米国における日本語教育の現状および学習者動機について

メリーランド大学 リンゼー・アムソール・四倉


リンゼー・アムソール・四倉氏

 この報告を準備しながら常に感じたのは,日本語の学習者としての立場は一生続くことです。従ってどうか,私のつたない日本語をお許しください。おおざっぱに描こうとする概念が通じれば幸いです。ちょっと長めの発表になると思いますので,申し訳ございませんがご質問がありましたらパネルディスカッションの方にお願いします。
 今日お話ししたいのは米国における現在の日本語教育事情の要約です。当然時間が限られているため,この分野でもっとも重要な課題に触れることしかできません。今日環太平洋地域の各国からいらしている研究者のみなさんのそれぞれのご報告と共通点があれば後ほどのパネルディスカッションでその議論を続けたいと思います。特に現在,毎日教室でおきている問題点をどう解決するか一緒に考えてみたいと思います。この報告の要旨は次の通りです。まずは最近の米国の小・中・高等学校,及び短期大学・大学・大学院の日本語の授業の登録者数を示します。ほとんどのデータは1998年までのものなのですが,高等学校からのものは2000年のものもあります。お手元のハンドアウトの4ページ,5ページにはみなさまが比較できるようスペイン語,フランス語,ドイツ語とイタリア語の数に対してあんまり教えられていない言語,いわゆる Less Commonly Taught Languages (LCTL) の言語も,つまり中国語,日本語,韓国語とロシア語の数が含まれています。あいにくインドネシア語の数は点に入りませんでした。そのあと米国の最近の学習者のグループの変化と学習背景の変化を説明したいと思います。ここ10年ほどの間に学習者それぞれの言語背景,文化背景は非常に多様化しつつあります。今日特に強調したいのは,変わりつつある学生と変わりつつあるニーズに応じて教師側の教授法,評価の仕方,教材と外国語習得環境,つまり Foreign Language Learning Environment といいますが,などの技術面も見直す必要があるのではないかと思います。さらにもう一つ,最近アメリカ人は日本人の大衆文化,いわゆる Pop Culture,つまり漫画,アニメ,テレビ番組などから強い刺激を受けてそれが日本語の勉強のきっかけになっているということです。それでは,初等教育の日本語の学習者数から始めましょう。アメリカの教育制度では小学校というのは1年生から5年生までです。このレベルでは日本語のプログラムは3つの種類があります。一つは Foreign Language in Elementary Schools,つまり FLES (フレス) といい,1週間に60分以上の日本語の授業があります。フレスのプログラムでは比較的語学のスキルが強調されています。2つめの種類は Foreign Language Experience,つまり FLEX (フレックス) といい,日本語の授業は一週間に60分以下です。フレックスでは語学のスキルより日本文化が強調されています。最後の3つめの種類は Immersion (イマーション) であり,毎日の授業の総合時間の半分以上は日本語で教えられています。教授法は内容重視,いわゆる Contents Based です。1990年の報告からの学習者数をみますと,小学校レベルでは1998年に全国に141校で日本語のプログラムがあるという数字があります。そのうち75校つまり半分以上はフレスであり,45校はフレックスの制度でした。残りはイマーションまたは教授法不明です。制度的には小学校での日本語プログラムのほとんどは西海岸か東海岸にあり,高校の方でも同じ傾向が現れています。歴史的にこの初等教育のプログラム数を考慮に入れますと1992年に全国では43校しかありませんでしたが,次の2年で50%ほど増加し,1994年までには68校になりました。4年後約2倍に増加し,先ほど述べた141プログラムになりました。それから学習者数からいいますと,1992年に7,457人の小学生が日本語のクラスを受けていて,1994年に7,033人に減り,そして1998年には27,563人に増加しました。次は中等教育です。アメリカでは中学校というのはふつう6年生,7年生と8年生ですが,○○2000年の学習者の数の報告では7年生と8年生のデータしかありません。それによりますと,2000年の秋,全米での日本語のクラスを受けている7年生は935人であり8年生は727人でした。レベル別のデータを提出しなかった中学校もありましたので,その学校からの合計1,350人を加えますと学習者の合計は3,012人になります。しかし西海岸北西部のアラスカ,オレゴンとワシントン州の学校は今回のアンケートに参加していないためこの合計の数字は割と低いという可能性もあります。その地域の日本語のプログラムは長い歴史を持ち,学習者の数は多いと考えられるからです。他の言語のプログラムの場合にもどうも最近中等レベルから学習者数を確かめるのが難しくなってきているらしいです。その結果現在このレベルの日本語教育の状況を正確に把握することはますます難しくなってきました。しかしおおざっぱにこの中等レベルの数をみて一つ明らかなことはスペイン語のトップの地位なのです。特にアメリカでは母国語話者のためのスペイン語の授業,つまり Spanish for Native Speakers,または SNS が増えています。次に高等学校の方,つまり9年生から12年生までのレベルでは日本語の学習者数は少なくとも50,884人です。ただこのレベルでもスペイン語の登録者数は他の言語を引き離しています。要するに中等レベルではスペイン語の登録者数は合計の70%近くに及んでいます。フランス語はその次なのですが18.3%だけですので遙か遠くの2番目の地位ということになります。その下の順位は,ドイツ語4.8%,ラテン語2.7%,イタリア語1.1%,そしてやっと日本語,0.8%です。ただここにもデータ不足であるため本当の地位は違うかもしれません。次は高等教育のレベルです。現在の事情は中等と同じくスペイン語がトップで,その次はフランス語,イタリア語,ドイツ語それから日本語です。しかし現代言語学会,英語で言いますとMLAからの数字を見ますと,ここ40年ほどの間日本語の学習者の数は不安定です。まず1960年と1970年の間に日本語を勉強している学生数は279%増加しました。なぜかと言いますと一つの理由はそのころの学生の学習動機です。仏教,美術,文学などの分野に強い興味を抱いていたようです。そのほかに1958年のスプートニク・ショックに対して国家安全保障教育法,つまり英語で言いますと,National Security Education Act が成立し,その予算から様々な奨学金と助成金が作られました。例えば,学部生のための奨学金があり,先ほどのあまり教えられていない言語,LCTL を専門にしていた大学院生の奨学金もあり,それから日本語教育のプログラムを設けるための助成金もできました。この豊かな時代を語学学習と地域研究の助成金の黄金時代,The Golden Age of Financial Aid for Language Study and Area Study とウィスコンシン大学の三浦あきら教授が呼んでいます。1970年と1980年の間,日本語の学習者の数はまた増加しましたが,74%という比較的おとなしい数字でした。それから1980年と1990年の間学習者の数は300%という驚くべき率で増加しました。ご存じの通り,この日本語のブームという期間は日本のバブル経済と深い関係がありました。つまり,日本経済の発展により将来子供が日本語ができると就職に有利であろうという親の意識,あるいは学生の意識が反映していたことは疑いのないところである。と,カリフォルニア大学ロングビーチ校の片岡ひろこ教授がこの期間について指摘しています。この点で興味深いのは横浜にあるアメリカ・カナダ大学連合日本研究センターの学習者動機についての長期アンケートの結果です。それによると1961年と1979年の間に同センターで研究していた大学院生の49%が大学の教員になりたいと答え,ビジネス関係の動機は47%しかありませんでした。しかし1980年と1986年の間には正反対の結果が出ており,今度は大学院生の14%が大学の教員になりたいと答えていますが,50%がビジネス関係の機関で働くつもりでいると答えています。1990年代の前半にバブルがはじけ,その後アメリカでは不景気のせいで大学の日本語の学習者の数が35年ぶりに減少しました。ただ他の言語の学習者の数も同時に減りましたので,日本語の初めて言語プログラムの中で第4位になりました。もちろんスペイン語が第1位で,それからフランス語とドイツ語,ただし1995年と1998年の間には日本語の数が3.5%減り,第5位に下がりました。最近の登録者の減少は先程述べたように部分的に不景気の反映です。私立大学も州立大学も収入と資金が徐々に減ってきて比較的小さな日本語のプログラムは特に予算の削減に弱いので影響を受けました。別の言い方をすると日本語の授業を教えている教師のかなり多くはパートタイムかアジャント (adjunct) の地位で1年契約という形も少なくありません。その結果,不景気の時にはその契約がしばしば更新されないのでプログラムの提供できる授業の数も減ってしまいます。その上授業のセクションのサイズも外部内で議論になり,10人か15人の制限は維持しにくくなります。特にスペイン語などの広く教えられている言語 Commonly Taught Languages の初・中級レベルのセクションは普段25人ぐらいという少し多い数なので,日本語も同じにしたらどうかというプレッシャーがよく感じられます。学習者の数がかなり減ってきますので同じレベルで多セクションを提供しにくくなります。それからうちのメリーランド大学のプログラムでのもう一つの問題は,学部生のプログラムしかありませんので,TA を雇えないためスタッフの数が他のプログラムと比べて少ないのです。一方スペイン語の方は大学院プログラムもありますし,学部生の学習者の数も多いので不景気の時でも何とかなります。英語母国語話者の学習者にとっては,スペイン語は割と習得しやすいですが,このグループの学習者にとって日本語を教えるのには教師対学生率は低い方が有効です。日本語の4スキル,それから敬語もできるようになるためには習得時間をかなり長めにみなくてはいけません。メリーランド大の比較的小さな日本語のセクションを守るために私たち日本語教師が良く理由として口にするのはアメリカの Foreign Service Institute いわゆる FSI の能力レベルスケールということです。そのスケールでは米国で通常教えられているスペイン語,フランス語,ドイツ語とイタリア語はカテゴリー1と呼ばれ LCTL のヘブライ語とロシア語はカテゴリー3であり,それから日本語,中国語,韓国語とアラビア語はカテゴリー4です。このスケールはある仕事上のレベルの能力をめどにし,英語母国語話者にとっては,それぞれの言語を習得するのには何時間かかるかを見積もります。この予算的,標準法的,それから行政上の課題があるとしても,高等教育では日本語の学習者の数はかなり高い方です。特にドイツ語と比べてそう言えます。1990年と1998年の間に日本語の学習者の数は3.5%減りましたがドイツ語の方は7.5%の減少でした。日本はまだ世界の経済大国であるということは当然,この事情に大きい影響を及ぼしています。その結果,最近の学習者の中の数人は毎学期,工学部,ビジネススクールまたはコンピューターサイエンスの学部から私たちの教室に入り,日本語を勉強する動機は将来自分の専門分野と日本語を何かの形で職業で使ってみたいということです。ほかの言語の学習者の数も最近の地政学的現実を反映しています。同じ1995年と1998年の間,中国語の数は7.5%増え,ヘブライ語はなんと20.6%上がりました。イタリア語の数もその間12.6%増加しました。しかしフランス語の方は日本語のように3.1%減りました。それでは実際に教室での状況を見てみましょう。特に米国で最近どのような学習者が日本語の授業を受けているか,それから教師はその学習者の変わりつつあるニーズを満たすためどのような教材や教授法を扱っているのかちょっと話してみたいと思います。前にも述べましたが,ここ10年ほどの間に学習者それぞれの言語背景,文化背景は非常に多様化しつつあります。一番目立つ変化というのはいわゆる漢字圏の国からの学習者の数です。日本でも同じ現象が起こっていると聞いて言います。このグループの学生は将来のキャリアプランからくる動機に加えて,その社会文化背景と言語背景からの動機もあります。アジアの言語を知っているという理由で日本語の勉強が始めやすいということもあります。ですから,私たち教師が将来上級日本語のプログラムを提供する可能性の高いグループです。もし私たちが良い教材や学習環境,財政支援を提供できれば英語母国語話者の日本語教育にかかる時間に比べ効率的にこのグループの学生を訓練できるでしょう。問題は当然,財政支援が通りにくいことです。西海岸,特に北西部のようにいわゆる Heritage Learners,の学習者や漢字圏の学習者を別のクラス分けにできるような場面はまだ少ないです。結果としてこのグループの学生は話し方を中心にする1年生のプログラムに退屈してしまいます。一方で,英語を母国語とする学生のグループは漢字圏の学生の学習スピードについていけず,クラスマネジメントが難しくなることがあります。その上アメリカでは日本語教師がアジアの言語の知識を十分に持っていない場合が多く,その言語間の差異や類似点を効果的に指摘してあげられないわけです。もう一つの重要な点は,最近の学習動機です。多くの学生が漫画やアニメ,コンピューターゲームが好きだから日本語に憧れていると述べています。これ自体は問題ではありません。しかし私の経験では彼らは漫画作品などのそのものの日本語を読んだり理解したりすることに興味があるだけで日本語の高い能力に必要な深い勉強をしようとしません。こういう勉強態度の学生はおおむね成績にあんまり感心なく,C か D でコースをパスしていきます。私の大学では D- 以上成績があれば進級できます。このシステムはまだ変えることができていません。こういう風に広く浅く勉強する学生は漢字をしっかり覚えようとする意志があまりなく,次の試験までしか覚えられないのです。ですから,履修項目が増える3年生に上がるまでに十分な基礎を作ることができません。最近現れている3番目の違いは,大学入学以前にすでに日本語の学習経験のある学生が増えていることです。先ほど申し上げた学習者数でも明らかなように小学校から高等学校までの日本語プログラムの数が増えているためです。しかし学校のある地域によって教材や基準が異なっているので話し言葉と書き言葉のバランスがまちまちです。ですから,私たち日本語の教員にとっては学生の進級の問題がますます重要になっています。つまりどういう風にスムーズに一つのプログラムから別のプログラムに進級させるかがネックになっています。例えば大学の場合で言えば,1年生から始めるか2年生から始めるかという問題です。ここまで話してきた3つの問題について補助教材や学習環境を整備するという提案ができますがそれらは教育的基礎がしっかりしたものであることの上に,①マルチメディア化に配慮されていること,②プログラムの個人化に配慮されていること,③学生の学習スタイルに合わせて内容が多様化であること,が必要です。この傾向はほかの外国語のクラスでも見られます。アメリカでの教授法はかつて教員中心であったのですが,学習多様化に伴って近年は学習者中心の教授法が多く見られるようになってきました。その結果スキルと要因を含む幅という点で教授法,教材,そして学習環境が非常に多様化しています。例えばマルチメディア,双方向的 CD-ROM のプログラム,オンライン教育プログラムなどが盛んになってきています。教員は教材の準備と共有化のための,そして Web CT のような学習環境としてのインターネットの力をうまく使うことを学んでいます。オンライン技術は学習者の能力と達成度を評価するより洗練された道具として開発されています。これはレベル分けのためにも到達度を計るためにも使われています。もちろん話し言葉の能力を測るためにはこれは十分ではありませんが,書き言葉や聴解力を計るのには有効で口答面接と組み合わせることによってより良い効果があるのではないでしょうか。もう一つアメリカで最近見られる変化として,多様化するニーズを満たす留学機会を増やしていることです。つまり基礎レベルは米国で終わらせて上級レベルを学習者に合わせた留学機会で行うというものです。日本語教師協会 (ATJ) は米国外国語センター (NFLC) と協力して,こういう留学プログラムを開発すると同時にその有効性を計るプロジェクトを始めています。せっかく日本に行く機会になるのだから学費に見合った効果があるプログラムにしなくてはいけないというわけです。また,留学にいかない学生に対してもよい教材となるようラングネットという学習者中心の教材を同協会は開発しています。以上話してまいりましたが最初に指摘した3つの課題に対して個人別のマルチメディアプログラムと個人別の留学プログラムが解決のための一つのステップになりそうです。この点については後のほどのパネルディスカッションでもう少しみなさまと議論を深めたいと考えております。みなさま,もし良いご提案がありましたら是非教えていただきたいと思います。今日はどうもありがとうございます。