Prosody and Grammar Festa 2

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
文法研究班 「名詞修飾表現」
プラシャント・パルデシ (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
文法研究班 「とりたて表現」
野田 尚史 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
文法研究班 「動詞の意味構造」
松本 曜 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
公募班 「語用論的推論に関する比較認知神経科学的研究」
酒井 弘 (早稲田大学 教授)
公募班 「日本語から生成文法理論へ : 統語理論と言語獲得」
村杉 恵子 (南山大学 教授)
開催期日
平成30年2月17日 (土) 10:30~18:00
平成30年2月18日 (日) 10:00~16:50
開催場所
国立国語研究所 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)
交通案内
参加費・事前申込み
不要

「対照言語学」プロジェクト 第2回合同研究発表会 プログラム

平成30年2月17日 (土)

10:30開会

10:30~12:15名詞修飾班

  • 「ブルシャスキー語の名詞修飾表現」
    吉岡 乾 (国立民族学博物館)

    ブルシャスキー語の名詞を修飾する表現としては,名詞類によるもの,形容詞類によるものと,動詞類由来のもの (非定形動詞によるものと,定形動詞を用いるもの) とがある。本発表では,その動詞類由来の両タイプの表現を見比べて,各々の形式的,機能的特徴,用法上の偏りなどをまとめる。結論として,非定形動詞による名詞修飾表現のほうが,ウチの関係内の,即ち,接近可能性階層 (Accessibility Hierarchy) 上のカバー範囲は狭いが,一方でソトの関係も一部修飾可能である,但し,日本語ほど広くは修飾できないといったことを示す。

  • 「タイ語の名詞修飾表現」
    高橋 清子 (神田外語大学)

    本発表では,タイ語の名詞修飾要素を分類し,その種類ごとの機能特性について考察する。

    タイ語の名詞修飾要素は,統語的及び意味的に,5種類の単純形式 (①類別詞句を含む名詞[句],②動詞[句],③指示詞,疑問詞,その他の限定詞を含む形容詞,④量詞,⑤前置詞句) と2種類の複雑形式 (⑥関係節,⑦名詞補語節) に分類できる。

    (a) 名詞[句] や動詞[句] による修飾は「一般的分類としての修飾」だ。主名詞は類型概念として一般化されたものを表す。(b) 形容詞,前置詞句,類別詞句,量詞による修飾は「ある基準や図式を背景にして相対的に描写するための修飾」だ。話者の見方が反映される。(c) 指示詞,疑問詞,その他の限定詞による修飾は「限定するための修飾」だ。主名詞は当該談話文脈の中で同定できる具体的なものを表す。(d) 関係節や名詞補語節による修飾は「限定するため,あるいは情報を付加するための修飾」だ。最も個別的で主観的な修飾である。

  • 「サハ語の連体修飾節 ―内容補充節での補文標識挿入に関する日本語との対照―」
    江畑 冬生 (新潟大学)

    本発表ではサハ語の連体修飾節における「外の関係」のうち,内容補充節での補文標識 dien 「という」について考察する。まず日本語の内容補充節における「という」を扱った研究を紹介しながら,補文標識「という」が用いられる際の被修飾名詞の意味的タイプについて確認する。次に日本語の場合と対照しながら,サハ語の連体修飾節における補文標識 dien 「という」挿入の条件について考察する。結果としてサハ語で補文標識が現れる場合の被修飾名詞は,「引用系名詞」に限られていることが明らかとなった。

13:30~14:30公募班

  • 「証拠性 (Evidentiality) と因果関係の非対称性」
    原 由理枝 (早稲田大学),折田 奈甫 (東北大学),酒井 弘 (早稲田大学)

    日本語の間接証拠を表すとされるヨウダを含む文は,(1) のように少なくとも二つのメッセージがある :
    (1) 雨が降ったようだ。
       メッセージ1 : 「雨が降った」
       メッセージ2 : 「話者には『雨が降った』ことの間接証拠がある。」
    証拠性の形式化においては,以下の二つの点が主に議論の焦点となる : Q1. 二つのメッセージは意味分類のどこに位置づけられるのか。Q2. 間接証拠とは何なのか。Davis & Hara (2014) は,メッセージ1はキャンセル可能な語用論的含みとして導かれるものであり,メッセージ2が (1) の真理条件的命題であるとした。また,Davis & Hara (2014) は,命題pの間接証拠とは,pによって引き起こされる状態・イベントqである,という主張をした。つまり,(1) の命題内容は,「話者は,『雨が降った』というイベントが引き起こした結果 (例 : 『水たまり』) を観察した」である,と主張したのである (類似の分析に,澤田 (2006), Takubo (2009) がある)。 Davis & Hara (2014) の分析は,prejacent proposition ( (1) の「雨が降った」) へのコミットメントの欠如,証拠性の非対称性など,先行研究では説明できない問題を解決する一方,「引き起こす」という因果関係の概念が形式化されていなかった。本発表では,causal premise semantics (Kaufmann, 2013) を用いて,因果関係の非対称性を形式化する。また,容認度判断テストを用いて,因果関係の非対称性が,どの程度証拠性の解釈に影響を与えるか,探求する。

    参考文献
    • Davis, Christopher & Yurie Hara. 2014. Evidentiality as a causal relation: A case study from Japanese youda. In Christopher Piñón (ed.), Empirical Issues in Syntax and Semantics 10.
    • Kaufmann, Stefan. 2013. Causal premise semantics. Cognitive Science 37. 1136–1170.
    • Takubo, Y. 2009. Conditional modality: Two types of modal auxiliaries in Japanese. In B. Pizziconi & M. Kizu (eds.), Japanese Modality: Exploring its Scope and Interpretation, Palgrave Macmillan.
    • 澤田 治美. 2006. モダリティ. 開拓社.

  • 「言語類型の精密化と説明をめざす試み ―項省略現象を例として」
    村杉 恵子 (南山大学),斎藤 衛 (南山大学),高橋 大厚 (東北大学)

    本プロジェクトは言語類型論に寄与すべく,日本語の統語的性質を明らかにし,その類型的特徴を統語理論の中に位置付けようとするものである。今回の発表では,まず,グリーンバーグの語順に関する研究を取り上げ,詳細な統語分析が,言語類型論を追求する際に必要不可欠であることを見る。特に,V前置を伴うVSO言語の分析やスクランブリングによる自由語順の分析が,語順の類型の説明をどのように可能にしてきたかを概観する。発表の後半では,自然言語において広く観察される空項に関する本プロジェクトの研究を取り上げる。空項は,音声を伴わない代名詞として分析されてきたが,プロジェクト研究員の奥聡,高橋大厚,齋藤衛などの研究により,日本語においては削除により派生される空項が許容されることが明らかにされ,現在,この種の空項の性質と分布に関する言語横断的説明が,理論言語学における重要なテーマとなっている。本プロジェクトにおける類型的研究の例として,削除をPFで適応する分析や,一致の有無に基づいた空項の分布を説明する試みなどを概観し,プロジェクトの紹介とする。

14:45~18:00シンポジウム「日本語と言語類型論」

  • 「日本語のアクセントと言語類型論」
    窪薗 晴夫 (国立国語研究所)

    音韻研究において類型論は古くて新しいテーマである。たとえば音節を巡っては,かつて信奉されていた「開音節言語/閉音節言語」や「モーラ言語/音節言語」などの二分論が有標性理論のもとで見直された。アクセントについても,「ピッチアクセント/ストレスアクセント」という二分論が見直されつつある。さらに,アクセントの位置やアクセント型の決定について,(i) 語頭から数えるか,語末から数えるか,(ii) モーラを数えるか,音節を数えるか,(iii) 語と文節のいずれを付与領域 (domain) とするか等の類型尺度も (再) 検討されつつある。

    本発表では,日本語諸方言が示す多様なアクセント体系をもとに,(a) 日本語が従来の類型論では説明できない多様性を示すこと,(b) 諸方言の中にはAかBか (たとえばモーラか音節か) といったパラメタ―的な類型論では捉えられない体系 (AとBの両方を兼ね備えたハイブリッドな体系) が存在すること,(c) これらの多様性を説明するためには,制約を用いた新しい分析が有用である可能性が高いことを論じる。

  • 「日本語のオノマトペと言語類型論」
    秋田 喜美 (名古屋大学)

    オノマトペ (ideophones, expressives, mimetics) は,日本語,韓国語,バスク語のほか,ニジェール=コンゴ語族,オーストロアジア語族,ケチュア語族などに豊富に見られる語類である。オノマトペの意味的・記号論的特徴は「描写」 (depiction) をはじめ様々な類似概念で捉えられてきた (Dingemanse 2011)。一方,世界のオノマトペにしばしば見られる形式的特徴としては,重複などの類像的形態,韻律的際立ち,発話末用法,引用構文,軽動詞構文などが挙げられる。本発表では,これらの形式的特徴を「描写的記号であるオノマトペを文の残りの部分から区別する (あるいは反対に,統合する) 方法」と捉え,その類型化を試みる。これにより,日本語オノマトペの諸特徴は再解釈され,さらに,オノマトペの類型と他の類型の関係を論じる基盤が築かれることになる。

  • 「日本語のとりたて表現と言語類型論」
    野田 尚史 (国立国語研究所)

    とりたて表現とは,限定を表す「だけ」や類似を表す「も」のように,語や句や節を焦点化したり非焦点化したりするものである。日本語ではとりたて表現が発達しており,さまざまな意味を表すが,とりたて表現の表す意味が限られている上に,使われる頻度が高くない言語もある。たとえば,日本語では例示を表す「でも」や対比を表す「は」のようなとりたて表現はよく使われるが,そのようなとりたて表現があまり使われず,そうした意味を語用論的に表す言語も多い。

    この発表では,とりたて表現の研究が盛んな日本語から他の言語のとりたて表現を見るという方法で,日本語と世界の言語のとりたて表現を類型論的に分析する方法を提案する。具体的には,形態論,意味論,文法論,語用論という4つの観点からとりたて表現を類型的に観察する。取り上げる言語は,日本語のほか,韓国語,中国語,タイ語,インドネシア語,ヒンディー語,英語,スペイン語,ドイツ語,チェコ語,ヘレロ語などである。

  • 「日本語の名詞修飾表現と言語類型論」
    堀江 薫 (名古屋大学)

    日本語の名詞修飾節は,一見,言語類型論において「関係節 (relative clause) 」 (例 (1) ) 「補文節 (complement clause) 」 (例 (2) ) と呼ばれる構造に対応している。
    (1) [国語研が開催する] 研究会
    (2) [国語研が研究会を開催する] (という) 通知

    しかし,寺村秀夫氏の先駆的研究 (寺村 1992) によれば,前者 (寺村氏の「内の関係」の名詞修飾節) はほぼ関係節と対応しているが,後者 (寺村氏の「外の関係」の名詞修飾節) には補文節とは見なされない (3) のような構造も含まれる。
    (3) [国語研が研究会を開催した] 翌日

    言語類型論においては,主として寺村氏の「内の関係」に相当するいわゆる「関係節」的な名詞修飾節 (例 (1) ) を中心に研究が進められてきた。一方,「外の関係」の名詞修飾節に関しての通言語的研究は,(2) のような「補文節」に関しては若干見られるものの,(3) のような構造を含めたその全貌に迫るものはこれまでなかった。本発表では,日本語の名詞修飾節に関する知見をもとに言語類型論の研究の方向性の転換を迫る,国語研の共同研究プロジェクトを始めとする最近の研究動向を紹介する。

  • 「日本語の移動表現と言語類型論」
    松本 曜 (国立国語研究所)

    日本語の事物の移動を表す表現は,他の言語と比較してどのような性質を持っているのだろうか。国立国語研究所の通言語的発話実験プロジェクトの一環として行われた,日本語のA実験 (担当 古賀,吉成),B実験 (担当 松本),C実験 (担当 吉成) の結果を,他の言語の結果と比較しながら検討する。日本語は移動の経路を主動詞で表現する経路主要部表示型言語とされることが多い。しかし,主要部で表示されるのは経路の直示性である場合がほとんどであり,純粋な主要部表示が他言語とは異なる。また,経路の表現位置は経路の種類によって差異が見られる。UP,ACROSS,AROUND では動詞が使われることが多く,特に AROUND では主動詞が使われる。その一方で,ALONG,TOWARD などでは動詞が使われることが少ない。また,顕著な特徴として,直示動詞の使用が話者の注目領域によって左右される点がある。これらの傾向は,他の言語に見られる傾向とある程度の共通性がある。

18:00懇親会 (講堂前または多目的室)

平成30年2月18日 (日)

10:00~11:45とりたて表現班

  • 「シンハラ語のとりたて表現について」
    岸本 秀樹 (神戸大学)

    シンハラ語のとりたては,日本語の助詞に相当する小辞あるいは接辞によって表現される。本論では,まず,シンハラ語のとりたて表現には,古い日本語の係り結びのように,述語あるいは否定との間に呼応関係を形成するタイプのものと,呼応関係を形成しないものがあることを示す。次に,とりたて表現が述語と呼応しない場合は,単に,とりたてられる文中の要素にとりたて表現が付加されること,そして,述語と呼応するとりたて表現は,とりたてる要素に付加される以外に,焦点化を行う位置ではない文末に現れることもあり,この場合には,述語との呼応関係がなくなるということを示す。

  • 「チェコ語におけるとりたて表現」
    ユラ・マテラ (チェコ,マサリク大学)

    本発表では,スラブ語族に属するチェコ語におけるとりたて表現の特徴について考察する。チェコ語には,とりたて助詞ととりたて副詞が存在し,それぞれ位置が異なる。本発表では,この中でも特に,類似の意味を表すとりたて表現 (日本語の「も」に相当するもの) 及び特立の意味を表すとりたて表現 (日本語の「特に」や「主に」に相当するもの) を取り上げ,チェコ語のとりたて副詞ととりたて助詞の特徴をそれぞれ考察する。日本語のとりたて表現と対象としながら,チェコ語におけるとりたて表現の構文的な側面に注目し,チェコ語と日本語におけるとりたて表現の共通点と相違点を探る。

  • 「フランス語のとりたて表現」
    デロワ 中村 弥生 (フランス,国立東洋言語文化大学)

    本発表では,フランス語とりたて表現の意味的,統語的特徴について考察する。とりたての機能を持つフランス語の表現には,どのようなものがあり,どのような意味体系をなしているのか。フランス語では,「特に」「とりわけ」といった同類の中からある要素を代表としてとりたてる表現が豊富である。この「代表」は限定や極端,例示とどのように異なるのか。フランス語の主なとりたて表現であるとりたて副詞は,とりたてという機能を通して他の品詞とどのように連続しているか。フランス語では,とりたての背景となる同類の要素の集まりであるカテゴリーを明示する傾向がある。カテゴリーを明示するための構造にはどのようなものがあるか。以上の点を日本語のとりたて表現と対照しながら考察し,フランス語と日本語における「とりたて」の共通点と相違点を探る。

13:00~14:45音声研究班

  • 「アルタイ諸語のイントネーション研究に向けて」
    久保 智之 (九州大学)

    アルタイ諸語においては,単語または形態素レベルで,アクセントやストレスの対立を持っている言語が,多くはない。そのため,プロソデイー研究は,あまり盛んではなかった。しかし,一部の言語には,形態素レベルで対立が存在する。また,当然ではあるが,すべての言語が各種イントネーションを持っている。

    シベ語では,WH疑問文,疑問詞を含む感嘆文,ある種の命令文などの文末に,特徴的な中平調 (mid level) の音調 (記号) が現われる。
    erai syaN nane <なんて いい 人 (だろう) >

    本発表では,アルタイ諸語のうち,満洲・トゥングース語族に属するシベ語と,チュルク語族に属する現代ウイグル語,モンゴル語族に属するホルチン・モンゴル語を対象に,イントネーションの部分的記述を試みる。

  • 「南琉球多良間方言アクセントの下降と上昇」
    新田 哲夫 (金沢大学)

    多良間方言は,これまでの研究では,三型アクセント体系を有し,A型は韻律語が無核,B型は二つめの韻律語が有核,C型は一つ目の韻律語が有核の体系であり,韻律語の核の弁別特徴は「下降」であると見なされてきた (五十嵐 2016,青井 2016,Matsumori 2017など)。本発表では,韻律語に現れる核について,有核の韻律語の末位モーラが常に低く現れることに注目し,「アクセント低核」 (L*) の設定を提案する。アクセント低核は,韻律語の末位に置かれ,「常にL」という特徴が本質的であるのに対し,韻律語次末位の「下降」,次の韻律語の直前に現れる「上昇」は,低核の付随的特徴と見なす。核の前がHの場合は,核の置かれるLへの下降を伴い (…H↓L*),核の前がLの場合は,核のあるモーラがLで実現した直後,「常にL」の特徴を際立たせるために上昇を伴う (…LL*↑)。すなわち,この二種の韻律語は,環境的変異と見なすことができる。本発表では他に,この核の考えを用いて,X=nu Y (XのY) の連体構造を持つ名詞句の分析を試み,Yの名詞に核が付与されることを述べる。

  • 「琉球久米島方言のアクセント」
    上野 善道 (東京大学名誉教授)

    首里・糸満・奄美鳥島などからの移住集落を除いた,久米島の従来からある集落のうち,真謝,比嘉,儀間,嘉手苅,具志川,仲地などのアクセント調査を実施中である。継続可能な話者探しの困難さ,同一集落内の個人差の大きさ,集落間の方言差のそれなりの大きさ,音調の高低幅の狭さ,特殊拍 (とりわけ,長音の出現が私の知るかぎり最も顕著な方言) の複雑な関与が絡んで,全体としてまだ課題を残すが,今回の発表では,複合名詞アクセント規則と,外来語アクセントにおける興味深い交替現象を中心に述べる。現在までのところ,アクセント体系も単純なN型体系には納まらないデータが得られている。

15:00~16:45動詞の意味構造班

  • 「クプサビニィ語 (南ナイル,ウガンダ) のダイクシスの表現 : ビデオ実験データの分析」
    河内 一博 (防衛大学校)

    本研究は,クプサビニィ語のビデオ口述実験のデータを分析し,この言語がビデオのシーンのタイプによりどのようにダイクシスを表す動詞 (COMEとGO) と接尾辞 (hither と thither) を使うかを調べる。明らかになったのは,主に以下の二つの点である。第一に,ダイクシスに関して中立的なシーンには,GO (Wilkins & Hill 1995) だけでなく,thither の接尾辞も頻繁に使われる。第二に,ダイクシスに関して中立的でも Figure が現れるシーンには COME と hither の接尾辞が頻繁に使われる (Matsumoto,Akita & Takahashi 2017) のだが,GO は Figure が現れるかどうかに関わりなく,ある程度頻繁に使われる。

  • 「イタリア語における言語的働きかけによる使役移動表現 : 日本語,英語との対照研究」
    吉成 祐子 (岐阜大学)

    本発表は,呼びかけることによって相手を移動させるような「言語的働きかけによる使役移動」を取り上げ,ビデオ映像を用いた実験調査によって母語話者の言語化傾向を検証するものである。特にイタリア語に注目するのは,移動表現のパターンが移動事象の種類によって異なる傾向を見せるという特徴があるからだ。これまで取り上げられることがあまりなかった「言語的働きかけによる使役移動」では,イタリア語はどのような表現パターンをとるのだろうか。小屋の中にいる人が外にいる人に呼びかけて中に移動させるという場面の言語表現を,類型を同じくする日本語,異なる英語とで比較分析を行った。注目したのは,移動概念の表出形式や文構造である。その結果,3言語それぞれに表出内容や方法に特徴が見られたが,イタリア語は移動概念の表出方法が多様であることに起因し,英語・日本語両方の特徴を有することがわかった。

  • 「ダイクシスは経路の一部なのか」
    守田 貴弘 (京都大学)

    移動表現の類型論において,Talmy (2000) はダイクシスを経路の下位要素に位置づけている一方で,ダイクシスと他の経路表現を分けて議論する研究もある (とりわけ松本2017)。確かに,ダイクシスを他の経路要素から分離することによって,記述的に正しい類型の姿を描き出すことができる。だが同時に,ダイクシスの理論的位置づけを適切に決定しない限り,「ダイクシスは単なる派生的な問題に過ぎないのではないか」「類型を無駄に複雑化させているのではないか」という批判を招く恐れもある。

    本発表では,日本語における移動事象以外のマクロイベントにおけるダイクシスの現れを観察することで,マクロイベント内でのダイクシスの位置づけを検討する.さらに,ダイクシスを経路の一部とする従来の見方を踏襲した上で,ダイクシスの研究が従来の類型論とは異なる次元で機能する,別種の類型論につながる可能性を議論する。

16:50閉会