3.問題の解決のための対応
患者に言葉が伝わらない三つの原因それぞれで,問題を軽減し解決するのに効果的な工夫の方法は,異なります。
① 患者に知られていない言葉への対応
日常語で言い換える
まず,①の患者に言葉が知られていない場合は,「病理」「COPD」「イレウス」などのような専門的な言葉は使わずに,日常的な言葉で言い換えたり説明したりすることが効果的です。患者に対して,専門用語をむやみに使わない配慮をすることはとても大切なことです。
重要で新しい概念を普及させる
しかし,専門用語の中には,それを社会に広めることによって,医療者だけでなく患者にとっても恩恵がもたらされる言葉があります。それは,新しい概念や事物を表す言葉として最近登場し,これからの社会にとって重要になっていくと考えられるものです。このような言葉は,新しい言葉と概念とが一緒に広まるような,特別な工夫を行うことが求められるでしょう。例えば,信頼と安心の医療を広めるためには,その基本にある考え方を表す「インフォームドコンセント」という概念を,社会で共有できるように広めていくことが望まれます。しかし,いくら重要な概念であることを医療者が力説しても,その言葉や説明が分かりにくければ,一般の人に理解され,普及していくことは望めません。この類の言葉は,日常語を使った言い換えをしたり,明確な説明を言い添えたりしながら,積極的に使っていくべきものです。ただし,語形が親しみにくく覚えにくいなど定着することに無理がありそうなものは,語形を変えることも工夫するべきでしょう。
② 患者の理解が不確かな言葉への対応
明確に説明する
それでは,②の患者の理解が不確かな場合はどうでしょう。「炎症」「動脈硬化」「貧血」といった言葉は,それほどよそよそしい専門用語ではありません。患者の多くはよく知っている言葉です。こうした言葉は,使用を避ける必要はないでしょう。むしろ言葉の意味を理解してもらい,場合によっては一歩踏み込んだ知識を持ってもらい,別の意味と混同しないような,明確な説明を加えることが必要になります。
重要で新しい概念を普及させる
なお,理解が不確かな言葉のうち,社会への普及と定着がより一層望まれる重要概念の場合は,普及のための工夫が必要になるものがあることは,①の場合と同じです。
③ 患者に理解を妨げる心理的負担がある場合の対応
最後に,③の患者に理解を妨げる心理的負担がある場合は,どう対応すればよいでしょう。事例3では,「腫瘍(しゅよう)」という言葉に誤解があったことが,患者とのコミュニケーションがうまくいかなくなるきっかけになっています。この誤解は,上の②の,患者の理解が不確かなことに起因するものですから,明確な説明を行うことによって解消することはできるでしょう。しかし,この患者の落胆は,別の言葉でがんと告知されたときにも起きるものと考えられます。③は,個々の言葉の表現の工夫によって解決することは容易ではありません。この場合の言葉遣いの工夫は,個々の言葉ごとに考えるのではなく,別の視点や方法による検討が不可欠でしょう。病院での言葉遣いをめぐる大事な問題ですが,この提案で扱う,個々の言葉の問題とは別に取り組むべき課題であると考えます。