新プロ「国際社会における日本語についての総合的研究」の出発に際して
水谷 修(国立国語研究所長)
日本語を言語学的な立場からだけではなく,杜会学的・心理学的な視点,生理学的な観点,
理科や数学の教育的立場に立って追究する試みは,実は過去にもしばしば試みられてきた。
1977年に開始され,7年間にわたって継続された特定研究「言語」のプロジェクトは,
その最も大きなもののひとつであった。自然科学の研究者から,「言語」の研究が,自然科
学教育を適切に行うためには不可欠だという認識が示され,人文系の研究者との提携による
総合的な研究活動が展開された。
それから約17年後の今日,学問研究の領域を越えて行う言語の研究の必要性はより高くな ってきている。特に,国際化・情報化の進展は,言語が社会活動の中で果たす役割の重要性 をより大きなものとしている。1992年,国語審議会も問題の重要性に応ずるべく,従来 の表記中心の審議内容から転換し,日本語使用の問題を,より広い立場から取り上げること となった。 新プログラム研究「国際社会における日本語についての総合的研究」は,このような激変す る社会状況の中で果たす日本語の役割や機能を,より総合的な視点に立って把握するという 使命を担って発足した。 日本語は国際的な共通語となり得るかとか,今日日本語に起こっている変化は放置しておい て良いのだろうか,などという議論も多く行われているが,残念なことに我々は,そのよう な議論を進めるための充分且つ客観的な情報を持ち合わせていない。 日本語教育が盛んに行われ,日本語を使う人々が世界の中で急増したということが言われる 。確かに日本語が日本人だけのものではなくなり始めたことは事実ではあるが,実際にどの ような形で,また,どのような理由で世界の人々に日本語が受け入れられているのか,その 現実把握についてさえ,ほとんど情報はない。 |
その情報を的確に把握していくためには,慎重に準備された計画に基づいた実態調査を実施
するとともに,日本語がコミュニケーション上で果たしている役割や機能を,言語学以外の
研究領域との結ぴつきの中で解明していかなければならない。社会生活,研究・教育活動の
中での言語の役割を明らかにするための日本語の研究は,言語に関する研究の新しい展開を
必要とする。
解明を急がなけれぱならない研究のテーマは限りなく広がっているが,この新プログラム研 究「国際社会における日本語についての総合的研究」に与えられる期間は5年間であり,焦 点を明確にしておく必要もある。 将来の新しい日本語研究を発展させる基盤とするために,まず,国際化する日本語の実態を 国内と国外の両者について,少しでも多くの事実に関する情報を掌握し,また,そのための 手法を確立すること―日本語国際センサスの実施と行動計量学的研究―を縦の柱とし,言語 を軸とした文化摩擦の研究,日本語そのものの特性の解明を目指す実験言語学的研究,通訳 ・翻訳・情報発信・言語教育の統合的研究等を横に組み合わせ,限界を明確に意識しながら ,確実な成果を得ようと企図している。 このプロジェクトが成立するに際しては,実に多くの方々の激励を賜った。心から感謝申し 上げなければならないが,一方で,それらの方々やさまざまな学問領域からの期待に応える ためには,並々ならぬ努力が求められるに違いない。研究構成メンバー全員が力をあわせて 素晴らしい成果を挙げられるよう,心から願わずにはいられない。 |