「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」研究発表会

プロジェクト名: 日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 (略称 : 東北アジア言語地域)
リーダー名: John WHITMAN (国立国語研究所言語対照研究系教授)
開催期日: 平成25年7月6日 (土) 13:30～18:30
平成25年7月7日 (日) 10:00～15:00
開催場所: 国立国語研究所 2階多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

アイヌ語班平成25年度第一回研究発表会発表概要

7月6日 (土)

「アイヌ語班プロジェクト概要と成果」アンナ・ブガエワ (国立国語研究所)

「アイヌ語の動詞分類 ―データベースに基づいた研究の一例―」アンナ・ブガエワ (国立国語研究所)

本発表では，MPI (マックスプランク研究所) のデータベース，"Valency Classes across Languages" の一部として発表者が作成した，アイヌ語の結合化クラスのデータベースについて報告する。"Valency Classes across Languages" は，最も中核的な意味と想定される動詞70個と付加的な動詞17個を含む，通言語学的研究を目的としたデータベースである。データベースに関する報告に続き，これに基づくアイヌ語の動詞結合化のパターンと使役・充当・逆受動などのヴォイス交替による動詞分類について考察する。

「アイヌ語における動詞連続」中川裕 (千葉大学)

アイヌ語はひとつの節の中に二つ以上の主動詞が直接並ぶことはなく，その意味でいわゆる serial verb construction (SVC) を持たない。しかし，N(<V)V および VAux(<V) と略記できるような構造においては，この SVC に非常に近い構文が現れ，かつこのどちらの構造にあたるのかが解釈困難な場合がある。さらに同じ構文が複合動詞を形成していると考えられる場合もある。それらの判定可能・不可能性をめぐって，アイヌ語の統語論的特質を議論する。

「V-V型のアイヌ語動詞」小林美紀 (千葉大学大学院人文科学研究科)

アイヌ語動詞には二つの動詞が接合して一つの動詞になっているもの(V-V型)が見られる。このうち，本発表では前部要素と後部要素の関係が項の増減という観点からは説明できないものを取り上げる。これらの前部要素と後部要素の関係に着目し，分類を行う。また，V-V型の動詞がどのような過程を経て形成されたかについても考察を加える。

「アイヌ語における名詞修飾構文」アンナ・ブガエワ (国立国語研究所)

本発表では，アイヌ語の名詞修飾構造について議論し，以下のような指摘を行う。(1) アイヌ語の名詞修飾構造は日本語と異なり，名詞修飾句のパターンをとる構造 (関係節構造) と，所有句のパターンをとる構造 (名詞補文構造) の二つに明確に分かれている。(2) 前者には島の制約 (Ross 1967) がかかるのに対して，後者にはそのような制約が関わらない。(3) 関係節構造では関係節の主要部である動詞などを，名詞補文構造ではその主要部名詞を見ることにより，どのような文法関係にある名詞が修飾されているのか理解することができるが，これには，アイヌ語の持つ「主要部標示型」な性質と「複統合的」な性質が大きな役割を果たしている。

全体討論

7月7日 (日)

「アイヌ語における証拠性とモダリティの融合現象」佐藤知己 (北海道大学)

アイヌ語が証拠性とモダリティの融合を示す一方，アイヌ語の事例が両者の本質的差異を例証するのに有用なものであり，かつ証拠性の本質を考える上でも示唆に富むものであることを述べる。

「アイヌ語における証拠性の範疇について」高橋靖以 (北海学園大学 / 藤女子大学 / 札幌学院大学)

アイヌ語の証拠性 (evidentiality) に関しては様々な研究が進められているが，証拠性の範疇については，なお記述的な分析が必要である。本発表では，アイヌ語十勝方言の調査データに基づき，証拠性の範疇について検討をおこなう。特に，(1) 脱従属節化 (insubordination) から推定される直接証拠の範疇，(2) 証拠性と叙述類型の関連，(3) 従属節の省略からみた証拠性，などの問題について分析の結果を提示する。

「サハリンにおけるアイヌ語とニヴフ語の「東西」方言差」丹菊逸治 (北海道大学アイヌ・先住民研究センター)

アイヌ語サハリン方言内部では東海岸と西海岸の差異が比較的大きいが，サハリン島南部および北海道北端の宗谷方言にも注意を払う必要がある。ニヴフ語はアムール地方およびサハリン島西海岸の西方言と，サハリン島東海岸および西海岸の東方言に大別され，さらにいくつかの下位方言が確認できる。ポロナイスク方言はトゥミ川沿いの方言連続体の最南端である。