「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」研究発表会

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
開催期日
平成29年6月18日 (日)
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室

音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」 平成29年度 第1回研究発表会

12:30 受付開始

13:00~14:00 「連続変調は規則なのか ―台湾語における連続変調規則違反を例に」
"Is Tone Sandhi A Rule? - The Case of Rule Violation in Taiwanese Tone Sandhi"
黄 竹佑 (東京大学 / 日本学術振興会特別研究員),陳 姿因 (東京大学),広瀬 友紀 (東京大学),伊藤 たかね (東京大学)

本研究は,台湾語における連続変調 (tone sandhi) の声調違反に対する許容度を測定したものである。台湾語には7つの声調があり,すべての音節に必ず声調がある。連続変調とは,2つの音節が連続する場合に,前側の音節の声調が変化する現象のことをいう。しかし,連続変調は無意味語に対する適用力が充分でないと一部の研究者により指摘され,音韻規則としての実在性が疑問視されている。

本研究では,実在する台湾語の2音節語を使い,自然な音声と異なるタイプの声調違反を被験者に呈示し,聞いた音声の自然度を判断する課題を与えた。アイテムは音節環境 (語頭 / 語末) によって語頭と語末の2水準に分けられる。声調に関しては,4つの水準が設けられている : (1) 違反なし (2) 変調規則違反 (過剰適用 / 不適用),(3) レキシカル違反 (4) 存在しない声調。その結果,それぞれの音節環境において,レキシカル違反よりも変調規則違反の自然度が有意に高いという結果が得られた。この結果は,台湾語の連続変調が単なる語彙化の結果でない可能性を示唆している。

14:00~15:00 「お笑いコンビ名におけるメンバー名の並び順について」
"On a tendency observed in the ordering of names in comedy duos"
小川 晋史 (熊本県立大学)

「品川庄司」や「おぎやはぎ」のようにメンバー名を並べて作られる,並列的な構造を持つお笑いコンビの名前について,メンバー名の並び順がどのように決定されているのかを考察した。本発表では特に,前部要素 (前に来るメンバー名) が関係する2つの要因に注目して調査を行った。その結果,コンビ名が単一の強力な要因によって決定されているのではなく,要因が複合して決定されていることが示唆される調査結果を得た。具体的要因としては,Laburune (2006) が指摘した前部要素の頭に母音が来やすいというもの,さらには疑似複合語 (窪薗・小川2005,など) の研究で指摘されている前部要素が長いというもの,これら2つについて取り上げ,検討を加えた。

15:30~16:30 「ナガラ節のアクセント変異と音韻句」
"Accentual variation of Nagara-clause and phonological phrase"
那須 昭夫 (筑波大学)

「動詞連用形+ナガラ」からなる節の音調は,動詞の音調と等しくなることが従来知られている。しかし,近年この規則性には綻びが生じており,平板動詞+ナガラ (Vナガラ) からなる節が起伏化する傾向が見られる。この現象について調査したところ,6割以上の項目で起伏化が確認された。ただし,起伏化はどの環境でも斉一に生じるわけではない。起伏化はVナガラに先行する文節が無核であると生じやすいが,先行文節が有核であると生じにくい。この振る舞いに対しては,Ito and Mester (2007,2010,2013) らの韻律階層モデル (Prosodic projection theory) を援用することにより有効な分析が示せる。すなわち,有核音韻句の連鎖がもたらされる場合には起伏化が抑制され,反対に,そのような連鎖が作られない場合には起伏化が許される。本研究ではこの機序がOCP効果の表れであることを主張した。

16:30~17:30 「3モーラのフットを持つ方言 ―南琉球宮古島の上地と与那覇の三型体系―」
"Ternary feet in Miyako Ryukyuan: Evidence from the three-pattern accentual systems in Uechi and Yonaha"
松森 晶子 (日本女子大学)

近年,宮古諸島では「三型アクセント体系」の発見が次々となされている。多良間島 (松森2010,2014,五十嵐2015),池間島 (五十嵐ほか2012, Igarashi et.al. 2011, forthcoming),宮古島の与那覇 (よなは) 方言 (松森2013) や狩俣 (かりまた) 方言 (松森2015) などがそれにあたる。これらは琉球祖語に想定される3種の韻律型の区別 (A, B, C系列) (の痕跡) を現代に残すものとして,通時的に見ても価値が高い。

本発表では宮古島の上地 (うえち) 方言にも,あらたに3型アクセント体系が発見されたこと,そしてこの体系には「3モーラから成るフット」が存在することを報告した。その3つの型の区別は,単語単独の言い切り形では明瞭にならない。またnudu (主格nu 焦点du)やmai (も) などの多くの助詞を後続させた形でも,その3つの型のすべて,あるいはそのうちの2つが中和し,3種の型の区別は観察できない。ところが,文節内に3つの「韻律語 (Prosodic Word)」を並べ,各韻律語の長さを3モーラ以上にしてやると,3つの型の明瞭な対立が現れる。

本発表では,同じような3モーラのフットを持つ与那覇方言と比較しながら,両方言はレキシコンに含まれる情報が似通っており,同じ規則にしたがっていることを論じた。そして両者の違いは,上地方言が <µµµ> という3つのモーラから成るフットの最初の1モーラを高くするのに対して,与那覇方言はそのすべてを高くする,という違いだけであることを論じた。