研究班2
「言語事象を中心とする我が国をとりまく文化摩擦の研究」


健一郎
(東京大学教養学部教授)

海外に駐在している日本企業の社員とその家族は,日本の新聞を読み,日本のテレビ(ビデ オ)を観て暮らしているといわれます(もちろん,それだけではないでしようが)。ー方, 外国で暮らし,「日本人なのに」その国の言葉で小説を書いて,高く評価される人も現れま した。長い外国生活の体験と,その時の言語経験をもとに小説を書く日本人作家も珍しくは ありません。日本の大学では,留学生が増え,中には自国語よりも日本語を使って国際的に 発言していきたいという留学生もいます。自然科学では,英語が研究・教育の国際語とみな されているようですが,アジア諸国からの留学生が多い日本の大学における,人文,社会科 学分野の国際語は日本語ではないかともいわれるようになっています。他方,同じキャンバ スに,日本語で自己表現するのにまだ困難を感じる「帰国子女」もいます。
これらは,すべて国際交通通信手段(国際コミュニケーション手段)の飛躍的な発達がもた らした現象で,また,国際化(グローバライゼーション)と呼ばれる現象の一部をなす現象 です。まだいささか混沌としてはいますが,近代から現代へ移行しつつある国際社会の中で ,言語と国際社会の関わり方も大きく変わりつつあるように思われます。「メルティング・ ポット」といわれていたアメリカ社会の中で,英語をしゃべらずとも,スペイン語や韓国語 だけで暮らしていけるエスニック・コミュニティーができているという事実がこうした歴史 的な変化を代表しています。
要するに,今私たちをとりまいている言語状況は「多言語状況」と呼ぶべき状況です。社会 的にそうであるぱかりでなく,1人の人間の脳の中も「多言語状況」を呈しているというこ とができるでしょう。そうした状況の中で,日本語は,これまでの姿のままに国際語となり つつあるというよりは,日本語自体が国際化の環境の中で変わりつつあります。たとえば, 留学生に理解できるように話している時の日本語は,今まで日本人同士で話していた日本語 とはかなり違うはずです。日本語が国際語たりうるとすれぱ,その1つの可能性は,異なる 文化を持った話し相手を見ながら,多少とも意識化して話す時の日本語にあるのではないか と思います。
研究班2の研究分担者は,物理的に国語研(国立国語研究所)グループと東大駒場(東京大 学教養学部)グループとに分かれますが,国語研グループは,これまで研究調査を積み重ね てきた異文化間コミュニケーションの場(たとえば,在日外国人労働者と彼らを囲む日本人 との間のコミュニケーション)における日本語の実態に関する実証的研究を,今回の計画研 究で飛躍的に発展させ,東大駒場グループは,社会次元と個人次元の多言語状況についての 理論的考察を,歴史的な視野や国際関係論的な視野の中でまとめていく予定です。


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