シンポジウム 「日本語文法研究のフロンティア ―談話研究・対照研究・習得研究を中心に―」

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
文法研究班 「とりたて表現」
野田 尚史 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
開催期日
平成30年1月27日 (土) 10:00~17:00
開催場所
国立国語研究所 講堂 (東京都立川市緑町10-2)
交通案内

参加費無料・申込不要

プログラム

10:00~10:10趣旨説明
野田 尚史 (国立国語研究所)

司会 : 佐藤 琢三 (学習院女子大学)

10:10~11:00「接続詞の選択に垣間見えるジャンルの違い ―社会科学の専門文献を例に―」 石黒 圭 (国立国語研究所)

本発表は,社会科学の専門文献に見られる接続詞の分野別特徴を明らかにするものである。具体的には,商学,経済学,法学,社会学,国際政治学の5分野について,それぞれの専門教員が選定した基礎的な文献を5~8冊データベース化し,接続詞の連接類型別出現頻度という観点から分析を行った。分析の結果,全般的には法学に接続詞が多く,商学に接続詞が少ない。逆接の接続詞は,経済学や法学では「だが」を嫌い,もっぱら「しかし」を用いる。補足の接続詞は,法学でとくに好まれ,「ただし」「なお」にくわえて「もっとも」を多用する。対比の接続詞は,商学では「一方」が好まれ,法学や国際政治学では「他方」が好まれるなどの特徴が明らかになった。こうした特徴は各分野の説得の論理の違いに基づいており,この結果は留学生向けの専門日本語教育,さらには日本人学部生向けの初年次教育への応用が期待される。

11:05~11:55「非流ちょうな発話への文法的接近」 定延 利之 (京都大学)

記述言語学の領域では,母語話者の発話は基本的には流ちょうとみなされてきたが,最近の計量調査ではそうした流ちょう性はむしろ例外と考えるべきことが示されている。この発表では,現代日本語共通語の母語話者による非流ちょう発話のうち,たとえば「品川で新幹線に乗り換えて」を「品川で (ぇ),新幹線に (ぃ),乗り換えて (ぇ) 」のように,文節などの小さなまとまりに区切って話す「コマ切れ発話」に焦点を当て,コピュラの音調,下降調,跳躍的上昇に関して規則性を論じる。さらに,コピュラの音調に関する規則性は,流ちょうな発話の音調をも説明できるよう,一般化できることを示す。最後に,たとえば「品川」を「しーながわ」と言うような「発話の延伸」という非流ちょう性タイプが,当該言語の膠着性と関わりを持っていることを示す。

昼休憩 (13時まで1時間ほど)

司会 : 中俣 尚己 (京都教育大学)

13:00~13:50「「文化」の問題か「文法」の問題か ―張英 (2000) の議論の再検討―」 井上 優 (麗澤大学)

張英 (2000) 「語用与文化」(語用と文化 : 『漢語学習』,2000年第3期)は,日本の中国語教材の会話に日本語表現の影響によると見られる中国語らしくない表現が見られることを指摘し,問題の表現の不自然さを「コミュニケーション様式とその背後にある文化の相違」という観点から説明したものである。しかし,そこで指摘されていることがらのいくつかは,むしろ文法の問題としてとらえるべきものである。本発表では,張英 (2000) の指摘を紹介し,それを文法的な観点からとらえなおすことを試みる。とりあげるトピックは, (1) 「どう?」,“怎么样?” (どう?) を用いた提案表現の意味, (2) 「わかりました」と“知道了” (わかりました) の意味, (3) 可能表現の意味, (4) 禁止表現の意味である。

13:55~14:45「第二言語習得者における文法構築メカニズムの再検討 ―多言語能力の視点から―」 渋谷 勝己 (大阪大学)

第二言語習得研究においては,第二言語の習得者は,母語からの転移や,目標言語の規則の過剰一般化などを行いながら,中間言語の文法を構築していくことはよく知られている。また,言語接触研究においても,二言語使用者個人よりも二言語併用社会への視点を優先的に採用して,二言語が接触するなかで言語がどのように変容していくか,またどのようにして新たな変種が誕生するか,といったことが追究されてきた。
本発表では,話者のもつ多言語能力といった視点のもと,後者の知見を前者に取り込みつつ,第二言語習得者における文法構築メカニズムをあらためて検討し,残されている課題を整理する。

休憩 (20分間)

司会 : 森 篤嗣 (京都外国語大学)

15:05~15:55「日本語教育文法から見た「は」と「が」 ―「は」と「が」はこんなに簡単だった!―」 庵 功雄 (一橋大学)

主語を表す場合の「は」と「が」の使い分けは日本語教育にとって重要な課題である。本発表では,庵 (2016) を修正したフローチャートを提示する。このチャートでは,「は」と中立叙述の「が」が対立する無標の場合と,総記の「が」 (および,それを倒置した「は」) が使われる有標の場合を区別することで,前稿よりも規則を単純化することに成功した。ここで使う指標は,無標の場合に関しては,1) 単文か複文か,2) 現象描写文が使われる環境か否か,だけである。有標の場合に関しても,学習者の「母語の感覚」を取り入れることにより,総記の「が」の過剰使用を抑制できる。上記の,使い分けに関わる素性は,初級レベルの形態的,統語的情報と,母語の感覚だけである。このことから,「は」と「が」の使い分けは,「全ての母語の話者にとって」,決して難しいものではないことがわかる。

16:00~16:50「非母語話者が日本語を「聞く」「読む」ための文法」 野田 尚史 (国立国語研究所)

「文法」は,研究を進めていけば理想的な1つの文法ができあがるというものではない。目的に合わせてさまざまな文法を作る必要がある。その1例として,この発表では日本語を母語としない人たちが日本語を聞いたり読んだりするときの文法,つまり非母語話者が日本語を理解するための文法について検討する。
具体的には,非母語話者が日本語を読むための文法として,「主語を特定するための文法」「修飾関係を理解するための文法」「並列関係を理解するための文法」という3つのテーマを取り上げる。また,非母語話者が日本語を聞くための文法として,「主語を特定するための文法」「肯定か否定かを理解するための文法」「質問を理解するための文法」という3つのテーマを取り上げる。

16:50~17:00閉会の辞
野田 尚史 (国立国語研究所)