問8

「誤用」とされる敬語にはどのようなものがありますか。また,人々の実際の意識はどうですか。

「基準からの逸脱」の幾つかのタイプ

敬語とは他者への配慮を表す言葉の仕組みです。配慮の中には,相手が分かりやすいよう話を整理して述べるなどといった「情報伝達」にかかわる配慮もありますが,敬語は「人間関係」にかかわる配慮です。 敬語の誤用とは,「人間関係」にかかわる配慮の表現について,本来そうあるべきだと広く考えられている基準に照らし合わせたときに逸脱が見られる表現ということになります。これには少なくとも次の三つのタイプが考えられます。
一つは「内容面」での逸脱です。面接試験に落ちた人に対し「面接にお落ちになったのですか」と尋ねたとします。言葉だけ見ると,「落ちる」ではなく「お落ちになる」と尊敬語を含む言い方をしていますが,言葉の形以前の問題として,相手が聞かれたくないと思っている内容について直接尋ねているという点に問題があります。敬語は主として言葉の形の問題ですが,他者への配慮という点では内容面も重要です。  
二つ目は言葉の「運用面」での逸脱です。例えば知らない人や目上の人に「うん,知ってるよ」と言ったとします。日本語として文法的にどこか間違っているわけではありません。内容面で逸脱しているわけでもありません。しかしこれは,だれが聞いても逸脱した表現と感じるでしょう。本来であれば家族や友達に対して使う表現を,それが使えない相手に対し使っているところに問題があります。  
三つ目は言葉の「形式面」での逸脱です。敬語を使って表現するということは,情報そのものを表す表現に,配慮を表す表現が追加されるため,文中での要素が増えます。当然それは,文中での要素の並べ方の複雑さにもつながります。加えて尊敬語・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ等の別があり,形もそれぞれ異なります。こうした,敬語表現の作り方の複雑さや,敬語表現の相互関係の複雑さから,形の上での逸脱が生じ得るのです。

誤用とされる表現についての規範意識

通常,敬語の「誤用」と言った場合,これら三つのうち「形式面」での逸脱がイメージされることが多いようです。そこでここでは,「形式面」で誤用とされる表現について,実際人々の規範意識はどうなのかを,調査データから幾つか見てみましょう。 次のグラフは,国立国語研究所が平成9(1997)年に東京都在住者約1,000人を対象に行った調査結果の一部です。グラフに示した三つの表現について,おかしいと思うか,おかしくないと思うかを答えてもらいました。グラフは「おかしくない」と答えた人の数値を示しています。
最初の「御注意してください」は「御注意ください」の誤用ですが,3割の人は「おかしくない」と答えています。「漢語+する」という動詞は,漢語の部分と「する」の部分との結び付きがやや緩く,「注意をする」のように格助詞「を」を挟むこともあります。その「を」は,話し言葉ではしばしば省略されます。「おかしくない」と答えた人は,「注意」に「ご」を付けて丁寧な形にした上で,「御注意+(を)+する」という意識を持って使っている可能性があります。しかしこれは,謙譲語Ⅰの「御案内する」などの「ご〜する」と同じ形になってしまいます。「ご」を付けたばかりに誤用となったわけです。次の「御利用できません」も同様の原理で謙譲語Ⅰと同じ形になる誤用ですが,3人に2人は「おかしくない」と答えています。
「お求めやすい」は「お求めになりやすい」の誤用ですが,かなり一般化していることが分かります。形容詞「安い」を「お安い」とできることから,「求めやすい」に単純に「お」を付けたのでしょうが,こうした形は本来存在しません。「お求めになりやすい」という語形が長いことも,「お求めやすい」を容認する要因となっていると考えられます。

(尾崎喜光)