問6

社会に出たときに備えて学校の中で生徒たちに敬語を身に付けさせるにはどのような方法が有効ですか。また,「敬語の指針」はどう役に立ちますか。

今,学校での敬語学習は?

現在,敬語の学習は,学習指導要領・国語「言語事項」に示された内容に基づき,小学校,中学校,高等学校のそれぞれの発達段階に応じて行われています。
中学校では,小学校で学習した内容や,日常生活で経験的,継続的に学習してきた個別的な知識を整理して体系付け,敬語の決まりとして改めて理解させたり,認識を深めさせたりして,相手や場面に応じた敬語の適切な使い方ができるよう学習することになっています。国語の授業時数としては少なく,2年生又は3年生で2時間から3時間を充てるのが一般的です。もちろん,「言語事項」での学習と関連させながら「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の各領域で学習を補ったり発展させたりの指導の工夫をしていますし,他の教科や様々な教育活動を展開する中でも敬語の指導の充実に努めてはいます。しかし,敬語を使いこなす力を付けるにはまだ十分とは言えません。

敬語に親しむ言語環境が乏しい

学校で知識として学んでも,それを生かし,使い慣れる言語環境が学校外で乏しいことが,十分な定着を図れない一つの理由です。
子供たち自身が敬語を使う機会が少ないだけでなく,家庭や地域で大人の中に敬語を正しく使っているモデルも見付けにくくなっています。例えば,携帯電話の普及は,かつては電話の取次ぎ役であった大人との会話を奪い,核家族化など暮らしのスタイルの変化も,多様な人間関係の中で言葉遣いに配慮する習慣を薄れさせたと思うのです。子供たちが好むテレビ番組も,敬語使用の手本となるものは少ないような気がします。こうした言語環境の変化が,敬語の学習に大きな影響を及ぼしていると考えています。

学校での敬語学習がより重要

こうした背景を考えると,なおのこと学校教育における敬語学習は重要になってきます。具体的に考えてみましょう。

国語科における学習

敬語の種類や性質を形式的に覚えさせるのではなく,生徒自身の言語生活と結び付けて「敬語」の働きや必要性に気付かせ敬語学習への意欲を持たせることが大切です。
敬語の学習では,学校や社会生活の一場面をイメージしたワークシートの活用が一般的ですが,生徒が敬語をどう感じているか,その生の声を教材とすることも効果的です。
「敬語は面倒だし,人間関係をよそよそしくするから使う必要がない」という生徒がいる反面「高校生になると,部活動で上級生に敬語を使わないとボールにさわらせてくれないと聞いたので,今から敬語に使い慣れるようにしたい」と,極めて具体的な理由で敬語が必要だと考える生徒もいます。こんな意見をもとに,具体的に学校生活の中でどんな敬語が使われ,どう役立ち,使わないと不利益がどんな面であるのかなどを考えさせ,友人や先輩との関係に極めて敏感な中学生の,敬語への関心を持たせる契機としたり,自分自身が使った敬語や周囲で耳にした敬語を「敬語日記」の形で書き留めさせたりすることも敬語を意識化する学習として考えられます。また,ビデオの活用で,言葉を使用する場の状況や話し手,聞き手の表情,態度なども含めて,適切なコミュニケーションの在り方を考えさせるなど,実際の言語生活と結び付いた学習の工夫が求められています。

教育活動全体で取り組む指導

(1)言語環境を整える

教師の言葉遣いは生徒にとって大切な言語環境です。様々な場面での先生との対話や会話から,生徒は敬語を含む敬意表現について学んでいるのです。時には生徒との人間関係を築くために,教師もくだけた言葉遣いをし,生徒のぞんざいな言葉遣いも認めるという配慮が必要な場合もあります。しかし,基本的な言葉遣いのルールは学校全体で明確にしておくべきです。掲示物や「学校便り」などの通信における言語表現に注意していくことも大切なことだと思います。
また,言葉遣いは毎日の習慣ですから,家庭との連携も大事です。今回の調査で「言葉遣いについて注意されたことがありますか」と質問したところ,「ある」と答えたのは,男子生徒の約3割,女子生徒の4割にすぎませんでした。中には「うざい」「きもい」「死ね」など人に不快感を与える言葉を口にしていたり,「食べる」を「食う」と日常的に使っていたりして注意されたという生徒もいて,敬語以前の言語生活の実態も見受けられます。繰り返し注意されることで言葉遣いを意識するようになったと答えた生徒も多いのです。正しい言葉遣いの習慣を付けるための家庭への働き掛けが必要であると思います。

(2)各教科や様々な教育活動で敬語の習熟を図る

国語科での学習を補い,学んだ知識を生かすことのできる教育活動を意図的,計画的に設定して,目的意識を持って敬語を使い,習熟を図る機会を増やすことが,今,最も必要であると思います。
まず,各教科,道徳,総合的な学習の時間での指導を充実します。授業中の発言の仕方,学習のまとめや発表などの改まった場面での話し方など,いわゆるパブリックスピーキングといわれる話し方を国語科と連携しながら徹底して指導し,定着を目指します。
次に,明確な相手意識,場面意識が働き,効果的な学習が期待できる活動を計画的に設定します。例えば中学校3年生の,入試に備えての面接練習を行う場合は,学校の先生だけでなく地域の方々に面接官を依頼したり,国語科の敬語の授業をこの時期に設定し,敬語の知識の理解と定着を深めるための学習として位置付けるなどの工夫ができます。また,様々な人間関係や多様なコミュニケーションの在り方を学習できる職業体験などへの取組に際し,手紙や電話での依頼を実際に行うことも,生徒が意欲的に取り組む敬語の実践学習になります。
これまでも多くの学校で取り組んできたことですが,国語科の指導とのかかわりを持たせながら,様々な活動を,敬語に使い慣れるという視点で教育計画全体の中に意図的に設定し,繰り返して学習させることが,社会に出たときに備えての敬語学習として有効な方法であると考えます。

「敬語の指針」はこう役立てたい

敬語の意義や重要性をしっかりと認識していないと,敬語の種類を暗記するなど,とかく知識重視の指導に流れてしまいます。しかし,それでは,生活に生きる敬語の力を身に付けさせることはできません。
まずは敬語や敬語学習の意義を,教える側もしっかりと確認し,生徒に分かりやすく伝えられる準備をしておくことが必要です。その段階で,「敬語の指針」に目を通しておくと,敬語についての考え方が指導する側にもすっきりと整理され,分かりやすい指導につなげられると考えます。
「敬語の指針」では「第1章 敬語についての考え方」において,敬語は人と人との間の関係を表現するものであり,社会生活において,人と人が言語コミュニケーションを円滑に行い,確かな人間関係を築いていくために,現在も,将来にわたっても敬語の重要性は変わらないという基本的な認識を示し,「相互尊重」「自己表現」というキーワードで敬語の使い方を説明しています。敬語学習の本質に触れるところであり,是非目を通しておきたい部分です。
さらに,具体的な敬語の使用について大人でも迷うことの多い問題については「Q&A」方式の分かりやすい解説があります。
「第3章 敬語の具体的な使い方」では,必要に応じて,「解説1」で敬語の使い方を端的に述べ「解説2」以下で具体的な敬語に関する基本的な考え方などを説明するという二段構えの解説になっています。必要な部分だけ拾い読みもできるので活用しやすいのではないでしょうか。また,選択授業などでは,生徒自身が「敬語の指針」を活用して日常生活の中で疑問に思っているような敬語に関する問題を解決したり,理解を深めていったりする学習に取り組むことも考えられ,様々な形で指導に効果的に活用できると思います。

(松村由紀子)