日本語史研究用テキストデータ集

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吉原楊枝よしわらようじ

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吉原楊枝 全

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凡例
1.本文の行移りは原本にしたがった。
2.頁移りは、その丁の表および裏の冒頭において、丁数・表裏を括弧書きで示した。また、挿絵の丁には$を付した。
3.仮名は現行の平仮名・片仮名を用いた。
4.仮名のうち、平仮名・片仮名の区別の困難なものは、現行の平仮名に統一した。ただし、形容詞・副詞・感動詞・終助詞・促音・撥音・長音・引用のト等に用いられる片仮名については、原表記で示した場合がある。 〔例〕安イ、モシ、「ハイそれは」ト、意気だヨ、面白くツて、死ンで、それじやア
5.漢字は現行の字体によることを原則としたが、次のものについては原表記に近似の字体を用い、区別した。「云/言」「开/其」「㒵/貌」「匕/匙」「吊/弔」「咡/囁」「哥/歌」「壳/殻」「帒/袋」「无/無」「楳/梅」「皈/帰」「艸/草」「計/斗」「弐/二」「餘/余」
6.繰り返し符号は次のように統一した。ただし、漢字1文字の繰り返しは原本の表記にしたがい、「〻」と「々」を区別して示した。
 平仮名1文字の繰り返し 〔例〕またゝく、たゞ
 片仮名1文字の繰り返し 〔例〕アヽ
 複数文字の繰り返し 〔例〕つら〳〵、ひと〴〵
7.「さ」「つ」「ツ」に付く半濁点符は「さ゜」「つ゜」「ツ゜」として示した。
8.Unicodeで表現できない文字は〓を用いた。
9.句点は原本の位置に付すことを原則としたが、文末に補った場合がある。
10.合字は〔 〕で囲んで示した。 〔例〕殊{〔こと〕}に、なに〔ごと〕、かねて〔より〕
11.傍記・振り仮名は{ }で囲んで示した。 〔例〕人生{じんせい}
12.左側の傍記・振り仮名の場合は、冒頭に#を付けた。 〔例〕めへにち{#毎日}
13.傍記・振り仮名が付く位置の紛らわしい場合、文字列の始まりに|を付けた。 〔例〕十六|歳{さい}
14.原本に会話を示す鉤括弧が付いていない場合も、これを補い示した。また庵点は〽で示した。
15.原本にある話者名はで示した。 〔例〕
16.割注・角書および長音符「引」「合」は[ ]で囲んで示した。
17.不明字は■で示した。
18.原本の表記に関する注記は*で行末に記入した。 〔例〕〓{たど}りて*〓は「漂+りっとう」
19.花押は〈花押〉、印は〈印〉として示した。
20.画中文字の開始位置に〈画中〉、広告の開始位置に〈広告〉と記入した。

本文の修正
1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。
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(□1オ)
吉原楊枝叙
白沢{はくたく}は横腹{よこはら}に眼{め}が有{あ}れども。五百{ごひやく}
羅漢{らかん}の二|階{かい}にかくれ。鰻{うなき}に八ツの目有リといへ
ども。小船丁の鄽{みせ}に釣{つる}さる。京伝かの蒼頡{さうけつ}が
四の眼にもあらず。たつた二ツの天眼通{てんかんつう}を
以て五街{ごてうまち}を見|渡{わた}し。鄽{みせ}方灯{あんどう}のもとの

(□1ウ)
くらきを照{て}らす事。晦日に月の出
たる〔ごと〕く。奥州{おうしう}が挑灯{てうちん}よりも隈{くま}なし。
総角{あげまき}に棒{ばう}があたるとも。豈{あに}五丁町を暗
闇{くらやみ}とせむ。於皇{あゝ}此道の明{あか}るいかな。
天明八戊申歳
笹葉鈴成〈印〉鈴成

(□2オ)
自序
いつもはつ音の心地{こゝち}ぞと。よま
れし鳥の手からかな。なくに
さへわらはゞいかにほとゝぎす。いかに
別{わか}れに聞くとても。明{あけ}のからすの
憎{にく}まるゝに。汝{なれ}は口ゆへ我{われ}は筆ゆへ

(□2ウ)
無くて七ツのくせ事を。また書
すてて。憎{にく}まれなむ。一筆|烏{からす}の
かわひとなけよ。
京ばしの
御そんじ述〈印〉

(1オ)
吉原楊枝 山東京伝著
人として慎{つゝ}しむへきは。色と欲{よく}との二ツなりと
尤|至極{しごく}なりと。されと色と欲とは木娘に
川竹をつぎたる〔ごと〕く大きに異{〔こと〕}なり三|粒{つぶ}
〓{さい}の投{なげ}長半に大ふり袖の名有リ。むへ山の*〓は「竹冠+賽」
けいせいは。夜鷹{よたか}舟まんぢうの役{やく}をけし阿
花{おはな}独楽{こま}に大門と傾城{けいせい}を画{ゑかき}しより。博奕{はくち}
打と女郎買とは。一ツ畠に生ずるものと心得

(1ウ)
たるは昼{ちう}三は三分で買はるゝものとおもひ。
江戸の豆腐{たうふ}の喰はれぬ事をしらぬやつの
云ふ所なるべし。爰に表徳を磁石{じしやく}とて。阿
房{あほう}と果報{くはほう}のひあわひに生れ出たるもの
あり。身代は拍子木{ひやうしぎ}て飯時{めしどき}をしらせ。革{かは}の
へりの畳を敷{し}くくらしなれと。天性{てんせい}気
どうらくなる生れ付にて左ほどの身代を
きらひ。今年廿五の暁{あかつき}かけて。柳橋の別荘{へつそう}に若

(2オ)
ゐんきよして。三ヶの月のそらに残{のこ}リて眉{まゆ}に似
たるを見ては。あいかたのかほばせを思ひ出し。
流しもとの竈馬{こうろき}の音を聞てはすがゝきの
でうしかと心うかれ。唯北にあそぶのみ一年中
のわざとすれば。磁石{じしやく}とよぶも尤なり。世間
の人は酒に酔ツて吉原へ行に。此磁石は吉原
に酔ツて。呑まぬ酒をのむ。一日かの廓{さと}の
かへりがけ。浅草くわんおんの寺内を通り

(2ウ)
けるに常に見なれぬ風雅{ふうが}のいほりの有
けるに心を付て見れば。垣の内に一ト本の柳
をうえ。枝折{しおり}門に盃の額{がく}をかけ酒中花と
いふ三字を書たり。かの五柳先生をしたひ。
東離{とうりに}菊{きくを}把{とり}。悠然{いうせんとして}望南山{なんざんをのぞむ}といへるしうちか。*原文振り仮名は「望{のぞむ}南山{なんざんを}」、また「望」に二点あり
但し生花屋のかんばんなるか。何にもせよ
かわつた物すき也。此庵主にこそやうす
あらんと垣の小かげに身をよせて内を

(3オ)
うかゞひけるに廿八九の女ぼう白ねりのきれ*「白ねりの」の「の」に濁点
ではちまきをし。つやなしのあいうへ田に。くろ
しゆすの半ゑりのちとやれたる小袖にくろどん
すの帯をわきのほうにてむすび。ゑんのはしに
出て手|飼{かい}のさるの蚤{のみ}を取つているやうす
色の青き所から髪の毛のうすひ所。いかなる
ぼんくらに見せてもそれしやのあがりとみへる
姿。さしづめ矮狗{ちん}て有りさふな場{ば}を猿{さる}とは

(3ウ)
ひねつた物ずきと思ふ内。向ふよりくる
ふたり連。壱人は竹にすゞめのぼたもちほと
有る黒はぶたへの小袖にくろちりめんのわた入
はおり。らんうかぶりのきめつきんに。こいこうしの足
袋。今一人は黒ちりめんの小袖に黒たんごの羽織
よしはらほんだのきのふあたり結ふた髪。かた
手にすそをつまんでしきせ小袖に島津あら
れのへりとりむくを見せかけ。かた手に鰒{ふぐ}を

(4オ)
さげて来る。又こなたよりは結城しまの小袖
におなじ羽おり。花いろちりめんのぱつち
ぶつかぶりづきんのうへからよしはらのもち
つきの手ぬぐひをかぶりたる男来かゝり。
夫とみるよりづきんを取ツて「是は/\寒木{かんぼく}
様|文字黒{もしくろ}さま。おそろひなすつて。妙{めう}に
おはやひ。」とあいさつすれば。「伊之喜さんかどう
りでいきな男がくると思つた。わつちらも

$(4ウ)

$(5オ)
〈画中〉酒中花

(5ウ)
けふはこゝの会{くわい}日だからなんでも先生のおきる
時{じ}こくをかんがへて。昼じふんからぶら〳〵出かけやし
た。けふは雪{ゆき}そらでいゝめくり日よりだねへ。おく
がたヘはむきの此ふぐであつがんといふしゆかう
だが。かふさげた所は。かほみせの二はんめだね。」「アイサ
きつひものさ。わたしも今あつちからのかへり
がけさ。先生が下戸といふもんだからわたしが
みつぎものはこいつさ。」とふところから紙袋を出し。

(6オ)
「万屋の袖のふさにちと肉桂{につけい}の匂{にほ}ひで風
くすりめきやすががん石{ぜき}もなかの月は口へかすが
たまつてあやまりやす。少しうつわに花の
あるやふにあるへいをとり合せやした。もし
こいつがお茶をひいたおいらんをみるやふに
いつでもりつはにあとへのこるやつさ。是で
にはなをしかけはおまへがたのほうにねへりう
ぎだ。」と。三人はなしながら枝折戸明ケて入リ

(6ウ)
ければ。磁石はなを身をひそめてぞうかゞひ
居たりける。損者{そんしや}三|友{ゆう}とは是らのともからを
いつゝべし。かの三人は「おひでさん。先生はまだ*「いつゝべし」(ママ)
寝てかへ。」と。おとつるれば女ぼうが。「ヲヤみんな
おはやひね。もちつとさつき目をさまして
又寝なをしやした。マアどんとはなしな
せへし。」と手あふりをまんなかになをせば
寒木{かんぼく}が「とんだ寝やふだ。爰のうちも向ふの

(7オ)
かべに月かあたると。昼みせの出るじぶんた
ノウ伊之喜さん。」「サウサ昼みせといへは角トから
おめへにあつたらとゞけてくれろとこの中
壱ツぷうをたのまれたをとゝけたかほでゐたが
見てやんなせへ。」とかみ入から出して渡せば寒木は
とつて。「アノけいも名はりつぱたが手のねえや
つさ。ばんしんややり手をこわかる内は。はなせ
ねへよ。」といひながら。中ごろからすへをとび〳〵

(7ウ)
によんで見て。「おきヤアかれ是ても新ン年の
気だろふ。はかた〔さま〕の目きゝしやア有ルめへし。
しんぼうを見ろも有リがてへ。しゆんくわんが
しやめん状をよむやふにいく度くりかへし
てもうれしひ文句はなしだ。」と二ツに引|裂{さい}
て手あぶりのはしを拭ているはなしの
さいちう。一ト間の内よりしわぶき二ツ三ツ
して先生とおぼしく。立出けるをみるに

(8オ)
年は三十四五と見へて手の有るさかり温
にしてはげしく威有つてたけからぬ
風俗。やなぎ鼠のねまき小袖にやなき茶
どんすのおびをしめながら出て。「コレハ寒木
子。文字黒子。伊之喜子。揃ツての御出今の
高わらひが耳に入ツてやう〳〵目かさめ
やした。けふはけいせい買の極秘伝を申
からゆるりつとお聞キなされ。」と座に付に

(8ウ)
三人はすゞめ原へ小石うつたる〔ごと〕くひそまり
けれは磁石はおのがゑつほに入リ此先生何事
を云出すやと聞耳立てぞ居たりける。先
生きまじめにて曰。「夫釈迦の方便|荘子{そうし}の
寓言{ぐうけん}。楠か謀略{はかり〔こと〕}。絵師{ゑし}の絵そら〔ごと〕紺屋の
あさつて。唱へは違へと商人のそら直いふも
傾城のそら〔ごと〕いふもみな身を治るうそ
にしてなぐさみにうそつくにあらず。貞{てい}女に

(9オ)
あてゝけいせいを論するは蜾{じか}螺吉丁虫を
とらへて我に似よといふにひとしかるへし。
されどけいせいとて八文字ふみなからも生れ
もせず。もとはみな白{しろ}地の娘にておやはらから
のために此里に来タれば。女郎迚別に実{しつ}情
なきはつもなし。うそから出たうそもあり。
ま〔こと〕から出たうそもあり。又うそから出た
ま〔こと〕もある也。近松門左衛門が作意に傾城に

(9ウ)
ま〔こと〕なしとは訳しらぬやぼの口から大たんな
と書キしはふかき所なり。さればとて女郎にほれら
るゝは浮鳥をまとに下手の弓をゐる〔ごと〕くあ
たるはまれなれば。きわめてま〔こと〕有りと思ふ
も又あやふし。むかし〔より〕此道のせんだつまゝ
けいせいの虚実{きよじつ}を論{ろん}すれどもみじかくいはゞ
たますは商売。たまさるゝはなぐさみなり。
さあらは商売人の方へ六分はつよみを取

(10オ)
せてもにくかるまじ。その商人をだまさん
〳〵と心がけるきやくもあれどそれはむかで
小判で正じんの小つぶ切リに行にひとし
かるべし。傾城のま〔こと〕をみるは。こちらも
それだけのま〔こと〕を見せねば。その情をうる
事あたはず。又新造をあげて。座敷持と
色をし茶屋の二|階{かい}でげいしやをころば
し又は女郎の方より金銀を出して呼ばるゝ

(10ウ)
を我色男なり此里の通也と心へたるもあれ
どそれをよき事と思ひまねんと思ふへからず。
是にはいかふわけの有る事也。なにはの椀久
みやこの素法師江戸の奈良茂紀文を
はしめ大尽の身をうち。下総の銚子にむ
すこの人びやく打ツは。傾城買のはんじやう
のしるしよく〳〵おもしろきわけのある
ものゆへとみへたり。とかく情をもつぱらと

(11オ)
する廓なれば客も女郎も情ふかくこそ
有りたきもの也。君は今駒形あたり時鳥
といへる一句の情はま〔こと〕にありかたき所也。
女郎の客にあいとぐるに五段有リ。まづ初
会には男ぶりと様子にほるゝなり。聞伝へ
たる客ならば。かく別はじめから気しやうの
しるゝ物にあらねば男振リのよき方が利
を得る也。又はたのおだてにてじふんはさの

(11ウ)
みと思はぬ客にもほれる気になる物也。
初会に一座の内にて。じぶんの客壱ばん
おとこがよくその夜もうれしくどふそ
今一度よんで見たく思ふ故よくつとめて
かへす。あすも昼みせなぞてほうはいの女郎
が夕阝おまへのあがつた客人はどふもよい
男ださぞよびたからふなどゝなぶられるに
したかひいよ〳〵呼んで見たくなり。一座の

(12オ)
きやくの所まで文をやり又はつてをもと
めてよびにやり。それよりなじみと成リて
一月が程も有ツて見る。是よりはその客
のきしやうと手にほるゝなり。此客きしやう
おもしろくもなくさのみ手もなければ男は
よいがおもしろく無ひ客なりと終ひあき
がくるなり。此客手も有りきしやうもおも
しろければいよ〳〵ほれやふがしみて来て

(12ウ)
外にほれた客。又は客色地色が有るとも
切れて仕廻ふ気になるもの也。扨夫よりは
その客の心だてにほれる也。夫ほどにほれ
ても此客実情がなけれは。是ほどまでに
するにしん実のなき客也と。あきらめる気
になるもの也。此客いよ〳〵実情もあれは
爰にてぐつとほれ。もはや夜も日も無ひ
やふに思ひ。一日あはぬとふさいではかり

(13オ)
ゐてあふてもしれつたく。あわねばなを
じれつたく思ひ。おやさとのやうすも咄し
て親兄弟にも引合せ少しも外ヘ心を
うつさぬ気になる也。夫からが金つくなり。*「うつさぬ」の「ぬ」に濁点
もし此客身ひんにしてしげ〳〵あへはつい
身につまり女郎もいろ〳〵くろうしてよべ
ともつまらぬわけになりあげ代かたまつて
二階をとめられ中の町へ出てあへども夫も

(13ウ)
長くたもたず。しぜんとあはれぬやうになり。
はじめは死ぬ気にもなれとも。夫か二タ月
たち。三月たち半年立てば。去るものは日々
にうとく。そのやふにも思はぬやふになる内。
又まんざらてもなき男が出来れは夫レに
紛{まぎ}れてつい夫レきりになるもの也。此客
身のうへもよく。なか〳〵城のおちぬ人ならは
此うへもなくほれもはや人のまへもいとわず

(14オ)
いかやうの事もはつかしくなく女房に成
た気になり。酒をやめろの遊んであるくなの
などゝゐけんをするやうになるものなり。
扨夫からはゑんなり。夫ほとに思ひ思ふても
ゑんかなけれはどふかいふわけになりて
その客の所へ行かず。年明ケまへに成リて
思ひがけなき人の所へ行くもの也。めり
やす禿たちの文句に。思ふにそわて思はぬ

(14ウ)
にそふもゑんなりやしやう事がないそへと
うたふ通りにてゑんといふものは。男ぶりても
きしやうでも手ても心たてゞも金つくで
も行かぬものなれは。ほれられたも。つき出
されたも。みなゑんつくと。さとれは。はまりも
せずはらも立たぬ也。又女郎のこのむ所に
客と地色との大キなるわかち有リ。金の有
色男の客もつとめといふ文字あれはいや也。

(15オ)
銭のなきぶ男な地色も。まぶといふ文字有
ればおもしろし。女郎も客にほれたと地色を
するとは。心の内に別有れば。地色を見のがして
客のはちにならず。客に。ほれるは地色の恥
にならず。只客は客をせき。地色は地色を
されぬやふに心かけへし。夫もふかくはいらぬ
物也。かうばりつよくて家をたをす事まゝ
有リ。あまりこみづにせくと。女郎のほうニて

(15ウ)
ふかくほれたとみるゆへけつくつのるもの也。
だまつてゐてたるみの来た図へのりこみ
切れきすべし。客をせくほどの客をば又内所
からせくもの故。とかくせくにもかけ引有リ。
もとかしんにほれてゐれば。ほれろと頼んて
も外へ心はうつさぬもの也。地色にこんくらへ
といふ事有リ。引ケより七ツまで男はおもてに
立あかし女郎は二かいのれんじに出て立あかす。

(16オ)
毎夜かくの〔ごと〕くしてたがいのこんをくらべる。八ツに
格子をあらひに出るわかいものにみつかり。あた
まから水をかけらるゝ事有リ。もちろん色
事と一やうにいへ共。しんの色事と。義理の
色事と欲の色事と三ツ有ル也。又なしみの
客のかけなどたまりて二かいをとめられたる
に女郎中の町へ出てあふ事有リ。是はほれた
ばかりてもなく。あまりせわになりし客には

(16ウ)
ぎりてさふする事もあれは。是らは内所
にて見のかしにすべし。客にもさま〳〵の別ち
有り。みやうもんに行く客有リ。一通リなぐさ
みに行く客有リ。女郎にほれて行く客有リ。
くるわにほれて行く客有リ。はたにほれて行
客有リ。女郎にほれられに行客有リ。みやうもん
に行客は名有る女郎に。ちか付の出来るを
よろこび。定まれるあいかたもなく。ふりそて

(17オ)
などあけて所〻ほう〳〵をへめぐりとかく
たれさん〳〵とよはるゝをよろこび。みやうもんに
たほれてむりに色けをさりかまんにておもし
ろくなきめもたび〳〵するもの也。一ト通りなく
さみに行く客はさのみ女郎の虚実{きよしつ}にもかゝ
はらず一月に五六度来て。その夜さへおも
しろくあそへばよひとおもひ。かへりもはやくして
内のしゆびもわるくせず。女郎の用もそうおう

(17ウ)
に聞てやり。あまりかぶりをせぬものなり。
女郎にほれて行く客は。むしやうに客をせい
たり。名代の夜はかけ出して茶やに世話を
かけ。何かくらくなり。むりな時もゐつゝけをして
内のしゆびをわるくし。毎夜来りしもその女郎
と切れては。さつはりと足ふみもせぬもの也
是らは茶屋なとにてもあてにならぬ客と
思ふべし。くるわにほれて行く客は。中の町

(18オ)
又は女郎屋の内所なぞにちかづきがたんと
有りて。ほう〳〵を咄して歩行あまり女郎に
かゝはらぬもの也。はたにほれて行く客はあい方
の女郎はそれほどおもしろくなけれど。二かい
中が心安くなりて。こゝからもたれさんあす
こからもたれさんといわるゝかおもしろくて行
なり。ほれられに行く客は。うぬほれなやつ
なり。何屋のたれをかつて見やふと。一度いつ

(18ウ)
てはよし。又外へ行ては。是もおもしろくなひと
なじみかねるもの也。是はうぬほれゆへもちつと
ほれる女郎が有リさふなものと思ふゆへ也。
又客にあな知りと。わけしりと二タいろ有リ。
左リの手の指{ゆひ}に。よこにきづの有るのは夕阝
あたり起情{きしやう}を書{かい}た女郎たの。やり手にご*「起情{きしやう}」(ママ)
ふく屋をうけあはせ。はつの客にそんりやう
のうちかけを着て出るの。竹村のはり札は

(19オ)
金がすまぬとはがさぬのといふを。しつたしまん
にいふは。あな知りとてきらふ事也。又わけ知り
といふは客色地色はつなしみあるひは切レ引キ
までよくさばくをいふ。されば。穴しりには成リ
安くわけしりにはなりかたし。新造買ヒて
座敷もちと色をするならば。あいかたの新造
はずいぶん小りこうにて。あまりねこく無イ
のを見立てあげるがよし。ゑては新造の

(19ウ)
ぶきげんよりあらはれ。又は夜ふけなどに座
しきのきやくが。かへつたかかへらぬかを見にやる
時など。たわいなくねていては。いたつてこ
まる事あり。しかしあげるしんさうは其
色の女郎が見立てあげさするもの也。又
ばんとうなれは。女郎にかくしては万事し
にくきものなれは。まづばんとうにあかし
ていかにもよくくるめておくべし。ばんとう

(20オ)
さへしやうちすれば。二かいであふにも。中の丁で
あふにも万事し安し。されと引にかへると
いふきやくも朝までゐたり。又は名代の客
一座の多き客などあつて。いたつてしゆび
に気のもめるもの也。いかにも気がながく
なければてきぬ事也。尤そのあひにくき所に
おもしろみの深きは人情也。色の女郎の
座敷がたとへ。やり手部屋のむかふなりとも

(20ウ)
れんしが行ぬけならばこつちの物と思ふべし。
心中にも色〳〵有リ。日文。時文。血文。血さけ
血きしやう。牛王{こわう}きしやう。入ほくろ。ほりもの
かみ切リ。ゆび切リ。つめをはなす。又きやくの
心中にぬす人証文といふ事有リ。是は先の
女郎の物をぬすみしといふあやまり証文
なり。いつわる事有るときは此証文てはぢを
かゝせろといふ事也。いかにもたわひなき

(21オ)
事也。此外に色々の心中あれともみな畜
生のする事也。すべて心中といふものは。ほれぬ
客やなまほれな客に深くほれたと見する
ための道具也。ぞつこんほれた所はしうち
にてしるゝもの也。心中にてうたがひをは
らすは小口の所也。尤あてになるりくつ
なし。されば第一の心中といふは心に有る事
なり。ゆびを切一切の道具の。よろづ見世に

(21ウ)
有リてうる所にて知るへし。とかく客も女郎も
なまほれなを。しんにほれたと見せるうちに
たのしみは多く有り。しんにほれてかゝり
いろ〳〵のくろうて。かんじんのおもしろみをけして
しまふ故。友だちほうばいのつき合にもかまはす
たわひもなき人になるもの也。むかし〔より〕床花を
やるにいろ〳〵の。あんじあれどもやつはり茶やから
遣らせるかよし。多少は客と女郎とのくらゐによれ

(22オ)
はかきる事なし。まだなじみ浅き内に客と
女郎とさし向ひにて。金銀をとりあつかふは
いたつて安き事也。座しき持の女郎の身の
おのがまゝにし安キは中くらゐの女郎に有也。
おしよくより二まひ目あたりまては
内所にて。大事の女郎と思ふ故いたつて
気を付ケ。やりて廻しかたねずまでも心を
付ケ。茶やにてもおつこふにとりあつかふ。

(22ウ)
廊下あるきも出来ぬ故。いろくるひするともいた
つて手おもし。又突出し間のなき女郎は
はじめ一年ほどの内は。内所の世話なれは。是
又身まゝにならず。〔こと〕さら番頭女郎の手まへ
もかねねはならぬゆへ。色くるひもおのづからゑん
りよせねばならず。されは。中くらゐの所は万事
しやすきもの也。又二まい目の女郎のわるき
は。何方の二階にても有る事也。今ときは

(23オ)
女郎買は見切リが大事也。とかくそれ〳〵の
仕うちを見てとりさはくを通リ者といふべし。
もと傾城はなくさみに買ふものゆへ深き所を
論せす。其時〻をおもしろく遊ふこそ通なるへし。
傾城にしつをつくされんとよしなきくろう
をもとめに行く客は遊ひといふ所をとりうし
なひしゆへなるへし。又あたまからしつくし
たるふりにてけいせいかいの味みをしらすむ

(23ウ)
しやうにいきすきたるはあまり出来過たる
仕かたなり。此くるわは顔のあたらしきうちが
おもしろし。あまり顔か売れて来てはかへつて
色なそも出来ぬもの也。又女郎のきやくを
たまして金をとるは。商売なれはゆるす
へけれと其金をためて親里へやり。田地{てんぢ}
あるひは何ンそのかふなぞをかわせ万事
しまつして着るものなども気を付ケて

(24オ)
着るは孝心のやふにもおもわれりこうら
しくもおもわるれど。夫レは地女のする事に
して女郎のきしやうにあらす色のために
金銀を遣ひすて見世へも出られぬやうに
なりあすのたくわへもしらぬはうわきな
やうなれども。けいせいの身のうへにあたりし
きしやうといふべし。ぎりとなさけゆへに
は一命もすつるがま〔こと〕のけいせいなり。さ

(24ウ)
れどけいせい買は。意心{いしん}伝心{てんしん}にして筆を
以つて書く事あたはず。詞をもつてのぶる
事あたはす。むつかしきもの也。それほとむつ
かしき事に。金を出して遊びに行とは
いかひたはけといふ人に論すべからず。そいつ
まだけいせいのうまみをしらぬやつなるべし。
此道斗はすいりやうのさたにてはわからず
三ツふとんのうへに九年めんへきせすんば

(25オ)
そのふかきを知るへからす。唯{たゞ}あそびといふ
いふ所をわすれ給ふな。」としめしければ*「いふ所」の「いふ」は衍字
垣の外に聞居たる磁石は己が心にてき
ちうし。思わず門の内に入りて。かの先生に
むかひ申けるは。「我先ン刻{こく}より垣の外にて
先生の通談{つうだん}を聞く。傾城買の悟道{ごだう}を
きわめ候。そも先生はいかなる人なれは
かく青楼{せいろう}にくわしきや。」と。ふしんしけれは

(25ウ)
かの先生。さもあらんといふ顔付にて「御ふ
しんにまかせ我身のうへをかたり聞かせ申べし。
爰{こゝ}にやうじといへるものは。楊柳{やうりう}くわんおんの
まもり給ふ所にして。口中を清らかに
なすの仏具也。その器{き}種〻{しゆ〳〵}有リといへ共
その中に吉原楊枝と号{がう}しふさの長キ
一種有り。常にけいせいのやうじ箱に住
居ては。女郎のあなをしり。居続{いづゞけ}客に

(26オ)
歯{は}をみがゝれては通客のふところに入ツて
その人情をさぐり知る。我こそ。ま〔こと〕はかの
吉原楊枝の精なり。今こそその姿を
見せ申べし。」と。たちまち。白りんずに向ふ
菊の地紋おりたるゐしやうをちやくし
緋{ひ}のはかまをちやくし。やせおとろへたる老
翁{ろうわう}と化し。身より光リをはなち。其姿は
長頭{てうとう}丸が昇殿{せうでん}をゆるされたる時の姿も

(26ウ)
かくやと思ふばかり。諺{〔こと〕わさ}にやせたる人を
やうじに目はなを付たやふ也といふも
かゝる事にや。白髪{はくはつ}の長きはふさのやふに
思はれ今ふさやうじに菊のもんうつは
此ゆへなるか。緋のはかまきたるをみれは
赤き紙のふくろに入るゝも故なき事に
あらず。磁石はぼうぜんとしていたりしが
かのいほりと見へしも観音の地内と

(27オ)
思ひしもやはり柳橋のわが別業{へつけう}にて
三人の通客もかの女ほうもきへうせ。けるぞ。
ふしぎ也。かの老翁ふたゝび申けるは。「われに
あわんと思ひ給はゞ。行跡を見給へ。」といひさま
庭のすみなるちりづかの内に入るよとみへし
はゆめうつゝの〔ごと〕く。あまりふしんなるまゝ
に立出て見れば日ころ遣ひなれたる古キ
楊枝有り。「扨は此揚枝の精{せい}出て我を示{しめ}し

(27ウ)
けるか。遊行{ゆきやう}柳の謡曲{やうきよく}に柳{やなぎ}の精{せい}出て仏
果{ぶつくわ}を得。又|祇園女御{きおんによご}の浄るりには平太郎
が妻{つま}のおりうと化したるためしは。文章{ぶんしやう}に
かきしばかり。今柳をもつて作りたる楊枝{やうじ}の
精{せい}目前{もくぜん}に物がたりせしはま〔こと〕にふしぎ也。
是をおもへは世にやうしがくれなどいふ術{じゆつ}もなき
事にもあるまじ。何にもせよ此やうしのため
に青楼{せいろう}の悟道{ごだう}をきはめしこそ有リがたし。」

(28オ)
とひとり磁石はつぶやきてぞいたりける。
思ふにやうしの古きを折らずして。その
まゝに捨る時はかならず怪有りと。世に云
伝へけるも。さる事になん。
吉原やうじ 大尾

(28ウ)
来春出版乃小冊外題左に記し
入御覧候
[青楼]居続日記 全 近刻
[青楼遊君]あふむ石 全 近刻

(29オ)
自跋*以下、訓点省略
漢花有柳。一日
三起三眠。号曰
人柳焉。蓋歯木
以柳所製也。故

(29ウ)
雖非情歯木有
精乎。廷為女肆
雲談。而授其悟
道於通客。奇哉
怪哉。于時正月

(30オ)
初紋日。使三弦
掌雛妓呵毫。山
東京伝書於鶏
舌楼上

(30ウ)
汐干{しほひ}のつと[三十六の貝を生写にしたて 箱入二冊 彩色摺]*以下、広告
野夫{やぶ}かゞみ[藪医の穴をさがし長寿の伝を書たる本也]
絵本虫ゑらみ[虫并ニ艸花生うつし 箱入二冊 彩色摺]
傾城けい[当時名高き遊君の譚并ニ自筆をあぐる]
うづら衣[人情おもしろき事をあつめはいかいの便りとす]
吉原楊枝[けいせい買の一件極秘伝をしるす]
四方のあか[四方赤良先生のかな文集はいかい狂哥の詞書のたよりとなる本]
曽我糠袋{そがぬかふくろ}[女郎かいのおもしろき事目前にあらはす]
狂歌卅六哥仙[狂哥人の像録を画く]
昨夜口舌{ゆうへくぜつ}[かり宅のしやれ本なり 山東京伝著]


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底本:早稲田大学蔵本(ヘ13 03633 0034)
翻字担当者:林禔映、銭谷真人、藤本灯
更新履歴:
2017年10月5日公開

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