研究班1:日本語観国際センサスの実施と行動計量学的研究
江川 清(国立国語研究所)
研究班1では,日本を含む諸国で日本語がどの程度,またどのような形で使用されているか,さらには日本・日本人・日本語が世界からどのように見られているかを明らかにするために,「日本語観国際センサス」と称する調査研究を中核に,各種の事例研究を行ってきた。
1. 日本語観国際センサス
1.1. 目的・意義
本調査研究は,①各国の人々の日本語観(日本語の使用状況を含めての日本語イメージ)について,②さまざまな社会・言語状況にある数多くの国々(地域)の人々を対象として,③統計理論に基づく社会調査を基とした調査を実施する,ことで得られる客観的な資料をもとに,今後の日本語の(地位の)予測を行うとともに言語政策立案のための基礎資料を得ようとするものである。
1.2. 調査方法・調査項目
調査は,日本を含む28の国・地域で,15~69歳の一般国民から無作為に抽出された各国約1,000名(日本と中国は各3,000名),総計32,500余名に対してほぼ同一の調査票を基とする個別面接調査法によって実施された。調査票は,①言語環境(母語・使用言語等),②母語イメージ,③コミュニケーション言語(後述1.3.1.),④外国語(意識・能力),⑤英語(イメージ・能力),⑥日本語学習,⑦日本語イメージ,⑧日本イメージ,⑨日本人イメージ,⑩価値観,および⑪フェース項目からなっている(ただし,日本国内調査は他と異なる部分が多い)。なお,本調査は1996~98の3年度にかけて実施された。
1.3. 調査結果
「日本語観国際センサス」は,調査法を統一して実施した調査研究としては,言語調査はもとより,他でも類例を見ないほど大規模なものである。そのため,予想以上にデータ整理に時間がかかっており,現時点では暫定的な結果を公表するにとどまっている。以下,次の2項についての結果を紹介する。
1.3.1. 世界のコミュニケーション言語
「今後の世界のコミュニケーション言語として何語が必要になるか」という設問がある(複数回答)。結果は,予想どおり,「英語」がどの国でも圧倒的多数を占めている。その他の言語についてみてみると,ドイツやフランスのように自国語を第2位にあげるものや,アメリカでのスペイン語またハンガリーでのドイツ語のように当該国の事情を反映しているものの支持率が高い,といったタイプもみられる。また,「日本語」は,非英語圏では韓国,中国,台湾などの東アジア,英語圏ではオーストラリア,アメリカ,シンガポール,といったところでの支持率が比較的高くなっている。大雑把に言えば,環太平洋諸国での重要なコミュニケーション言語と認知されているようである。なお,具体的な数値については,『日本語学』の1999年4月号(18巻4号)の15ページを参照されたい。
1.3.2. 日本語学習
日本語の学習については,経験の有無,将来の意向,学習動機などいくつかの質問を行っている。日本語学習経験の有無では,上記の設問の結果とほぼ平行的な関係となっており,韓国,台湾,中国の東アジア勢と,オーストラリア,シンガポール,アメリカの英語圏が,やはり一定以上の率を占めている。一方,ヨーロッパ諸国や,日本からの移民が多い南米の国々でも日本語学習経験者は皆無に近い。日本語学習の動機についてみると,そういった事情とも関連するかと思えば,そうではない側面をもっている。詳細な分析はこれからのことであるが,おおむね,日本語はアジア地域では実用的側面から関心がもたれており,ヨーロッパでは教養的側面からの関心が強いといえそうである。
1.4. 主要国事例調査
日本語観国際センサスは,数多くの国で比較対照することに主眼があり,共通の調査票を使用している。そのため,調査対象国ごとの事情は無視せざるをえない面が多々ある。また,各国での調査対象者数にも制限があるため,層別等の分析に耐えないきらいがある。そこで,これを補うために「主要国事例調査」と呼ぶ諸種の調査を行っている。具体的には,中国や韓国で各層を対象に実施した一連の調査,アメリカ・ドイツ・韓国・台湾での大学生調査などである。また,長野オリンピックに関連して実施した『長野オリンピックがもたらす国際化のアセスメント』(平成10年度成果報告書)もこれに相当する。
1.5. 今後の課題
日本語観国際センサスの各国データの解釈にはむずかしい問題が山積している。各国の言語と文化のネイティブである研究者と共同し,必要に応じて補足調査を行いつつ分析していく必要がある(東アジア地域について一部開始している)。
今回の調査で得られた結果は,調査の質量ともに有用なもので,多分野に対して公開すべき義務を有しているといえる。そのためには,各国毎のデータを「統一ファイル」化したり,統計情報の追加などのデータ整備作業を行う必要がある。
2. メディア調査ほか
2.1. マスメディアにおける日本語の使用実態調査
これには,日本国内に滞在する外国人留学生および社会人に対するグループインタビューと,海外の邦字新聞を中心とする海外メディアに現れた日本語に関する調査研究とが含まれている。『海外マスメディア広告における日本語研究会報告書』『北米日系人社会と日本語新聞』(いずれも10年度報告書)などがそうである。
2.2. 情報弱者支援のための実用的研究
新プロ「日本語」の初年度末に阪神淡路大震災が発生した。被災者の中に非日本語・非英語母語話者である外国人が数多く含まれていた。そこで,言語研究者として何ができるかという問題意識から本研究が発足した。『災害時に使う外国人のための日本語案文』がその成果の一部である。
2.3. 言語政策研究会
全14回の研究会を開催し,『世界の言語問題』1~3として公表してきた。新プロ終了後は国立国語研究所の業務の1つとして継続することとなった。
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