本研究は,文字言語研究(賀集チーム),音声言語研究(鮎澤チーム),計算機実験研究(中野チーム)の3つの柱を立てる。実験言語学的手法および認知科学的手法を援用して,日本語文字・音声の言語的特性の一層の解明を目指すとともに,日本語文字・音声と人間の言語認知過程の関係についての比較文化研究を進める。特に,アルファベット文化圏の言語を母語とする被験者と日本語を母語とする被験者の認知過程を比較することによって,日本語表記・音声体系が人間の高次認知機能に及ぼす影響を究明する。
文字言語研究 人間が文字言語を認知する際のメカニズムを解明するための心理実験を行い,説明モデルを作成する。特に,外国人被験者(日本語学習者)と日本人被験者の認知過程を対照することによって,日本語表記が人間の言語認知に及ぼす影響を究明する。また,日本語文字を研究対象とする心理言語学・言語心理学・言語病理学等諸科学の研究成果に関する文献目録を作成し,研究の現状を概観する。
本研究においては,現在の日本語教育において最も緊急な課題となっている韻律教育のための韻律教育教材・教授法の開発を主目的とする。開発しようとする韻律教育教材は音声・画像・映像を取り込んだマルチメディア・プログラムである。プログラムは学習者が日本語の韻律を自主的に習得するのを支援するためのものである。プログラム開発には以下のような部分が含まれる。
- (1) 母語別傾向の調査研究
- 日本語の韻律習得については,学習者の母語の韻律特徴が大きく影響する。学習者の母語によって,日本語の韻律特徴の知覚・生成にどのような傾向が見られるかを調査し,韻律教育のターゲットを明確化することで,効率的なプログラムを作成することができる。
アクセント,イントネーションの知覚については「東京語アクセントの聞き取りテスト」により母語別傾向を調査する。生成面での母語の影響を調べるためには,学習者の日本語発話の韻律特徴,学習者の母語の韻律特徴についてのこれまでの研究成果をまとめ,まだ研究がなされていない言語については,その研究を進める。学習者の母語別ばかりではなく,日本語韻律特徴がどのような順に習得されるか,習得度別の研究も進める。
- (2)韻律特徴習得プログラム作成
- 韻律習得には,知覚と生成の両側面があり,プログラムもそれぞれに対応したものとする。すなわち,韻律の知覚能力育成プログラムと生成能力育成プログラムである。
- 1.韻律の知覚能力育成プログラム
- 韻律の知覚能力育成プログラムはマッキントシュの基本的なソフトであるHyper Cardによるプログラムを計画している。音声刺激に対し,学習者は画面上の回答を選択し,その回答に対するフィードバックが得られるようにする。
- 2.韻律の生成能力育成プログラム
- このプログラムでは,学習者の音声を収録し,韻律特徴を分析し,モデルの音声の韻律特徴と対照させて,その逸脱を判定し,必要な修正を提示する。韻律特徴のパラメーターは,ピッチ,持続時間,強さである。このプログラムは,フランス国立科学研究センター(CNRS)音声研究所において開発され,ワークステーションで稼働しているが,それをマッキントシュで稼働できるようにし,韻律教育ソフトとして一般の学習者が利用できるように改造する。
- (3)アクセント,イントネーション以外についての研究
- 日本語の韻律のうち,アクセント,イントネーション以外については,まだ研究が十分進んでいないが,音声言語によるコミュニケーションにおいては,発話のリズム,非言語的要因のジェスチャーや表情,韻律と発話場面との関係等が重要な要因であり,これらも,韻律教育プログラムに取り込んでいく必要がある。そのため,当面これらについての基礎研究を進め,将来その成果を日本語韻律教育プログラムに取り入れる。
- (4)韻律の逸脱に対する評価研究
- 日本語学習者の発話中の韻律が,規範的な韻律とどのような点で,どのぐらい逸脱した場合に,日本語母語話者はどのような評価をするのか。特に,マイナス評価を受ける逸脱,誤解の原因になる逸脱の特徴について明かにする必要がある。その結果によって,韻律特徴別に習得の必要度を明かにする。
- (5) インターアクションの研究
- 学習者が音声言語習得のストラテジー,日本語教師の役割,特に,学習者の日本語韻律習得における役割についての研究を行う。学習者が日本語の韻律を習得しようという気持ちになるのはどのような場合か,日本語教師はどのようにして,そのようなきっかけ作ることができるか,どのように支援できるかなどの研究を行う。このプログラムが利用されるためには,学習者がその気になることが肝心であるが,その気を起こさせるために教師はどうしたらよいかを明かにする。
ワープロによって作られる日本語は漢字含有率が高い,同音語のまちがいがある,表記が統一されていない,冗長であるなどの指摘がある。また,機械翻訳によって作られる日本語・英語は逐語訳であり,もとの意味がわかっていないと理解できない,原語の影響が大きいなど,自然な表記・表現ではないという問題がある。これらを,自然な表記・表現とするための基礎的研究を行う。
具体的には,以下の3つの部分によって研究をすすめる。
また,本研究の目標および学問的意義は次の通りである。言語学に実験的研究法を導入し,実験言語学の成立をめざす。(1) は,実験レベルまで完成させ,表記研究に新しい研究法を提案する。(2),(3)は,言語学の分野での基礎的研究である。
- (1) 電子計算機による日本語表記の変換実験
- (2) 日英・日中両語の翻訳分析にもとづいた計算機による修正実験
- (3) 日英・日中翻訳における訳語選択・省略照応研究による機械翻訳の高度化実験
本研究は,電子計算機による日本語表記の変換実験を主体とする。日本語での表記を変換するには,単に文字や語彙レベルでの処理にとどまらず,文・文章・言語行動レベルでの処理を組込む必要がある。外国人にとって,日本語への翻訳で自然な日本語表記を作るのは難しい問題である。機械翻訳でもこれまでこの種の問題は重要視されなかった。これらは計算機による情報交換の重要性が増える現代社会において,解決しなければならない問題である。