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日本語読本NIHONGO TOKUHON[布哇教育会第3期]

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巻八

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日本語読本 巻八 [布哇教育会第3期]

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凡例
1.頁移りは、その頁の冒頭において、頁数を≪ ≫で囲んで示した。
2.行移りは原本にしたがった。
3.振り仮名は{ }で囲んで記載した。 〔例〕小豆{あずき}
4.振り仮名が付く本文中の漢字列の始まりには|を付けた。 〔例〕十五|仙{セント}
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≪目録≫
卷八 もくろく
第一 朝 一
第二 雪だより 三
第三 おうぎのまと 十一
第四 ワザクラベ 十六
第五 あらし 二十一
第六 砂山 二十五
第七 水族館 (一) 三十二
第八 水族館 (二) 三十九
第九 水でっぽう 四十八
第十 ハレアカラ登山 五十六
第十一 七つの卵 (一) 六十三
第十二 七つの卵 (二) 六十八
第十三 グラスボート 七十三
第十四 朝顔の日記 八十
第十五 波乘 八十八
第十六 僕のぼうえんきょう 八十九
第十七 パイナップル 九十八

≪p001≫
第一 朝
夜が明けた。
すみきった大空に、
やしの木が一本、
日の出を待っている。
あ、日が出る。
こい雲のふちから、

≪p002≫
さっとさす
金色のや。
出そろったきびのほは、
銀色にかゞやき、
朝風に吹かれて
よろこびに波打つ。
ほがらかな朝だ。

≪p003≫
新しい光をあびて、
バンヤンの森に
マイナがさえずる。
第二 雪だより
日本へまいりましてから、もう五ヶ月たち
ました。大分こちらの生活になれました
が、皆さんと一しょに、泳ぎに行ったり、山登
りをしたりした樂しい布哇を忘れること

≪p004≫
が出來ません。
日本は、今、冬で、たいそうさむうございます。
布哇でさむいなどと言っても、こちらのさ
むさとは、くらべものになりません。こう
して書いていても、あまりつめたいので、思
うように、指が動かないほどです。
去年の十二月の末に、始めて雪が降りまし
た。うれしくて、さむさも忘れて飛びまわ
りましたが、ちょっと降ってすぐ止んでし

≪p005≫
まって、降る後から消えて行くので、話に聞
いていたような美しさは、見られませんで
した。一月になってからも、二度降りまし
たが、やはり、後から後からと消えて行って
しまいました。
ところが、今朝起きて戸をあけると、おどろ
きました。外は一面の雪で、まっ白です。
黒土の庭は、一夜のうちに、白砂糖でうずま
ったようになってしまいました。葉の一

≪p006≫
枚もなかったかきの木に、
まっ白い花が咲き
みだれているよう
に見えます。えん
がわ近くにある
南天の木も、重そうに雪を
のせ、下から、青い葉やまっかな實が、美しく
見えています。いつも向こうに見えてい
た竹やぶが、どうしたことか、今朝は見えま

≪p007≫
せん。ふしぎに思ってよく見ると、竹は皆
しなって、かわいそうに雪にうずまったよ
うになっています。
父が雪だるまを作ろうと言ったので、外へ
出ました。小さな雪のかたまりを作って、
つもった雪の中をころがすと、だん〳〵大
きくなって、後には僕一人で動かすことの
出來ないほど、重くなりました。手にぞう
りをはめて、父と二人でころがしましたが、

≪p008≫
實にゆかいでした。
こうして作った大
きな雪のかたまり
の上に、少し小さい
かたまりをのせ、そ
れにたどんとすみ
で、目と鼻と口をつけました。
空は、一面はい色に曇って、雪はまだ、ちらち
らと降っています。どちらを見ても雪で

≪p009≫
まっ白です。たゞ、近くにある小さな川だ
けが、まっ白な雪の中に一すじ黒く見えて
います。
雀が五六羽、のき下に來て、ちゅうちゅう鳴
きながら、とびまわっています。遊ぶ木の

≪p010≫
枝も、食物もないので困っているのでしょ
う。
日本は、此の頃、スキーがなか〳〵さかんで
す。僕もやってみたいと思っています。
又、時々こちらの樣子をお知らせいたしま
す。皆さんも、どうぞお手紙を下さい。さ
ようなら。
二月十日 松村秋雄

≪p011≫
四年生の皆樣へ
第三 おうぎのまと
屋島の戰に、源氏{げんじ}は陸、平家{へいけ}は海で、向かい合
っていた時、平家{へいけ}の方から、美しくかざった船
を一そうこぎ出して來ました。見れば、へさ
きに長いさおを立てて、さおの先には、開いた
赤いおうぎがつけてあります。一人の官女
が其の下に立って、陸の方に向いてまねいて

≪p012≫
います。
源氏{げんじ}の大將{たいしょう}|義經{よしつね}は、これを見て、
「誰かあのおうぎをい落す者はないか。」
と尋ねました。一人の家來が進み出て、
「那須餘一{なすのよいち}と申す者がございます。空を飛
んでいる鳥でも、三羽ねらえば、二羽はきっ
とい落すほどの上手でございます。」
と言いました。義經{よしつね}は、
「それを呼べ。」

≪p013≫
と言いつけて、直ぐに餘一{よいち}を呼出しました。
餘一{よいち}はおことわりしましたが、義經{よしつね}が許し
ません。そこで
餘一{よいち}は心の中で、
若しいそこなっ
たら、せっぷくし
ようとかくごを
きめ、馬にまたがって、海の中へ乘入れました。
海は風が強く、波が高いので、船は上ったり

≪p014≫
下ったりします。おうぎも風
に吹かれて動いています。い
くら弓の名人でも、これを一矢
でい落すことは、なか〳〵むず
かしそうです。
餘一{よいち}は、しばらく目をつぶっ
て、一心に神樣にいのってから
目を開いて見ると、おうぎが少
し落着いて見えます。餘一{よいち}は、

≪p015≫
弓に矢をつがえ、よくねらってひょうとはな
しました。赤いおうぎは、見事にかなめの所
をい切られました。空高くまい上ると、ひら
ひらと二三度まわって、海の中に落ちました。
陸の方では、大將{たいしょう}|義經{よしつね}を始め、みんなが馬の
くらをたゝいて喜びました。海の方でも、平
家{へいけ}方が、船ばたをたゝいて、どっとほめました。

≪p016≫
第四 ワザクラベ
昔、飛驒{ヒダ}ノ工{タクミ}トユウ大工ト、百濟{クダラ}ノ河成{カワナリ}トユ
ウ畫カキガアリマシタ。二人ハ、ドチラモ名
人デ、又仲ノヨイ友達デシタ。
或日、工{タクミ}ガ河成{カワナリ}ノ所ヘ使ヲヤッテ、
「今度新シイ家ヲ建テタカラ、見ニ來テ下サ
イ。ソウシテ、カベニ畫ヲカイテ下サイ。」
ト言イマシタ。

≪p017≫
河成ハ、サッソクショウチシテ、出カケテ行
キマシタ。見ルト、家トユウノハ二ヤード四
方クライノ建物デ、四方ノ戸ハ皆アケハナシ
テアリマス。工{タクミ}ガ、
「マア、中ヘハイッテ、ユックリ見テ下サイ。」
ト言ッタノデ、河成ハ、何心ナク南ガワノ戸口
カラハイロウトシマシタ。スルト、其ノ戸ガ
急ニピタリトシマリマシタ。フシギニ思ッ
テ、今度ハ西ガワノ口カラハイロウトスルト、

≪p018≫
又其ノ戸ガシマッテ、サッ
キシマッタ南ガワノ戸ガ
アキマシタ。北カラハイ
ロウトスレバ、北ノ戸ガシ
マッテ西ノ戸ガアキ、東カ
ラハイロウトスレバ、東ノ
戸ガシマッテ北ノ戸ガア
キマス。河成{カワナリ}ハ、家ノマワリヲグル〳〵マワ
ルバカリデ、中ヘハイル事ガ出來マセン。

≪p019≫
工{タクミ}ハ、コレヲ見テ、大聲デ笑イマシタ。河成{カワナリ}
ハ、クヤシク思ッタガ、仕方ナク其ノマ、家ヘ
歸リマシタ。
ソレカラ四五日後ノ事デス。工{タクミ}ノ家ヘ河
成{カワナリ}カラ使ガ來テ、
「オ目ニカケタイモノガアルカラ、ゼヒ來テ
下サイ。」
ト言イマシタ。工{タクミ}ハ、「ハヽア、此ノ間ノ仕返シ
ヲスル氣ダナ。」ト思ッタガ、度々呼ビニ來ルノ

≪p020≫
デ、出カケテ行キマシタ。スルト、メシ使ノ者
ガ出テ來テ、
「ドウゾ、オ上リ下サイ。」
ト言イマシタ。
工{タクミ}ガ、ザシキヘハイロウトシテ、戸ヲアケル
トオドロキマシタ。中ニハ、クサッテブクブ
クニフクレタ、大キナ死ガイガ横タワッテイ
マス。何トモ言エナイイヤナニオイサエシ
マス。工{タクミ}ハ、思ワズ、「アッ。」ト聲ヲ立テテ逃出シ

≪p021≫
マシタ。スルト河成{カワナリ}ガ、笑イナガラザシキカ
ラ顔ヲ出シテ、
「ドウシタノデス。マア、オハイリナサイ。」
ト言イマシタ。
恐ル〳〵近ヨッテ見ルト、死人ト見エタノ
ハ、フスマニカイタ畫デシタ。
二人ハ、思ワズ顔ヲ見合ワセテ笑イマシタ。
第五 あらし

≪p022≫
ざっざあっ
雨の音、
木の枝を
吹きゆする
あらしの聲、
あらしの叫び。
まどの戸に
吹きつける

≪p023≫
雨の玉、
銀の玉。
くだけて散って、
流れる、流れる。
やみをさく
いなびかり。
ぱっと見えた
マンゴのおどり、

≪p024≫
隣のやね、
白いかべ。
ほがらかに
夜は明けた、
こゝかしこ
水たまり。
青葉が散って、
朝日がさして。

≪p025≫
第六 砂山
おじさんの自動車で、マナの砂山へ出かけ
たのは、午後二時頃でした。いとこの春雄君
も一しょでした。きび畠の間を走って、間も
なく、まっ白な砂原に出ました。
向こうは青い海です。海岸に近く、キヤベ
の木が澤山しげっています。所々に草むら
のある砂原が、海岸にそって、何マイルもつず

≪p026≫
いています。まるで飛行場のようです。
自動車は砂原を通って、海岸に近い砂山の
前で止りました。私達は、走って砂山に登り
ました。
青くすんだ海、黒岩つずきの海岸、白砂のも
り上った小山。波はざぶりざぶりと靜かに
よせて、黒い岩の上に白く廣がっては、引いて
行きます。遠く北の方を見ると、海岸は高く
つき立ったがけで、それが、どこまでもつずい

≪p027≫
ています。沖には、ぽっ
かりうき出したように、
小さな島が見えていま
す。これが、ニイハウだ
そうです。
おじさんが、
「一郎は、砂の鳴くのを
知らないだろう。わ
たしが鳴かせて見せ

≪p028≫
るから、お前もやってごらん。」
とおっしゃって、兩手で砂をかきよせるよう
にして打つと、「ぐう。」と鳴くような音がしまし
た。ふしぎに思いながら、私もやってみまし
た。やはり「ぐう。」と言います。面白いので、何
べんも鳴かしてみました。
「ね、ふしぎだろう。砂がほえるのだ。だか
らバーキングサンドと言うのだよ。」
とおっしゃいました。

≪p029≫
「此の山は、底の方ま
でみんな砂でしょ
うか。」
と言うと、いとこの春
雄君が、
「そうだろう。一つ
掘ってみよう。」
と言って、二人で穴を
掘りました。掘って

≪p030≫
も掘っても、白砂ばかりで、中の方は、少ししめ
っていました。しめった砂を、兩手で打って
みましたが、どうしても鳴きませんでした。
頂上まで登って、春雄君と二人で、かけ下り
るきょうそうをしました。足が砂の中に深
くはいって、思うように運ばれません。体ば
かりが先に出て、止ろうとしても止らず、二人
は、とう〳〵たおれました。起上って、又かけ
下りました。たおれるのが面白いので、登っ

≪p031≫
てはかけ下りました。
「一郎、大分遊んだろう。もう歸ろうではな
いか。」
おじさんの聲が、自動車の中から聞えました。
私達は、汗をふきながら、急いで自動車に乘
りました。くつの中は砂で一ぱいです。ぬ
いでふるい出しました。後を見ると、私達の
自動車は、砂煙を立てて走っていました。

≪p032≫
第七 水族館{すいぞっかん} (一)
おじさんと、ワイキキの水族館{すいぞっかん}に行きまし
た。中へはいると、八角の廣い室があって、ま
ん中にさしわたし十フィートくらいの池が
あります。かめが五六匹、小さな噴水の水を
あびながら、氣持よさそうに、岩の上で遊んで
いました。
此の室から三方に、ろうかのようになった

≪p033≫
所があります。ろうかの兩がわには、ガラス
ばりの箱のように仕切った小さいへやが幾
つも並んでいます。上からきれいな海水が、
細かいあわを立てながら、そゝいでいます。
初の箱には、大きな「たこ」が三匹いました。
体をぴったりガラスにくっつけて、いぼ〳〵
のある長い八本の足を、動かしています。
「あの丸い頭のように見える所がどうで、足
のついている所が頭だ。つまり、頭から直

≪p034≫
ぐ足が出て
いるのだ。
あの澤山の
いぼで、物に
すいつくよ
うになって
いる。どう
の中には黒
インキのよ

≪p035≫
うな汁のはいったふくろがある。敵に出
あうと、急にそれをはき出す。すると、敵は、
まっ黒な煙にでもつゝまれたように、何も
見えなくなる。其のすきに『たこ』は、す早く
逃げて行くのだ。」
と、おじさんがおっしゃいました。
次の箱には、「キヒキヒ」とゆう、めずらしい形
の魚がいました。三四インチくらいの平た
い魚ですが、背中のひれが三インチほども長

≪p036≫
くのびて、ひら〳〵しています。白い体に、黄
と黒のたてじまがあります。細長くつき出
た小さな口で、かべに生えている海草を食べ
ます。樂しそうに泳ぎまわる樣子は、まるで
ちょうちょうのようです。
そこには、又、大きな卷貝が四つ五つころが
っていて、中からえびのような物が、顔を出し
ています。一つの貝は、ごそ〳〵と岩にあが
り始めました。

≪p037≫
「へんな貝がいますね。」
と言ったら、
「外は貝がらだが、中
にはいっているのは、
かにだ。自分の家を
持たないで、ひとの家
をかりて暮している
から、『やどかり』とゆう
名がついている。」

≪p038≫
と、おじさんがおっしゃいました。
「フムフム」とゆう魚は、うす青のきれいな体
に、赤や、青や、白や、黒などの、きれいなもようが
ついています。目は口
からずっとはなれて、背
中の近くについていま
す。
「海がめ」もいました。
背中の固そうな甲には

≪p039≫
小さい海草が生えています。四本の足は、ひ
れのようになっています。
「海がめには、ずい分大きなのがあって、大人
が乘って、ゆっくりすわれるようなのがあ
る。うら島は、そんな大きなのに乘って行
ったのだろう。」
おじさんは、そう言ってお笑いになりました。
第八 水族館{すいぞっかん} (二)

≪p040≫
恐しそうなのは、まわりが、十四五インチ、長
さが四五フィートもある「プヒ」とゆう魚で
す。
「プヒ」のいる箱には、太いまがったパイプが
入れてあって、そのかくれ場にしてあります。
「プヒ」がパイプの中から頭を出して、するど
い目を光らしているのは實にすごいもので
した。
「いせえび」が何十匹もいます。岩の上や岩

≪p041≫
のかげで、長いつのを動かして、がさ〳〵歩い
ていました。
大きな「サモアがに」
が、砂の上に、じっと動
かずにいました。石
でこしらえたのでは
ないかと思いました。
岩が動き出したと
思ったら、岩でなくて、

≪p042≫
固い甲のある大き
な「えび」でした。何
匹も岩に止ってい
ますが、岩と同じ色
ですから、ちょっと
見ただけでは、何だ
か分かりません。
砂の上に、何か小
さな丸い物が、二つ

≪p043≫
ずつ並んでいて、みんなくり〳〵動いていま
す。よく見ると、それは魚の目玉でした。砂
の上に目玉だけ出して、きょろりきょろりと
外を眺めているのです。面白いことには、二
つの目玉が、別々にちがった方を見ています。
其のうちに、一匹が古ぞうりのような平たい
体を横にしたまゝ、ひら〳〵泳いで行って、又
砂の中にもぐりました。下になっている方
はまっ白ですが、上側は、砂と同じ色です。こ

≪p044≫
れは「ひらめ」とゆう魚だそうです。
「この魚は、初め外の魚と同じように、目が兩
側についていたのだが、親をにらんだばち
で、こんなに目が片側に二つ並んでしまっ
たのだとさ。」
と、おじさんが笑いながらおっしゃいました。
同じ箱に、「たつのおとしご」とゆう物がいま
した。二インチくらいの長さで、尾を海草に
きり〳〵と卷きつけて、馬のような顔をうつ

≪p045≫
向きかげんに、こっくりこっくり動かしてい
ます。これが若し目をつぶっていたら、居眠
をしていると言いたいところですが、目を見
はっているのですから、どうしても、何かひど
く考えこんでいるとしか思われません。

≪p046≫
「何をあんなに考え
ているのかなあ。」
と、私がひとりごとを
言ったので、みんな大
笑をしました。
黄色な魚、青い魚、赤
い魚、しまになった魚、
もようのある魚など、
どれもこれも、えのぐ

≪p047≫
で色どったようにきれいです。形も皆ちが
っていて、大きな口をしたのもあり、鳥のくち
ばしのようにとがった口をしたのもありま
す。
「どうだ、きれいだろう。こゝの水族館{すいぞっかん}は小
さいが、珍しい魚が澤山いるので、世界でも
有名だから、布哇見物に來る人々は誰でも、
これを見て、感心する。さあ、もう、お晝だ。
海岸へ行っておべんとうにしよう。」

≪p048≫
とおっしゃったので、私はおじさんについて
水族館{すいぞっかん}を出ました。
第九 水でっぽう
或日曜日の朝でした。お父さんが、
「今日は水でっぽうをこしらえて遊んだら
どうだ。」
とおっしゃいました。僕は、まだ水でっぽう
を見たことがありません。お父さんに尋ね

≪p049≫
ると、
「こしらえ方を教えて上げるから、作ってご
らん。三郎にも作ってやりなさい。どれ、
竹を探して來よう。」
お父さんは、家の裏の方へ出て行かれたが、間
もなく、古くなったくまでを持って來られま
した。
「このえでこしらえたらいゝ。此のふしの
下の所と、其の次のふしの下の所を切るの

≪p050≫
だ。すると、つゝ
の一方にはふし
があり、一方には
ふしがないだろ
う。さあ、切って
ごらん。」
僕は、のこぎ
りを持って來
て、其の通りに切

≪p051≫
りました。
「よし〳〵。今度は、ふしのまん中に小さな
穴をあけるのだ。別に、細いぼうの先にき
れを卷いて、つゝの中に入れゝば、それで出
來上る。」
「あゝ分った。僕、もう一人で出來ます。タ
イヤに空氣を入れるポンプのような物で
すね。」
「そうだ。分ったら一人でやってごらん。」

≪p052≫
間もなく出來上りました。さっそく、バケ
ツに水をくんで來て、其の中に入れて、細いぼ
うをおしたり引いたりしてみました。七八
へんやっていると、工合よく水がはいって來
ました。バケツから出して、おしてみると、し
ゅっと水が飛出しました。もう一度やって
みました。水は八フィートも遠くまで飛び
ました。
「三郎、早く來てごらん。水でっぽうが出來

≪p053≫
たよ。」
と、僕は大聲で弟を呼びました。
弟にやらせてみると、やはり工合よく水が
飛びます。
「それはお前に上げよう。兄さんは、もう一
つこしらえるから。」
そう言って、又一つこしらえました。
二人で遊んでいると、マイナが飛んで來て、
庭のペヤの木に止りました。僕らは、水でっ

≪p054≫
ぽうに一ぱい水
をすい入れて、し
ゅっとはじき出
しました。マイ
ナはおどろいて、
どこかへ飛んで
行ってしまいま
した。
ちょうどそこ

≪p055≫
へ、近所の友達が大勢遊びに來ました。僕が
水でっぽうの作り方を教えてやると、皆喜ん
で歸って行きました。
午後になると、友達は、めい〳〵新しく作っ
た水でっぽうを持って、又遊びに來ました。
八人が二組に分れて、遊ぶことにしました。
どちらの組も、水を入れたバケツを一つずつ
用意しました。そうして、水のかけ合いを始
めました。

≪p056≫
あまりにぎやかなので、お父さんもお母さ
んも、庭へおいでになって、笑いながら見てい
らっしゃいました。
第十 ハレアカラ登山
今日、おじさんが正一君と僕を、ハレアカラ
山へ連れて行って下さいました。
おべんとうや水を自動車に積んで、午前十
時頃に、おじさんの家を出ました。

≪p057≫
マカワオとゆう所で、ハレアカラ山へ登る
道へさしかゝりました。道の兩側は、パイナ
ップルの畠がつずいています。しばらく行
くとどちらを見ても廣い野原ばかりで、澤山
の牛が、のんきそうに遊んでいます。後をふ
りかえると、森や、きび畠や、海が、まるで畫にか
いたようにきれいです。
大きく、まがりくねった道を、上へ〳〵と進
んで行きました。時々、自動車が白い雲に包

≪p058≫
まれて、少しはなれた所は、何も見えなくなる
ことがありました。
いつの間にか、僕達は、雲より高い所を走っ
ていました。雲が晴れると、ずっと下の方に
廣々とした海が、白い波で、マウイ島をふちど
っているのが見えます。
少しはなれて、島が三つ並んでいます。一
番大きなのはモロカイ、其の次のがラナイ、小
さいのはカホオラウェです。

≪p059≫
頂上に着いたのは、お晝頃でした。自動車
から下りると、正一君と僕は、思わず、
「ばんざあい。」
と叫びました。何とゆう廣い眺でしょう。
マウイ島が、僕達の目の下にあるのです。何
だか、急にえらくなったような氣がしました。
頂上には、大きな噴火口があります。噴火
口のふちに建ててある家から、下を見ると、恐
しくて体がふるえるようです。

≪p060≫
「大昔は、こゝからどろ〳〵にとけたようが
んを噴出していたのだ。噴火口のまわり
は、二十哩もあるそうだ。」
と、おじさんがおっしゃいました。
噴火口の底には、小さな赤い砂山が幾つも
あります。これは後で噴火した時に出來た
山だそうです。どの山にも、頂上には小さな
噴火口があります。
此のあたりは、小石と、砂ばかりで、草も木も

≪p061≫
生えていません。一
番高い所に登って、お
べんとうを食べまし
た。おじさんが、
「そら、あのモロカイ
島の向こうに、うす
く島が見えるだろ
う。あれがオアフ島だよ。」
と指さしながらおっしゃいました。後の方

≪p062≫
にも島が見えます。布哇
島です。雲がかゝってい
て、島の形ははっきり見え
ませんが、雪をいたゞいた
山が二つ、雲の上に浮かん
でいます。マウナロア山
とマウナケア山です。日
は照っていますが、風が冷
たくて、何とも言えないよ

≪p063≫
い氣持です。シルバソードグラスとゆう、銀
色の草の生えている所があるそうですが、お
そくなるので、行くことを見合わせました。
歸りは、下り坂ばかりですから、ずい分早く
下りました。家へ着いて、庭から眺めると、ハ
レアカラ山の頂上は、すっかり雲にかくれて、
すそだけが廣く見えていました。
第十一 七つの卵 (一)

≪p064≫
昔、ホノルルに、カポイとゆう年をとった、貧
しいのうふがいました。そまつな家に住ん
でいました。大雨の時には、家の屋根から雨
がもりました。
或日、カポイが野へ出て、屋根をふく草を取
っていると、草むらの中で、鳥の卵を七つ見つ
けました。
「これはいゝ物を見つけた。夕飯の時、食べ
ることにしよう。」

≪p065≫
と喜んで、それを持って、歸りました。
カポイは、さっそく、卵を一つ〳〵木の葉に
包んで、あつい灰の中に入れて、やこうとしま
した。其の時、とこから飛んで來たのか、一羽
のふくろうが、そばの木の枝に止りました。
丸い大きな目を光らせて、
「カポイさん、どうか其の卵を返して下さい。
それは私のです。」
と、ふくろうは悲しそうに言いました。カポ

≪p066≫
イはびっくりしな
がら、
「お前の卵なら、幾
つあったか知っ
ているだろう。」
と尋ねました。
「七つです。」
「そうだ。しかし、
これは私が食べ

≪p067≫
るのだ。」
カポイは、なか〳〵返そうとしません。ふく
ろうは、目に涙を一ぱいためて、
「どうぞお返し下さい。」
と又頼みました。
カポイも、しまいにはかわいそうになった
ので、
「よし〳〵、それほどたのむなら、返して上げ
よう。」

≪p068≫
と言って、七つとも返してやりました。ふく
ろうは、たいそう喜んで、幾度もお禮を言いま
した。そうして、
「カポイさん、あなたはお宮を建てて、神樣を
お祭りなさい。そうすれば、きっと仕合わ
せになります。」
と言って、歸って行きました。
第十二 七つの卵 (二)

≪p069≫
カポイは、ふしぎに思いながらも、ふくろう
の言った通りにお宮を建てて、神樣を祭りま
した。人々は皆、カポイの心がけをほめまし
た。
ワイキキの王樣は、カポイが名高くなった
のをにくんで、「勝手に宮を建てて神樣を祭る
者は、死けいにする。」とゆう、新しいきそくを作
りました。
カポイはしばられて、ワイキキのろう屋に

≪p070≫
入れられました。そうして間もなく死けい
になることになりました。
ふくろうは、其の後、七つの卵を大切にあた

≪p071≫
ためて、殘らず立派なひなにかえしました。
そうして、七羽の子鳥を、七つの島に一羽ずつ
住ませましたが、仲間が數えきれぬほどふえ
たので、親鳥はたいへん喜んでいました。
ところが、カポイが死けいになると聞いて、
親鳥はびっくりしました。卵を返してもら
ったお禮をするのは、此の時だと思って、七つ
の島のふくろうどもに、大急ぎで集れと言っ
てやりました。ふくろうは、すぐさま集って

≪p072≫
來ましたが、親鳥は、人にさとられないように、
一同を山のかげにかくして置きました。
いよ〳〵、カポイを死けいにする日が來ま
した。親鳥がそれを知って、あいずをすると、
何千とも知れぬふくろうは、ホノルルの空一
ぱいになって、どっと王樣の城へおしよせま
した。其のすさまじい勢に、王樣の兵たいは、
びっくりしてしまいました。王樣も恐れて、
城のおくへかくれました。ふくろうは口々

≪p073≫
に、
「カポイを返せ。」
と叫んで、ろう屋の屋根を食破って、カポイを
助け出しました。
其の後、カポイは、たいそう仕合わせになり、
ふくろうは、神の鳥と言われて、大切にされる
ようになりました。
第十三 グラスボート

≪p074≫
私達の乘ったグラスボートは、ぽこ〳〵と
音を立てながら、煙をはいて、靜かに岸をはな
れました。
兩側のこしかけに、並んでかけている人達
は、舟のまん中の、箱のようになっているかこ
いに、兩ひじをついて、箱の底を眺め始めまし
た。底は、全部グラスで張ってあります。
舟は、ずん〳〵沖へ進みます。海は、まだ五
六フィートの深さで、底は、砂や小石ばかりで

≪p075≫
す。小さな魚が、舟の通るのも知らずに泳ぎ
まわっています。
海は、だん〳〵深くなって來ました。しか
し、底はふしぎにはっきりと見えます。いつ
の間にか、砂はなくなってごつ〳〵した大き
な岩が、高くなり低くなりして、どこまでも續
いていきます。
きかいの動く音が止って、舟の進みがおそ
くなったと思うと、間もなく、噴火口のような

≪p076≫
大きな穴の上に來ました。私は思わずあっ
と叫びました。私達の乘っている舟が、此の
うす暗い穴の中へ、引きこまれそうな氣がし
たのです。
「ちょうど飛行機から下を見るようなもの
さ。恐しいことはないから、よくのぞいて
ごらん。多分、此の穴は魚の家だろう。お
お、いる〳〵、澤山泳いでいる。」
お父さんがそうおっしゃったので、恐る〳〵

≪p077≫
のぞいて見ました。青い水の底は、何百フィ
ートか分らない深さです。其の中に、小さい
のや、大きいのや、赤いのや、青いのや、樣々の魚
が、樂しそうに泳いでいます。私は面白さに
こわいのも忘れて、じっと眺めました。
舟は、又進み始めました。今度は、海の底が
白く見え出しました。一面に、白い草でも生
えているようです。
「お父さん、あれは何でしょう。」

≪p078≫
と尋ねると、
「あれはさんごと
いって、海の底に
住んでいる虫の
すです。」
とおっしゃいまし
た。
所々に、いろ〳〵
の貝がいました。

≪p079≫
大きなのは、さしわたし一フートもありそう
でした。海草の長いのが生えて、まるで林の
ように見える所もありました。
「海の底は、ちょうど陸のようなものだ。高
い山もあり、低い谷もある。草も生えてい
るし、魚も住んでいる。それが、皆水に包ま
れている。人間や、鳥や、けものや、草木など
が、陸で空氣に包まれて生きているのと、よ
くにているではないか。」

≪p080≫
お父さんのお話を聞いて、私は海の底を歩
いてみたいように思いました。
第十四 朝顔の日記
四月一日 日曜日 晴
あたゝかい日曜日ですから、今日は朝顔の
種をまこうとゆうので、晝から其の用意をし
ました。兄さんが、物置から古いみかん箱を
取出して來て、それを淺く作り直しました。

≪p081≫
四時頃、お母さんに教えていたゞいて、兄さん
と二人でまきました。箱に土を入れ、よい種
を二十ほどぎょうぎよく並べて、其の上に土
をふりかけました。そうして、水をやりまし
た。これから、毎日、午前と午後と二回水をや
るのですが、私達は學校へ行きますから、午前
の水は、お母さんにお願いすることにしまし
た。
四月七日 土曜日 晴

≪p082≫
學校から歸ると、お母さんが、「君子、朝顔の芽
が出ましたよ。」とおっしゃったので、急いで庭
へ出て見ました。ほんとうにかわいゝ芽が、
一本出ていました。くきがうす赤で、黄色い
葉が重なったまゝ下を向いて、其の先は、まだ
土から出きらないでいます。「く
きが赤いから、赤い花が咲くでし
ょう。」と、お母さんがおっしゃいま
した。

≪p083≫
四月九日 月曜日 晴
きのうの芽が、今日はまっ直に起上りまし
た。葉は二枚重なったまゝ上を向いていま
す。
四月十日 火曜日 曇
又、新しい芽が、頭に黒い皮を
かぶって出て來ました。おと
とい出た方は、すっかり二葉が
開いて、緑色になりました。

≪p084≫
四月十一日 水曜日 晴
今日も、又、新しいのが二つ出かゝりました。
きのう出たのは、まだ皮を着けていますが、葉
がずっと大きくなりました。
四月十三日 金曜日 晴
きのう雨が降ったので、今日は六つも芽が
出ました。二葉になったのは、みんなで七つ
あります。後から出るものほど大急ぎでの
びて、早く二葉になろうとするようです。そ

≪p085≫
う思うと、どれもこれも、たましいでもあるよ
うな氣がして私は、朝顔がかわいくてたまら
なくなりました。
くきは、赤のこいのや、うすいのや、又うす緑
のがあります。うす緑のは、白かうすい色の
花が咲くのだそうです。
四月十七日 火曜日 曇
みんな出そろって二葉になりました。最
初に出たのは、もう二葉の間から、小さい本葉

≪p086≫
がやわらかい毛をかぶって出て來ました。
四月二十二日 日曜日 晴
二十本とも本葉が出そろいました。中に
は二枚出ているのもあり
ます。大きい本葉は長さ
が一インチくらい、小さい
のでも其の半分くらいは
あります。
今日はお天氣もよいの

≪p087≫
で、午後、又お母さんに教えていたゞいて、兄さ
んと朝顔を鉢に植えました。土に、少し砂を
まぜて鉢に入れ、勢のよい苗をえらんで、一鉢
に一本ずつ植えました。
みんなで十鉢になりました。殘った苗は、
庭のかき根にそって、大事に植えてやりまし
た。
「後一月ばかりたつと、そろ〳〵花が咲きま
すよ。」と、お母さんがおっしゃいました。

≪p088≫
第十五 波乘
青い海。
遠い沖から、
高く低く
うねりが寄せる。
サーフボードに乘って、
波に立つ男。

≪p089≫
波は白く卷き、
そして、くずれる。
波を切って、
ボードは走る。
しゃくどうのはだが、
光のなかにおどる。
第十六 僕のぼうえんきょう

≪p090≫
机の引出をかたずけていると、いつか、おじ
いさんにいたゞいた目がねの玉と、お父さん
に買っていたゞいた小さい虫目がねが出て
來ました。
「これはいゝ物が見つかった。」と思いながら、
僕は、此の二つを、重ねたり別々にしたりして、
机の上を見たり、外の景色をのぞいたりして
いました。
其のうちに、ふと、面白い事を發見しました。

≪p091≫
左の手に目がねの玉を持って、目から遠くへ
はなしました。すると、向こうの景色が、小さ
く、さかさまに見えました。其のさかさまに
見える景色を、大きくして見ようと思って、右
の手に虫目がねを持って、のぞいて見ました。
僕は驚きました。どこかの屋根が、目がねの
玉一ぱいに廣がって、ついそこにあるように
見えるではありませんか。それは、こゝから
百ヤードもはなれている、向こうの家の屋根

≪p092≫
でした。
「面白い。これで、いつか、お父さんのお話に
聞いたぼうえんきょうが、出來るかも知れ
ない。」
こう思いつくと、僕は、もうじっとしていられ
なくなりました。
僕は畫用紙を取出しました。そうして、其
の一枚を、ぐる〳〵と卷きました。ちょうど、
目がねの玉がはまるくらいの大きさに卷い

≪p093≫
て、其の一方のはしに、目がねの玉をはめまし
た。きちんとはまった時、卷いた紙をゴムで
きり〳〵と卷いて、動かぬようにしました。
これで、一本のつゝが出來上りました。
次に、もう一枚の畫用紙を、ぐる〳〵と卷き
ました。そうして、さっきのつゝの中へ、ちょ
うど、それがする〳〵とはいるくらいの大き
さに作って、それをのりずけにしました。そ
れから、其のはしに、虫目がねを取りつけまし

≪p094≫
た。少しむずかしかったが、のりで、どうにか
はりつけることが出來ました。
こうして出來た二本のつゝは、うまくくい
合って、長くのばしたり、ちじめたりすること
が出來ます。
「さあ出來たぞ。」と思うと、うれしくて胸がど
きどきします。うまく見えるかどうか、景色
をのぞいて見ました。長いものが、ぼんやり
見えます。二つのつゝを、のばしたり、ちじめ

≪p095≫
たり、かげんしているうちにはっきりしまし
た。電柱です。針金が六本あることまでが
分ります。
もっと下を見ると、屋根が見えます。窓が
見えます。お
や、誰かが、窓か
ら顔を出して
います。
僕は、もう、む

≪p096≫
ちゅうでした。急いでお母さんの所へ行き
ました。
「お母さん、來てごらんなさい。早く〳〵。」
お母さんは、目を丸くして、
「何です。大きな聲をして。」
「何でもいゝから、來て下さい。」
僕は、お母さんを引張るように
して、連れて來ました。そうし
て、僕のぼうえんきょうをのぞ

≪p097≫
いてもらいました。
「まあ、よく見えるのね。でもすっかりさか
さまじゃないの。」
僕は言いました。
「さかさまでも、よく見えるでしょう。」
「なるほどね。向こうの家のおせんたく物
が見えます。あ、人がこっちを見ている。
森の木がきれいですね。」
しばらく見ていられたお母さんは、おっし

≪p098≫
ゃいました。
「お前はえらいね。誰に教えてもらったの。」
僕は、すっかりとくいでした。
「誰にも教えてもらわないのです。僕が考
えて作ったのです。」
第十七 パイナップル
僕は、お父さんと一しょに、日本からいらっ
しゃったおじさんをあんないして、ワヒアワ

≪p099≫
のパイナップル畠を見物に行きました。
おじさんは、砂糖きびの間を通る時、
「ほう、大きな砂糖きびだな。まるで竹のよ
うだ。」
と言って、驚いていらっしゃいました。
「すばらしいでしょう。何しろ、布哇のため
に、砂糖きびは一番大切な物ですからね。」
お父さんは、とくいになって、砂糖きびのこと
や、砂糖のことを話しながら、自動車を走らせ

≪p100≫
ました。
自動車は、廣いきれいな道を、風を切って走
りました。三十分間くらいは、どちらを見て
も砂糖きびばかりでした。間もなく、廣い廣
い畠に出ました。右の方も左の方も、山のふ
もとまで、パイナップルが續いています。植
えつけたばかりの畠は、しまのおり物を廣げ
たようにきれいで、草一本生えていません。
お父さんは、道の右側に自動車を止めまし

≪p101≫
た。其のへんは、大き
くなったパイナップ
ルばかりで、どの畠に
も、澤山な實が美しく
じゅくしています。
畠では、大勢の人が實
をもいでいます。
「やあ、これは見事だ。」
おじさんはそう言い

≪p102≫
ながら、自動車をお下りになりました。
「ちょうど、今が一番じゅくする頃ですから、
取入れに忙しいのです。」
と、お父さんがおっしゃいました。おじさん
は、
「パイナップルは、植えてからどのくらいた
ったら實がなるのかね。」
「およそ一年半ですね。」
「ずい分長くかゝるものだね。すいかやきゅ

≪p103≫
うりのように、もっと
早く出來たらいゝだ
ろうがな。」
おじさんは、そう言って
お笑いになりました。
「ごらんなさい。實の
上に、小さな葉のつい
た芽が出ているでし
ょう。あの芽をもぎ

≪p104≫
取って、苗にするのです。」
お父さんは、近くのパイナップルを指して、そ
うおっしゃいました。
「すると、一度實を取ったら、植えかえるのか
ね。」
「いゝえ、三四年は此のまゝにして置きます。
次から次と、毎年實がなるのですから。」
お父さんとおじさんが、こんな話をしてい
らっしゃる間に、パイナップルを一ぱいつめ

≪p105≫
た箱を、山のように積んだ大きなツラックが、
何台もホノルルの方へ行きました。
お父さんは、
「私の友達が、此の近くにパイナップルを植
えているから、おいしそうなのを、少しもら
って來ましょう。」
とおっしゃって、ずっと向こうの畠の方へ、お
出でになりました。僕がおじさんに、
「おじさん、日本にはパイナップルは出來な

≪p106≫
いでしょう。」
と言ったら、
「日本でも、たいわんには出來る。近頃は布
哇の苗を植えるので、なか〳〵立派なもの
が出來るよ。」
とおっしゃいました。
間もなく、お父さんが、大きなパイナップル
を兩手に三つずつ下げていらっしゃいまし
た。

≪p107≫
「あゝ重かった。一番
いゝのを探して、もい
でくれました。」
お父さんは、パイナップ
ルを下に置いて、汗をお
ふきになりました。
「これは立派だ。日本
へおみやげに持って
歸りたいなあ。布哇でパイナップルの出

≪p108≫
來るのは、この島だけかね。」
おじさんは、一つ取上げて、じっと見つめなが
ら、そうお尋ねになりました。
お父さんは、
「布哇島の外は、大てい、どの島にも出來ます。
あまり雨の多い所や、暑すぎる所では、よい
パイナップルは出來ません。」
とおっしゃいました。
歸ってから、いたゞいて來たパイナップル

≪p109≫
を切って、おじさんに上げると、たいそうお喜
びになって、
「これはうまい、これはうまい。」
と言って、おあがりになりました。
「おじさん、あんまり澤山食べると、舌が痛く
なりますよ。」
と、僕が言ったら、
「そうか、そんならこれくらいでよすかな。」
と言って、お笑いになりました。

≪p110≫
卷八新出漢字
活3 登3 冬4 末4 南6 鼻8 曇8 此10 秋10 陸11 官12 許13 畫16 建16 返19 叫22 散23 隣24
頂30 室32 噴32 初33 汁35 背35 卷36 側43 珍47 有47 感47 積56 包57 哩60 浮62 照62 冷62 卵63
貧64 灰65 頼67 禮68 宮68 祭68 派71 數71 城72 全74 部74 張74 續75 機76 林79 記80 回81 願81
芽82 緑83 最85 鉢87 寄88 景90 發90 驚91 胸94 柱95 忙102 舌109
卷八讀替漢字
金色{こんじき}2 女{おんな}11 若{も}し13 名{めい}14 船{ふな}15 南{みなみ}17 葉{ば}24 飛{ひ}26 行{こう}26 細{こま}かい33 平{ひら}たい35 草{くさ}36 居{い}45
別{へつ}51 空{そら}51 工合{ぐあい}52 登{と}56 前{まえ}56 口{こう}59 噴{ふ}き60 七{なゝ}つ63 立{つ}71 同{どう}72 直{なお}す80 七日{なのか}81 重{かさ}なる82
九日{こゝのか}83 初{はじめ}85 色{いろ}90 畫{くわ}92 紙{かみ}92 分{ぶん}100 實{じつ}101 指{さ}す104

≪p111≫
卷一新出漢字
子 中 大 立 一 二 三 四 五 行 外 六 七 八 九 十 目
卷二新出漢字
赤 小 白 青 今 木 下 持 上 切 入 言 見 畠 泣 出 月 日
光 山 虫 玉 拾 早 來 手 自 分 思 水 戸 口 方 首 私 前
先 生 休 貝 少 待 門 犬 川 時 男 名 向 刀 人 車
卷三新出漢字
花 君 取 受 長 石 重 同 本 穴 所 郎 次 毎 又 間 何 雲
風 空 吹 天 雨 夕 夜 星 右 面 左 朝 田 枝 考 僕 急 走

≪p112≫
音 昔 土 金 話 聞 松 米 火 枯 咲 歩 集
卷四新出漢字
動 學 校 氣 笑 寸 神 指 高 舟 供 遠 通 忘 買 匹 島 作
沖 引 海 太 紙 顔 耳 茶 色 細 合 助 皿 黄 始 草 度 美
糸 困 年 逃 夏 町 友 喜 着 物 近 足 道 母 知 起 元 妹
枚 書 牛 答 用 千 百 強 落 羽 使 店 種 呼 渡 黒 兩
卷五新出漢字
電 竹 谷 岸 流 食 晩 苦 樣 洗 賣 家 箱 村 住 死 仕 病
体 皮 皆 息 新 多 止 雄 讀 父 半 泳 砂 池 打 親 並 地

≪p113≫
暗 力 飲 明 鳥 番 廣 弱 岩 西 東 眺 仲 痛 申 國 主 弟
兄 後 銀 雪 綿 葉 追 文 字 横 森 井 古 形 北
卷六新出漢字
事 聲 消 鐵 正 直 若 鳩 屋 根 頭 週 鳴 女 育 春 者 別
兵 弓 乘 遊 勉 開 叱 丸 攻 敵 矢 連 勝 歸 歌 心 會 平
命 去 苗 植 樂 魚 或 煙 殘 澤 教 固 肉 窓 机 腹 探 靜
尾 恐 破 短 庭 尋 置 勇 波 飯 午 肩 底 曜 乾 沈 惡 居
勢 誰 悲 涙 湯 暮 配 耕 涼
卷七新出漢字

≪p114≫
港 船 達 實 馬 汽 針 進 頃 世 界 身 汗 晴 布 哇 寢 運
働 王 組 角 深 掘 飛 野 笛 意 眠 血 刀 旅 商 御 片 荷
甲 乙 役 淺 雀 降 其 台 糖 不 以 坂 計 士 戰 爭 軍 負
殺 内 類 元 姉 原 晝 送 工 場 寺 習 板 主 幾 裏 共
(おわり)


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底本:ハワイ大学マノア校図書館ハワイ日本語学校教科書文庫蔵本(T615)
底本の出版年:Copyright 1937
入力校正担当者:高田智和
更新履歴:
2021年11月27日公開

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