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日本語読本NIHONGO TOKUHON[布哇教育会第3期]

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巻五

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日本語読本 巻五 [布哇教育会第3期]

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凡例
1.頁移りは、その頁の冒頭において、頁数を≪ ≫で囲んで示した。
2.行移りは原本にしたがった。
3.振り仮名は{ }で囲んで記載した。 〔例〕小豆{あずき}
4.振り仮名が付く本文中の漢字列の始まりには|を付けた。 〔例〕十五|仙{セント}
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≪目録≫
もくろく
一 すずめ 一
二 オヒア取り 二
三 むしば 十
四 うらしま太郎 十四
五 タパの始 二十六
六 月と雲 三十一
七 おべんとう 三十六
八 たぬきのはらつずみ 四十三
九 空をおし上げたマウイ 四十五
十 マウイのたこ 五十
十一 白ウサギ 六十二
十二 クリスマスツリー 七十一
十三 おにごっこ 七十九
十四 七つの星 八十三
課外
一 こだま 九十五
二 ゐなかのねずみと
町のねずみ 百五

≪p001≫
一 すずめ
電せんに
すずめが三羽、
あちらを見たり、
こちらを見たり。
ふと一羽、
羽をひろげて、

≪p002≫
キヤベにとんで、
ちゅうちゅうないた。
また一羽、
つずいて一羽、
枝から枝へ、
ちゅうちゅうないた。
二 オヒア取り

≪p003≫
友一さんと三郎さんは、ソーダクラッカの
あきかんと竹ざおを持って、朝からオヒア取
りに出かけました。
きび畠の間の細い道を少し行くと、小さな
谷川の岸に出ました。
川の岸には、グアバの木やオヒアの木が、た
くさんはえています。きれいな水は、さらさ
らと音を立てて、流れています。川の中には、
所所に大きな石があって、その上を歩いて、向

≪p004≫
こう岸に渡ることが出來ます。
二人は、あちらの岸に渡ったり、こちらの岸
にもどったりして、オヒアをさがして歩きま
した。すると、向こうの方に、木がまっかに見
えるほどたくさんなっているのがありまし
た。三郎さんは、思わず、
「あ、あった、あった。」
とさけびました。
友一さんも、

≪p005≫
「おう、ある、ある。ずいぶんたくさんなって
いるねえ。」
と言いながら、急いで木のそばへ行って、持っ
て來たさおをさし出しました。
「僕、落すから、君、拾ってくれたまえ。」
友一さんがつゝきました。オヒアは、二つ三
つ、川の中へ落ちました。
三郎さんは、急いで、石の上にかゞんで、それ
を拾いました。今度は、たくさん一しょに落

≪p006≫
ちました。三郎さんが
拾っているうちに、三つ
四つ流れて行きます。
友一さんは、それを見て、
「おい、君、流れて行くよ。」
と言うと、三郎さんは、
「大じょうぶだよ。」
と言って、すぐ川の中へ
はいって拾いました。

≪p007≫
「僕、こゝにいるから、いくらでも落したまえ。」
そう言って三郎さんは、水の中に立って、オヒ
アの木を見上げました。
「よし、落すよ。流さないように氣をつけた
まえ。」
友一さんは、つずけてつゝき落します。
三郎さんは、いそがしそうに拾っては、かん
に入れます。
とんぼが一匹とんで來て、石の上にとまり

≪p008≫
ました。三郎さんが、兩手で水をはねかける
と、とんぼは、すいと逃げました。
その間に、オヒアが、三つ四つ、くる〳〵とし
ずかにまわりながら、流れて行きます。
友一さんは、それを見て、
「君、流れて行くじゃないか。」
と、おこるように言いました。
「流れてもいゝよ。もう大方一ぱいだ。さ
あ、もう少し落したまえ。」

≪p009≫
三郎さんは、そう言いな
がら、まだとんぼをさが
すように、あたりを見ま
わしていましたが、オヒ
アが又落ちて來ました
ので、せっせと拾いまし
た。
間もなく、オヒアはか
んに一ぱいになりまし

≪p010≫
た。二人は、石にこしをかけて、足を水につけ
ながら、オヒアをおいしそうに食べました。
日の光が、木のはの間からさして、流れる水
の上にきら〳〵としています。
三 むしば
私は、はがいたくて一晩中苦しみました。
朝になっても、まだなおりません。私は、お
かあさんと一しょに、はのおいしゃ樣へ行き

≪p011≫
ました。
おいしゃ樣は、すぐ見て下さいました。
「やあ、二本ならんでむしばが出來ている。
おかしを食べすぎましたね。」
と言って、くすりで洗ったり、くすりをつけた
りして下さいました。
私は、いたいのが少しなおったように思い
ました。
おいしゃ樣は、おかあさんに、

≪p012≫
「この前の方のむしばは、はえかわるのです
が、おくの方のは、一生使う大じなはです。
それが、こうむしばになってはいけません
ね。」
とおっしゃいました。そうして、私に、
「花子さん、あなたははをみがきますか。」
とお聞きになりました。
私は、
「はい、毎朝みがきます。」

≪p013≫
と答えました。おいし
ゃ樣は、
「夜ねる前にも、みがく
といゝですがね。そ
うすると、こんなに、は
がわるくならないで
しょう。」
とおっしゃいました。
おかあさんと一しょ

≪p014≫
に、おいしゃ樣のおうちを出た時、私は、すっか
りはのいたみを忘れていました。
四 うらしま太郎
昔、うらしま太郎とゆう人がありました。
ある日、海ばたを通っていると、子供が大ぜ
い集って、何かさわいでいました。見ると、か
めを一匹つかまえて、ころがしたり、たゝいた
りして、いじめているのです。

≪p015≫
うらしまが、
「そんなかわいそうなことをするものでは
ないよ。」
と言いますと、子供たちは、
「何がまうものか、僕たちがつかまえたんだ
もの。」
と言って、なか〳〵聞きません。うらしまは、
「それなら、おじさんにそのかめを賣ってお
くれ。」

≪p016≫
と言って、かめを買いま
した。
うらしまは、かめのせ
中をなでながら、
「もう二度とつかまる
なよ。」
と言って、海へはなして
やりました。
それから二三日のち

≪p017≫
のことでした。うらしまが、舟にのって、いつ
もの通りつりをしていると、
「うらしまさん、うらしまさん。」
と、呼ぶものがあります。だれだろうと思っ
て、ふりかえって見ると、大きなかめが、舟のそ
ばへおよいで來て、ぴょこりとおじぎをしま
した。そうして、
「この間は、ありがとうございました。私は、
あの時助けていたゞいたかめです。今日

≪p018≫
は、おれいに、りゅうぐうへおつれしましょ
う。さあ、私のせ中へおのり下さい。」
と言いました。うらしまは、
「それは、ありがとう。」
と言って、かめのせ中にのりました。かめは
だん〳〵海の中へはいって行きました。
しばらく行くと、向こうに赤や、青や、黄でぬ
った、りっぱな門が見えます。かめが、
「うらしまさん、あれがりゅうぐうのご門で

≪p019≫
す。」
と言いま
した。
間もなく
ごてんへ着き
ました。たい
や、ひらめなどが、
むかえに出て來
て、おくのりっぱな

≪p020≫
ごてんへ通しまし
た。美しい玉や貝で
かざった、まことにき
れいなごてんです。
そこへ、おとひめ樣が
出ていらっしゃいました。
そうして、
「この間は、かめを助けて下
さってありがとうござい

≪p021≫
ます。どうぞ、ゆっくりあそんで行って下
さい。」
と言って、いろい
ろごちそうをし
て下さいました。
たいや、ひらめや、
たこなどが、大ぜ
いで面白いおど
りをおどりまし

≪p022≫
た。
うらしまは、あ
まり面白いので、家
へかえるのも忘れ
て、毎日毎日、たのしくく
らしていました。
そのうちに、おとうさんや、
おかあさんのことを思い出
して、家へかえりたくなりま

≪p023≫
した。ある日、おとひめ樣に、
「どうも、長い間おせわになりました。あま
り長くなりますから、これでおいとまをい
たします。」
と言いました。
おとひめ樣は、しきりにとめましたが、うら
しまがどうしても聞きません。
「それでは、この玉手箱を上げます。けれど
も、どんなことがあっても、ふたをあけては

≪p024≫
なりません。」
そう言って、おとひめ樣は、きれいな箱を下さ
いました。
うらしまは、玉手箱をかゝえ、又かめにのっ
て、海の上へ出ました。
もとの海ばたへかえって來ますと、おどろ
きました。村のようすは、すっかりかわって
います。住んでいた家もありません。おと
うさんも、おかあさんも死んでしまって、知っ

≪p025≫
た人は一人もおりま
せん。これはどうし
たことかと、うらしま
は、箱をかゝえながら、
あちらこちらと歩き
まわりました。
こんな時に玉手箱
をあけたら、どうかな
るかも知れないと思

≪p026≫
って、おとひめ樣の言ったことも忘れて、その
ふたをあけました。すると、中から、白いけむ
りがすうと立ちのぼりました。それが顔に
かゝると、うらしまは、かみも、ひげも、一度にま
っ白になって、しわだらけのおじいさんにな
ってしまいました。
五 タパの始
昔、ヌアヌの谷に、マイコハとゆうおじいさ

≪p027≫
んが住んでいました。
そのころは、きれとゆうものがありません
でしたから、ハワイの人たちは、着物を着るこ
とも出來ず、夜、ふとんをかけてねることも出
來ませんでした。
マイコハは、どうかしてきれを作って、大ぜ
いの人を仕合わせにしてやりたいと思って
いました。
そのうちに、病氣になりました。だん〳〵

≪p028≫
わるくなって、とても助かりそうもありませ
んでした。いよ〳〵死ぬ前に、むすめをまく
らもとに呼んで、
「わたしが死んだら、わたしの体を、あの谷川
のそばにうめておくれ。そうすると、わた
しの体から、一本の木がはえて來る。その
木の皮できれを作って、皆さんに分けて上
げておくれ。」
それだけ言うと、息が切れてしまいました。

≪p029≫
むすめは、かなしくてた
まりませんでしたが、父
の言った通りにしまし
た。
すると、マイコハのは
かから、一本の小さい木
がはえて、だん〳〵大き
くなって來ました。そ
れは、今までだれも見た

≪p030≫
ことのない、ワウケとゆうめずらしい木でし
た。むすめは、そのワウケの枝を切って、皮を
はぎました。その皮をたゝくと、きれのよう
な物が出來ました。たいそう喜んで、それに
タパと名をつけました。
むすめは、タパをたくさん作って、大ぜいの
人に分けてやりました。
そののち、このワウケの枝が落ちて、それか
ら新しい木がはえました。谷川の中に落ち

≪p031≫
た枝は、流れて行って、川の岸にめを出しまし
た。ワウケの木は、あちらにも、こちらにもふ
えました。ハワイ中の人たちは、マイコハの
おかげで、たいそう仕合わせになりました。
マイコハは、タパの神樣になって、多くの人
たちにおがまれました。
六 月ト雲
月夜ノ晩デシタ。

≪p032≫
アル所デ、子供タチガ五六人集ッテ、カゲフ
ミヲシテアソンデイマシタ。
ソノウチニ、月ニ雲ガカ、リマシタ。月ハ、
雲ニハイッタカト思ウト、スグ出、出タカト思
ウト、スグ又ハイリマス。コウナッテハ、カゲ
フミモ出來マセン。子供タチハ、アソブコト
ヲ止メテ、シバラク月ヲ見テイマシタ。
スルト、一人ノ子供ガ言イマシタ。
「アレハ、オ月樣ガ走ッテイルノダロウカ、雲

≪p033≫
ガ走ッテイルノダロウカ。」
月ハ、今雲カラ出テ、大急ギデハナレテ行キ
マス。ソウシテ、次ノ雲ノ方ヘ、ドン〳〵走ッ
テ行キマス。
「オ月樣ガ走ッテイルノダヨ。」
ト、一人ノ子供ガ言イマシタ。
シカシ、ジット月ヲ見ツメテイマスト、月ハ
動力ナイデ、雲ガ大急ギデトンデ行クヨウニ
モ見エマス。ソレデ、

≪p034≫
「オ月樣デハナイ。走ッテイルノハ雲ダ。」
ト言ウ子供モアリマシタ。シバラクハ、「月ガ
走ル。」「雲ガ走ル。」ト大サワキデシタ。
ミンナガワイ〳〵言ウノヲ、始メカラダマ
ッテ聞イテイタ一人ノ子供ガアリマシタ。
ソノ子供ハ、コノ時、ミンナカラハナレテ、前ノ
方ニアルヤシノ木ノソバヘ行キマシタ。ソ
ウシテ、シバラク、ハノ間カラ、月ヲ見テイマシ
タガ、

≪p035≫
「コ、ヘ來タマ
エ。雲ガ走ル
カ、オ月樣ガ走
ルカ、ヨク分カ
ルヨ。」
ト言イマシタ。
ミンナ木ノソバヘ來マシタ。
「コヽニ立ッテ、オ月樣ヲ、ハノ間カラ見タマ
エ。」

≪p036≫
ト、ソノ子供ガ言イマシタ。
ソノ通リニ、ミンナガシテミマシタ。スル
ト、月ハヤシノハノ間ニジットシテイマスガ、
雲ハサッサト走ッテ行キマス。
「分カッタ、分カッタ。走ッテイルノハ雲ダ、
雲ダ。」
ト、ミンナガ言イマシタ。
七 おべんとう

≪p037≫
ある夜のことです。
次雄は、書取のべんきょうがすんでから、お
かあさんの所へ行きました。
次雄「おかあさん、今日は月ようですね。チュー
スデーは何と言いましたかね。」
母「チュースデーは火ようです。」
次雄「それなら、僕、ピクニックまでいく日あるか、
かぞえてみましょう。あしたがチュース
デーで火よう、その次が水よう、それから木

≪p038≫
よう、金よう、土ようでしょう。今度の日よ
うまで、まだ五日あるのですね。」
母「そうです。まだ五日待たなくてはなりま
せん。」
次雄「長いなあ。僕、もうおべんとうを入れる箱
がちゃんとあるのだがなあ。」
今までだまって、新聞を讀んでいたおとう
さんも、話のなかまになりました。
父「おとうさんが子供の時分には、うめぼしを

≪p039≫
入れたおむすびを持って行ったものだよ。
おとうさんだけでは
ない、だれでもそうだ
ったのだ。」
母「そうでしたね。次雄
さんもそうしません
か。」
次雄「でも、僕、おべんとうの
箱があるのだもの。」

≪p040≫
父「おべんとうの箱とゆうのは、どんな箱かね。」
次雄「持って來てみましょう。」
次雄は、となりのへやからチョコレートの
あき箱を一つ持って來ました。
次雄「これです。こんなに、ちゃんとしきりがあ
るでしょう。こゝがおむすび、こゝがサン
ドウィッチ、こゝがかまぼこ、それから、こゝ
はたまごです。いゝでしょう。」
母「まあ、いゝ箱ですね。それなら、おかあさん

≪p041≫
がおいしいおべんとうをこしらえて上げ
ましょう。」
次雄「うれしいなあ。おとうさん、今度の日よう
に雨はふらないでしょうか。」
父「さあ、五日も先のことだから、分からないね。
だが、毎日天氣がよいから、大じょうぶだろ
う。」
母「もう八時半ですよ。次雄さん、お休みなさ
い。早くねないと、日ようが早く來ません

≪p042≫
よ。」
次雄「僕の水泳着はありますね。」
母「えゝ、ちゃんとしまってあります。」
次雄「お休みなさい。」
次雄は、ベッドルームへ行ってねましたが、
海で泳いだり、砂をほって池を作ったり、さか
なをつかまえたり、そんなことばかり考えて、
なか〳〵ねむれませんでした。

≪p043≫
八 たぬきのはらつずみ
「さあ、さあ、集れ、月が出た。
みんなで、つずみの
打ちくらだ。」
お山の上では、
親だぬき、
ぽんぽこ、あいずの
はらつずみ。

≪p044≫
やぶのかげから、
木かげから、
ぬっくり、ぬっくり、
子だぬきが、
出て來てお山へ集って、
ずらりと並んでわになった。
空にはまるいお月樣、

≪p045≫
ぽっかりうかんだ白い雲、
月にうかれて、はらつずみ、
ぽんぽこ、ぽんぽこ打出した。
九 空をおし上げたマウイ
昔は、空がたいそうひくゝて、地面にすれ
すれになっていました。
草や木は、高くのびることが出來ません。
美しい花も咲きません。おいしいくだ物も

≪p046≫
なりません。せかい中はうす暗くて、いやな
天氣ばかりつずきました。人々は、地面をは
って歩いていました。
そのころ、ハワイ島のヒロに、マウイとゆう
力の強い子供がありました。どうかして、空
をもっと高くしたいものだと考えました。
すると、いつの間にか、マウイのうでに大き
なほくろが出來ました。これは、たいそう強
い力の出るしるしです。

≪p047≫
「や、ほくろが出來た。よし、空をおし上げて
やるぞ。」
マウイは、こう言ってうでをさすりました。
けれども、もっと強くなろうと思って、まほう
使のおばあさんの所へ行って、
「僕は、これから空をおし上げようと思いま
す。どうぞ、力の水を飲ませて下さい。」
とたのみました。
おばあさんは、力の水を入れたひょうたん

≪p048≫
をくれました。
マウイはその水
を飲みました。す
ると、ふしぎなほど
おそろしい力がつ
きました。
「さあ、空でも雲で
も、ずっと高くお
し上げてやるぞ。」

≪p049≫
マウイは、太いてつのようなうでをぐっとの
ばして、「ううん、ううん。」と、空をおし上げました。
空は、だん〳〵上って、マンゴの木の高さく
らいになりました。マウイは、ほっと一息し
て、又うんとおしました。今度は、小山の高さ
まで上りました。
せかい中が大分明かるくなりました。マ
ウイは、又、うんと力を入れました。
今度は、マウナケア山よりも高くなりまし

≪p050≫
た。
「もう、このくらいでよかろう。」
マウイは、ほっと息をついて、そう言いました。
人々は、まっすぐに立って歩けるようにな
りました。草や木は、だん〳〵高くのびて、美
しい花も咲くし、おいしいくだ物もなるよう
になりました。
十 マウイのたこ

≪p051≫

マウイが空をおし上げたので、せかい中が
明かるくなって、氣持よくなりました。する
と、鳥は、うれしそうになきながら、空をとびま
わりました。
これを見たマウイは、お母さんの所へ行っ
て、
「お母さん、あの鳥のように空をとぶたこを、
こしらえてみたいのです。タパを一枚下

≪p052≫
さい。」
と言いました。
「たことはどんな物ですか。」
「天まで高く上る物です。僕がこしらえる
から、見ていて下さい。」
お母さんは、一番じょうぶな廣いタパをや
りました。
マウイは喜んで、ハウの木をくみ合わせて
ほねにしました。それにタパをはって、ひこ

≪p053≫
うきくらいの、大きなたこをこしらえました。
マウイはこのたこを上げようとしました
が、あんまり大きくて、なか〳〵上りません。
「空をおし上げたマウイが、あんな物くらい
上げられないのか。」
と言って、人々は笑いました。

マウイは、一生けんめいになって、大きなた
こを引きまわしましたが、風がないので、どう

≪p054≫
しても上りません。
「強い風來い。
弱い風來い。」
と、大ごえで呼びましたが、それでも風は吹き
ません。
マウイは、ふと、ワイピオの谷に、風の神樣が
住んでいることを思い出しました。
「よし、風の神樣にたのんでみよう。」
そうして、すぐに山を越えたり谷を渡ったり

≪p055≫
して、ワイピオへ
行きました。
風の神樣は、大
きなカラバシの
中に風を入れて、
大じにしていま
した。マウイは、
「風を少し吹か
せて下さい。」

≪p056≫
と、神樣にたのんでおいて、ヒロへかえって來
ました。そうして、たこを持って、ワイルク川
の大きな岩の上に立ちながら、
「風よ、吹け〳〵、
ヒロの風。
ワイピオの風も、
吹いて來い。」
と呼びました。


≪p057≫
マウイのこえが、遠いワイピオ谷までひゞ
きました。
風の神樣か、そのこえを聞きつけて、カラバ
シのふたをあけました。すると、風は、ひゅう
ひゅうと吹出して、ヒロの海の上までやって
來ました。
「風よ、來い〳〵、
ヒロの風。
ワイピオの風も、

≪p058≫
吹いて來い。」
と、マウイが又呼びました。
それを聞いた風は、急にワイルク川の方へ
吹いて行きました。すると、マウイが、大きな
鳥のようなものをかゝえて立っています。
風は、マウイのたこを吹きとばしてやろう
と思って、力一ぱいに吹きました。
そのうちに、ヒロの風も吹出しました。西
の風も來ました。東の風も來ました。

≪p059≫
風が、一しょにな
って吹きまくりま
した。
たこは上へ上
へと上って行き
ます。
風は、ふしぎ
なたこをどう
してもお

≪p060≫
いはら
おう
と思って、一そうひど
く吹きまくりました。
たこは、マウナケア
山よりももっと高く上
りました。
「上れ、たこ〳〵、天まで上れ。

≪p061≫
天のめ神のおそばまで。」
マウイは、こう言いながら、大きな岩に糸をむ
すびつけて、たこを眺めていました。
こうして、度々たこを上げている間に、マウ
イは、天氣を見ることが分かって來ました。
それからは、天氣のよい日だけ、たこを上げる
ことにしました。
「見ろ、マウイのたこが上っている。今日も
天氣がいゝぞ。」

≪p062≫
人々は、こう言って、タパをほしたり、タロ田へ
出たりするようになりました。
十一 白ウサギ
島ニイタ白ウサギガ、向コウノオカへ行ッ
テミタイト思イマシタ。
アル日、ハマベヘ出テ見ルト、ワニザメガイ
マシタノデ、
「君ノ仲間ト僕ノ仲間ト、ドッチガ多イカ、ク

≪p063≫
ラベテミヨウ。」
ト言イマシタ。ワニザメハ、
「ソレハ面白カロウ。」
ト言ッテ、スグニ、仲間ヲ大ゼイツレテ來マシ
タ。
白ウサギハ、ソレヲ見テ、
「ナルホド、君ノ仲間ハズイブン多イナ。コ
レデハ、僕ラノ方ガ負ケルカモ知レナイ。
君ラノセナカノ上ヲ歩イテ、カゾエテミル

≪p064≫
カラ、向コウノオカマデ並ンデミタマエ。」
ト言イマシタ。
ワニザメハ、白ウサギノ言ウ通リニ並ビマ
シタ。
白ウサギハ、「一ツ、二ツ、三ツ、四ツ。」トカゾエ
テ渡ッテ行キマシタガ、モウ一足デオカヘ上
ロウトスル時ニ、
「君ラハ、ウマクダマサレタナ。僕ハ、コヽヘ
渡ッテ來タカッタノダ。アハヽヽヽ。」

≪p065≫
ト言ッテ笑イマ
シタ。
ワニザメハ、ソ
レヲ聞クト、タイ
ソウオコリマシ
タ。一番シマイ
ニイタワニザメ
ガ、白ウサギヲツ
カマエテ、体ノ毛

≪p066≫
ヲミンナムシリ
取ッテシマイマ
シタ。
白ウサギハ、痛
クテタマリマセ
ンカラ、ハマベニ
立ッテ泣イテイ
マシタ。ソノ時、
大ゼイノ神樣ガオ通リニナッテ、

≪p067≫
「オ前、ナゼ泣イテイルノカ。」
トオタズネニナリマシタ。白ウサギガ、今マ
デノコトヲ申シマスト、神樣ハ、
「ソレナラ、海ノ水ヲアビテ、ネテイルガヨイ。」
トオッシャイマシタ。
白ウサギハ、スグ海ノ水ヲアビマシタ。ス
ルト、痛ミガ一ソウヒドクナッテ、ドウニモタ
マラナクナリマシタ。
ソコヘ、大國主ノミコトトユウ神樣ガ、オイ

≪p068≫
デニナリマシタ。コノ神樣ハ、先ホドオ通リ
ニナッタ神樣方ノ弟サンデス。兄樣方ノ重
イフクロヲカツイデイラッシャッタノデ、オ
ソクオナリニナッタノデス。
コノ大國主ノミコトモ、
「オ前ハ、ナゼ泣イテイルノカ。」
トオタズネニナリマシタ。白ウサギハ、泣キ
ナガラ、又今マデノコトヲ申シマシタ。大國
主ノミコトハ、

≪p069≫
「カワイソウニ。
早ク川ノ水デ
体ヲ洗ッテ、ガ
マノホヲシイ
テ、ソノ上ニコ
ロガルガヨイ。」
トオッシャイマ
シタ。
白ウサギガソ

≪p070≫
ノ通リニシマスト、体ハ、スグモトノヨウニナ
リマシタ。喜ンデ大國主ノミコトニ、
「オカゲサマデ、スッカリナオリマシタ。ア
ナタハ、オナサケ深イオ方デスカラ、後ニハ、
キットエライオ方ニオナリデショウ。」
ト申シマシタ。
白ウサギノ言ッタ通リ、大國主ノミコトハ、
ソノ後、エライオ方ニオナリニナリマシタ。

≪p071≫
十二 クリスマスツリー
「はるえちゃん、いゝ物を買って來て上げた
よ。」
と言って、兄さんが、私にクリスマスツリーを
下さいました。
「ありがとう。それから色電とうは。」
「ちゃんと買って來てあるよ。まだ外に、か
ざる物もたくさん買って來てあるのだ。

≪p072≫
だん〳〵と出して上げるよ。」
そう言って、紙箱の中から、赤や、青や、黄や、みど
りや、いろ〳〵の小さな電とうのたまを出し
て下さいました。
しょうゆだるの中に土を入れて、クリスマ
スツリーを立てました。そうして、枝のあち
らこちらに、色電とうをつるしました。
「兄さん、まだいゝ物を下さるでしょう。」
「うん、まだ上げるよ。」

≪p073≫
と言いながら、兄
さんは、外の箱か
ら、金色や銀色の、
それはそれは美
しいガラスの玉
を、たくさん出し
て下さいました。
「まあ、きれいで
すね。兄さん、

≪p074≫
ありがとう。」
「氣をつけないと、すぐこわれるよ。」
私は、氣をつけながら、木の枝の所々に、一つ
ずつつるしました。
兄さんは、たるをパーラーのテーブルの上
にすえて下さいました。そうして、
「まだつけなければならない物がある。は
るえちゃん知っているかい。」
とおっしゃいましたが、私にはどうしてもわ

≪p075≫
かりませんでした。
「ハワイには雪がふらないけれども、雪がつ
もっていることにするのだ。お母さんに
綿をいたゞいておいで、雪のかわりにする
のだから。」
私は、すぐお母さんの所へ行って、綿をいた
だいて來ました。それをちぎって、あちらこ
ちらの枝にかけました。
お母さんがいらっしゃって、

≪p076≫
「まあ、きれいに出來ましたね。」
とおっしゃいました。
いつの間にか日がくれて、家の中がうす暗
くなっていました。
「電とうをつけて見よう。」
兄さんがそう言って、クリスマスツリーの色
電とうをおつけになりました。こいみどり
の葉の間から、美しい電とうの光が見えます。
私は、思わず、

≪p077≫
「まあ、きれいだ。」
とさけびました。
お母さんも、兄さ
んも、
「きれいだねえ。」
と言って、眺めて
いらっしゃいま
した。
そこへ、外から、

≪p078≫
お父さんがかえ
っていらっしゃ
いました。
「おう、きれいだ
なあ。これは
きれいだ。」
とおほめになり
ました。

≪p079≫
十三 おにごっこ
じゃんけんぽんよ、
あいこでしょ。
おにがきまって、
ばら〳〵と、
かけ出し、逃出し、
逃げまわり、
左へ、右へ、逃げ上手。

≪p080≫
うっかりするな、
ゆだんをするな。
おには手早だ、
足早だ。
すぐねらわれて、
つかまるぞ。
それ〳〵逃げろ、それ逃げろ。

≪p081≫
おにさん、ほんとに
追っかけ上手。
ま一文字に、
追いかけて、
急に横向、後向、
つかまえ上手、
追い上手。

≪p082≫
つかれたものや、
弱ったものは、
目にかけないぞ、
追わないぞ。
元氣のよいもの、
早いもの、左へ、右へ、
それ逃げろ。

≪p083≫
十四 七つの星
昔、たいそう親切な女の子がありました。
大きな森の近くにある小さな家で、お母さん
と二人きりでくらしていました。
お母さんは、長い間病氣でねていました。
ある、たいへんあつい夜のことです。
「くみたてのつめたい水が飲みたい。」
と、お母さんが言いました。

≪p084≫
「わたしが行ってくんで來ます。少し待っ
ていて下さい。」
女の子は、そう言うと、すぐ、だい所のひしゃく
を持って、井戸の方へ走って行きました。
井戸には、水が少しもありませんでした。
「あゝ、困った。どうしよう。お母さんは、の
どがかわいてねむられないかも知れない。
森の中のいずみへ行って、くんで來ようか
しら。そうだ、そうしよう。」

≪p085≫
そう思って、女の子は森の方へ走って行きま
した。
森の中はまっ暗でした。何べんも、木のね
や石につまずいて、ころんだり、木につきあた
ったりしました。それでもかまわず、ずんず
ん急いで行くうちに、とう〳〵いずみの所へ
來ました。
いずみには、すみきったきれいな水が、ぶく
ぶくとわき出しています。女の子は、喜んで、

≪p086≫
ひしゃくに一ぱい
水をくむと、すぐ、
又森を通ってか
えりかけました。
とちゅうで、小
さい犬に出あい
ました。犬は、女
の子の持っている
ひしゃくを見て、わん〳〵とほえました。

≪p087≫
女の子は、「この犬は、きっと水がほしいのだ
ろう。」と思いました。そうして、
「お待ちよ。今飲まして上げるから。」
と言いながら、ひしゃくをかたむけて、水を自
分の手にうつしました。
犬は、おいしそうにその水を飲みました。
すると、ふしぎなことに、女の子の持ってい
る古いひしゃくが、急に銀のひしゃくになり
ました。そうして、それがお月樣のように光

≪p088≫
って、暗い森の小道が、はっきり見えるように
なりました。
急いでかえって行くと、今度は、まっ白なか
みをしたおじいさんにあいました。
「むすめさん、わたしは、つめたいきれいな水
がほしいのだが、どこにもないので困って
いる。どこかに水はないかね。」
と、おじいさんが言いました。
女の子は、

≪p089≫
「えゝ、向こうの森
の中にいずみが
ございます。今
くんで來たと
ころですが、
これをあ
なたに
上げ


≪p090≫
しょう。わたしは、又くんで來ますから。」
と言って、ひしゃくをおじいさんにさし出し
ました。
おじいさんは、喜んでその水をすっかり飲
んでしまいました。
すると、今度は、銀のひしゃくが金のひしゃ
くになりました。それがお日樣のように光
って、森の中は一そう明かるくなりました。
小石や、木の葉までも、見えるようになりまし

≪p091≫
た。
女の子は、いずみに着くと、金のひしゃくに
水をくんで、又急いで森を通って、うちへかえ
りました。
「お母さん、つめたい水をくんで來ました。
さあ、お上り下さい。」
と言って、ひしゃくをお母さんに上げました。
「どうもありがとう。」
お母さんは、たいそう喜んで、金のひしゃく

≪p092≫
から水を飲み
ました。そう
して、
「まあ、何とゆ
うおいしい
水だろう。
あゝ、これで
よくねむれ
ます。」

≪p093≫
と言いました。
すると、又ふしぎなことが起りました。
金のひしゃくが、急に七つのダイアモンド
にかわったかと思うと、すうっと空へ上って
行きました。
ダイアモンドは、明かるい七つの星になっ
て、ひしゃくの形に並びました。
今でも、この七つの星は、毎晩北の空に光っ
ています。

≪p094≫
課外

≪p095≫
一 こだま
太郎 あゝ、うれしい、うれしい。もうお母さん
に言ひつかったことはすんでしまった。
これからあそぶのだ。うれしい、うれし
い。
と、をどるやうに、あっちこっちと走りま
はって、
ばんざあい。ばんざあい。

≪p096≫
と言ふと、山の方でこだまがそのとほり
へんじをする。
こだま ざあい。ばんざあい。
太郎はびっくりして、へんなかほをして、
太郎 おや、だれだらう。
そこにゐるのはだあれ。
こだま ゐるのはだあれ。
太郎 おや、山の方でへんじをしてゐる。
だれだあい、君は。

≪p097≫
こだま だれだあい、君は。
太郎 僕かい、太郎だよ。
こだま 僕かい、太郎だよ。
太郎 いゝえ、僕が太郎だよ。
こだま いゝえ、僕が太郎だよ。
太郎 うゝん、君は太郎ぢゃないよ。
こだま うゝん、君は太郎ぢゃないよ。
太郎 太郎だよう。
こだま 太郎だよう。

≪p098≫
太郎 うそをつけ。
こだま うそをつけ。
太郎 おや、ばかにするね、君は。
こだま や、ばかにするね、君は。
太郎 人まね。
こだま 人まね。
太郎 よせい。
こだま よせい。
太郎 行っちまへ。

≪p099≫
こだま 行っちまへ。
この時お母さんがまど
から首を出して、
母 太郎や、なぜそん
なこゑを出して、
口ぎたないこと
を言ふのですか。
太郎 お母さん、山にい
けない子がかく

≪p100≫
れてゐるの。さうして僕をばかにして、
いろんなことを言ふの。
母 それで、お前なんて言ったの。
太郎 あんまりからかふから、「人まねよせ。行
っちまへ。」と言ってやったの。
母 ぢゃね、今度はやさしくしておやりよ。
さうすると、きっと向かふでも、やさしい
へんじをするから。ね、今のやうに口ぎ
たないことを言ふものぢゃありません

≪p101≫
よ、よろしいか。
お母さんはおくへはいる。
太郎 おうい。
こだま おうい。
太郎 かんにんしてくれ。
こだま かんにんしてくれ。
太郎 僕がわるかったから。
こだま 僕がわるかったから。
太郎 これから、仲よしにならうね。

≪p102≫
こだま 仲よしにならうね。
太郎 ぢゃ、こゝへおいでよ。
こだま ぢゃ、こゝへおいでよ。
太郎 こゝへさ。
こだま こゝへさ。
太郎 そこへは行かれないよ。
こだま そこへは行かれないよ。
太郎 さう。ぢゃ、こゝからお話をしよう。
こだま ぢゃ、こゝからお話をしよう。

≪p103≫
太郎 いゝかい。
こだま いゝかい。
太郎 よおし。
こだま よおし。
お母さんは又まどから首を出して、
母 太郎や、ごはんです。すぐおいで。
太郎 はい。
ごはんだから、もうよすよ。
こだま だから、もうよすよ。

≪p104≫
太郎 さやうなら。
こだま さやうなら。
母 太郎や、早くおいでよ。何してゐるの。
太郎 お母さん、今ね、お母さんの言ったとほり
にしたら、すぐ今の子と仲よしになって
しまった。
母 そらごらん。こっちからやさしくすれ
ば、だれでもやさしくします。これから
もよく氣をおつけなさい。さ、さ、おい

≪p105≫
で、おいで。
二人ともはいる。
二 ゐなかのねずみと町のねずみ
ある家の前、ゐなかものらしい小さい
ねずみ(ちゅうすけ)が一匹出て來る。
ちゅうすけ 僕は、遠い〳〵ゐなかのある百しゃう
やに住んでゐるちゅうすけと言ふねず
みです。友だちのちゅうきち君が、この

≪p106≫
間ひさしぶりに町からかへって來て、町
には、いろ〳〵りっぱな物や、おいしい物
がたくさんあるから、おいでよ、と言ひま
したから、出て來ました。
なるほど、家でも、道でも、何でもりっぱだ。
あゝ、ちゅうきち君の家は、きっとこゝだ
らう。呼んでみよう。
チュー、チュー、チュー、ごめんなさい。ご
めんなさい。チュー、チュー、チュー。

≪p107≫
家のおくから町のね
ずみ(ちゅうきち)が
出て來る。
ちゅうきち おゝ、君か。こ
の間から待って
ゐたよ。よく來
てくれたね。き
しゃで來たのか。
ちゅうすけ あゝ、くわも

≪p108≫
つの中へまぎれこんで來たよ。ところ
がね、ていしゃぢゃうへおりようとする
と、そこに大きなのらねこがゐてね、あぶ
なくくはれかけたのさ。こはかったよ。
ちゅうきち よく、こゝが僕の家だと分かったね。
ちゅうすけ そりゃ君のにほひがしたもの。
ちゅうきち そのくらゐはながきけば、町へ住みこ
んでも大ぢゃうぶだよ。
ちゅうすけ でもね、僕は何だか、こはいやうな氣が

≪p109≫
するよ。いろ〳〵の車や、うまや、おほぜ
いの人がかけずりまはってゐるのだも
の。
ちゅうきち なあに、なれゝば何でもないよ。それ
にね、おいしい物がたくさんあるよ。ち
ゃうど、今こゝの家で、えんくわいが始る
ところだ。だい所には、もうおいしい物
がいろ〳〵並べてあるよ。まあ、こっち
へ來て見たまへ。

≪p110≫
ちゅうすけ 大ぢゃうぶかい。見つかりはしない
かい。
ちゅうきち 大ぢゃうぶだよ。
ちゅうきちがあんないする。ちゅうすけは
こは〴〵あとについて行く。
ちゅうきち どうだ。君、こんなりっぱなだうぐは
見たことがあるまい。この皿は一枚二
十ドルづつだよ。こっちの銀のはちに
は、上とうのチーズがはいってゐるのだ

≪p111≫
よ。そりゃうまいよ。けふはちゃんとふた
がしてあるからいけないけれどね、どう
かすると、あきかゝってゐることがある
よ。すると、僕は、このはなでもって、かう
いふあんばいにこじあけてね。
しめた。あく〳〵、そらごらん。どうだ、
君、うまさうだらう。さ、やりたまへ。僕
もやるから。むちゃむちゃ、むちゃむ
ちゃ。

≪p112≫
二匹で銀のはちのチーズを食べる。
ちゅうきち うまかったらう。
ちょいと、このソーファへのっかってごら
ん。やはらかくて、あたゝかくて、いゝ心
持だらう。僕は今、あっちの物おきにあ
る古いうでかけいすをすにしてゐるん
だがね。いっそ、この横へ穴をあけて、
ひっこさうかしら。テーブルへ近いか
ら、ごちそうをどろぼうするのにつがふ

≪p113≫
がいゝから。君、ちょいと手つだってく
れたまへ。かぢってみるから。
二匹でソーファの横を「がり〳〵、がり〳〵、」
とかぢり始める。
ちゅうきち おや。ちょいとちょいと、待ちたまへ。
來た〳〵。來た〳〵。ボーイがやって
來た。早く逃げたまへ。早く〳〵。
と、二匹とも急いでソーファの下へかくれる。
この家のボーイが二人ぼう切又ははうき

≪p114≫
を持って急いで出て來る。
ボーイ一 又あのどぶねずみめが來やがった。
おや〳〵、もうこんなにくひあらした。
しゃうがないなあ。
ボーイ二 にくいやつだね。きっとまだそこい
らにかくれてゐるだらう。かり出して、
たゝきころしてしまはう。
ボーイ一 それがいゝ。君はそっちをつっつい
てみたまへ。僕はこっちからつっつく

≪p115≫
から。そら〳〵。
二人で右左からソーファ
の下をつゝく。
ちゅうすけとちゅうきち
とが逃出す。
ボーイ二 そらゐた。そ
らそら。
ボーイ一 そら〳〵。そ
らそら。

≪p116≫
二人に追ひまはされて、ちゅうすけとちゅう
きちは、ころんだりすべったりして、逃げは
いる。ボーイは追ってはいる。
少し間をおいて、ちゅうすけとちゅうきちと
が又出て來る。
ちゅうすけ あゝ、こはかった、こはかった。
ちゅうきち もう少しでやられるところだった。
あぶなかったね。
ちゅうすけ 君は、こんな目に、をり〳〵あふことが
あるのかい。

≪p117≫
ちゅうきち あゝ、あるとも。をり〳〵あるよ。
ちゅうすけ えゝ。をり〳〵。
ちゅうきち さうとも。そこが町さ。いゝことも
あれば、わるいこともあるよ。時々はこ
んなこともあるかはりに、いくらでもう
まいものが食べられるよ。
ちゅうすけ いくらうまいものが食べられても、ぬ
すんで食べるのだと思ふと、僕はいやだ。
僕はもうゐなかへかへるよ。ゐなかで

≪p118≫
は、こぼれてゐる物を食べただけで、りっ
ぱにいきて行かれるから、さうして、だれ
も僕らをころさうとはしないから。
ちゅうきち君、では、さやうなら。
おわり

≪p119≫
卷五新出漢字
電1 竹3 谷3 岸3 流3 食10 晩10 苦10 樣10 洗11 賣15 家22 箱23 村24 住24 死24 仕27 病27
体28 皮28 皆28 息28 父29 新30 多31 止32 雄37 讀38 半41 泳42 砂42 池42 打43 親43 並44 地45
暗46 力46 飲47 明49 鳥51 番52 廣52 弱54 越54 岩56 西58 東58 眺61 仲62 負63 毛65 痛66 申67
國67 主67 弟68 兄68 深70 後70 銀73 雪75 綿75 葉76 追81 文81 字81 横81 女83 森83 井84 古87
形93 北93 巻五讀替漢字
羽{ば}1 羽{わ}1 中{じゅう}10 着{つ}き19 月{げつ}37 火{か}37 水{すい}37 木{もく}37 五日{いつか}38 新{しん}38 聞{ぶん}38 先{さき}41 泳{およ}いだり42 木{こ}かげ44
太{ふと}い49 分{ぶ}49 山{さん}49 お母{かあ}さん51 來{こ}い54 度々{たび〳〵}61 兄{にい}さん71 お父{とう}さん78 後{うしろ}81 親{しん}83 切{せつ}83
卷一新出漢字

≪p120≫
子 中 大 立 一 二 三 四 五 行 外 六 七 八 九 十 目
卷二新出漢字
赤 小 白 青 今 木 下 持 上 切 入 言 見 畠 泣 出 月 日
光 山 虫 玉 拾 早 來 手 自 分 思 水 戸 方 首 私 前 先
生 休 貝 少 待 門 犬 川 時 男 名 向 刀 人 車
卷三新出漢字
花 君 取 受 長 石 重 同 本 穴 口 所 郎 次 毎 又 間 何
雲 風 空 吹 天 雨 夕 夜 星 右 面 左 朝 田 枝 考 僕 急
走 音 昔 土 金 話 聞 松 米 火 枯 咲 歩 集

≪p121≫
卷四新出漢字
動 學 校 氣 笑 寸 神 指 高 舟 供 遠 通 忘 買 匹 島 作
沖 引 海 太 紙 顔 耳 茶 色 細 合 助 皿 黄 始 草 度 美
糸 困 年 逃 夏 町 友 喜 着 物 近 足 道 母 知 起 元 妹
枚 書 牛 答 用 千 百 強 落 羽 使 店 種 呼 渡 黒 兩


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底本:ハワイ大学マノア校図書館ハワイ日本語学校教科書文庫蔵本(T594)
底本の出版年:1937年8月10日発行、1938年8月10日再版
入力校正担当者:高田智和
更新履歴:
2021年11月27日公開

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