NINJAL Typology Festa 2013 (言語対照研究系 合同研究発表会)

プロジェクト名,リーダー名
日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 (略称 : 東北アジア言語地域)
ジョン・ホイットマン (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)

述語構造の意味範疇の普遍性と多様性 (略称 : 他動性)
プラシャント・パルデシ (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)

空間移動表現の類型論と日本語: ダイクシスに焦点を当てた通言語的実験研究 (略称: 移動類型論)
松本 曜 (神戸大学 教授)
開催期日
平成25年3月23日 (土) 10:00~18:00
平成25年3月24日 (日) 9:00~17:00
開催場所
国立国語研究所 2階 講堂 (東京都立川市緑町10-2)
概要
ポスター [ PDF | 241KB ]

言語対照研究系合同研究発表会 NINJAL Typology Festa 2013 発表概要

3月23日(土)

I. オーストロネシア部門

(1)「オーストロネシア語族における名詞化と能格性の関係をめぐって」 Aldridge, Edith (University of Washington)

Ross (2009) は,台湾のルカイ語,ツォウ語,プユマ語以外のすべてのオーストロネシア諸語は1つの語派 ( Proto-Nuclear Austronesian ) に属すると提案している。その語派の特徴の1つに,能格標示が所有格と同じ形式をとることがある。(1)はタガログ語の例である。

(1) a. B<in>ili ng babae angisda.
<TR.PRV>buy ERG woman ABS fish
‘The woman bought the fish.’(女性が魚を買った。)
b. isda ng babae
fish GEN woman
‘(the) woman’s fish’(女性の魚)

Starosta, Pawley, Reid (1982) 以来,この現象が名詞化と歴史的な関係があると広くいわれている。本論も同様に Nuclear Austronesian 語派における能格性が,名詞化された従属節の再分析の結果であると提案する。ただし,その従属節を文レベルの範疇と考える先行研究 (Starosta, Pawley, Reid 1982, Kaufman 2009その他) と違って,本論は能格節の前身が CP と TP の接点を含まないnPに過ぎなかったと提案する。
この提案の根拠として,Nuclear Austronesian 語派に属さないルカイ語における名詞化された従属節がある。(2a) の主節の動詞には,定動詞にしか付かない接頭辞 wa- が付いている。それに対して,(2b) の従属節の内部にある動詞を名詞化する接中辞<in>が付いている。従って,(2b) の従属節がテンスをもっている CP であると考えにくい。しかし,オーストロネシア祖語に存在していた,Nuclear Austronesian祖語の能各節の前身であるnPと同じ構造であると考えるなら,説明が付く。
Tanan Rukai (Li 1973:108-9)

(2) a. ku lacing wa-baay naku-a sa Lima ka ‘aysu.
NOM Lacing PAST.ACT-give 1S-ACC OBL five LK money
‘Lacing gave me five dollars.’
(ラチングが私に5ドルをくれた。)
b. kay ‘aysu [nP b<in>aay-an naku-a ina maruDang].
this money <PRV>give-NMLZ 1S-ACC that old.man
‘This money was given to me by that old man.’
(あの老人が私にくれたのはこの金だ。)

接中辞<in>そのものもルカイ語のnPとタガログ語の能各節の歴史的関係を裏付ける証拠の1つである。(1a) で見られるように,これと同語源の接中辞はタガログ語において主動詞に付いて完了アスペクトを表す役割がある。

参考文献
Kaufman, Daniel. 2009. Austronesian Nominalism and its Consequences: A Tagalog case study. Theoretical Linguistics 35.1:1-49.
Ross, Malcoom. 2009. Proto Austronesian Verbal Morphology: A reappraisal. In Alexander Adelaar and Andrew Pawley (eds.), Austronesian Historical Linguistics and Culture History: A festschrift for Robert Blust, 295-326. Canberra: Pacific Linguistics.
Starosta, Stanley, Andrew K. Pawley, and Lawrence A. Reid. 1982. The Evolution of Focus in Austronesian. In AmramHalim, Lois Carrington, and S. A. Wurm (eds.), Third International Conference on Austronesian Linguistics, 145-170. Pacific Linguistics, C-75.
Zeitoun, Elizabeth. 2007. A Grammar of Mantauran (Rukai). Taipei: Academia Sinica Institute of Linguistics.

(2)「名詞化からヴォイスへ:タガログ語のフォーカス・システム」長屋 尚典 (日本学術振興会 特別研究員 (SPD) / 国立国語研究所)

タガログ語を含むフィリピン諸語には「フォーカス・システム」と呼ばれる動詞形態論があり,複雑なヴォイス・システムをなしていることはよく知られている。また一方で,Starosta, Pawley & Reid (1982) 以来,この「フォーカス・システム」が名詞化に起源にもつことも周知の事実である。本発表では,タガログ語の「フォーカス・システム」のヴォイス機能および名詞化機能を比較検討することで,(i)どのように名詞化のシステムがヴォイスを表現するようになったか,そして,(ii)共時的に,どのように名詞化とヴォイス機能が棲み分けられているか,考える。

(3)「カパンパンガン語 (フィリピン) の自動詞・他動詞」北野 浩章 (愛知教育大学)

カパンパンガン語の自動詞・他動詞の構成と用法について,ハスペルマート(1993),コムリー(2006),ニコルズら(2004)の,他動性を論じている研究を引用しつつ考察する。カパンパンガン語に特徴的に見られる動詞派生の方法を論じる。

II. 他動性

(4)「ブルシャスキー語の動詞語幹と他動性」吉岡 乾 (国立国語研究所)

本発表では,ブルシャスキー語の動詞語幹の形成を他動性の観点から切り分けて考察し,概要をまとめる。更に,併存自 / 他動詞対に関してブルシャスキー語と日本語とを対照し,その性質を考察する。

(5)「イヌピアック語の自他対応」永井 忠孝 (青山学院大学)

本発表ではイヌピアック語 (エスキモー語) の自他対応について自動詞と他動詞の語彙的な対を中心に考察し,同様の観点から他の能格型言語も考察する。また,Haspelmathのリストにイヌピアック語のデータがどう当てはまるかも検討する。

(6)「日本語自他動詞対研究の課題」ナロック・ハイコ (東北大学 / 国立国語研究所)

本発表は,発表者の問題意識に基づいて言語類型論的な立場から見た日本語自他動詞対に関する研究課題の概観を試みるものである。主に以下の4つのテーマを扱う。1) 日本語の自他動詞対の類型論的位置づけ,2) 自他動詞対の意味と形態に関する問題,3) 自他動詞対の有標性差の説明,4) 自他動詞対の競合するパターンの動機づけ。

(7)「北海道周辺言語における他動性交替」佐々木 冠,奥田 統己,白石 英才 (札幌学院大学)

北アジアは北米と並んで他動詞化が優位な地域とされる。日本語諸方言を含むこの地域の言語には逆使役型の生産的な形態法が欠落している場合が多い。一方,北海道周辺で話されている言語 (アイヌ語,ニヴフ語,日本語東北・北海道方言) には使役だけでなく逆使役の生産的な形態法がある。この語族を超えた共通性は地域特徴である可能性がある。

(8)「日本語疑問文研究の課題」金水 敏 (大阪大学 / 国立国語研究所)

日本語疑問文については,共時的・通時的に断片的な研究があるものの,統合的に全体を見通した研究はいままでに見るべきものがなかった。本発表では,現代日本語書き言葉の分析を通して,日本語疑問文の全体像把握のためにどのような視点が有効であるかについて見通しを述べる。

3月24日(日)

III. 名詞節と名詞修飾

(9)"Noun Modifying Expressions [名詞修飾表現] in Marathi and other South Asian Languages"Hook, Peter (University of Virginia/Michigan) & Prashant Pardeshi (NINJAL)

Our paper builds on work by Teramura Hideo and Matsumoto Yoshiko investigating the multiple functions of Japanese prenominal noun modifying expressions (NMEs). These functions can be grouped into five sets:

1. (RelCl)SU > DO > IO > OblO > GEN > …[Keenan-Comrie NPAH]
2. (non-subjacent RelCl)‘[[You’ll get well [by using x]] medicine] …’
3. (noun complement)‘[The news [he will arrive tomorrow]] … ’
4. (sensory)‘[The sound [a pot fell]] …’
5. (quasi-nouns)‘ … for [we arrive early [sake]].’

We show that all five of these functions can be rendered by analogous prenominal NMEs in Dravidian languages like Tamil and Telugu. Occupying a liminal position on the linguistic map of India between the Dravidian south and the Indo-Aryan north, Marathi’s NMEs render set 1 and 2, rarely sets 3 and 4, never set 5..
As one proceeds to the north, away from the Dravidian heartland, one encounters other Indo-Aryan languages like Gujarati and Hindi-Urdu in which the functions of prenominal NMEs are sharply more limited than they are in Marathi. We show that differences in the scope of Marathi’s and Hindi-Urdu’s NMEs reflect sub-surface contrasts in homologous clause types. Accommodating them requires adding another segment to the Keenan-Comrie NPAH.
It would appear that, like a number of other features that define Masica’s Indo-Turanian linguistic area, the multi-functionality of prenominal NMEs is a phenomenon indirectly linking Japanese in the extreme northeast of the Asian continent with Tamil (and to a limited extent Marathi) in the extreme south.

(10)「準体助詞「の」の発達:文法化・脱文法化分析の検証と再構築」西山 國雄 (茨城大学)

本稿の目的は準体助詞「の」の発達について,これまでの提案を文法化と脱文法化の観点から捉え直し,新たな見解を加えることである。「の」の発達についてのこれまでの提案はいかのようにまとめられる。

  • A 統語範疇:代名詞>補文標識 (文法化)
  • B 意味:モノ>コト (文法化)
  • C 音:ゼロ>の (脱文法化)

本稿は「の」は文法化,脱文法化とも従来よりもっと弱い意味でのみ起こっていると主張する。具体的には
Aは起こっていないか,起こったとしても弱い証拠があるだけ。
Bは初出ではなく確立の意味でのみ起こっている。
Cについても,「の」は元は音形がある連体形語尾が一時的にゼロになった部分
に置き換わったのであり,元々ゼロだった訳ではない。

(11)「「の」による名詞化と主体性―いわゆる,「主要部内在型関係節」を中心にして―」坪本 篤朗 (静岡県立大学)

「の」による名詞化との関連から,いわゆる主要部内在型関係節と関連する構文を取り上げ,①構文機能に関する,副詞句説と名詞句説,②成立条件 (関係性の条件 (Relevancy condition)) ,特に同時性,③修飾と限定の働き,等について, (認知) 意味・語用論的観点から論じる。

(12)「現代日本語の接続助詞的な「-のが」について」天野 みどり (和光大学)

「名詞節+格語尾」が「節+接続辞」に再分析されるという現象は東北アジア地域の言語に広く見られると言われる。本研究では現代日本語の接続助詞的な「のが」を取りあげ,その意味や,「のに・ので」と比べた「の」節の接続助詞性・名詞性を吟味し,一般的考察へ向けた課題を明確にしてみたい。

IV.移動表現

(13)"A crosslinguistic video study of motion event descriptions: manner, path and deixis saliency and their interactions"松本 曜 (神戸大学)

Initial results from the crosslinguistic experimental study of linguistic expressions of motion events are reported. Parts of the results from the production experiments conducted in 18 languages are analyzed to find the frequencies of manner/path/deixis coding and the syntactic positions of path coding. Results suggest that languages vary considerably in terms of the richness of manner and deixis (cf. Slobin, Koga and others). The syntactic positions of path coding vary not just interlinguistically (cf. Talmy) but also intralinguistically in some languages, with different types of manner/path/deixis eliciting different positions of path coding. I will exemplify these points by providing data from selected languages such as Italian.

(14)「ハンガリー語のダイクシス表現―移動事象場面における諸概念との競合において」
江口清子 (大阪大学)

移動事象を言語表出する際,経路概念の中でも,ダイクシスは,経路,様態など他の概念と競合した場合,特異な性質が見られる。本発表では,ハンガリー語の表現において,映像実験に基づく発話データから明らかになった結果を報告する。

(15)「フランス語におけるダイクシス表現の方略」守田 貴弘 (東京大学)

フランス語には複合動詞,複雑述語が (ほぼ) ない。したがって,移動表現の類型論において同じ動詞枠付けの日本語では可能な,直示動詞を使った直示表現は非常に少ない。では,フランス語では直示方向の表現は不可能なのだろうか。本発表では,フランス語における直示表現の手段を実験ビデオに基づいて調査した結果を報告し,場面ごとに主要な表現手段が異なることを明らかにする。

(16)「ネワール語における空間移動表現:ビデオクリップによる映像実験の中間報告」松瀬 育子 (慶応義塾大学)

ネワール語の移動表現は,ダイクシスを主要部に置く「直示経路主要部表示型言語」と位置付けられ,ダイクシス以外の経路表現は非主要部で表される。特に位置関係・方向関係を表す同種概念経路が非主要部の複数位置に表れ,所格・後置詞・副詞等が多用される。こうした知見を,今回のプロジェクト調査で数量的に確認するとともに,非主要部に経路要素が複数生起する要因を考察する。