54.緩和(かんわ)ケア 〔痛みや苦しみを和らげる医療〕
[関連] ターミナルケア(類型A) ホスピス(類型B)
人生の最後のときを迎える人が,限られた大事な時間を有意義に過ごせるように,できるだけのことを行うのも医療の務めです。がんなどの痛みや苦しみを和らげてふだんの生活の質を維持する医療の意義を普及することが望まれます。
まずこれだけは
痛みや苦しみを和らげる医療
病気に伴う痛みや苦しみを和らげることを優先する医療
少し詳しく
「痛みや苦しみを和らげることを優先して行う医療です。からだの苦痛や心の苦悩などを軽くすることが主な目的です。患者さんやその家族の希望や価値観に配慮して,穏やかな日常が送れるようにします」
時間をかけてじっくりと
「痛みや苦しみを和らげることを優先する医療です。痛みや吐き気,呼吸困難などの症状を改善させたり,不安などを軽くしたりするケアを行います。WHO(世界保健機関)では,痛みの強さに応じて,早い段階から積極的に痛みを取り除くことを勧めています。緩和ケアは,医師と看護師だけで行うのではなく,薬剤師,栄養士,理学療法士,作業療法士のほか,ときには宗教家なども交えたチームで協力して行います。
薬剤師は痛みを和らげる薬の使い方,栄養士は食べやすい調理法,理学療法士は痛みを生じない姿勢やからだの動かし方,作業療法士は生活環境作りの相談などを担います。趣味や嗜好(しこう)を同じくするボランティアの協力を得ることもあります」
概念の普及のための言葉遣い
- 「緩和ケア」という言葉の認知率は54.7%にとどまり,まだ低い。これからの医療において,患者にとっても恩恵のある概念だと考えられ,普及が望まれよう。概念の普及のためには,何を緩和するか,何のためにどのように行うのかが分かるように,言い換えや説明を加えることが大事である。[まずこれだけは]に示した言い換えや説明の表現を使うと分かりやすい。
- がんの痛みを和らげる医療とだけ伝えると,麻薬などを使うことばかりを思い浮かべて不安を覚えたり,マイナスイメージを抱いたりする人もあり,普及の妨げになる場合がある。痛みを和らげる目的が,満足できる日常生活を送ることにあることを言い添えることで,緩和ケアの不安を軽減し,プラスイメージでとらえてもらうことができるようになる。 [少し詳しく]に記した表現などを言い添えると効果的である。
こんな誤解がある
- 医療者にも,死に向かう医療,治療をあきらめたときに行われる医療,緩和ケア病棟で行われる特殊な医療,特別な知識や技術を持った麻酔科医や精神科医にしかできない医療など,一面的な理解をする人がいる。
- 「緩和ケア」と聞くと,隔離された緩和ケア病棟に入れられると思い込む患者がいる。緩和ケアには,自宅(在宅ケア)や外来で行うことも選択可能であると伝える必要がある。
不安を和らげる
- 緩和ケアを勧められると,もう終わりだ,治療を放棄された,もう病棟から出られないと思い込む患者がいる。本人の希望を尊重して,治療も継続でき,自由に入退院ができることを伝えたい。人によっては緩和ケア病棟(ホスピス)におけるケアが適切な場合もあることを理解してもらう。
- 緩和ケアを受けることを勧める場合,患者や家族の気持ちを尊重し,その後のアフターケアもしっかり行うことが大切である。緩和ケアを受けながら,いつものように元気に仕事を続けている人もいることを話したり,患者や家族の体験記などを紹介したりすることも有効である。
ここに注意
- 最近は終末期だけでなく,がんの初期治療の段階から緩和ケアを導入することも増えてきている。医療者には,終末期になる以前の早い段階から,必要に応じて様々な苦痛に対して,緩和ケアを受けることを勧めることも求められる。
- 痛みを和らげるのに使う,モルヒネや麻薬などに恐怖感を持つ人もいる。必要に応じて,痛み止めの使用量や使用期間などを説明するのがよい。
患者の家族と医師の問答例
- Q:
- 「緩和ケア」とは聞き慣れない言葉ですが。
- A:
- 主としてがんの末期などに,患者さんの痛みや苦しみを和らげることを優先させる医療(ケア)のことです。
- Q:
- 入院しないと受けられないのでしょうか。
- A:
- 病院の緩和ケア病棟に入院したり,独立したホスピスに入所したりしてケアを受けることもできますが,自分の家で受けることのできる「在宅緩和ケア」も,外来で薬をもらって行う「外来ケア」もあり,どれを選ぶかは主治医や家族とも相談して本人の意志を尊重して決められます。
- Q:
- 具体的にどのようなケアを受けるのでしょうか。
- A:
- 痛みに対する鎮痛薬や医療用麻薬(モルヒネなど)によるケア,呼吸困難に対する酸素療法,不安をできるだけ和らげる心理的なケア,移動やトイレ,食事などの不自由さを楽にするケアなど,いろいろなことをします。
- Q:
- そういうケアを受けても結局は助からずに死んでしまうのはないのですか。
- A:
- 人は,必ず,いつかは死にます。交通事故や心筋梗塞(こうそく)などで急に亡くなる人もいれば,末期のがん患者さんのように,限られた時間を生きることのできる人もいます。どちらがいいかはその人の価値観によりますが,人生の最後のときを有意義に過ごすために,その障害となる痛みや苦しみを楽にしようというのが緩和ケアの目的です。
- Q:
- 病院に教会の牧師さんや神父さんに来てもらってお話をすることはできますか。
- A:
- もちろんオーケーです。牧師さんでもお坊さんでも遠慮なく来てもらって構いません。世界最初のホスピスはアイルランドのダブリンにある教会でした。生死のことは魂にも触れることですから,信仰や信心は患者さんの気持ちを楽にすることにプラスに働くと思います。
- Q:
- ホスピスや緩和ケア病棟は一度入ったら,最後のときまで家に戻れないのでしょうか。
- A:
- それはありません。いつでも退院して家に戻れます。帰っても,また気が変わって入院したくなった場合もオーケーです。外泊ももちろん自由です。この自由さが,ほかの病棟と一番違うところです。それが何よりの楽しみの人は晩酌もできます。
- Q:
- 家で緩和ケアを受けるためには,医師に往診をしてもらう必要がありますね。
- A:
- はい,「在宅緩和ケア」と呼ばれています。在宅診療を行っている主として開業医が訪問看護師と協力して訪問診療を行います。また,ときには薬剤師・栄養士・理学療法士・ヘルパーが加わってチームを作ってお世話をすることもあります。
- Q:
- 家で容体が急に悪くなることもありますね。
- A:
- はい,その可能性はあります。
- Q:
- 臨終のときに,医師が間に合わないこともあるのでは?
- A:
- 在宅療養支援診療所に登録している診療所の医師は,24時間連絡が取れる態勢にありますので,臨終が近づいたときは,医師もナースも訪問の回数を増やすようにしますが,結果的にその瞬間に間に合わないこともあるでしょう。
- Q:
- それで問題ないのでしょうか。ちょっと怖いですね。
- A:
- 家族の方が,家で死にたいという本人の意志をしっかりと受け止めて自覚していれば,最後のときを家族だけで手をとって看取(みと)ることができます。その場に医師やナースがいなくても,何も問題はありません。間もなく医師もナースも必ず来てくれます。
- Q:
- 緩和ケア病棟への入院は,家族が決めてもよいのでしょうか。
- A:
- 御本人の意志が確認できれば,本人の自由意志で入院することが一番望ましいですね。本人が自分の意志に反して「入れられた」と感じるような入院は,あまりお勧めできません。
- Q:
- 何となく入院してもらった方が家族としては安心ですね。
- A:
- 御本人が「家族に悪いから」と,本当は家で死にたいのに我慢して入院することがあります。御本人の気持ちをよく確かめてはどうでしょうか。でも,その家庭の状況によっては,家での看取りができないこともあります。どれが良く,どれが悪いということではありません。入院と在宅とどちらを選ぶのも自由です。
- Q:
- 入院のときは個室に入れるのでしょうか。
- A:
- ほとんどの緩和ケア病棟もホスピスも個室が多く用意されています。面会も自由で,夜でも電話が使えます。緩和ケアの入院料は,もちろん健康保険で認められています。
関連語
ターミナルケア(類型A)
- [説 明]
- 「人生の最後の大切なときを,本人の希望に添って過ごすための支えになることを目指して行われる医療や介護です。痛みや苦しみを和らげる『緩和ケア』も含まれます」
- [注意点]
- 認知率の低い言葉(32.7%)なので,別の言葉で言い換えて伝えたい。だが,直訳した「終末期医療」「終末医療」「末期医療」などの言葉は,その露骨さを嫌がる患者や家族もいるので注意したい。最後のときを迎えるときのことを意識して伝えなければならないときは,「最後を迎えるときまでを穏やかに過ごすための医療」などと,慎重に言葉を選んで説明することが考えられる。通常は,意味の近い「緩和ケア」を用いることも一つの方法である。
ホスピス(類型B)
- [説 明]
- 「痛みや苦しみを和らげ,人生の最後の大切なときを安らかに過ごせるように世話をする専用施設です」
- [注意点]
- 認知率はかなり高い(86.7%)が,理解率は必ずしも十分ではない(75.0%)。身近な人がホスピスを利用した経験を持っていない人も多く,実像が知られていない面がある。ホスピスがどんなところかを写真を使ったり実際に見せたりして明確に説明するようにしたい。