「日本語レキシコンの音韻特性」研究発表会
- プロジェクト名
- 日本語レキシコンの音韻特性
- リーダー名
- 窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系 教授)
- 開催期日
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平成25年11月22日 (金) 14:30~17:30 神戸市外国語大学 三木記念会館
平成25年11月24日 (日) 10:00~12:00 神戸市外国語大学 第2学舎 (兼 日本言語学会第147回大会)
- 開催場所
- 神戸市外国語大学 (兵庫県神戸市西区学園東町9-1)
アクセス
発表概要
平成25年11月22日 (金) 神戸市外国語大学 三木記念会館
「種子島西之表市東部方言の2型アクセント体系」荒河 翼 (広島大学大学院)
本発表では鹿児島県種子島の西之表市において筆者が行ったアクセント調査の結果を報告する。目的は以下の2点である。第1に,同市東部の集落で話されている伊関浜脇方言,現和西俣方言の2方言(以後西之表市東部方言)は木部(2000)で記述された,同市西部に位置する市街地の方言(以後西之表市街地方言)とは大きく異なるアクセント体系を持つ方言であるという新事実を報告することである。第2に,伊関浜脇方言が,西南部九州二型アクセント方言が広く共有する性質(上野 2012)を持つかどうかを検討することである。
西之表市東部方言は次の2点で西之表市街地方言とは異なる。1つ目は,A型・B型の音調型の下降・非下降が逆転している点,2つ目は,単一の文節内に2つの音調の山が出現する重起伏調が現れる点である。西之表市東部方言は文節性があり,一般複合アクセント規則が成立するが,一部に系列化が成立しない。
「デンマーク語における副次強勢の起源に関する一考察」三村 竜之 (室蘭工業大学)
ストレスアクセントの言語であるデンマーク語の単純語には,一般的には主強勢が一ヶ所に現れるのみである。しかし僅かではあるものの,副次強勢も現れる単純語が存在する(例: arbejde「仕事」,blyant「鉛筆」)。
このような単純語の強勢の型の起源に関してはこれまでほとんど研究がない。本発表では,以下に記す4点を論拠に,この種の単純語の強勢型が本来は「無-主」であり,「主強勢の左方向移動」というアクセント変化を経て,元々の主強勢の痕跡として副次強勢が現れた結果,「主-副」という型を有するに至った,という解釈を提案する: (1) 18世紀の文献資料からこの種の単純語の型が「無-主」であったと読み取ることができる; (2) 北ゲルマン語の古い特徴を残すとされる言語や方言において,この種の単純語に相当する語が「無-主」という型を有する; (3) この種の単純語の多くに「無-主」と「主-副」という型の併用が見られる; (4) これらの単純語の多くが外来語起源であり,固有語の強勢型の影響を受けて「主強勢の移動」が起こったと考えられる。
平成25年11月24日(日) 神戸市外国語大学 第2学舎 (兼 日本言語学会第147回大会)
ワークショップ『標準語との接触による方言アクセントの変化』企画・司会:窪薗晴夫,コメンテーター:上野善道
日本各地で伝統的な方言体系が失われつつあるが,その一方で,標準語との接触によってハイブリッドの方言体系が生み出されるこの時期は,言語変化のメカニズムを探る好機とも言える。本ワークショップでは,方言と標準語の二方言併用話者が増える中で,日本語の方言アクセント体系が変質してきている様を鹿児島方言,長崎方言,近畿方言の3つの方言について考察し,以下の3点に着目して,方言接触によるアクセント体系の変化メカニズムを探る。(i) 各方言におけるアクセント変化のどの部分が標準語の影響によるものか。二方言併用が増えることによって,方言アクセント体系のどの部分がどのように変容しているか。(ii) この変化は,方言アクセントの特性や体系についてどのような知見をもたらすか。(iii) 標準語の影響によるアクセント(体系)の変化は,方言間でどのような異同を見せるか。
「鹿児島方言におけるアクセントの変化」窪薗 晴夫 (国立国語研究所)
鹿児島方言は長崎方言と同様に,2型アクセント体系(ピッチ下降を伴うA型と下降を伴わない B 型)を有し,また複合語は前部要素のアクセント型を継承する(複合法則)。さらには,音調付与の基本単位がモーラではなく音節である。世代別のアクセント調査によると,若年層は中高年層と大きな違いを見せ,アクセント型の混同が著しい。また,伝統的な複合法則が働かなくなってきている。この変化を詳細に調べてみると,標準語でピッチ下降を伴う語は鹿児島方言でB型→A型の変化を遂げ,逆に標準語でピッチ下降を伴わない語はA型→B型の変化を見せていることがわかる。このように若年層話者は標準語のピッチ下降の有無だけを模倣し,他のアクセント特徴は伝統的な鹿児島方言の特徴を保持している。この変化によって伝統的な複合法則も変質し,若年層のアクセントでは後部要素によって複合語全体のアクセント型が決まってくるようになっている。
「長崎方言におけるアクセントの変化」松浦 年男・佐藤 久美子 (北星学園大学・長崎外国語大学)
長崎方言は鹿児島方言と同じく2型アクセント体系を持つが,(A)ピッチ下降を伴う型(A型)では最初から2モーラ目に高いピッチが固定される,(B)前部要素が3モーラ以上の複合語は複合法則に従わずB型に中和する,(C)外来語では標準語において初頭2モーラにアクセントのある語はA型に,その他の語はB型になる傾向を示す,以上の3点において鹿児島方言とは異なる。世代別のアクセント調査を行った結果,次のことが明らかになった(1)若年層においては(A)の記述とは異なり,3モーラ目以降に高いピッチが現れるこのパターンは特に複合語において多く見られ,下降の位置は語境界の直後が多い。(2)高年層とのアクセント型の一致度は中年層に比べ若年層は低く,一致していない語の多くは(C)と同じく標準語アクセントと対応する。(3)外来語に比べて和語,漢語では一致度が低い。また形容詞に比べ,和語名詞,動詞での一致度は低い。
「大阪方言における外来語アクセントの変化」田中 真一 (神戸大学)
大阪方言は,語頭からアクセント核まで高く発音される高起式と,アクセントモーラ直前まで低ピッチの続く低起式の2つの式があり,この点において標準語とは大きく異なる。また,結合形において,前部要素の式が全体に継承される「式保存の法則」が知られている。式決定の手がかりを持たないように見える(単純)外来語に着目し,世代別のアクセント調査を行った結果,次の3点が明らかになった。(1)外来語アクセントの変化は核よりも式においてより顕著に見られ,話者の年齢が下がるにしたがって低起の割合が増加する。(2)4モーラ以下の語においては,核位置によって式が決定されやすく世代差が小さいのに対し,5モーラ以上の長い語において差が顕著になる。(3)語頭の音節構造が式決定に関与するように変化している。語頭音節と式との対応関係が標準語と一致することから,大阪方言における外来語式決定に標準語の方策が関与していることがわかる。