日本語史研究用テキストデータ集

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春色梅児与美しゅんしょくうめごよみ

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巻七

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春色梅児与美 巻七

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凡例
1.本文の行移りは原本にしたがった。
2.頁移りは、その丁の表および裏の冒頭において、丁数・表裏を括弧書きで示した。また、挿絵の丁には$を付した。
3.仮名は現行の平仮名・片仮名を用いた。
4.仮名のうち、平仮名・片仮名の区別の困難なものは、現行の平仮名に統一した。ただし、形容詞・副詞・感動詞・終助詞・促音・撥音・長音・引用のト等に用いられる片仮名については、原表記で示した場合がある。 〔例〕安イ、モシ、「ハイそれは」ト、意気だヨ、面白くツて、死ンで、それじやア
5.漢字は現行の字体によることを原則としたが、次のものについては原表記に近似の字体を用い、区別した。「云/言」「开/其」「㒵/貌」「匕/匙」「吊/弔」「咡/囁」「哥/歌」「壳/殻」「帒/袋」「无/無」「楳/梅」「皈/帰」「艸/草」「計/斗」「弐/二」「餘/余」
6.繰り返し符号は次のように統一した。ただし、漢字1文字の繰り返しは原本の表記にしたがい、「〻」と「々」を区別して示した。
 平仮名1文字の繰り返し 〔例〕またゝく、たゞ
 片仮名1文字の繰り返し 〔例〕アヽ
 複数文字の繰り返し 〔例〕つら〳〵、ひと〴〵
7.「さ」「つ」「ツ」に付く半濁点符は「さ゜」「つ゜」「ツ゜」として示した。
8.Unicodeで表現できない文字は〓を用いた。
9.句点は原本の位置に付すことを原則としたが、文末に補った場合がある。
10.合字は〔 〕で囲んで示した。 〔例〕殊{〔こと〕}に、なに〔ごと〕、かねて〔より〕
11.傍記・振り仮名は{ }で囲んで示した。 〔例〕人生{じんせい}
12.左側の傍記・振り仮名の場合は、冒頭に#を付けた。 〔例〕めへにち{#毎日}
13.傍記・振り仮名が付く位置の紛らわしい場合、文字列の始まりに|を付けた。 〔例〕十六|歳{さい}
14.原本に会話を示す鉤括弧が付いていない場合も、これを補い示した。また庵点は〽で示した。
15.原本にある話者名は【 】で示した。 〔例〕【はる】
16.割注・角書および長音符「引」「合」は[ ]で囲んで示した。
17.不明字は■で示した。
18.原本の表記に関する注記は*で行末に記入した。 〔例〕〓{たど}りて*〓は「漂+りっとう」
19.花押は〈花押〉、印は〈印〉として示した。
20.画中文字の開始位置に〈画中〉、広告の開始位置に〈広告〉と記入した。

本文の修正
1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。
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(口1オ)
梅古与美{うめこよみ}三編{さんへん}序
夫{それ}聖人{せいじん}は物{もの}に凝滞{ぎやうたい}せず。今{いま}狂訓亭{きやうくんてい}の
主人{あるじ}は物{もの}に仰天{ぎやうてん}せず。騒{さわ}がしき市
中{しちう}に住{すみ}ながら悠〻然{ゆう〳〵ぜん}として能{よく}与{と}世{よ}推
移{おしうつ}る人情{にんじやう}を書著{かきあらは}せしは和漢{わかん}の理

(口1ウ)
窟{りくつ}。くさき事{〔こと〕}を奪体{だつたい}換骨{くわんこつ}したる物{もの}に
あらず。又{また}衣{きぬ}を盗{ぬすみ}て小袖{こそで}に仕立{したて}し様{やう}に先哲{せんてつ}
の力{ちから}を借{かり}し物{もの}にもあらず。こは只{たゞ}意気{いき}
と世{よ}の流行{りうかう}を専{もつぱら}としたれば色{いろ}も香{か}
もある梅暦{うめごよみ}。春{はる}を知{し}らする這{この}小冊{せうさつ}。今{いま}

(口2オ)
三編{さんへん}に到{いたつ}て首尾{しゆび}全{まつた}く整{とゝの}ひかく綴{つゞり}
し言{〔こと〕}の葉{は}に花{はな}の作者{さくしや}の毫{ふで}すさ
みは悉{〔こと〕〴〵く}意気{いき}にして賎{いやし}からず。且{かつ}わかり
よくして優{ゆう}なる所{ところ}あり。実{じつ}に奇〻{きゝ}妙〻{めう〳〵}
と謂{いひ}つべし。然{しかる}を爰{こゝ}に予{よ}が序{じよ}を添{そゆ}るは

(口2ウ)
所謂{いはゆる}玉{たま}に漆{うるし}を塗{ぬ}り黄金{こがね}に箔{はく}をおしの
強{つよ}くも毫{ふで}を採{とり}て可惜{あたら}紙{かみ}を費{つうやす}はこれ皆{みな}
蛕虫{むし}の所為{せゐ}とみ《ゆるし給へかしといふ。
故十返舎一九門人
癸巳の孟春 金鈴舎一宝述〈花押〉

$(口3オ)
桂櫂兮蘭*以下、訓点省略
槳撃空明
兮泝流光
渺〻兮予
懐望美人
兮天一寸
水や空
月の
中ゆく
みやこ


$(口3ウ)
毒老婆{ならずばゞ}
於阿{おくま}
袖たれて
いざ我
園に
鶯の

つたひ
散す
梅の
花見ん
市郭児{いちびと}
千葉{ちば}の藤兵衛{とうべゑ}

$(口4オ)
玉質亭〻立歳
寒高標摹写
固応難坐令冰
雪開生面莫作
人間水墨看
軽素
すべるほど
こぼして置や
春の雪

$(口4ウ)
婦多川{ふたがは}若町{わかちやう}の娼女{げいしや}阿多吉{あだきち}
婦多川{ふたがは}の
米八{よねはち}
黯淡タル江天
雪欲飛竹

$(1オ)
籬半ハ掩傍
苔磯清愁
満眼無人ノ
識折得テ梅
花ヲ独自帰
負{まけ}ぬ性質{きしやう}も情{いろ}ゆゑと忍{しの}ぶは
深{ふか}き中裏{なかうら}にもつれて解{とけ}ぬ
しまだ髷{わげ}。口舌{くぜつ}しらけた茶碗酒{ちやわんざけ}にさしも
遠慮{ゑんりよ}もいとはざる角{つの}づき合{あひ}は二ツ文字{もじ}うしの
角文字{つのもじ}こいといふ癖{くせ}と意気地{いきぢ}の娼女{げいしや}の俠勇{たてひき}

(1ウ)
春色{しゆんしよく}梅児誉美{うめこよみ}七之巻
江戸 狂訓亭主人著
第十三齣
恋{こひ}ゆゑにやつす姿{すがた}も誠{ま〔こと〕}と実{ま〔こと〕}。彼{かの}婦多川{ふたがは}の米八{よねはち}が。今日{けふ}召{めさ}れ
たる梶原{かぢはら}の。抱屋舗{かゝへやしき}の亀戸村{かめどむら}。茶会{さくわい}に寄来{よりく}る客人{まれびと}へ。
酌{しやく}取{とる}役{やく}の彭簡{たいこもち}。一座{いちざ}揃{そろ}ひし大寄{おほよせ}のその供部屋{ともべや}に
しよんぼりと。人目{ひとめ}つくろふ箱持{はこもち}に。なつて来{きた}りし丹次郎{たんじらう}。待{まち}
草臥{くたびれ}て勝手{かつて}より。庭{にわ}につゞきし花畑{はなばたけ}月{つき}の明{あかり}にうかれつゝ

(2オ)
思{おも}はず庭{にわ}の端{はし}のかた。小高{こだか}き岳{おか}に物好{ものずき}せし。放{はな}れ
坐敷{ざしき}の椽側{えんがわ}に。登{のぼ}りて見{み}れば泉水{せんすい}の。向{むか}ふはさゞめく
広座{ひろざ}しき。終日{しうじつ}過{すご}せし酒宴{さかもり}に。客{きやく}も亭主{あるじ}も打混{うちこん}じ。
取乱{とりみだ}したる無礼講{ぶれいこう}。手{て}にとるごとき大{おほ}さわぎを。詠{ながめ}て
在{あり}しがうと〳〵と。寝気{ねむけ}もよほす時{とき}しもあれ。息{いき}も
閙{せは}しく欠来{かけく}る人俤{ひとかげ}。何事{なに〔ごと〕}やらん素足{すあし}にて。此方{こなた}の枝
折戸{しをりど}突{つき}ひらき。欠込{かけこ}むはづみ立上{たちあが}る。丹次郎{たんじらう}に行当{ゆきあた}り。
互{たがひ}にびつくり月影{つきかげ}に。すかしながめて「丹{たん}さんかヱ。」【丹】「ヲヤ〳〵

(2ウ)
お長{てう}か。どふして此所{こゝ}ヘ。」ト問{とは}れても。しばし泪{なみだ}に口{くち}ごもりて。
返答{いらへ}せざれば丹{たん}次郎。障子{しやうじ}をあけて小坐敷{こざしき}の。うちへ
抱入{だきい}れ介抱{かいほう}し。【丹】「ヲヽ大{たい}そうに動気{どうき}がするの。」ト。胸{むね}なで
下{おろ}せば心{こゝろ}をしづめ【長吉】「アヽ寔{ま〔こと〕}にこわかつた。それはそふとどふ
して丹{たん}さんおまへは此所{こゝ}にお出{いで}のだへ。」【丹】「ヱおれか何{なに}ヨヱヽ。」
【長】「米八{よねはつ}さ゜んを案{あん}じて此{この}御屋敷{おやしき}へも一所{いつしよ}においでか。」【丹】「ナニ〳〵
そふいふ訳{わけ}じやアねへが。米八{よねはち}にすこし頼{たの}んだ〔こと〕があつて
来{き}たのだ。そんな〔こと〕よりおめへはマア。どふしてこゝへ迯{にげ}て来{き}た。

(3オ)
訳{わけ}だ。」ト聞{きか}れて。お長{てう}は丹{たん}次郎が膝{ひざ}により添{そひ}【長】「今{いま}こゝへ
迯{にげ}て来{き}たのは。此{この}御屋敷{おやしき}の御用人{こようにん}。番場{ばんば}の忠太{ちうだ}さまの若
旦那{わかだんな}。忠吉{ちうきち}さまといふのが。いつもわちきにいろ〳〵なことを
いつて。無理{むり}に自由{じゆう}になれとつて。寔{ま〔こと〕}にモウ〳〵否{いや}で〳〵
ならなひのに。今日{けふ}お客{きやく}も何{なに}も酔{よひ}きつて。正体{せうたい}なひのを
幸{さいわ}ひに。先刻{さつき}からつかまへて。こまりきつた所{ところ}へ。隠{かくれん}ぼが始{はじ}
まつて。私{わたし}が隠{かく}れたお湯殿{ゆどの}へ。丁度{てうど}また。忠{ちう}さんが隠{かく}れに
来{き}て。いやおふならぬ手詰{てづめ}といひ。眼{め}をすへて脇差{わきざし}に。手{て}を

(3ウ)
かけたから。一生懸命{いつせうけんめい}に突倒{つきたふ}して参{まゐ}つたが。いつまでも
此所{こゝ}にはいられず。どふしたらよからふやら。」【丹】「そふか。それは
困{こま}つたものだ。しかしこゝの御用人の若旦那{わかだんな}なら。始終{しゞゆう}おめへ
の為{ため}にもなるだらふから。」機嫌{きげん}の直{なを}る様{やう}に【長】「お兄{あに}イさん。」ト
いひながら。丹{たん}次郎の顔{かほ}を見{み}つめ【長】「それでは私{わちき}がお客{きやく}や
何{なに}かのいふ事{〔こと〕}を承知{きゝ}でもするとお思{おも}ひか。宅{うち}へ皈{かへ}つて斯{か}う
いふわけと。咄{はな}せば邪見{じやけん}な母{はゝ}さんゆゑ。金{かね}になるなら心{こゝろ}に随{したが}へ。
言事{いふ〔こと〕}きけと欲心{よくしん}ばツかり。殊{〔こと〕}に常〻{つね〴〵}旦那{たんな}を取{とれ}の。宅{うち}へ

(4オ)
遊{あそ}びに来{く}る人{ひと}の。中{なか}でもお銭{あし}の有{ある}人{ひと}へは。おもしろおかしく挨
拶{あいさつ}して。何{なん}ぞもらふ胸算用{むなさんよう}でもしろのといつて。朝夕{あさばん}
否{いや}なことばつかり。それもわちきはおまへさんへ。およばず
ながらも志{こゝろざし}を尽{つく}すつもりの奉公{ほうこう}と。泪{なみだ}を隠{かく}す坐敷{ざしき}の
勤{つと}め。どふぞかわいそふだと思{おも}つておくんなさいヨ。」【丹】「そりやア
モウ少{すこ}しの間{ま}もおめへの〔こと〕を忘{わす}れやアしねへけれど。米八{よねはち}と
違{ちが}つて。奉公先{ほうこうさき}へいかれもせず。遠慮{えんりよ}して居{ゐ}るから。猶〻{なを〳〵}
恋{こひ}しひはつのるがどふも。」【長】「よいヨ私{わちき}はどふで今{いま}に死{しん}でしまふ

(4ウ)
から。米八{よねはつ}さ゜んと中{なか}をよくなさいまし。」【丹】「なぜそんな事{〔こと〕}を
いつて腹{はら}をたつのだ。」【長】「なぜといつて兄{にい}さんは側{そば}にお出{いで}でない
から。御存{ごぞんじ}はあるまいけれど。今{いま}私{わちき}が居{ゐ}る宅{うち}の母{かゝ}さんといふは
ね。元{もと}は遣手{やりて}のお熊{くま}どんでありますヨ。そしてモウ〳〵意地{ゐぢ}が
わるくツて口{くち}やかましく小言{こゞと}をいつて。寔{ま〔こと〕}につらくツて
ならないけれど。その中{うち}にはどふかしてお兄{あに}イさんと。一所{いつしよ}に
なられる〔こと〕もあるだらふかと。当{あて}もない〔こと〕を便{たより}にして。辛
抱{しんぼう}してゐるのにおまへさんは米八{よねはつ}さ゜んばかり思{おも}つて斯{かう}して

(5オ)
お屋敷{やしき}へまで送{おく}り迎{むか}ひにお出{いで}だものを。とても私{わちき}は苦労{くらう}
したとつていけないからはやく死{し}んでしまふヨ。」【丹】「そんな
つまらねへ〔こと〕をいふもんじやアねへはな。斯{かう}して米八{よねはち}のほうへ
附{つい}て来{く}るのも。金{かね}の都合{つがう}をはやくさせて。おめへをお由{よし}
さんの方{ほう}へ一旦{いつたん}帰{かへ}さねへけりやア男{をとこ}がたゝねへ。といふは
表向{おもてむき}。実{じつ}はどふも気{き}がもめてならねへ。」【長】「なにがヱ。」【丹】「何{なに}が
といつて一日増{いちんちまし}に仇{あだ}になるおめへを他人中{ひとなか}へ手放{てばな}して置{おく}が
気{き}になつてならねへ。どふも他{ひと}が只{たゞ}はおくめへとおもふと

$(5ウ)

$(6オ)

(6ウ)
夜{よる}も夢{ゆめ}に見てたまらねへ時{とき}なんぞがあるものを。」【長】「ヲヤ
啌{うそ}ばツかりにくらしい。」【丹】「ナニ啌{うそ}じやアねへ。丁度{てうど}今夜{こんや}の様{よう}な
ことがあるから。油断{ゆだん}はならねへ。」【長】「イヽヱ米八{よねはつ}さ゜んが気{き}に
かゝるものだから附{つい}てお出{いで}のだヨ。」【丹】「ナニそふじやアねへ。
。おいらの〔こと〕よりおめへがだれとか約束{やくそく}して。此{この}数奇屋{すきや}で
待合{まちあは}せるのだらふ。邪广{じやま}になるとわりいから。おいらア供
部屋{ともべや}へ行{いか}ふ。」ト立{たち}あがればすがりつき【長】「ナゼマアそんなかわい
そふな〔こと〕をお言{いひ}だねへ。」トいひつゝ泪{なみだ}はら〳〵〳〵。身{み}をふるは

(7オ)
して泣㒵{なきがほ}の。目元{めもと}にほんのりあかねさす。それさへおぼろに
わからねど。いだきよせて丹{たん}次郎【丹】「じやうだんだヨ堪忍{かんにん}
しな。ほんに今{いま}までしみ〴〵と。二人{ふたり}ではなしもしなんだが。
おいらゆゑに此{この}苦労{くらう}。さぞつらからふが辛抱{しんほう}してくんな。
其{その}うちにはどふかして。おめへをとりかへすから。」【長】「ナニ今{いま}無
理{むり}に兄{にい}さんの。お側{そば}へ行{いか}ずとよいけれど。二日{ふつか}置{おき}三日{みつか}おき
ぐらひにちよつとでも。㒵{かほ}が見{み}られる様{やう}にしたいねへ。」ト抱
付{いだきつい}たる蔦{つた}かづら。色{いろ}づく秋{あき}のすへつかた。小夜{さよ}ふけわたる

(7ウ)
虫{むし}の音{ね}の。外{ほか}には座敷{ざしき}のはやり唄{うた}。古{ふる}きをまたも繰返{くりかへ}す。
糸{いと}おもしろく連弾{つれびき}に
〽噂{うはさ}にも気{き}だてが粋{すい}でなりふりまでも。いきではすはで
しやんとして。桂男{かつらをとこ}のぬしさんにほれたがえんかヱヽ。」
【丹】「ありやアたしか婦多川{ふたがは}の政吉{まさきつ}さ゜んと。大吉{だいきつ}さ゜んではねへか。」
【長】「アヽそふでありますヨ。」【丹】「おめへは何{なん}ぞ語{かた}ツたか。」【長】「アヽ仲
町{なかてう}の今助{いますけ}さんと掛合{かけあい}で。琴責{〔こと〕ぜめ}をかたりましたヨ。それだ
けれど今夜{こんや}のような。そふ〴〵しいお座敷{ざしき}では。義太夫{ぎだゆふ}は

(8オ)
どふもじれつたいやうでありますヨ。」ト。惚{ほれ}た同士{どうし}はうか〳〵と。
前後{あとさき}わすれて顔{かほ}見合{みあはせ}。何{なに}かいひたき心{こゝろ}と心{こゝろ}。また坐敷{ざしき}
にて。ドヾ一{いつ}の。間{ま}ほどもさすが芸者{げいしや}の調子{てうし}。
[うた]〽惚{ほ}れてこがれた甲斐{かひ}ない今霄{こよひ}あへばくだらぬこと
ばかり。
〽おもふほど思{おも}ふまいかとはなれてゐれば愚痴{ぐち}なこと
だが腹{はら}がたつ。
【長】「アレお聞{きゝ}よ。うたにさへあのよふに唄{うた}ふものを。殊{〔こと〕}にお兄{あに}イ

(8ウ)
さんは米八{よねはつ}さ゜んがあるから。私{わちき}の〔こと〕はどふしても思{おも}ひ出{だ}し
てはお呉{く}れじやアないヨ。」【丹】「ナニ〳〵思{おも}ひ出{だ}すといふは忘{わす}れると
いふ不実{ふじつ}があるからおこつた〔こと〕だ。おゐらは思{おも}ひつゞけだ
から。別{べつ}に思{おも}ひ出{だ}すといふことはねへ。」【長】「ヲヤ〳〵啌{うそ}ばつかり。
兄{に}イさんが忘{わす}れるひまのないといふは。米八{よねはつ}さ゜んのことサ。」ト
いひながら丹{たん}次郎が脇{わき}の下{した}をこそぐる。【丹】「アレサ何{なに}をする
くすぐつたいはナ。よしなヨ。ドレおめへをもくすぐるヨ。」ト横
抱{よこだき}にせしお長{てう}が袖{そで}から手{て}をいれて。乳{ちゝ}をこそぐれば【長】「ア

(9オ)
アレくすぐツたひヨ。」トいひながら顔{かほ}をあかくして丹{たん}次郎が
顔{かほ}をじつと見{み}つめてゐる。【丹】「ハテナ坐敷{ざしき}がしんとして
三味線{さみせん}の音{ね}はきこへなひで。節時{とき〴〵}笑{わら}ひ声{ごゑ}が聞{きこ}へるが。
桜川{さくらがは}の芸{げい}尽{づく}しでもはじまつたか知{し}らん。」【長】「イヽヱ慥{たし}か
竜蝶{りうてう}の落{おと}し咄{ばな}しだヨ。昼間{ひるま}も遊蝶{ゆうてう}が新内{しんない}のはいつた
噺{はな}しをしたがネ。寔{ま〔こと〕}におもしろかつたヨ。」【丹】「フウムそふか若
衆{わかて}の中{なか}では遊蝶{ゆうてう}が一{いち}ばん上手{じやうず}になりそふだ。」【長】「ぎす〳〵
しなひでおとなしいからよいネ。」【丹】「なんだ噺{はな}しを賞{ほめ}る

(9ウ)
かと思{おも}へば男{をとこ}ぶりを賞{ほめ}るのか。うつかりしてゐておめへの艶情{のろけ}を受{うけ}
るやつサ。いつの間{ま}にか惚意{のろく}なつてゐるの。」【長】「ヲヤ〳〵嘘{うそ}をおつき。ナニ遊
蝶{ゆうてう}に惚{ほれ}るものかネヱ。遊蝶{ゆうてう}には私{わちき}の友達{ともだち}のお喜久{きく}といふ子{こ}がどんなに
惚{ほれ}ておりますだろう。誠{ま〔こと〕}ににくらしい様{やう}でございますヨ。」【丹】「トいつて
いつか情通{いひかは}してゞもゐやアしねへか。」【長】「いやだヨ兄{にい}さん其{その}位{くらゐ}なら此様{こんな}に苦
労{くらう}をばいたさないヨ。にくらしい。」【丹】「おいらは又{また}かわいらしい。ドレ遊蝶{ゆうてう}に惚{ほれ}
たかほれねへか証古{しやうこ}を見{み}やう。」ト[しつかりよりそひ横{よこ}■たをれる]【長】「アレマアお放{はな}し。」ト[いひながらふり
むいてしやうじをあけはるかにざしきを]伺{うかゞ}ひて亦{また}もや障子{しやうじ}をぴつしやりとたてきる中{うち}の

(10オ)
恋{こひ}の山{やま}つもり〳〵し憂{うき}〔こと〕をかたる心{こゝろ}の奥{おく}庭{には}とはたれも
気{き}のつく人{ひと}もなく彼{かの}人〻{ひと〴〵}もこゝまで尋{たづ}ねこぬこそ幸{さいはひ}也けり。
作者{さくしや}伏{ふし}て申{まうす}。かゝる行状{ありさま}を述{のべ}て草紙{さうし}となす〔こと〕婦女
子{ふぢよし}をもつて乱行{みだりがはしき}ををしゆるに等{ひと}し。もつともにくむ
べしといふ人{ひと}有{あり}。嗚呼{あゝ}たがへるかな。古人{こじん}いへる〔ごと〕く三人{さんにん}
の行{おこな}ひを見{み}ても必{かな}らず我{わが}師{し}とする〔こと〕有{あり}と。諺{〔こと〕わざ}に曰{いふ}他{ひと}の
風俗{ふり}見{み}て我{わが}風体{ふり}直{なほ}せと。元来{もとより}予{わが}著{あらは}す草紙{さうし}大略{おほかた}婦
人{ふじん}の看官{けんぶつ}をたよりとしてつゞれば其{その}拙俚{せつり}なるはいふに

(10ウ)
たらず。されど淫行{いんかう}の女子{によし}に似{に}て貞操{ていさう}節義{せつぎ}の深
情{しんじやう}のみ。一婦{いつふ}にして数夫{すふ}に交{まじは}りいやしくも金{こがね}の為{ため}に欲
情{よくしん}を発{おこ}し横道{よこみち}のふるまひをなし婦道{ふだう}に欠{かけ}たるものを
しるさず。巻中{くわんちう}艶語{ゑんご}多{おほ}しといへども男女{なんによ}の志{こゝろざし}清然{せいぜん}と
濁{にごり}なきをならべて○此糸{このいと}○蝶吉{てふきち}○於由{およし}○米八{よねはち}○四人{よにん}女流{ぢよりう}
おの〳〵その風姿{ふうし}異{〔こと〕}なれども貞烈{ていれつ}いさぎよくして
大丈夫{ますらを}に恥{はぢ}ず。なほ満尾{めでたし〳〵}の時{とき}にいたりて婦徳{ふとく}正{たゞ}しくよく
其{その}男{をとこ}を守{まも}りて失{あやまち}なきを見{み}るべし。

(11オ)
第十四齣
見{み}ればたゞ何{なん}の苦{く}もなき水鳥{みづとり}の足{あし}にひまなき思{おも}ひ
とは人間{ひと}さま〴〵の活業{たゞずまひ}あるが中{なか}にも他見{おかめ}には楽{らく}で
小{こ}いきな風俗{とりなり}とうらやましくも思{おも}はるゝその身{み}になりて
見{み}るときは松坂織{まつざかじま}の花色裏{はないろうら}紫太織{むらさきぶとり}に黒八丈{くりはちでう}の鯨
帯{くじらおび}せし娘{むすめ}にもおとる気{き}がねは世{よ}の中{なか}を渡{わた}る三筋{みすぢ}の
糸{いと}はかなき妓女{げいしや}の身{み}こそやるせなし。そも突出{つきだ}しの
気苦労{きぐらう}はなれぬ座鋪{ざしき}の取廻{とりまは}し。遠慮{うちば}にすれば

(11ウ)
座{ざ}が淋{さみ}しくふざける客{きやく}の調子{てうし}にのれば通子{わかつた}客{きやく}の気{き}
にあはず。野暮{やぼ}と洒落{しやれ}との間{あひだ}には心{こゝろ}浅間{あさま}の。のゝ字{じ}とり
七色声{なゝいろごゑ}のごた交{まぜ}はこれ人間{にんげん}のとほ吠{ぼえ}にとりまかれ
たる参会{さんくわい}の席{せき}に褄{つま}をもとられねばひきずる裾{すそ}と
引{ひき}ずるお客{きやく}いたらぬ癖{くせ}に枯野見{かれのみ}と極{ごく}しも枯{がれ}の時候{しゆん}はづ
れ河上{うわて}に舟{ふね}の見{み}えねへのが山{やま}でごぜすと冨士{ふじ}筑波{つくば}今{いま}出
現{しゆつげん}をせし〔ごと〕くおもふやからに口{くち}をかけられ素足{すあし}も野暮{やぼ}な
足袋{たび}ほしき寒{さむ}さもつらや牛嶋{うしじま}の土手{どて}の雁木{かんぎ}をふるへて

(12オ)
上{あが}る野分{のわき}の風{かぜ}に興福寺{こうふくじ}の入相{いりあひ}をきくうしやの掛茶亭{みせ}。
駕{かご}と乗代{のりかへ}かへりたき心{こゝろ}も知{し}らず半可通{なまぎゝ}の客{きやく}は芸者{げいしや}も
或{ある}親{おや}の秘蔵娘{ひさうむすめ}なる〔こと〕を思{おも}はずして悪口{さがなく}そしるを穿{うがち}と
おもへり。嗚呼{ああ}悲{かな}しひかなと気{き}がつけば粋{すい}ほどはまる色道{いろのみち}
実情{ま〔こと〕}と見{み}せし虚計{おとしあな}あり。これはそれにはあらねども苦
界{くがい}は同{おな}じ米八{よねはち}が義理{ぎり}と情{なさけ}の柵{しがらみ}に舟{ふね}をもやひて比良岩{ひらいは}
の座鋪{ざしき}の一ト間{ま}藤兵衛{とうべゑ}がいつも長柄{ながら}の橋柱{はしばしら}くちても残{のこ}
る恋{こひ}の意地{いぢ}言{いひ}しらけして無理{むり}のみに酔{よふ}て倒{たふ}れし

(12ウ)
転寝{うたゝね}のひぢ枕{まくら}せしかたはらにしよんぼりとして見{み}かへ
れば誰{た}がおきわすれし一冊{いつさつ}の小本{こほん}をとりて繰{くり}かへし小
声{こごゑ}に読{よむ}は女{をんな}の癖{くせ}○これよりは米八{よねはち}が[ひとりよみゐる小冊{せうさつ}と見{み}給ふべし]
○[仙女香といふおしろいを手にもちしふり袖{そで}しんぞう青梅{あをうめ}]【青】「女浪{めなみ}どふちよつと来{き}な。」○十才{とを}ばかり
の禿{かふろ}【禿】「なんざいますヱ。」ト[きたる]【青】「アノおめへこの白粉{おしろい}をやる
から毎日{まいにち}顔{かほ}へすりこみな。そうすると此{この}おしろいは能{いゝ}薬{くすり}が
はいつてゐるから顔{かほ}のこまかい腫物{できもの}が治{なほ}るよ。そして此{この}
絵{ゑ}をやるから坊{ぼう}さんにならねへか。」【禿】「わちきやアいや。」ト顔{かほ}を

(13オ)
しかめ「仙女香{せんぢよかう}ばかりおくんなまいし。」【青】「ヲヤ〳〵この子{こ}
はヨ坊{ぼう}さんにならねへとその頭{あたま}の瘡腫{できもの}が治{なほ}らねへヨ。そ
れが今{いま}に眼{め}へでもはいつて眼{め}くらにでもなつて見{み}な。
いけやアしねへ。言{いふ}〔こと〕をきいて坊{ぼう}さんになんな。」ト言{いは}れて
禿{かふろ}は考{かんが}へて居{ゐ}る【青】「坊{ぼう}さんになるとおいらが又{また}可愛{かわい}がつて
やるヨ。」【禿】「そんならぼうさんになりますから実正{ほんとう}に仙女香{せんぢよかう}
も画{ゑ}もおくんなましヱ。」【青】「アヽいゝ子{こ}だのう。サアいたくねへやう
にすつてやるから。」トいひながら明{あき}ざしきへつれ行{ゆき}てたちまち

(13ウ)
くり〳〵坊主{ぼうず}にする。禿{かふろ}は頭上{あたま}に手{て}をやつて見{み}て泣出{なきいだ}し
【禿】「わちきやアいやでございます。絵{ゑ}を返{けへ}しイすから前{せん}の
通{とほ}りにしておくんなイましヨウ[引]。」[トなく]【青】「ばからしい。剃{すつ}てし
まつてどうなるものか。」トわらひながら「千代春{ちよはる}さん〳〵
ちよつと来{き}て見{み}なまし。」トかけて行{ゆく}。跡{あと}に禿{かふろ}はおろ〳〵
涙{なみだ}。折{をり}から聞{きこ}ゆる外座敷{ほかざしき}の唄{うた}〽憂{うき}〔こと〕の数{かず}やつもりし
恋{こひ}の山{やま}登{のぼ}りつめたる二人{ふたり}が中{なか}に略○此方{こなた}のざしきのおいらん
は年{とし}ごろ十八九きりやうは故人{こじん}の路考{はま}を生{しやう}うつし。髪{かみ}は

(14オ)
割唐子{わりがらこ}に結{ゆひ}てさしものも立派{りつは}に見{み}え衿元{えりもと}雪{ゆき}より白{しろ}く
あらひ粉{こ}にて磨{みが}きあげたる㒵{かほ}へ仙女香{せんぢよかう}をすりこみし薄
化粧{うすけしやう}は〔こと〕さらに奥{おく}ゆかしく唐更紗{たうざらさ}の額{がく}むく黒{くろ}びろうど
と白茶{しらちや}北京毛織{ほつきんもうる}の平帯{ひらぐけ}をしめ夜具{やぐ}をたゝみて座敷{ざしき}
きれいに片寄{かたづけ}畳{たゝみ}の上{うへ}に片{かた}ひざ立{たつ}て居{ゐ}る。客{きやく}は息子株{むすこかぶ}尤{もつとも}
妻子{さいし}のある身分{みぶん}風俗{ふうぞく}はこゝに略{りやく}す。はやくも九ツ{ひけ}の時{とき}至{いた}り家
内{かない}何{なに}となくそふ〴〵しく番〻{ばん〳〵}の新造{しんぞう}内{ない}しやうの床{とこ}を
延{のべ}て閨{ねや}をつくろふ。亦{また}も聞{きこ}ゆる外{よそ}の浄{じやう}るり〽無量寿{むりやうじゆ}の

$(14ウ)

$(15オ)
名誉{なだかき}
芸妓{げいしや}等{たち}
亀戸{かめど}の
寮{りやう}に
つだふ

(15ウ)
仏{ほとけ}のをしえ聞{きく}ならくさればはかなき朝㒵{あさがほ}も千年{ちとせ}の松{まつ}に枯
残{かれのこ}る無常{むじやう}の風{かぜ}の吹{ふき}とぢよお花{はな}をつれて半七{はんしち}が△【客】「アレあの浄{じやう}
るりはお花{はな}半七{はんしち}が情死{しんぢう}のところ。名{な}も似寄{によつ}たるおめへは花山{はなやま}。」【女郎】
「ぬしも似{に}た名{な}の半兵衛{はんべゑ}さん。」【半】「アヽ身{み}につまされた文句{もんく}
じやアねへか。」【花】「他{ひと}に知{し}られイせんうちに早{はや}く殺{ころ}しておくん
なんし。」【半】「ホンニそれ〳〵人{ひと}の見{み}ぬうちちつともはやく
少{すこ}しの苦痛{くつう}しんぼうしや。」ト屏風{ひやうぶ}を手{て}ばやく引廻{ひきめぐら}し
刀{かたな}を抜{ぬい}て半兵衛{はんべゑ}は既{すで}にこうよと見{み}えたる所{ところ}にたれとも

(16オ)
知{し}れす障子{しやうじ}の外{そと}にて「了簡{りやうけん}ちがひさつしやるな。死{しん}で花{はな}
は咲{さき}ませぬ。これを見{み}たうへ兎{と}も角{かく}も。」ト障子{しやうじ}をほそめにおし
あけて二人{ふたり}が中{なか}へ投込{なげこむ}一通{いつゝう}これ花山{はなやま}が年季状{ねんきでう}。半兵衛{はんべゑ}は手{て}
に取上{とりあげ}とツくと読{よん}でほツと息{いき}【半】「こりやこれそなたの年季状{ねんきでう}。」
【花】「たしかに今{いま}のしはがれ声{ごゑ}は花町{はなまち}さんの客人{きやくじん}で宵{よひ}に上{あが}ツた
番頭{ばんとう}風俗{ふう}。私{わち}キの〔こと〕をいろ〳〵と聞{きゝ}なましたお方{かた}でござんす。」
【半】「ハテナアそれじやア忠七{ちうしち}があいもかはらぬ信切{しんせつ}か。」【花】「その人{ひと}
さんはなんざんすへ。」【半】「|家内{うち}のしまりの重手代{おもてだい}親父{おやぢ}が秘蔵{ひさう}の

(16ウ)
白鼠{しろねずみ}その名{な}も忠義{ちうぎ}の忠七{ちうしち}がハテ心得{こゝろえ}ぬ此{この}場{ば}の始末{しぎ}。」【花】「この
証文{しようもん}が有{あり}イすれば死{し}なでもよふおす半兵衛{はんべゑ}さん。」【半】「ホンニこれ
では死{しな}ずとも誠{ま〔こと〕}にこれは。」作者曰めでたし〳〵*「作者曰」に四角囲
是{これ}より後編{こうへん}にくはしく入御覧ニ候
ト読{よみ}おはつて米八{よねはち}が【米】「ヲヤにくらしい。作者{さくしや}の癖{くせ}だヨ。モウ
此{この}あとはないのかねへ。」ト独言{ひとり〔ごと〕}いひ藤兵衛{とうべゑ}を見{み}れば酒{さけ}ゆゑ正体{しやうたい}
なくねむるいびきの声{こゑ}ばかり。【米】「アヽ此{この}本{ほん}を見{み}るにつけ心{こゝろ}がゝりは
此糸{このいと}さん。アノ気性{きしやう}だけ今更{いまさら}に引{ひく}もひかれぬ絵岸{ゑぎし}の半{はん}さん

(17オ)
お二人{ふたり}ともにひよツとマアこの本{ほん}に有{ある}やうな〔こと〕が。」【藤】「サアあるめへと
もいはれめへ。」【米】「ヱヽ藤{とう}さんお目{め}が。」【藤】「とふから覚{さめ}て聞{きい}てゐた。よし
聞{きか}ずとも知{し}つてゐる。アノ此糸{このいと}が突出{つきだ}しから世話{せわ}にもなツた絵
岸{ゑぎし}の半兵衛{はんべゑ}。零落{れいらく}しても突出{つきだ}さず義理{ぎり}と端手{はで}とは二
道{ふたみち}に諸分{しよわけ}を知{し}つたおいらんと気性{きしやう}を買{かつ}た此{この}藤兵衛{とうべゑ}そふして
見{み}ればコウ米八{よねはち}マア此糸{このいと}へ義理{ぎり}はいるめへ。」【米】「よもやと思{おも}ふ〔こと〕まで
も行届{いきとゞい}たおまへさん。心{こゝろ}は惚{ほれ}ても女{をんな}の意地{いぢ}。どふも返事{へんじ}の出
来{でき}ない義理{ぎり}と相{あひ}かはらずだが堪忍{かんにん}して。」【藤】「成程{なるほど}情{じやう}のこはい子{こ}

(17ウ)
だぞ。」トいふときしも堤{つゝみ}の上{うへ}にて子{こ}どもの声{こゑ}
「おツかアや御免{ごめん}だヨウ[引]。」
作者{さくしや}狂訓亭{きやうくんてい}がこの草稿{さうかう}をつゞるの日{ひ}わが草庵{さうあん}にあそび
うしやの駕{かご}向越{むかふごし}の舟{ふね}の文段{ぶんだん}をよまれて友人{いうじん}のざれうた。
琴通舎主人
枯野{かれの}見{み}て牛島{うしじま}かへる舟{ふね}さむみ
乗{のり}かへたきは馬道{うまみち}の駕籠{かご}
金竜山人
春水再識
春色梅児誉美巻の七了


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底本:国立国語研究所蔵本(W99/Ta81、1001142247)
翻字担当者:洪晟準、梁誠允、成田みずき、銭谷真人
更新履歴:
2017年4月5日公開

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