「日本語レキシコンの音韻特性」研究発表会

プロジェクト名
日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
リーダー名
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系)
開催期日
平成24年9月8日 (土) 13:30~18:00
平成24年9月9日 (日) 8:30~13:00
開催場所
湯の宿「木もれび」 (滋賀県大津市苗鹿)
アクセス

発表概要

平成24年9月8日 (土)

「フォルマント遷移の特性と音韻境界の知覚」松井 理直 (大阪保健医療大学)

撥音や促音などの知覚においては持続時間が重要な知覚的手がかりとなるが,こうした音韻長を検出するためには,当該要素の音韻境界が何らかの形で 決定できていなければならない。しかし,ある種の音韻連鎖においては,定性的には音韻境界の決定が容易でない場合が考えられる。例えば,「三杯 [samˑbai]」や「一途 [it˺ˑto]」といった例では撥音・促音部と後続子音の間に明確な情報の違いが存在するため,音韻境界の容易である。しかし,「三枚 [samˑmai]」や「一緒 [iɕˑɕo]」といった例では撥音・促音部と後続子音との間に,少なくとも定性的・音韻的には明確な違いが存在しない。本発表ではこうした環境において,フォルマント遷移の情報が音韻境界の知覚に重要な影響を与えていることを論じる。

"Accentual patterns of Japanese suffixes"三間 英樹 (神戸市外国語大学)

日本語も他の多くの言語同様,語末に来る形態素 (ここでは全てまとめて接尾辞と呼ぶ) が語全体のアクセントパターンを決定する。先行研究によって明らかになっている主な区別には,(i) Accented/Unaccented; (ii) Dominant/Recessive; (iii) Accenting / Deaccentingなどがある。しかし,これらのパターンがどのようにして生じるかは,あまり理論的に考察されてきていない。
本発表では部分配列理論 (Partial Ordering Theory (Anttila (1997), etc.) ) に基づき,これらのパターンが基本的な制約の並び替えによって生じることを論じる。さらに,これらの制約の階乗類型 (Factorial Typology) を考察し,日本語に生じるパターンがその部分集合であることを論じる。これは上記理論が可能な文法の幅を制限できていることを示している。最後にその階乗類型の中でそれぞれのパターンを生じさせるランキングの数と割合を計算することにより,各パターンの生じやすさの度合いを予測することを試みる。

平成24年9月9日 (日)

「ヘレロ語にみられる中声調とダウンステップ」米田 信子 (大阪大学)

ヘレロ語では,高声調Hが3つ以上並ぶと2つめ以降のHが中声調Mで現れることがある。Mohlig et al. (2002) 等の先行研究では,このMはダウンステップHであると説明している。この現象は,Hが3つ以上連続する場合に常に起きるわけではなく,特定の接辞の結合によってHが3つ以上並んだ場合にのみ起きる。この点から考えると,確かにこれはダウンステップが起きているように思われる。しかしながら,他の音韻現象 (例えばHが右隣に拡張するなど) との関連から,ダウンステップが起きる音節の前にトリガーとなるFloating Lがあるとは考えにくい場合もある。また先行研究で説明しているのは,この現象が動詞に起きる場合についてだけであり,名詞に見られる同様の現象との統一的は説明はなされていない。本発表では,2つめ以降のHがMで現れる場合の環境を詳しく見ていくことを通して,このMをダウンステップHと考えることの妥当性を再検討する。

「ジヂズヅ合流過程と鼻音 ―前鼻子音と撥音―」高山 知明 (金沢大学)

ジとヂ,ズとヅの区別は,京都ではおそらく17世紀半ばまでに失われたが,それらが合流に至る過程において,撥音後の位置でより早くに区別が混乱 (すなわち中和) していたのではないかと考えられる。それを窺わせる文献資料を具体的に指摘し,本過程の推定に関する問題点を整理する。
ところで,この変化には,やや複雑な歴史的事情がさらに存在する。すなわち,少なくともその終盤に関しては,区別維持からその放棄に至る過程が,濁音の前鼻要素消失化と重なっている。そのため,文献解釈上,および当時の話者の内省に関して,問題の取り扱いにおいて注意すべき問題がある。
なお,前鼻子音の消失に伴い,清音と濁音,促音と撥音の,両者の関係性 (とりわけ音配列に関する特質) が変わっている。それゆえ,上記の問題は,促音の歴史的問題に関する考察を行う際に,当然ながら無視しえない点を含んでいる。本発表は,このことを踏まえて一連の問題を取り扱う。