問15

このごろ,手書きでメモや日記を書いていて,知っているはずの漢字をど忘れして書けないということが多くなったような気がします。やはり普段パソコンを使っているのが原因でしょうか。

一種の「定説」化

「現代人はパソコンのせいで漢字を忘れるようになった,書けなくなってしまった」という嘆きは近年非常によく聞かれ,一種の「通説」,あるいはそれを通り越して「定説」に近くなっている感があります。
平成14(2002)年1月に読売新聞社が行った調査によると,パソコン・ワープロの影響として「漢字を忘れるようになった」を挙げた人が全体では52%,これらの機器を使うことが「よくある」人では70%に上っています(『読売新聞』同年1月31日付)。
また文化庁国語課による,平成15年度「国語に関する世論調査」(2004年1〜2月実施)では,次のような結果が出ています。
まず「パソコンや携帯電話といった情報機器の普及による言葉遣いへの影響があるか」との問に対し約8割が「あると思う」と答えました。さらに,「あると思う」と答えた人への,「どのような形で影響があると思うか」という問に対する回答の1位は,「漢字が書けなくなる」で6割,となっています。

ど忘れとパソコンは無関係?

しかしこれらの意見に異を唱えるのが,京都大学教授の阿辻哲次氏です(「パソコンと漢字の『ど忘れ』」(『月刊しにか』2003年9月号,大修館書店))。

阿辻氏は,「パソコンなど見たこともなかった」自身の父親がよく漢字をど忘れしていた例を引きながら,次のように述べます。

一部の「文章のプロ」や筆まめな人を除き,かつての日本人は自分で文章を書くということはほとんどなかった。しかしコンピュータの普及,さらに携帯電話による電子メールの流行により,日常的に文章を書く人が急増した。そのような人が,辞書が内蔵された機械を使っている限りはど忘れが起こることはないが,いざ手で書かねばならなくなったときには,ど忘れが起きる。しかしそれは機械のせいではなく,手で文章を書くことの少ない人には,いつの時代でも起きていたことなのだ……(以上,新野による要約)。

要するに,今も昔も一般的な日本人は手で文章を書く機会が少ないという点では大差なく,そのような人には今も昔も同じようにど忘れが起きてきたのだ,ということです。
確かに,パソコンを日ごろ使っている人がたまの手書きの際にある字が出てこなかったからといって,その人がずっとパソコンと無縁の生活をしてきたとしたらその字が書けたはずだ,とは言い切れません。
阿辻氏の説は斬新ですが,その一方で氏は,「これ(ど忘れ:新野注)を避けるためには,たくさんの漢字を日常的に手で書くことしかないだろう」と,解決策については「通説」に寄り添った意見を述べています。
結局,今回の問への答としては,同様にIT化の進行に伴いしばしば言われるようになった「ゲームのせいでキレる子どもが増えた」「ケータイ,インターネットのせいで人と人とのつながりが弱くなった」といった「通説」と同様に,「そのように主張する人が少なからずおり,一部では『定説』のように考えられているのは事実だが,因果関係が客観的に証明されているとは言えない」というのが現時点での結論と言えます。

(新野直哉)