「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」研究発表会

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
開催期日
平成30年3月5日 (月) 15:20~18:10
開催場所
早稲田大学 早稲田キャンパス 16号館 405号室 (東京都新宿区西早稲田1-6-1)

事前申し込み不要,参加自由

第13回音韻論フェスタ (2018) プロソディー・セッション

15:20~15:45 「英語の強勢移動 (stress shift) におけるアクセント削除の実験的検証」 古川 慧,広瀬 友紀 (東京大学)

英語において,JApanese TEAchers vs. japaNESE のような強勢の交替は stress shift または rhythm rule と呼ばれる。stress shift を引き起こす要因について,accented syllable の隣接における accent の削除 (Gussenhoven 2005),また phonological phrase における medial accent の削除 (Gussenhoven 2011) など,複数の説明がなされてきた。例えば後者では,accented syllable が隣接する JApaNESE CLIents と,accented syllable が隣接しない JApaNESE caNOES を比較した際,どちらも accent が削除されるため最終音節 NESE に差は予測されない。これは Vogel et al. 1995 の実験結果と一致しないが Tilsen 2012 の実験結果とは矛盾しない。また medial accent 削除の動機が不明であるが,Ito and Mester 2012 は日本語について PPhrase の最小投射において accent の数が最大一つまでという Accent Culminativity に言及している。そこで本研究は Accent Culminativity が英語においても成立し,この制約が stress ではなく accent の削除を引き起こすという仮説を立て,実験的に検証した。本研究では英語母語話者に対して2要因2水準の産出実験を行った。第一の要因はCLASH要因であり accent の隣接の有無を指す。また第二の要因は Syllable weight要因であり,第一音節の音節量を指す。具体的には PORtuGUESE TEAchers (clash, heavy), PORtuGUESE (no_clash, heavy), JApaNESE TEAchers (clash, light), JApaNESE (no_clash, light) の4条件であった。結果として,最終音節の母音においてF0平均値は2要因の交互作用に有意傾向がみられた。具体的には,clash が発生しない場合は heavy条件のF0平均値がlight条件のそれよりも高く,clash が発生する環境はではその差が中和される傾向が見られた。この交互作用について,母音の長さでは有意差が観察されなかった。この結果は stress shift という現象が stress ではなく accent の削除であることを示唆した。

15:45~16:10 "Ichiro vs. Saburo: A production experiment of English antepenultimate stress assignment" 黄 竹佑,古川 慧,広瀬 友紀 (東京大学)

English, as a stress language, also assigns primary stress to loanwords. The stress usually falls on the penultimate syllable, e.g. Tochi'gi, Okina'wa. However, some of these loanwords seem to have an antepenultimate stress instead of the penultimate one such as I'chiro (cf. Sabu'ro).

This study investigates three potential factors that might affect the stress assignment, using a production experiment where participants pronounced foreign trisyllabic names with the following factors: (1) Whether or not the first and the second syllable share a common vowel letter (OCP/non-OCP), (2) the distribution of the high vowels (whether the vowels of the second two syllables are high vowels or not), and (3) whether the penultimate syllable contains an affricate (affricate/non-affricate).

Eleven native English speakers participated in this experiment. The result shows that the OCP effect was significant (CLMM, the OCP effect: SE=0.22, p<.001), indicating that the antepenultimate stress is more likely to occur in words the first two vowels are identical. The effect of the high vowel distribution was marginally significant (SE=0.24, p=0.08). However, neither the interaction of these factors nor the main effect of affricate was observed. Based on this result, the reason why ichiro is antepenultimately stressed might be due to the identical vowel in the adjacent syllables.

16:10~16:35 「熊野灘沿岸地域諸方言における式の対立」 平田 秀 (東京外国語大学)

紀伊半島南東部にあたる熊野灘沿岸地域には,多様なアクセントをもつ諸方言が分布していることが,早い段階の先行研究によって明らかにされていた。しかしながら,その共時的なアクセント体系の詳細については未解明の部分が残されていた。本発表では発表者による現地調査にもとづき,同地域諸方言のうち三重県下の5方言を取り上げ,式の対立の有無を中心にその共時的なアクセント体系について述べた。

北牟婁郡紀北町長島方言 : 式の対立のない多型アクセント
尾鷲市尾鷲方言 : 式の対立をもつ多型アクセント
尾鷲市須賀利方言 : 式の対立をもつ多型アクセント
尾鷲市九鬼方言 : 式の対立をもつ多型アクセント
尾鷲市古江方言 : 型の対立の少ないアクセント

熊野灘沿岸地域においては,距離の面では隔たりの大きくない中で共時的なアクセント体系の特徴が大きく異なる方言が分布していることを,本発表で指摘した。

16:35~17:00 「奄美大島瀬戶内町の音節構造」 松森 晶子 (日本女子大学)

奄美大島南部の瀬戸内町の諸方言には,閉音節で終わる単語が数多く存在する。

(1) hap蛇,kap 紙,k’up 首,ak’upあくび,iʧup苺,nasïp茄子,mït 水,t’at 二つ,mïmït 蚯蚓,umat 火,sïk鋤,usak 兎,unak 鰻,t’ïmuk 紬,sabak櫛,muʃ 虫,kïbuʃ 煙,sakuʃ 杓子,t’ïbuʃ 膝,k’uʧ口,tuʧ妻,hanaʧ 鼻血,koʧ 黴,kamaʧ 頭,tur鳥,hir昼,hikjar光,kagam鏡,adïm杵,ʃo:gwat正月,kuhonot 九つ,kanadït 金槌,iʃgja:k石垣,dzo:guʧ 門,kamnar雷,nuhogir鋸 (古仁屋 (こにや) 方言の例)

これらはすべて語末の狭母音 [i], [u] の脱落によって生じるものだが,本発表では,これら閉音節で終わる語に -m (も),-hacji ~ -kacji (向格),-hara ~ -kara (奪格),-ja (トピック) などの助詞が後続した場合の音交替の観察に基づき,これらの語彙の語末には (基底で) 語末母音が存在する,とする早田 (1996) の仮説を支持した。
しかしながら同様な狭母音の脱落は,次の例では生じていない。 (この例外がアクセント型と関連していることは,かりまた ほか (1992) ですでに指摘されているが,本発表ではそれがなぜ生じたか,という通時的な理由についても,少し触れた。)

(2) mimi耳,ami 網,nami波,uri瓜,mugi麦,wugi砂糖黍,haʃ i箸,hagi足,iki息,umi海,ʃ i ʃ i猪,usï臼,saru猿,ʃ iru汁,juru夜,u ʃ u潮,kudu昨年

(2) の語彙の語末に出現する狭母音と区別するために本発表では,(1) の語彙の語末狭母音は「セグメントのレベルでは存在するが,音節構造には組み込まれていない (したがって単語単独形では表面に出現しない) 母音である」,と提案した。あわせて,この瀬戸内町の諸方言の (a) 無標の音節構造はCVC,(b) 無標の母音は /u/ である,という提案も行った。

17:10~18:10 "Kattobase: The linguistic structure of Japanese baseball chants" Armin MESTER (University of California, Santa Cruz)

Kattobase: The linguistic structure of Japanese baseball chants