山に有った所で,これを
24 片脇から鳶が見て,良い幸い哉と思うて

(500)
1 両方共に取って食らうた.
2 下心.
3 欲心,或いは我慢に因って同じ国所
4 の人喧嘩,闘諍をし,私取り合いに及
5 べば,他所,他郷からその弊に乗って,論を成す双
6 方共に従ゆる物ぢゃ.
7 或る年寄った獅子王の事.
8 或る獅子若盛りの時は,勇気が過ぎて有る
9 ほどの獣を欺き,仇を成いた事は
10 測られぬ事で有った.この獅子年が寄って
11 漸く行歩も適わぬに及うで,弱目の
12 霊気とやらに猪を始め,山牛,その他
13 驢馬までもこの獅子を踏んづ蹴つするに
14 因って,獅子涙を流いて言うは:扠も悲
15 しい事哉!身が全盛の時,恩を与えた者
16 は今どこに居るぞ?唯仇を結んだ者
17 ばかり今は見ゆると.
18 下心.
19 恩を忘るる者は多う,仇を報ぜぬ者
20 は稀な.
21 狐と,狼の事.
22 狐一匹餌を求めうと出た所に,
23 或る狼の餌膨れて食らい残いた餌を枕
24 にして居た所に行き合うて,誑かさばやと思
25 い,如何に狼殿,何故に然様に無所作には

(501)
1 御座るぞ?何ぞ出させられて取らせられいかしと言えば,
2 狼軈てこの計略を悟って,何としたか
3 所労以ての外ぢゃと言うて,臥所を去らなんだ所
4 で,狐は憎い奴が根性骨哉!扠
5 はせう事が有るぞと思い,或る野人の下に
6 行って右の様を語れば,その人忽ち出
7 会うて狼をば殺いた.次ぐ日又その所
8 に出て見れば,右の狐かの狼
9 の跡式を押領して,進退して居たを共にそ
10 れをも打ち殺いた.
11 下心.
12 他の良い事を嫉む者は,その罪が
13 変じて身に及ぶ物ぢゃ.
14 老人の事.
15 或る年寄りの山賤薪を担げて山
16 より出たが,草臥れ果てて薪をば傍ら
17 に下ろし置いて,ひたと倒れ伏いて,吐息を吐いて言う
18 は:あら疎ましや!長生きをしてこの様な辛労
19 をせうよりも,今死んだは増しで有らう:最後はど
20 こに居るぞ来いかしと言う所へ,Morteがひょっと来
21 てこれに居まらする:何の御用ぞと言えば:その時
22 起き上がって,余り草臥れたにこの薪を合
23 力して身が肩に御担げ有れと外いた.

(502)
1 下心.
2 死にたきと言うは,憂世の口遊み,真の
3 時は死なれざる物をと言う連れぢゃ.
4 獅子と,狐の事.
5 獅子以ての外に相患うて散々の体で
6 有ったれば,万の獣それを問い訪う
7 事暇も無かった.その内に狐ばかり
8 見えなんだ.ここに於いて獅子,狐の下へ
9 消息して言い遣るは:何とてそれには見えられ
10 ぬぞ?自余の衆は多分見舞わるる中に余
11 り疎々しゅう訪れも無いは曲も無い次第
12 ぢゃ.生得それにと我とは親切の仲なれば,
13 隔心有らうずる儀で無い:若し又身が上を
14 疑わるるか?少しも別心は無い:仮令害を
15 成したうても今この体では適わねば,御出でを
16 待ち存ずると書いた所で,狐慎んで,
17 仰せ忝う存ずる:然程の事とも存
18 ぜいで此の頃は無音本意を背いて御座る:只
19 今も参りたう存ずれども,ここに一つの不
20 審が御座る:万の獣の御見舞い
21 に参られたとは思しゅうて,御座所へ入った足
22 跡は有れども,出た足跡は一つも見えねば,
23 覚束無う存ずると返事した.
24 下心.
25 言葉の行跡に違う時は,人がこれを信
26 ぜぬ物ぢゃ.
27 FINIS.


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底本:大英図書館蔵本(Or.59.aa.1)
翻字担当者:片山久留美、渡辺由貴、金子愛、藤原慧悟、堀川千晶
更新履歴:
2019年3月25日公開

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