「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」研究発表会 (2019年11月17日)

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
開催期日
2019年11月17日 (日) 10:00~12:00
開催場所
名古屋学院大学 名古屋キャンパスしろとり (愛知県名古屋市熱田区熱田西町1番25号)
交通アクセス

事前申込み不要,参加には日本言語学会参加費 (一般会員 2,000円,学生会員 1,000円,一般非会員 3,000円,学生非会員 2,000円) が必要です。

ワークショップ : 鹿児島県甑島方言の音声と文法

企画・司会 窪薗 晴夫

[発表1]「甑島方言のアクセント」 窪薗 晴夫

甑島方言は長崎 (市) 方言や鹿児島 (市) 方言と同じく2つのアクセント型 (A型,B型) を持つ二型アクセント体系であるが,そのアクセント体系は本土の姉妹方言とは異なる独自の発達を遂げる一方で,方言内の各集落もまたそれぞれ異なる変化を遂げている。姉妹方言と比べると,モーラを単位としてアクセント (高低の配置) を計算する点において長崎方言と類似する一方で,音節を単位とする鹿児島方言とは異なっている。他方,アクセントを語末から数える点においては鹿児島方言に似ており,語頭から数える長崎方言とは異なる。さらに,アクセントの山 (High tone) が2つ現れる「重起伏」という特徴を持つ点において,いずれの姉妹方言とも異なる。

甑島方言のアクセントについては上村孝二氏が80年前 (昭和12年) に行った調査の記録が残っており,この記述と現在各集落で話されているアクセントの体系を比較することにより,各集落のアクセント体系が過去80年間にどのように変化してきたかをうかがい知ることができる。それらの変化の一つが音節性の発達であり,甑島方言はモーラを基調としながらも音節の役割を拡大してきたことがわかる。さらに時代を遡って推定すると,単起伏体系から重起伏体系が発達した過程も理解できるようになる。このように甑島方言を詳細に分析することにより,九州西南部において音節や重起伏の特徴が発生してきた過程を具体的に推定することができる。

[発表2]「甑島方言のニ格・バ格標示の形容詞」 久保薗 愛

甑島で最も大きな集落で話されている里方言では,感情・感覚の持ち主を表す第一項 (=私,太郎) と,それとは独立した第二項 (=先生,花子) の二つの項をもつ形容詞 (形容動詞を含む) 文において,第二項の格標示にニ格や通常直接目的語を表すバ格が標示される。
例1) ワシャー センセー {ガ / ニ} オトロイカ (私は先生が怖い)
例2) タローワ ハナコ {*ガ / ニ / バ} セワラッシャーシトイ (太郎は花子をうるさがっている)

こうした形容詞の第二項を,直接目的語を表す格でマークする方言は,中央語や現代日本語共通語の他,いくつかの方言が挙げられるが,ニ格でマークする方言は九州・四国・中国地方に分布することが指摘されており,『方言文法全国地図』5図「酒が (好きだ) 」からも「酒が」の部分をニ格で標示する方言が西日本に偏って点在していることが確認できる。

本発表では里方言における形容詞のニ格・バ格標示の条件を,先行研究を踏まえつつ報告する。ニ格・バ格での標示が可能になる条件とは,①独立した二つの項を持つ形容詞に限られる,②二つの項の意味役割が曖昧になる場合にニ格・バ格標示の許容度が上昇するというものである。その上で,第二項の標示にこれらの格が選ばれる要因について,里方言におけるそれぞれの格の機能・分布から考察する。また,ニ格標示される形容詞が西日本に偏在する理由について,格標示の義務性という観点を中心に仮説を提案したい。

[発表3]「九州方言における甑島方言の敬語運用」 酒井 雅史

九州方言では,ゴザルや,せらるる・させらるる系のシャル,なさる系のンシャル・ナハル・ナル・ナス,する・さする系のス・サス・ラス,お~ある系のヤルなど多彩な敬語形式が用いられている (上村孝二 (1983) 「九州方言の概説」 日野資純・飯豊毅一・佐藤亮一編『講座方言学9 九州地方の方言』国書刊行会)。その中にあって甑島方言は,隣接する他の鹿児島方言と同じくヤル・ラルが使用されているが,聞き手に対する待遇を表す対者待遇場面とその場にいない第三者を待遇する第三者待遇場面でその敬語形式をどのように用いるかといった運用は島内で一様ではない。すなわち,対者待遇・第三者待遇ともに敬語形式を使用する里方言,第三者待遇でのみ敬語形式を使用する平良・手打方言,いずれの場面でも敬語形式を使用しない長浜方言というように,地域によって敬語の使い分けの型が異なる。

本発表では,甑島方言の敬語運用について九州方言とのかかわりからその特徴について考察する。具体的には,『方言文法全国地図』第6巻所収の275・276図 (対者待遇場面) と295・296図 (第三者待遇場面) を資料として,九州方言における敬語形式および運用の型の分布を確認し,その特異性について指摘する。そのうえで,甑島方言を含めた九州方言の敬語運用および,甑島方言の九州方言における位置づけについて考察する。

討論者 木部 暢子