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Shokoku hōgen butsurui shōko

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Volume 2

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物類称呼巻二

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凡例
1.本文の行移りは原本にしたがった。
2.行移りは、その丁の表および裏の冒頭において、丁数・表裏を括弧書きで示した。
3.仮名は現行の平仮名・片仮名を用いた。
4.漢字は常用漢字新字体によることを原則とした。
5.繰り返し符号は次のように統一した。
 平仮名1文字の繰り返し 〔例〕いなゝく、いとゞ
 片仮名1文字の繰り返し 〔例〕タヽミ、イタヾキ
 漢字1文字の繰り返し 〔例〕千々
 複数文字の繰り返し 〔例〕いよ〳〵、ぢう〴〵
6.白ゴマ読点は読点(、)、小さな白丸は中点(・)で代用した。
7.Unicodeで表現できない文字は〓を用いた。
8.傍記・振り仮名は{ }で囲んで表現した。 〔例〕乾坤{けんこん}
9.左側の傍記・振り仮名の場合は、冒頭に#を付けた。 〔例〕乾坤{#あめつち}
10.傍記・振り仮名が付く本文文字列の始まりには|を付けた。
11.割注・角書は[ ]で囲んで表現した。
12.漢文部分(日本語語順でない漢字列)は語順を入れ替えた。
13.訓読記号(レ点・一二点・合符など)は省略した。
14.書名や語形を示す枠囲みは『 』で代用した。
15.原本の表記に関する注記は(*)で記入した。 〔例〕又諸國にて・ざふ(*「ざふ」に傍線)

本文の修正
1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。
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(1オ)
物類称呼巻之二
動物
馬 むま○下総国にては・まあとよぶ同国|猨嶋{さしま}郡及び下野国にて
は・まあめといふ其外此国にて蚊{か}めとんぼめなどゝ下にめの字を
付てよぶ是は今つばくらはたをりむしなどいふ物をいにしへつば
くらめ、はたをりめ、といひしたくひにて古代の語の遺{のこり}たるものなる
へし牡{を}馬を伊勢国にて・まる馬といふ牝{め}馬を奥州南部にて
・かけだといふ西国及四国又は上総にて・だまとも・だ馬ともいふ
駝{だ}は和名におひむま今いふ小荷駄{こにだ}なり又諸国にて・ざふ(*「ざふ」に傍線)やくと云
其|意{こゝろ}は軍馬に用ひずもろ〳〵の雑役{ざふやく}につかふ故也
牛 うし○特牛{をうし}を畿内及ひ中国西国ともにか・こつ(*「こつ」に傍線)といと云東国

(1ウ)
には・こてといふ遠江国にては・あこと云○犢{こうじ}を四国にて・べゞの子
といふ中国東国ともに・べこといふ又こつ(*「こつ」に傍線)ていといひこてといふは『和名』
こと|ひ{イ}の誤{あやまり}なり又|牝{め}牛は諸国ともにあめうじと呼なり
野猪 いのしゝ○牡{を}を四国にて・うのをとよぶ牝{め}を・かるいといふ児{こ}を
江戸にて・瓜ぼうといふ畿内にて・こぶりことよぶ
狐 きつね○関西にて昼はきつね夜は・よるのとのと呼ふ西国にては
・よるのひとといふ又関西にてすべて・けつねとよぶ也又哥にはきつと
も詠し『詩経』にはくつねと訓{よみ}たり又東国にては昼はきつね夜は
・とう(*「とう」に傍線)かと呼常陸の国にては白狐をとう(*「とう」に傍線)かといふ是は世俗きつねを
稲荷{いなり}の神使なりといふ故に稲荷の二字を音{をん}にとなへて稲荷{とうか}と称{しやう}
するなるべし又昼夜とかはりて物の名をよびわくる事あり予思ふに
婦人児女のものにをそれ又は物いまひする人かゝる迂遠{うゑん}の説を設{もうけ}

(2オ)
たるなるべし或は蛇の事を夜は長虫といひ又|灯心{とうしみ}をやせおとこと云
灯心を調る事をばやとふと云又日くれて酢{す}を買ふ事を忌{い}む若{もし}
もとむれば酢とは呼ずあまりといふ此ことは『職人尽歌合』にも見へ
たり又京都に、ひめのりといふ物を昼はのりといひ夜はひめのりとよぶ也
猫 ねこ○上総の国にて・山ねこと云[これは家に飼ざるねこなり]関西東武ともに
・のらねことよぶ東国にて・ぬすびとねこ・いたりねこともいふ
[夫木集]〽まくす原下はひありくのら猫のなつけかたきは妹かこゝろか 仲正
この歌人家にやしなはざる猫を詠ぜるなり又飼猫を東国にて・
とらと云・こまといひ又・かなと名づく
今按に猫をとらとよぶは其形虎ににたる故にとらとなづくる成べし
『和名』ねこま下略してねこといふ又こまとはねこまの上略なり
かなといふ事はむかしむさしの国金沢の文庫に、唐より書籍{しよじやく}

(2ウ)
をとりよせて納めしに船中の鼠ふせぎにねこを乗{のせ}て来る其
猫を金沢の唐{から}ねこと称す金沢を略してかなとぞ云ならはし
ける『鎌倉志』に云金沢文庫の旧跡{きうせき}は称名寺{せうめうじ}の境内{けいだい}阿弥陀院{あみだいん}
のうしろの切通その前の畠文庫の跡{あと}也北条越後守平顕時
このところに文庫を建て和漢{わかん}の群書{ぐんしよ}を納め儒書{じゆしよ}には黒印{こくゐん}
仏書には朱印を押{をす}と有又『鎌倉大草紙』に武州金沢の学校{がくかう}
は北条九代|繁昌{はんぜう}のむかし学問{がくもん}ありし旧跡{きうせき}なりと見へたり今も
藤沢の駅わたりにて猫児{ねこのこ}を囉{もら}ふに其人|何所{どこ}猫にてござると問
へば猫のぬし是は金沢猫なりと答るを常語とす
花山院御製歌に
[夫木集]〽敷しまややまとにはあらぬ唐猫を君か為にと求め出たり
又尾のみじかきを土佐国にては・かぶねこと称す関西にては・牛{ごん}

(3オ)
房と呼ふ東国にては・牛房尻{ごぼうじり}といふ『東鑑』五分尻{ごぶじり}とあり
鼠 ねずみ○関西にて・よめ又よめが君といふ上野にて・夜{よる}のもの又
よめ又おふく又むすめなといふ東国にもよめとよぶ所多し
遠江国には年始にばかりよめとよぶ其角か発句に
〽明る夜もほのかにうれしよめがきみ
嵯峨{さがの}住|去来{きよらい}が曰除夜{じよや}より元朝かけて鼠の事を嫁か君と云にや
本|説{せつ}はしらずとぞ野坡{やば}か云娵が君は春気にてねずみの事なり
今按に年の始には万の事祝詞を述侍る物にしあれは寝起{ねをき}と云
へる詞を忌{いみ}憚{はゞかり}ていねつむいねあぐるなど唱{との}ふるたぐひ数多有
鼠も寝{ね}のひゞきはべれは嫁か君とよぶにてやあらん又春気と
いふ時は春|三月{みつき}のことなれはいかゞ有べきか尚{なを}説{せつ}有こゝに略す
鼴鼠 うごろもち○京にて・うごろもち東武にて・むぐらもち西国にて

(3ウ)
・もぐら中国にて・むぐろもち四国にて・をごらもち遠江ニて・
いぐらもち大和及伊賀伊勢にて・をごろもち越後にて・土竜{どりう}
といふ
蝙蝠 かふ(*「かふ」に傍線)もり[いにしへにかはほりといひしなり]○畿内にて・蚊{か}くひ鳥とも云近江にて・
蚊{か}鳥とよぶ
『新撰六帖』に衣笠内大臣
〽日くるれは軒に飛かふかはほりの扇の風もすゞしかりけり
又『枕草子』に過にしかたこひしきもの、こぞのかはほりと書{かけ}るは扇
の事なり
鼺鼠 むさゝび○畿内にて・野衾{のぶすま}といふ東国にて・もゝぐは(*「ぐは」に傍線)と呼ふ西国
にて・そばをしきといふ薩摩にて・もまといふ
もまとは『和名』もみの転{てん}したるなるへし古哥に大和国春日山

(4オ)
|高円{たかまと}津国|三国{みくに}山などよみあはせたり東国にては日光山にすめり
其鳴声人の呼がことし常に梢に穴居{けつきよ}して夜高きより飛ん
て人の面をおほふひきゝより高きに上ることあたはず
[夫木]〽春日山夜ふかき杉のこすえよりあまた落くるむさゝひのこゑ
川童 がはたらう(*「らう」に傍線)○畿内及九州にて・がはたらう(*「らう」に傍線)又川のとの又川童{かはつは}と
よぶ[九州に多しわきて筑後の柳川尤多し]周防及石見又四国にて・えんこう(*「こう」に傍線)といふ
土佐国の土民{どみん}は・ぐはたらう(*「らう」に傍線)又かだらう(*「らう」に傍線)又えんこう(*「こう」に傍線)ともいふ其手の肱{ひぢ}
よく左右に通りぬけて滑{なめらか}なり猨猴{えんこう}に似たるが故に河太郎もえん
こうといふ
東国に・かつ(*「かつ」に傍線)ぱと云[川わつぱのちゞみたる語也小児をしかるににもかつぱともいふ]越中に・てがはらと云
伊勢の白子にて・かはら小僧といふ
其かたち四五歳ばかりのわらはのごとく、かしらの毛赤うして

(4ウ)
頂{いたゞき}に凹{なかくぼ}なるさら有水をたくはふる時は力はなはだつよし性{せい}相撲{すまひ}
を好み人をして水中に引入んとす或は恠{あやしみ}をなして婦女を
姦婬{かんいん}す其わさはひを避{さくる}るには猿{さる}を飼{かふ}にしかずとなん又九州に
て川|渉{わたり}の人詠吟する哥に
〽いにしへのやくそくせしをわするなよ川だち男氏は菅原
右の哥を吟詠すれば害をのがるゝよしいひつたふ
睢鳩 みさご○播州にて・みさゝぎ伊豆駿河辺にて・びさご薩摩
国にて・びしやごといふ
びさごびしやごともにみさごのあやまりなり
刀鴨 こがも○越後にて・あじとと云奥州に・たかぶと云関西関東
にて・たかべといふ則和名なり
鸊鷉 かいつぶり[是和哥に詠するにほとり也俗にいよめといふ]○畿内及中国東武共に・かい

(5オ)
つぶりといふ上総にて・みほといふ長崎にては・鳰{にほ}といふ土佐国にて
・いちつぶり又いよめといふ遠州にて・めう(*「めう」に傍線)ちんといふ東国にて・むぐつ(*「ぐつ」に傍線)鳥
武の神奈川にて・でつ(*「でつ」に傍線)てう(*「てう」に傍線)むぐつ(*「ぐつ」に傍線)てう(*「てう」に傍線)といふ上州・かはぐるまといふ
信州にて・めう(*「めう」に傍線)ないと云駿河にて・ひやう(*「ひやう」に傍線)たんごといふ仙台にて・かは
きじといふ
白石翁云にほとは湖{みつうみ}をいひぬればにほとは湖中{こちう}にあるの義にや
あるへし又かいつぶりとは其水に没{ぼつ}する音をかたどりいひしと
見えたり又俳諧師|支考{しかう}がいはくにほの海とは鳰鳥のすむ程の
さゞ波なれはにほの海と云今按に鳰{にほ}はにほひ鳥の意{こゝろ}也にほの海
とはうら〳〵と日の出るに海のにほへるなりにほふとは香のことに
あらず艶色{ゑんしよく}のこと也光源君のことを桐壺の巻に此御にほ
ひにはといえり又法橋昌長翁のいはく研師{とぎし}刄を研上てそれ

(5ウ)
に色を付るをにほひをつけるといふ則鳰の脂{あぶら}を引となり又
にほふ霞なども日に映{ゑい}ずるをいふなり
鷗 かもめ○中国に・うはみと称す肥前にて・ねこどり又大雁{おほがん}といふ
[沖にすむ鷗は大なるもの也]土佐国にて・かごめ共いふ上総及武の品川にて・うみ
ねこ本牧{ほんもく}にて・浜ねことも呼ぶ近江にて・苗代鳥{なはしろとり}又・ねこさぎといふ
鷗{かもめ}の鳴く声猫のなくに似たり故に異{い}名とす『万葉集』に加万
目{かまめ]{又]鴨妻{かもめ}と書り、鴨妻とは鴨のことくにして小{すこ}しきなるをいひし
なるへし一説に沖にあるをかもめ磯{いそ}に集{あつまる}をいそちどり、河に
詠合{よみあは}するを都鳥といふと直竜翁の説なり未詳
魚狗 かはせみ[一名]少微{しやうび}○中国に・すどり京都及東武にて・かはせみ
武州及下野にて・そな奥州仙台にて・すなむぐり出羽国にて
・るり下総にて・じよな甲斐にて・そびな駿河国沼津辺にて

(6オ)
・ゑびとり加州にて・むぐり美作及備前にて・しよ(*「しよ」に傍線)に伊勢及出雲
肥州四国にて・しやう(*「しやう」に傍線)び[或はしやうびん共いふ]薩摩国にて・ひすいと称す
かはせみといえるは深山{みやま}そびと云物あるに対しての名なり薩州に
深山{みやま}ひすいとよぶ東国にて深山しやう(*「しやう」に傍線)びん共或は所によりては水乞鳥
と云又清盛などゝ異名す其故は此鳥|飢餲{きかつ}して水を好によりて名
付と云り関西にて雨乞鳥と称するも此鳥なるへし『旧事紀古事記日本
紀』ともに翠鳥{そび}と有
鵲 かさゝぎ○西国に有・唐{たう}がらすと云又・高麗烏{かうらいからす}と云五畿内及東国に
なし・鳩より小{ちいさし}羽に黒白有天武帝ノ御時新羅より鵲一|隻{せき}を献す
信天翁 らい○九州にて・らいと云土佐国にて・とう(*「とう」に傍線)くらう(*「らう」に傍線)と呼丹後にて・あほう
鳥と云長門国にては・沖のたゆふ(*「ゆふ」に傍線)と云[此鳥うす青く白し觜長く脚赤し海辺にあり]
加賀国白山に鶆{らい}と云鳥有同名|異物{いぶつ}也

(6ウ)
〽白山の松のこかけにかくろひてやすらにすめる鶆の鳥哉
秧鶏 くゐな○仙台にて・なます鳥と呼[其鳴声戸をたゝくに似たり因てたゝく水鶏と哥に詠す]
鷃 かやくゞり○東国にて・ぼとしぎと称す駿河にて・かんしん鳥と呼
〽をく霜にかれもはてなてかやくきのいかて尾花の末に鳴らん
『月令』に三月田鼠化して鴽{かやぐき}為{なる}(*原本「為鴽」の順)と有是なり
蒿雀 あをしとゝ○遠江にて・青ちゝんと云東国及四国にて・あをじと云
美作にて・青じや(*「じや」に傍線)うと云[鵐{しとゝ}に似て青色なるものなり]
青しとゝを略語してあをじと云鵐は山林に在て原野{げんや}にいでず
青しとゝは藪林{さうりん}にすむものなり
画眉鳥 ほう(*「ほう」に傍線)じろ○遠州にて・赤ちゝんと云
其声ちゝりといふ物を片鈴{かたすゞ}と名付又ちりゝころゝちゝりと云か如の
ものを諸鈴{もろすゞ}と云此鳥|巧{たくみ}に声をなす故に東国にては一筆令啓上候

(7オ)
と鳴くと云遠州にてはつんと五粒{いつゝふ}弐朱まけたと鳴くと云薩州にては
をらがとゝは三八二十四と囀{さへづる}と云欧陽公カ詩ニ百囀千声意随ツテ移ル(*原本「欧陽公詩百囀千声随意移」の順)と有
異域{ゐいき}同談なり
百舌鳥 つぐみ○五畿内の俗・つむぎと云関東にて・てう(*「てう」に傍線)まと呼加賀にて・
かごめと云遠江にて・つぎめと云仙台にて・つぐと云
『本朝食鑑』鶫{ツグミ}『釈名』馬鳥|鳥馬{てうま}也螻蛄{けら}をつなぎ置て此鳥を取
東国にて鳥馬{てうま}をまはすと云又諺にけら腹たてばつぐみよろこぶと
いえるもかゝる事を云にや京師にて除夜毎に是を炙{あぶ}リ食を祝例とす
繡眼児 めじろ○薩摩にて・花吸{はなすい}と云上総にて・をかまの鳥と云
布穀鳥 つゝどり[いにしへふゝどり]○伊豆駿河辺にて・すみだ鳥と云[土人のいはく此鳥鳴頃田の水澄とぞ]
蚊母鳥 かつ(*「かつ」に傍線)こう(*「こう」に傍線)とり[俗かんこ鳥共いふ]○甲州にて・豆うへどりと云東国にて・豆まき鳥
ともいふ『大和本艸』にいはく俗にかんこ鳥を杜鵑{ほとゝきす}の雌{め}也と云もの遠

(7ウ)
からず『本朝食鑑』に云ほとゝぎす樹に上ツて鳴く時其かたはらの樹辺に
必声なきほとゝぎす有是則チむしくひ鳥也故に世俗ほとゝきすの
雌{め}也とす今按に此|説{せつ}による時はほとゝきすの雌(*「雌」に傍線)は虫喰鳥成へし
かつこ鳥をそらくは杜鵑の雌にてはあるへからす杜鵑は鶯の巣を
かりて子を生しかつこ鳥は頬白鳥{ほうしろ}の巣に子をなすものなり
杜鵑 ほとゝぎす○伊予国松山辺にて・こつ(*「こつ」に傍線)て鳥と称す是|子規{ほとゝきす}一名を
沓代鳥{くつてどり}といふくつてこつて転したる詞なるべし
燕 つばめ○但馬国にて・ひいごと云播州にて・ひごと呼
『和名』に『爾雅集記』を引てつばくらめと註せり今俗につばめと
いひ又つばくらと云は後人其語をはぶきて呼也片田舎の人はつば
とばかりも呼又哥にはつばくらめともつばめとも詠すつばくらとは詠
格なし俳諧にはつばくら共作例有又つばくらめとは土くらひの

(8オ)
和訓也と篤信翁の説なり又胡燕、越燕、漢燕等有胡燕はやま
つばめと云越燕よりは稍{やゝ}大にして山上|岩穴{がんけつ}にすむ巣は横に長く
脇の方より出入す越燕は巣の上より出入す但馬国村岡にて妙
見ひいごと云は胡燕なるべし
斑鳩 つちくればと[古俗の称也]○東国にて・きじばとゝ称す西国にて与惣次{よそうじ}
ばとゝ呼[関西にて、としよりこひと鳴くといへり東国にててゝつぽう〳〵、かゝアほう〳〵と鳴くといふ]
木啄鳥 てらつゝき[又けらつゝきといふ]○江戸にて・きつゝきと称す又東国にて・をげら
と呼下総にて・番匠{ばんじやう}鳥と云
鴞 ふくろふ(*「ろふ」に傍線)○常陸国にて・ねこ鳥と称す[この鳥よく鼠を取によりてかくなづくるにや]上総にて
・よごう(*「ごう」に傍線)と呼伊勢白子にて・鳥追といふ
『挙白集』にのりすりおけと鳴くをのれが毛衣の料にやと有又俗に
夜明なば巣つくらうと鳴とも又片田舎の人は五郎七ほうこうと

(8ウ)
鳴く共薩摩国の人は此月とつ(*「とつ」に傍線)くわう(*「くわう」に傍線)となくといへり
鷦鷯 みそさゞい[上古さゞき]○奥州にて・みそぬすみ仙台にて・みそくゞり下野
にて・みそつぐと呼西国にては・みそつ鳥と云
或説に、此鳥|溝{みぞ}の辺に三歳|棲{すみ}て長す故にみぞさんざいと名付るを
みそさゞいといふとぞ今按にみそは溝なりさゞいはいにしへさゞきと
いひし名の転したる也さゞとはさゝやかなる意{こゝろ}小{ちいさ}き事也三歳といへる
義にはあらざるべし又|鵙{もず}と云烏にはもろ〳〵の小鳥|怖{をそ}れて飛去る
鵙も鷹の属{たぐひ}也といふそれが中にみそさゞいは曽{かつ}て怖れず却テ蜘蛛{くも}
其外の虫を捕{とり}て鵙にあたふ其時悦ふ躰にて食ふ予正サに是を見ル
鶺鴒 せきれい[和名にはくなぶり日本紀私記ニとつぎおしへどり]○播摩にて・かはらすゞめと云西国
及四国又は奥州にては・いしたゝきと呼伊勢白子にて・はますゞめと云
遠江及上総常陸にて・麦まき鳥と云東国にて・せきれいと云薩

(9オ)
摩にては青黄色なるものを・いしたゝきと云黒白なるものを・せき
れいと云[旧説にはにはたゝきともいしたゝきともいなおふせ鳥とも見えたり]
剖葦鳥 よしはらすゞめ○畿内及勢州辺・よしはら雀と云
よしはら雀といふは葭割雀{よしはりすゞめ}なり葭をわりて其中の虫を喰ふ故に
此名有と石川丈山子の説なり
出雲及西国四国にては・ぎよう(*「ぎよう」に傍線)〳〵しと呼[土佐の国にては・むぎからし又をげらなどゝもよぶ也]
加賀にて・よし鳥と云播州にて・けゝしと云仙台にて・から〳〵しと云
東国にて・よしきりといふ
あしをよしといへるは物忌するものゝ云るなるべしと徂徠翁の説なり
此よしはら雀の難波のよしあしも分たず鳴声のかまびすしきは
いかにそや〽よしきりの浮世もよしやあしの上 吾山
鯉 こい○武蔵国にて鯉魚の小なるを・ぶんしろと称す

(9ウ)
是は文正といふをあやまりて呼也或時|予{よ}が僕{ぼく}の鯉を庖丁せんとて筒井
のもとへもて行て井の中へ落しぬといひはべりければ狂哥よみける
〽つゝいづゝ井筒にこひを落しけりむかし男も今の男も 吾山
䲙 たなご○関西にて・たなごと云関東にて・にがぶなと呼つくしにて
・しぶなと云[たなごは鮒の類也又海に鱮魚{たなご}有同名異物なり]
鯔 なよし[此魚の惣名也世にぼらと云日本紀に云|口女{くちめ}これなり]○極小なる物を江都にて・をぼこと云
[東国に小児をおぼこと云故に此魚の小なる物を云]加賀にて・ちよ(*「ちよ」に傍線)ぼと云土佐にて・いきなごと云[土州にては]
[いきなごを塩辛とす銀びしことよぶ]小なるものを関西関東ともにいなと呼[いなは稲の茎くされて魚と成]
[といへり然る時はいなとは稲魚{いな}なるへしいにしへは魚を魚{な}と称せしなり]・洲走{すばしり}遠州にて・はしりと唱ふ
漁人|簀{す}の四方に網{あみ}を張て是をとるを簀引{すびき}と云因{よつ}て簀走{すばしり}の名有
一説に此魚河と海との潮境{うしほざかい}を往来する頃{ころ}を賞{しやう}して洲走の名有とぞ
江戸にては六月十五日より洲走{すばしり}と呼十四日迄をいなと云也九月にいたり

(10オ)
泥味{でいみ}なく脂{あぶら}多くしていよ〳〵味ひ美也色又さらし洗ふたるが如し此
時を畿内にて・ござらし江鮒と称す泉州堺の名産なり
・なよし・ぼら・伊勢ごい長崎に・まくちと云勢州及尾張にて・
めう(*「めう」に傍線)ぎちと云
いせごいとは勢州鳥羽の海浜にて多く是をとり又鯉に類するを
もつていせ鯉と云関西の称なり東国にはぼらとのみ呼也又まくちとは
上古くちめといひし詞の遺{のこ}りたる也めうぎちとは名吉{なよし}の音{をん}義を用たる也
棘鬛魚 たひ○豊前にて・へいけと称す蟠竜子ノ曰鯛をへいけと云は平魚{へいぎよ}
なるべし『延喜式』に平魚今按に東武にて弁慶鯛といふ物を肥前
唐津などにてはへいけと呼又土佐の海にへう(*「へう」に傍線)だひと云其子をへう(*「へう」に傍線)ごと云
有是も平魚の転語なるべし
・桜鯛[堺鑑に桜鯛泉州堺の名産なるよし見えたり東武にても桜の花盛の頃此名有]・麦藁{むきわら}鯛中国四国ともに

(10ウ)
四月出る鯛を云・前{まへ}の魚津の国にて称す[摂州西ノ宮社前の海上にとる物を前の魚と呼東武にて江戸前うなぎ]
[と云が如し]・甘{あま}鯛畿内西国東武共にあまだひと呼出雲にて・こびるといふ
関東にて・奥津{をきつ}鯛と呼[駿州奥津にて多く是をとる鱗に富士のかたち有と云つたふ]
鳥頬魚 くろだひ○東武にて・くろだひと云畿内及中国九州四国ともに・ちぬ
だひと呼此魚泉州|茅淳浦{ちぬのうら}より多く出るゆへちぬと号す但し
ちぬと尨魚{くろだい}と大に同して小く別也然とも今|混{こん}して名を呼又小成物を
・かいずと称す泉州貝津辺にて是をとる因て名とす江戸にては芝浦
に多くあり
比目魚 かれい、ひらめ○畿内西国ともに・かれいと称す江戸にては大なる物を
・ひらめ小なるものを・かれいと呼然とも類同くして種{しゆ}異也常陸上総
下総の浦々にて大イなるを鰈{かれい}といひ小なるを平目{ひらめ}といふ江府の魚市{ぎよし}に
至る時は則チ名を変ず又ある漁子{ぎよし}此魚両種相|偶{ぐう}して洋中{やうちう}を游{をよ}ぐ

(11オ)
頭をならぶる時は左右の違ひ有物なりといへり貝原翁はかれいといふは
かたわれ魚の略なりといえり
越後にては小なる物を・こつ(*「こつ」に傍線)ぺらと呼[こびらめと云の誤にや]佐渡にて大イなる物を
・さかむか|ひ{イ}と云江戸にて云霜月びらめを越後の糸魚{いとい}川にて・あさば
となづく江戸に云・ほしびらめを駿河にて・まつかはびらめといふ一種・この
はがれいと云有[至て小なるものなり]泉州にて・岡田がれいと云
鞋底魚 うしのした[一名くつぞこ]関西及東国の海辺にて・うしのしたと称ス江戸
にて・舌{した}びらめと呼備前には・くちげと云越前にて・ばゞがれいと云
幾須古 きすご○関西に・きすご江戸にて・きすと云伊勢ノ白子にて・あめ
の魚と云[雨ふる日多くとる魚也故に名とす然とも別也]紀州にて・だう(*「だう」に傍線)ほう(*「ほう」に傍線)と云
阿古 あこ○加賀国にて・はちめと称す此魚播摩摂津国などに稀{まれ}に
有冬月藻魚の大なる物をあこと呼て賞翫す『和漢三才図会』ニ見

(11ウ)
えたり又あこは赤魚{あこを}也と云
藻魚 もうを○西国にて・いそめばると云
目張 めばる○陸奥仙台にて・そいと云又すいともいふ
芸州にてめばるの児{こ}を呼てなること云一種沖めばると云有其色黒
味ひ厚し病人食ふことなかれとなり
笠子魚 かさご○奥州にて・こがらと云[かさご藻うをのたぐひなり]
伊佐木 いさき○奥州にて・奥鮬{おくせいご}といふ
鮎魚女 あいなめ○奥州にて・ねうをといひ又しんじよと云同国南部にては・
あぶらめと云佐渡にて・しゞう(*「ゞう」に傍線)と云駿州にて・べろと云
『本朝食鑑』に形チ粗{ほゞ}鮎{あゆ}に似たり故に名づくめと称してもあゆの雌{め}には
あらず又『日本紀』『万葉』等に魚を、なと訓ず今按に尾張国又遠州辺
の所在にて川魚を水|魚{な}と云又江戸に云|納屋{なや}も魚屋{なや}也肴{さかな}と云も酒魚{さかな}

(12オ)
なりまた薩摩国にては魚肆{きよし}をなや町と云も是なり奥州の方
言にねうをと云しんじよといふは、あいなめといふを愛す女と云意に
て寝{ね}うをといひ又寝所{しんじよ}と云なるべし又べろといえるは東国|片鄙{へんひ}
の小児|舌{した}のことをいふ也四国にても舌をべろと呼もの稀に有也
さればあいなめと云をなめるといえるこゝろにて駿州にはべろと名
つくる歟なめるとは関東にて云畿内にてねぶると云におなじ
保宇保宇 ほう(*「ほう」に傍線)〴〵○佐渡にて・きみうをと云薩摩にて・ぼこの魚と云
方頭魚 かながしら○参河にて・かなごと云越後|糸魚{いとい}川にて・いぢみと呼
常陸下総にて・ぎすと云[其かしら角ありてかたし故にかなかしらといふ]
石鮅魚 おいかは○筑紫にて・あさぢといひ又あかばゑ又山ぶちばゑなど呼
京都にて・をいかは摂津にて・あかもとゝ云
京師の俗|大堰川{おほゐがは}を略しておゐかはと云又赤もとゝ云は赤斑{あかまだら}の

(12ウ)
略{りやく}なり又北国にておいかはと呼魚有同名|異物{いぶつ}也
鱊 いさゞ○北国にて・かねたゝきと云京師にて・だんぎばう(*「ばう」に傍線)といふ
京にて目高いさゞ共にだんぎ坊と云目高の条下にくはし又俗に
ちりめんざこといふは此魚の乾{ほし}たる物也又駿河にてかねたゝきと云は別物也
麪条魚 どろめ○大坂にて・どろめと云筑紫にて・しろうをと呼土佐国にて
・どろめざこといふ此魚三月海より川水に上るを簗{やな}にて是を捕{とる}
長三寸江戸に云白魚より小也其|潔白{けつはく}なる白魚に相同し氷魚{ひを}
と呼も又是に似たり近江の湖水{こすい}宇治の田上{たなかみ}などに産する物也
丁斑魚 めだか○東武にて・めだか京にて・めゝざこ又・うきんじよ(*「じよ」に傍線)又・だんぎ
ばう大和にて・こめんじや(*「じや」に傍線)こ南都にては・めたゝき大坂東南にて・う
きた大坂西北にて・こまいじやこ和泉にて・めたばり同国堺及近江因
幡越前にて・めゝじやこ伊勢にて・めばや又ねばい同国白子および

(13オ)
美濃にて・こばい尾張にて・うきす遠江にて・ねんはち又・めんぱい
相模三浦辺にて・びつ(*「びつ」に傍線)こ出雲にて・めんぱち同国及越後にて・うる
め伊予にて・うきいを土佐にて・あぶらこ肥前にて・たうを越中にて
・かねさ又・こめざこ陸奥にて・はりみず同国南部にて・めざこ又めぬ
け出羽|最上{もかみ}にて・じよん(*「じよん」に傍線)ばらこと云按るに京都にて目高の異名を
だんぎ坊とよぶは凡僧{ぼんそう}の経論{きやうろん}も見ずに咄すを水に放すと云秀句
にて談義坊といふとぞ又江戸半太夫節の浄瑠理にくらき御目の
かなしさは月日のかげも水鳥の[下略す]此文句にも見ずを水に云かけ
たりみずの仮名はすの字也水はみづにてつの字也かな違ひ也然とも
くるしからさるか守武大人の句に
〽ちる花を南無阿弥陀仏とゆふ辺かな 守武は伊勢内宮の
神官荒木田氏連歌を好て『新撰筑波集』にも入し作者也かつ俳

(13ウ)
諧の鼻祖{びそ}なり右の句はいふをゆふとせられし也作例有こと成べし
又此吟を辞世なりと後人おもふはあやまり也天文十八年八月八日七十
七歳にて卒す辞世
〽こしかたもまたゆく末も神路山みねの松風〳〵
鮫魚 さめ○播州にて・のそといふ越前にて・つの字と云その故は此魚
|捕{とらへ}て磯{いそ}へ上れば仮名{かな}のつの字の形に似たりとて越前の方言につ
の字となづくと也大和にては・ふかと云さめと鱣魚{ふか}とは大イに同しく
してすこしく異{こと}也ふかの類多し或は白ぶかうばぶかかせぶか鰐{わに}ぶか
もだま、さゞいわり等有、皆さめの類なり四国及九州にさめの称なし
すべてふかと呼又江戸にて一種・ぼうざめと云有下野国|宇都宮{うつのみや}辺
にては・さがぼうとよぶもの也江戸にて云・ほしざめを西海にて・のう(*「のう」に傍線)
そう(*「そう」に傍線)と云江戸にて・しゆ(*「しゆ」に傍線)もくざめと云を西国にて・念仏坊といふ

(14オ)
是土佐の国にて云・かせぶかなり、又土州にて一種・なでぶかといふ有
船端{ふなばた}に人立時は必尾をもてなて落すと也
王鮪 しび○畿内にて・はつと称す江戸にて・まぐろとよぶ江戸にてまぐろ
のすきみといふものを畿内にてはつのみと云又江都の魚店にて・しび
・まぐろ・びんなが等の品有といへとも東国の俗皆まぐろと云然共
至て大イなるなしむかしは江都の魚市にてまぐろを売買ふこと
有しが近年は来らすとなん又びんながといへる物はあぶらを去て肉糕{かまぼこ}
となすもの也又二尺以下の小なるを江戸にて・めじかと云一名・そうだ
と云・ひらそうだ・丸そうだなと二種有京都難波の俗・目ぐろ
といふ是なり、又二尺已下のものは相模にて・よかごといふ一尺余リなるは
同国にて・めだいしびと云『本艸』ニ鼻肉脯ト作シテ鹿頭ト名ケ又鹿肉ト名ク(*原本「鼻肉作脯名鹿頭又名鹿肉」の順)と有
是|目鹿{めじか}となづくる故有に似たり一説に目ぢかとは其眼の近きなり

(14ウ)
まぐろと云ものゝ小{すこ}しきなるをいふまぐろとはその眼の黒き也又哥に
鮪{しび}と詠り山辺赤人が藤井の浦にしび釣と詠ぜしたぐひ也
鰤 ぶり○この魚の小なる物を江戸にて・わかなごと云五畿内及西
国四国にて・わかなと云又・つばすと云一尺程なるを西国にて・目白と云一尺
余リ二尺にも至るを江戸にて・いなだと云北陸道及奥州にて・ふくらぎと
いふ関西にて・はまちと云・漸{やゝ}大イになりたるを江戸にて・わらさとよぶ是
を北陸道にて・らぎといふ・霜月の頃三四尺五六尺となる是則ふりなり
薩摩にて・そうじといふ筑前及上総にて・大うをといふ
松魚 かつを○一種・すぢがつをといふ有皮{かわ}の上に縦{たて}に白き縷{いとすぢ}三四|条{すし}有是を
加賀にて・たてまんたらと云又関西にて・うづわとて小なる物有又・よ
こわとよふ有今按に・うづわ一名茶袋又しぶわといふもの有是等を
江戸にて小がつをと呼て売也然共別類也よこわと云はめじかと云魚の子也

(15オ)
河〓 ふぐ○京江戸ともに・ふぐとよぶ西国及び四国にて・ふくとう(*「とう」に傍線)と云又江
戸にて異名を・てつ(*「てつ」に傍線)ほう(*「ほう」に傍線)と云其故はあたると急{たちまち}死すと云意也又・し
|ほ{ヲ}さいと云有小{すこ}しきなる物なり肥前の唐津にて・ちんぶくとう(*「とう」に傍線)と云是也
又まふぐといふ魚は冬の内|賞翫{しやうくわん}す・とらふぐと云は春夏ともに喰ふ也
鰯 い|は{ワ}し○をむら[女詞也]・をほそ[同断]・あかいわしといふ物は塩につけ
たるを云肥前の長崎にて・からがきと云中国にて・やすらと云紫式
部いはしを賞して
〽ひのもとにはやらせたまふいはしみづ参らぬ人はあらしとそ思ふ
『玉葉集』に住吉明神の御哥に
〽いよの国うわのこほりの魚まても我こそはなせ世をすくふとて
鯷 ひしこ[いはしの属也]○相模及西国にて・かたくちいわしと云又片口と斗も
いふ駿河にて・くだいわしと云上総にて・小いわし下総及常陸にて・せ

(15ウ)
ぐろとよぶ今按に上総の国にて小いはしと称すといへども子の字の義
にはあらず又|鰯{いわし}の小きをも小いはしといふ秋をもて気とす是にまがふ
なりひしこを云は小きいはしの如しと云意なるべし又西国の産物{さんぶつ}に
銀びしこと云有是はこゝに云|鯷{ひしこ}にはあらず鱪{しいら}といへる魚の子を塩|漬{づけ}
になしたる物也又|鯔{ぼら}の小しき物を製したるをもいふ也なを蟹{かに}の条下
を合せて見るべし、又・ごまめと云物有是はいはしにてはなしひしこの干{ほし}た
る物也相模及越後奥の津軽にて・干鰯と云仙台にて・ひいごと云加賀
にて・かいぶしと云九州にて・すぼし又・片口とも云伊賀及伊勢出雲
又奥州の内にて・田つくりと呼按にごまめとは常の称号也春の始に
小殿原又田作リなと唱{とな}へて祝し侍る是|稲{いね}梁{をゝあは}を植る物干|鰯{いはし}干|鯷{ひしこ}を
もつてす、故に田つくりの名有又すぼしと云るは簀{す}の上に干を云也
青魚 かど[一名]にしん○つくしにて・高麗{かうらい}いわしといひ又・せがい共云阿部氏

(16オ)
の云此魚あつまる時は沫{あは}を吹て水面に浮ぶ雪の降たるが如し網を
もつて是をとる腹に子有て満{みて}り干て数の子と云和俗|鰊{かど}の字を用ユ
東海に出るをもつてなるべし今按に津軽にてなまにしと云は干たる
魚をにしんといへば生{なま}のにしんと云|意{こゝろ}なるべし又江戸にてかどいわしと云て
鰯の中に交りてあるもの也、松前の旅客に問ひ侍しに少しかはる様に
おぼへぬると答侍りし
鱅魚 このしろ○此魚の小なる物を京都にて・まふ(*「まふ」に傍線)かりと云中国及九州共に
・つなしと云薩摩にては・ながさきと云此魚長崎に多し故になづく
筑前にて・はだらごと云又土佐の海に・はらかたと云魚有是はすぢごの
しろといふもの也今按に鯯童{こはだ}と云魚は江戸芝浦品川沖上総下総の
浦々より是を出す西海にはこれなし鰶{このしろ}の子にあらず別種也駿河にて
つなしと呼は小|鰭{はだ}也此国にてこはだと云物は江戸にて・さつ(*「さつ」に傍線)ぱと云魚なり

(16ウ)
このしろこはださつはは是皆種類也或人の云世間に子生れて死し又
生れては死す事有其家にては子生るゝ時|胞衣{ゑな}と鰶{このしろ}とを一所に地中に
蔵{をさむ}れば其子成長す尤其子一生このしろを食せざらしむこのしろは子
の代{しろ}なりといひつたへたり古哥に
〽東路のむろの八嶋にたつ煙誰かこのしろにつなしやくらん
此哥につきては古き物かたり有普{あまね}く人の知れる事なれは爰に贅{せい}せず
鰻鱺 うなぎ○山城国宇治にて・うぢまろと云、此魚の小なる物を京にて
・めゝぞうなぎと云是はみゝずうなぎの誤也江戸にて・めそと云上総に
て・かよう(*「よう」に傍線)と云又くわ(*「くわ」に傍線)んよツことも云常陸にて・がよこと云信濃にて・す
べらと云土佐にて・はりうなぎと云、今按に京都にてうなぎを鮓{すし}となす
は宇治川のうなぎをすぐれたりとす、よつて宇治麻呂と人の名を以て
す江戸にては浅草川深川辺の産{さん}を江戸前とよびて賞す、他所より

(17オ)
出すを旅うなぎと云又世俗に丑寅の年の生れの人は一代の守本尊虚
空蔵菩薩にて生|涯{がい}うなぎを食ふ事を禁ずと云リ徂来翁『なるべし』
に鳩を八幡の使者猿を山王の使者と云るも、はちまんのはさんわうのさを
とりていへるなるべし鹿を春日といふもかもじなるべしといへり此書に傚{ならひ}て
考るに丑寅の年の人うなぎくふ事をいむはいにしへうなぎをはむなぎと
いひし也虚空蔵の虚の字むなしと訓{くん}ずればむなぎをいみしなるべし
むはうにかよふ也いにしへ梅はうめ馬はうまの仮名にて有しが後にむめむまと
書もおなじことはりなり『万葉』に吉田{よしたの}連{むらじ}石麿と云人のかたち甚やせた
るを笑ひて作たる歌大伴家持
〽いしまろに何ものまうす夏やせによしといふ物ぞむなぎとりめせ
『拾穂抄』にむなぎはうなぎなりと有又烏を熊野の神|使{し}なりと云熊野
は三山なり烏{からす}に深山烏と云有、山にすみて村里にうつらずされは三山と

(17ウ)
深山{みやま}おなじ音{をん}なるゆへ神|使{し}なりといひならはしたる物か識者のいはく
尾州一宮にて鶏卵{たまご}を食せず神代巻|発端{ほつたん}にはゝかるとぞ同津島にて
は鳥を食せずそさのおの烏の字鳥に書たる本を見しより也熱田{あつた}には
筍{たけのこ}を食せずやまとだけにてまします故となん、手を打て笑ふべきにも
たへずさいはゞ天下の神人すべて紙は穢{けかれ}たることにつかふまじきやとあり
是等の説爰にあづからずといへども、筆のつゐでに記て童蒙{どうもう}に知らしむ
海鰻 うみうなぎ○畿内にて・海うなぎと云西国或は伊豆ノ熱海{あたみ}にて
・うみぐちなはと云摂州西宮海辺にて・へんびと云此魚海辺の穴の中
にあり、漁人{ぎよじん}多{をゝ}く釣こと有毒ありと云伝て浜に捨ツ蛇に似て黄色に黒キ文有
黄顙魚 ぎゞ○備前にて・ぎゞ東国にて・ぎゞう北国にて・あいかけ加賀にて
・ざす奥州及越後にて・はちうを越前にて・あかにこ出羽にて・が
ばち上総にて・川ばち伊勢にて・ども土佐にて・ぐゞといふ此魚|背{せ}

(18オ)
の上に刺{はり}有て人を螫{さ}す、ごき〳〵と鳴く、人これを捕ふ時ははなはだ
かなしむ声を出す、今按に享保十三年戊申ノ秋東国所々洪水せし
ころより此魚うせたり、しかふして後|鯰{なまず}と云魚東国に生ずうたがふら
くはぎゞ鯰に変したる物歟、
鮧魚 なまづ○安房国吉浜村わたりにて・なまだといひ又・にぜんぎや(*「ぎや」に傍線)うと
云今按に此|郷{さと}に妙本寺と号する日蓮宗有此|宗派{しうは}にては大乗法を
受持して一切諸経は二|漸{ぜん}の経行なりと誹謗{ひはう}す爰に浄土宗門の在
家ありて鯰{なまづ}をなまだと呼なまだとは南無阿みだの名号の略語なれば
それに対{たい}して日蓮宗の里民{りみん}はにぜん|ぎ{き}やうと呼にてやあらん
杜父魚 かじか○京大坂にて・いしもち加茂川にて・ごり嵯峨{さが}にて・いまる
伏見にて・川をこぜ近江にて・むこ又どう(*「どう」に傍線)まん又いしぶし又ちゝこ九州
にて・どんぽ筑前にて・ねんまる越前にて・かくふつ出雲にて・ごす伊

(18ウ)
賀にて・すなほり相模及伊豆駿河上総下総陸奥其外国々にて
・かしかと云駿河沼津にては・かじいと云今按に此魚種類甚多し其
水土によりて形すこしかはり大小の品有といへ共一類別名也と云リ江戸
にて賞{しやう}する鯊{はぜ}これ又|品類{ひんるい}多し・まはぜ・三年物をいふ道風の浄
瑠理にはぜ釣ばりに三年物恋一ト通リはこつちのゑてとあるははぜにおかしき
異名{いめう}あればふくみて書る文なり又・だばう(*「ばう」に傍線)はぜ是は下品也又・しま
はぜといふ有是かじか也又いし臥{ぶし}といへるは『源語玉鬘巻』にちかき川のいし
臥{ぶし}などやうの逍遙{せうゑう}し給ひて[下略]『河海』ニちかき川とは賀茂川也と有又下
賀茂|糺{たゞす}森の茶店にてごりを調味{てうみ}してごり汁{じる}と名付て売也又加賀
越前の土人はごりを鮓{すし}となしてたしみ食ふこれを蛇{じや}の鮓といふ又木曽
の谷川などにて諸木の倒{たをれ}たる有て年を経{へ}枝くさりて石鮎{ごり}に化す
といへりそれを土人ごり木といふ又かくふつといふ物は北海にて雪|雹{あられ}の

(19オ)
降るとき腹{はら}を上になして水上に浮ぶ魚也『続猿簑』ニ詞書有て
〽角𩷚{かくふつ}や腹をならべて降るあられ
鮇魚 かまづか『倭名抄』○京にて・かまづか鴨川にては・かまきすご又かなくじ
りと云其形はぜに似て又きすに似たり大イなる物をかじかと云
吹沙魚 かなびしや(*「しや」に傍線)○京にて・かなびしや(*「しや」に傍線)と云四国にて・じんそくと云肥前にて
・じやう(*「じやう」に傍線)とくといふ江戸にて・こちじや(*「じや」に傍線)こと云湖水{こすい}及谷川の石の間に住
小魚也形色共に鯒{こち}に似て小さし其大サ一二寸|細{こまか}なる黒点文{こくてんもん}有其尾|岐{また}
あらず
鰺 あぢ○紀州にて・とつかは土佐にて・とつ(*「とつ」に傍線)ぱこと云小しきなる物を西国
にて・こびらこ相州にて・ぢんだんご加賀にて・さくざねと云此魚播州
室ノ津にて多く捕る故にむろあぢの名有
文鰩魚 とびうを・中国及九|国{しう}にて・あごといふ婦人{ふじん}|臨産{りんざん}の月是を帯れは

(19ウ)
産やすしと見えたり今又乳のたるゝ薬なりとて婦女は珍重する也
和加佐幾 わかさぎ○駿河にて・すゞめの魚伯耆にて・しらさぎ常陸にて・さ
くらうを若狭にて・あまさぎと云今按にわかさぎ又あまさぎ同物也
若州三方の湖中に多くこれを猟す又常州桜川に桜魚と云有是
江戸にていふわかさぎ也又俳諧季立の中春の部に桜魚と云有これは
桜の花盛のころ出る魚を云なをさくら鯛柳|鮠{はぜ}なと賞するか如し
鱪 しいら○筑紫にて・猫づら薩摩にて・くまびき肥前の唐津にて
・かなやま又・ひいをと云土佐にて・とう(*「とう」に傍線)やくと云乾{ほし}て賞翫する時は
土州にても、くまびきといふ江戸にても猫づら又ひいをと云今按にこの
魚海船のかたはらを泳{をよ}ぐ船人急に釣針をなげて忽三ツ四ツ釣事
有俗に九万疋と書も是此魚の数多なるをいふなるべし
伊多 いだ○畿内及西国にて・いだ讃岐にて・がう(*「がう」に傍線)ら東国にて・さい

(20オ)
又まるたと云此魚上州利根川に多し一説にさいとは犀{さい}の泳{をよ}ぎて走る
が如きにたとふ丸太とは山中より材{さい}を山川にうかべ流に任せて下るにたと
へたり今按にさいとは材なるべし丸太といへるもおなし心也其魚の円キに
よるの名なり
鯎 うぐゐ○信州|諏訪{すは}の湖水{こすい}にて・あかうをといふ相州箱根にて・あか
はらといふ小なる物をやまめといふ
毛呂古 もろこ[一名しまうを]○近江及西国にて・あぶらめといふ土佐にて・もろこ
共又・もつごともいふ、近江坂本にもろこ川といふ川有此魚多し故にもろこ
と称す、(白ゴマ読点)一説に粟津に木曽義仲ノ社有、かの霊を祭るの日社の辺の小川
にて土人もろこ魚をとる必数十|斛{こく}を獲{うる}とあり
石首魚 いしもち○京江戸ともに・いしもちといふ西国及四国にて・ぐちと云駿
河にて・しろぐちといふ此魚かしらの中に石有よつて名とす、又江戸にて

(20ウ)
にべいちもちと云有別種なり是にべといふ魚の小なるもの也
鱁鮧 にべ○此魚の小なる物を土佐にて・しらぶと云大なる物を四国にて・ぬべ
といふ又・そぢ共いふ備前にて・そこにべと云にべとは魚の腹中に鰾膠{にべ}ある
ゆへに名とす
𩹵魚 ひゞ○常州水戸にて・ふぢかけと云佐渡にて・嶋まはりといふ
魟䱡魚 たかべ○讃岐にて・あじろといふ能登にて・とこやといふ
鮠 はゑ○東国にて・はやと云、はゑは蠅を好て食ふ故になづく但蠅は関
西にてはへ関東にてはいといふ
太刀魚 たちうを○筑前にて・ながだちと云
恵曽 ゑそ○伊勢の白子にて・たいこのぶちと云土佐国の土人・をばあ
といふ、漁人のいはくゑそは蛇の化したるもの也と又九州にてをかまがへる
の化したる物也ともいへり畿内にて五月の頃水ゑそとよびて賞ス

(21オ)
或人ゑそうなきの二品酢と合して食すれは人を害すといふ今按に土佐
の国の俗この魚をおばあといふ是は蛇の姨{をば}といふこゝろなるへし
沙噀 なまこ○大坂にて・とらごといふ筑紫にて正月は・たはらごと云唐津
にては正月十五日まへは・はつだはらと云それ過て正月の中は・たはらと云
『広大和本艸』に沙噀和名タハラゴ今京都の魚舖{うをや}にきんこといふ物
なりと見へたり今按に正月朔旦|海鼠{なまこ}をたはらごと賞して祝す是
米穀の義によりて也ごまめを田つくりと称するも意同し
海鷂魚 えい○上方にて・えぎれと云江戸にて・あかえいと云今按に京にて
・えぎれといへるは江戸にて赤えいのたちうりといふに同しえいに種
類有武之品川芝浦にて・まえい・よこさえい・がんぎえいなどいふ
まえいは上品なり又よこさえいは菱{ひし}形にして色白し故にまえいの
血をぬりて裁{たち}売となすがんぎえいは下品也其形丸く悪|臭{か}有また

(21ウ)
真|鱏{えい}の子いまだ腹に在時は刺{はり}を中につゝみてたとはゞ巻葉の如く
にて有又よこさえいの子はあみがさの如く二ツ折になりて刺{はり}を中に隠
す物なり
海鰕 ゑび○関西にて・いせゑび関東にて・かまくらゑびと云又年の始
にかざり海老とする物は関東にてもいせゑび也西国にては其海の
産なれ共いせゑびと呼又江戸にて小なる物を芝ゑびといふ大坂に
て・備前ゑびといふ
漻鮥 うみじか[和名]○筑紫にて・うじこ伊豆大嶋にて・海楊枝と云
水亀 いしがめ○西国にて・こうづといふ
鼈 すほん[これかはかめ也俗|胴{とう}亀と云]○畿内にて・どんがめ又すつほんとも云
東近江にて・どろそ周防にて・まがめ伊勢にて・どち肥州にて・
とち加賀及能登越中越後にて・がめと云四国にて・こがめ江戸

(22オ)
にて・すつほんと云すべて東国すつほんと云又かつはと云所もまゝ有
蝦魁 がざめ○畿内にて・がざみといふを江戸にて・をゝがに又海かにと云
又西国にてかざみと云は甲|菱形{ひしなり}にして甲{かう}のまはりのこぎりばに似たり
一種|蟛螖{あしはらがに}あり江戸にて・こめつきがにと云西国及四国にて・田うち
がにと云古哥にいなつきがにとよめるは是なり一種|豆蟹{まめかに}又蜘蛛{くも}蟹
と俗に云備前小嶋にて・いぞ〳〵といふ今按に豆蟹小にして形丸し
又其かたち蜘に似たり蛤好ンで是を喰ふ又蟹の小なるを蜘がにと呼
蜘の小なるをさゝがにと呼こそをかしけれ参州にて・岩蟹と云塩辛
とす名産也又畿内にてかにびしこと云あり摂州福島辺より出す
蟹の塩辛也かにびしこと云は蟹の鯷漬{ひしこづけ}と云へきを略してかにひしこ
と呼といへり又ひしこといへるは醢{しゝびしを}の誤なりと有さもあらんか又薩州
|指宿{いぶすき}の浜に藻{も}蟹とて小き蟹を産す寸|許{はかり}にして円也惣身紅

(22ウ)
色此蟹塩辛に製して其色を変ぜず甲及八足やはらかにして
気味|香{かうじ}く寔{まこと}に上品なる物也又云|藻{も}蟹は藻或はひじきなどに住物也
甲蟹 かぶとかに○筑紫にて・うんきうと云薩摩にて・ばくちかにといふ
安房にて・いそほうづき共云九州の海に有其|甲{かう}かぶとに似たり汐干
の頃多し又大汐にたゞよひて磯{いそ}に寄を児童とらへて縄をつけたは
ふれ翫{もてあそひ}とす又海ほふづきはうんきうの卵也と云岩或は流木なとに卵を生{うみ}
つけ置を取りてうみほうづきとよびて小女口にふくみ鳴らす物也其色
黄なるを梅酢をもて是を染赤色となす也江戸へは安房国より出ス
鬼蟹 をにがに○摂津にて・嶋むらがにといふ兵庫及播州にて・武文{たけふん}かに
と云讃州にて・平家蟹と云加賀越前にて・長田{をさだ}かにと云これ元
弘の乱に秦{はだ}の武文摂州兵庫の海に死す享祿四年細川高国と
三|好{よし}と摂州に戦ふ細川の家臣島村何某敵二人を挟{さしはさ}んて尼崎{あまかさき}浦

(23オ)
に没す故にこれ等の説を後人|附会{ふくわい}する所也といふ
栄螺 さゞえ○相州三浦三崎辺にて・つぼつかいと云さゞえのふたを同所に
て・とうもいちと云是は童部{わらはへ}の戯翫{けくはん}に穴一といへる事をすなり浦
里にてあれは銭のかはりに用るもの歟なを先に出す
鰒魚 あはび○上総にて・かいつけと云是は蚫の蓋なくして身は貝につきて有
物なれは貝つけといふか貝つきなるへし江戸にて一名・なまがい共云又あがり
たる蚫をば・すいけんと云泉州境にて此貝の殻{から}を・あま貝と云これは
海士のとる貝なれは海士貝と云か又鮑の小なる物をとこぶしと云土佐にて
ながれこと云今按にとこふしは蚫の子にはあらす種類也又蚫のわたを西国
にて角と云又あわひの貝の片おもひと哥に詠せしは『万葉集』に
〽いせのあまのあさなゆふなにかつくてふあはひの貝のかたもひにして
蛤蜊 はまぐり○上総にて・ぜんなと云同国にて蛤の大なる物を小だまと云

(23ウ)
小なるを大玉と云[是は雄鷹をせうといひ雌鷹をだいといふ詞に似たり意は別也]
浅利貝 あさり貝○勢州にて・きしめ貝と云
朗光 さるぼ○勢州にて・つめきり貝と云筑紫にて・馬の爪貝といふ
土佐にて・たぶかい又ちがい共云
蜆 しゞみ○畿内にて・ぜゞかいと云古哥には堅田の蜆を詠す今は堅田に
は稀にして勢田に多しせたは膳所に近き故ぜゞ貝といふと也
塩吹貝 しほふきかい○伊勢にて・とんび貝と云総州にて・つぶと云
多伊良木 たいらぎ○大坂にて・ゑぼし貝と云
田螺 たにし○畿内及西国東武其外国々にて・たにしと云土佐国にては
一名田貝と云北国及房総又駿河相模伊勢路にて・田づほといふ又
つぶと斗も云『和名』に『拾遺本艸』を引て・田つびと書り
寄居虫 がうな[一名やどかり]○伊豆及駿河にて・いそものと云上総にて・がなづう

(24オ)
といふ肥前にて・ほうざい蟹といふ『和名』かみな
蟶 まて○大坂にて・かみそり貝と云上総これにをなし
細螺 きさご○中国にて・いしや(*「しや」に傍線)らがいといふ伊勢にて・ごながらと云肥
の唐津にて・こぶらといふ
石蜐 かめのて○つくしにて・しゐと云武之品川辺にて・ひとでと云上総
にてたこのゑんざと云[しゐとは其形|椎{しゐ}の実の上皮のゑみたるに似たる故名づく]
海馬 かいば○佐渡にて・たつのをろしごと呼薩州にて・竜の駒と云畿内
にて・うみむまとよぶ是婦人安産の守とす
和尚魚 をしやううを○西海にて・海坊主{うみばうず}と云下総銚子浦にて・正|覚坊{がくばう}と
いふ漁人の云むかし僧有此江に溺{をほれ}死す其|幽魂{ゆうこん}こゝに止りてたま〳〵顕{あらはる}
容{かたち}泥亀のごとくにて四ツの手足指わからず頭は猫の如しこれを捕得る
時は漁人あはれみて酒を飲せて命をたすく『三才図会』云東洋大海ノ中ニ和尚魚有

(24ウ)
状チ鼈ノ如其身紅赤色云(*原本「東洋大海中有和尚魚状チ如鼈其身紅赤色云」の順)
蝸牛 かたつぶり○五畿内にて・でん〴〵むし播州辺九州四国にて・でのむし
周防にて・まい〳〵駿河沼津辺にて・かさぱちまい〳〵相模にて・でんぼう
らく江戸にて・まい〳〵つぶり同隅田川辺にて・やまだにし常陸にて・ま
いぼろ下野にて・をゝぼろ奥仙台にて・へびのてまくらといふ今按にか
たつぶりは必雨ふらんとする夜など鳴もの也貝よりかしら指出して打ふり
かた〳〵と声を発{はつ}すいかにも高きこゑ也かた〳〵と鳴て頭をふるものなれば
かたふりといへる意にてかたつぶりとなづけたるものかつは助字なるへし予隅
田川の辺に寓居{ぐうきよ}せしころかれを見て句有又晋其角か
〽文七にふまるな庭のかたつふりとせし句は寂蓮法師の哥の
上の五もじをかへて俳諧の句となしたる也
〽牛の子にふまるな庭のかたつぶり角有とても身をはたのまし

(25オ)
蛞蝓 なめくじり○常陸にて・はだかまいぼろ越後にて・山なまこと云山中には
大サ五六寸許のもの有と也貝原翁曰なめくじり夏月屋上にはひのぼりて
螻蛄{けら}に変ずる有然ともこと〴〵く不然
蛇 へび○関西及四国に・くちなは関東に・へび薩摩にて女の詞に・
たるらむしと云家{や}ぐちなはと云るは屋上にすみて鼠を追ひ鳥の雛{ひな}を捕
もの也是|黄頷蛇{くはうがんじや}也近江にて・さとまはりと云播磨にて・をなぶそといふ
津の国にて・をなびそ又・ねづみとりと云筑前にて・やじらみと云一種東
国にて・山かゞちと云を近江にて・しまへびと云又一種|巨蛇{こじや}[和名]をゝへび
東国にて・あをだいしやう(*「しやう」に傍線)と云を近江にて・あをそと云又一種畿内及
東武にて・からすへびと云を安房にて・すぐろへびと云筑前にて・う
しぐちなはと云
蝮蛇 まむし○西国にてひらぐちと呼筑前にて・はめと云土佐にて・はみ

(25ウ)
又くつはみと云上総房州にて・くちはみと云是[和名]はみ也又一種俗に
・ひばかりと云有土佐にて・日みずと云小クして錦色なるもの也人是
にさゝるゝ時は日を見る間なく死すと云心にて日みずと云と也漢名熇尾
蛇これなり
蚺蛇 うはゞみ○出雲にて・じやばみと云北国にて・をかばみと云
蜥蜴 とかけ○畿内にて・とかけ東国にて・かなへび又かまぎつてう(*「てう」に傍線)相模
にて・かまきり西国にて・とかぎり大和にて・とかき江戸にては・とかげ
と、けの字を濁りてよぶ一種青とかけと云有背{せ}青みどりにして光リ有
縦斑{たてまだら}の文有腹白く口大イ也是毒虫なり
蜂 はち○仙台にて・すがりと云
馬蜂 くまばち○仙台にて・お|ほ{ヲ}かみばちと云越前にて・あんどん蜂と云
蠮螉 じかばち○畿内にて・こしぼそと云仙台にて・土{つち}すがりと云常陸

(26オ)
にて・かそりと云信州にて・ぢすがりと云東武にて・じがばちと云
『日本紀』蜾蠃{すがる}又『中庸』蒲盧{ほろ}の説古註にも見えたり『東雅』に『本朝式』
を引てすがるの太刀といふは則今の細太刀と云物也又さそりと云も細き
ことなり常陸にてかそりといふもさそり也彼国に賀蘇岡{かそりがをか}と云岡有
昔此国にさそりばち多きによりて此名有と見えたり
蚕 かいこ○東国にて・おこと云越後にて・うすまと云同国長岡にては
・ぼこと云信濃にて・ぼゞうと云奥州津軽にて大なるものを・とう(*「とう」に傍線)
どこと云小き物を・きんこと云出羽にて・とゝこと云房州にて・ひめこと云
今按に丹波国桑田郡|大原社{おばらのやしろ}は蚕飼{こがい}するものゝ信仰{しんかう}する神なり
毎年五月廿八日おばらざしとて諸人群参す三月廿三日を春志{はるざじ}と
云参詣のもの其社地の小石を猫と名付て借て下向す是は蚕{かいこ}に
鼠のつかぬ呪{ましなひ}なるべし、九月廿三日をは秋ざしと云て一トとせに三たび

(26ウ)
詣事有又極月晦日の夜家の大黒柱に灯をともす家有これ鼠
に媚{こび}る也蚕を養ふ人のねずみを怖るゝより起りたるなるべしまた
蟇{ひき}もかひこにつくものとぞ哥に
〽朝かすみかひやか下に鳴蛙こゑたにきかはわれこひめやも
一説に蓍{めど}の草を箒{はゝき}にして蚕飼{こがひ}の棚{たな}を初子の日に十四五の小女
午の年なるに掃{はか}すれば蚕の糸綿成就すると云『万葉』に大伴家持
はつ春の初子のけふの玉はゝきと詠せしは此義也又東国にて繭玉{まゆだま}とて
正月十四日に餌{だんご}を製し柳の枝或は小{さゝ}竹の枝などに付て繭{まゆ}にかたどり
祝ふこと有又蚕は春より夏にもわたり又夏の蚕は秋に至て成もの
なれは西国にては其頃しもまゆ玉をつくりていはふ事となん又|蚕{かいこ}の蝶{てふ}
に化{け}す頃西国にて・ひるろう(*「ろう」に傍線)と云上野及信濃陸奥にて・ひると
いふ伊勢にて・ひいろと云又かひこは子を生{うみ}付て子孫絶えずめで度

(27オ)
物なれば婚礼にめてふをてふを用る事礼家の大事とす今は常
の蝶と心得る人も有とかや又めてふをてふも実は蝶鳥也といへり
蝶 てふ○相模及下野陸奥にて・てふ(*「てふ」に傍線)まと云津軽にて・かゝべとも・て
こなとも云出羽秋田にて・へらこと云越後にて・てふまべつとうと云信濃
にて・あまびらと云一種|鳳蝶{あげはのてふ}其形大にして黒色羽の縁{へり}に文{あや}有もの也
上総にて・ぢごくてふ〳〵と云下野鹿沼辺にて・ぢごくでふ(*「でふ」に傍線)まと云
美濃をよび近江にて・かみなりてふ〳〵と云薩摩にて・山でふ〳〵と
と云今按に蝶種類多し其あらましをこゝに出す蝶[和名]かはびらこ也
羽州にて・へらこと云野州にては所によりて蝶々ばこと云これらの詞
はかはびらこの略にしてひらこ又へらこと転し又へらこ転してばこ
となりたる物ならん又胡蝶と云胡ノ字は其|鬚{ひげ}を賞せし名也江戸に
てはてふ〳〵といふ一説に蝴はてふ也蝶もとよりてふ也よつて蝶々とかさね

(27ウ)
て呼ともいへり
蜻蛉 とんばう○奥州仙台南部にて・あけづと云津軽にて・だんぶり
と云常州及上州野州にて・げんざと云西国にて・ゑんばと云一種|紺蠜{かねつけとんぼ}
畿内にて・紺蠜といふ有東武にて・かねとんぼと云肥前にて・かう(*「かう」に傍線)や
ひじりと云又一種東武にて・赤卒{あかとんぼ}と云[和名]あかゑむば也畿内にて・
しや(*「しや」に傍線)うれう(*「れう」に傍線)やんまと云西国にて・しや(*「しや」に傍線)うれう(*「れう」に傍線)ゑんばと云常陸上野
下野辺にて・いなげんざと云越後にて・こしや(*「しや」に傍線)うとんぼ又・ちごとんぼと
云奥州にて・なんばあけづと云会津にては・たのかみとんぼと云又一種
江戸にて・しほとんぼと云有奥州にて・しもがらあけづと云肥前にて・
し|ほ{を}からゑんばと云又大なる物を・馬大頭{やんま}と云上総にて・をんじや(*「じや」に傍線)うと
いふ越後にて・山とんぼと云江戸にて至ツて大なるを・鬼やんまといふ
土佐にて・うしやんまと云是也『東雅』曰蜻蛉はいにしへあきつと云後か

(28オ)
げろふと云即今云とんばう也東国の方言にえんばと云赤卒{あかとんほ}をいな
げんざなどもいふなりあきつとは秋に出て其類の衆多なれば也秋津
と云つは助字也いなげんざといふも稲|熟{じゆく}する時に有を云也げざとはゑん
ばの転語也童部{わらんべ}のやんまといふもゑんばの転ぜし也ゑんばは即ゑばなり
なを八重ばといふが如しよのつねの虫は多くは羽二ツ有を此虫の羽四ツあれは
かさなれる羽といふ意也又きはめて細く小キなる草むらの間に其羽をかさね
植て止まるものを即今かげろふといふ也此もの誠にありともなし共さだ
かに見えぬもの也『南留別志』に蜻蛉をとんぼうといふは吾{わが}邦の名を秋
津洲といふ故に東方といふこと也云云
蛁蟟 つく〳〵ばうし○上野にて・ほつてう(*「てう」に傍線)と云近江にて・つくしこ|ひ{イ}しと云今
按に俊頼朝臣うつくしよしと蝉の鳴らんと詠し玉ひしはつく〳〵ばうし
にやあらん『和名』くつくつぼうし

(28ウ)
茅蜩 ひぐらし○上総にて・くつ|は{ワ}ぜみと云又・かな〳〵と云
蟋蟀 こほろぎ○南都{なら}にて・きり〴〵す又・ころ〳〵しと云江戸にて・こ|ほ{を}ろぎ
と云武蔵府中辺及信濃奥州南部にて・きり〴〵すと云越後高田
辺にて・つゞりさせと云美作にて・きりごといふ白石翁曰是|古{いにしへ}に云きり
〳〵す也又古こほろぎといひしは今いふいとゞ也又古いねつきこまろといひしは
今云いなご也また古いなこまろといひしは今云はた〳〵也又古はたをりめと
いひしは今云きり〳〵す也小児籠にやしなふもの也
竈馬 いとゞ○京にて・くろゝ伊勢及四国にて・かまご尾張にて・かまぎりす
遠江にて・かんなご西国にて・くろつゞ又い|ひ{イ}ご近江にて・くろと云これ古
こほろぎといひし物也今いふこ|ほ{ヲ}ろきの種類にして小なる物也竈のあた
りにすむ
莎鶏 はたおりむし○伊勢にて・やまぎすと云近江にて・うりすと云畿内にて

(29オ)
小児・きり〴〵すと云東国にて・きり〴〵す又・ぎつすと云又ぎつ(*「ぎつ」に傍線)ちよ(*「ちよ」に傍線)など
云其こゑのぎいと鳴くははたおるまねきの音ちよんと鳴くは筬{をさ}の音に似
たりとていにしへはたおりめとよびしも今きり〴〵すと名の変したる也
螇蚸 はた〳〵○江戸にて・がち又・ばつ(*「ばつ」に傍線)た又・しや(*「しや」に傍線)うれう(*「れう」に傍線)ばつたと云上野にて
・ばたといふ信州にて・ほつ(*「ほつ」に傍線)たこと云駿河にて・がたきと云伊勢にて・
ねぎどのと云奥州仙台にて・はつ(*「はつ」に傍線)たぎと云津軽にて・とらぼう(*「ぼう」に傍線)と云
出雲にて・ほとけの馬と云長崎にて・たなばたと云
紡虫 くだまき○[一名いとくり]江戸にて・むまをひと云近江にて・すいとゝいふ
土佐にて・くだまき又・くだむしと云
蟷螂 かまきり[一名いほじり]○江戸にて・かまぎつ(*「ぎつ」に傍線)てう(*「てう」に傍線)江戸田舎にて・はいとり
むし信濃にて・かわみそ相模にて・いぼしり又いぼくひ奥州にて・いぼ
虫津軽にて・いぼさし肥前にて・かまきりてう(*「てう」に傍線)らいと云『本草』時珍ノ曰今人

(29ウ)
疣ヲ病ム者ノ往々蟷螂ヲ捕ヘテ之ヲ食セシム云云(*原本「病疣者往々捕蟷螂食之云云」の順)
蝦蟆 かはづ[かへる]○仙台にて・びつ(*「びつ」に傍線)きと云西国にて・びきと云唐津にて・たんなん
びきと云土佐にて・ひき(*「ひき」に傍線)又おんびき又しや(*「しや」に傍線)くたらう(*「らう」に傍線)なとゞ云又一種小サく青色
にして木竹の枝に棲{すむ}ものを関東及畿内にて・土鴨{あまがへる}と云九州にて・ほと
けびき又あまびきといふ唐津にては・あをびきと云今按に但馬国に一種
・河鹿{かじか}とよぶ有谷川の流にすみて濁る水にはすまぬもの也其声鹿に似たり
故に河鹿と呼魚に同名有別物也常の蛙の群る中へ放{はな}す時は則常の蛙
声をとゞむとなり肥州にてはこれをかはづと呼常の蛙をばかへると呼也古歌に
蛙なくよしのゝ川の滝の上にとよみ又みわ川の清き瀬など詠る類是皆山蛙也
常の蛙は声かまびすしく山蛙は声清く寂{さび}しきものにて鹿の声ともきこえまた
鳥の鳴くともきこゆる物なりとぞ『無名抄』に井堤{いで}の蛙のおもしろきよしを誌{しる}す
是山蛙也近年江戸にもとめよせたりと聞り余レいまだ知不(*原本「不知」の順)

(30オ)
蟾蜍 ひきがへる○五畿内及参遠又は越路なとにて・ふくがへるといふ伊賀伊勢
にて・ひきご西国にて・わくどう(*「どう」に傍線)又・どつ(*「どつ」に傍線)くう(*「くう」に傍線)又わくひき又くつわびき又鬼わく
どう(*「どう」に傍線)又牛わくどう(*「どう」に傍線)なといふ土佐にて・くつひき又・やどもりなどいふ奥州にて
・ひきだ又びつき又だいてんばいなといふ出羽秋田にて・もつ(*「もつ」に傍線)けと云房総にて
・あんがう(*「がう」に傍線)又をかまがへる又ふくあんごう(*「ごう」に傍線)と云武ノ八王子にて・山あんかう(*「かう」に傍線)と云上野
にて・大{をゝ}ひき又小なるを・べつとう(*「とう」に傍線)と云江戸にて・蟇{ひきがへる}といふ
蜈蚣 むかで○上総にて・はがちと云『日本紀』に出
馬陵 をさむし○関西にて・をさむし関東にて・やすで肥前にて・ぐい
らう(*「らう」に傍線)と云
豉虫 まい〳〵むし○江戸にて・水すまし同近在にて・さを(*「さを」に傍線)とめ京にて・うづ
むし泉州堺にて・ごまいむし大坂及西国にて・かいもちかき大和及近江
越前にて・まい〳〵東近江にて・ごまゝいり四国にて・いたこむし又・しろ

(30ウ)
かきむし上野にて・ごきまわし信濃にて・すめ加賀にて・さを(*「さを」に傍線)とめ又
しけ〳〵伊勢にて・たまる上総にて・みづぐるま美作にて・みこのまひ薩
及肥前にて・ごきあらいむしなと云此むし形丸く真黒にして小サし水面
にうかびめぐりてうづまくが如し
水黽 てふ(*「てふ」に傍線)ま○畿内にて・みづすまし又かつをむし江戸にて・てふ(*「てふ」に傍線)ま西国にて・
し|ほ{ヲ}うり又あめだか又あめかた又じやう(*「じやう」に傍線)せんかよう(*「よう」に傍線)などゝ云近江にて・し|ほ{ヲ}ん
し|ほ{ヲ}遠江にて・あめかす越後にて・しほのみ信濃にて・あしたか土佐にて・
し|ほ{ヲ}たき薩摩にて・あめんどう(*「どう」に傍線)上総にて・みづぐるま又かはごみ武州にて・
かはぐもこれは大なる蚊{か}に似て足高く水上をはしる虫也
飛蛾 こがねむし○つくしにて・ぶどう(*「どう」に傍線)と云肥州にて・かねぶう(*「ぶう」に傍線)〳〵と云此むし
夏の夜油灯{ひ}に入て灯を消す事あり
兜虫 かぶとむし○江戸にて・かぶとむしと云伊勢にて・やどをかと云大和にて

(31オ)
・つのむしと云此虫は皂夾{さいかし}の樹{き}に住むし也羽有て飛ぶ雄{を}は角有雌{め}は角なし
但さいかしは関東にてさいかちといふ樹也
〓虫 あぶらむし○伊勢にて・ごきくら|ひ{イ}むしと云薩摩にて・あまめと云
肥州にて・ごきかぶらう(*「らう」に傍線)と云
髯虫 けむし[一名かはむし]○京にて・ほうじやうむし出雲にて其色黄成を
・はげむし其色黒を・とげむしと云奥の津軽にて・がいだかと云今按
に泉州堺にて六月大暑の頃人家の屋根の裏{うら}に毛虫生ず此虫の名を
・じこうぼうと云毒虫也家々にてじこうがりとて笠深く着顔を包ミ
雨具などに身をまとひて竹竿{さを}の先に黐{もち}をぬりてかのむしをとる事
有又武州の内にて毛虫の異名・信濃太郎といふ所多し其心は六月
信濃の方に出る雲をしなの太郎と云此虫の黒き形其雲に似たる故に名
つくとぞ

(31ウ)
螻蛄 けら○京にて・しやう(*「しやう」に傍線)らいむしと云『苟子』に鼫鼠{けら}の五|技{ぎ}を註して
曰能飛べ共屋上に上る事あたはずよくのぼれ共木をきはむる事あ
たはずよくをよげとも谷をわたる事あたはず能く穴をうがてども身
をおほふ事あたはずよく走れども人に先だつことあたはず是を鼫鼠才{けらざい}
と云て実なき人のたとへ也俗に石臼芸といふも同し心か又諺にむしけら
などいふはけらをのみいひし語の事にはあらずすべて虫類をいふなり
物類称呼二終


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底本:国立国語研究所蔵本(W52-5/Ko85/2、1001089885)
翻字担当者:中野真樹、三橋琢璃子
更新履歴:
2015年5月7日公開

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