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小三金五郎仮名文章娘節用こさんきんごろうかなまじりむすめせつよう

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後編上

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小三金五郎仮名文章娘節用 後編上

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凡例
1.本文の行移りは原本にしたがった。
2.頁移りは、その丁の表および裏の冒頭において、丁数・表裏を括弧書きで示した。また、挿絵の丁には$を付した。
3.仮名は現行の平仮名・片仮名を用いた。
4.仮名のうち、平仮名・片仮名の区別の困難なものは、現行の平仮名に統一した。ただし、形容詞・副詞・感動詞・終助詞・促音・撥音・長音・引用のト等に用いられる片仮名については、原表記で示した場合がある。 〔例〕安イ、モシ、「ハイそれは」ト、意気だヨ、面白くツて、死ンで、それじやア
5.漢字は現行の字体によることを原則としたが、次のものについては原表記に近似の字体を用い、区別した。「云/言」「开/其」「㒵/貌」「匕/匙」「吊/弔」「咡/囁」「哥/歌」「壳/殻」「帒/袋」「无/無」「楳/梅」「皈/帰」「艸/草」「計/斗」「弐/二」「餘/余」
6.繰り返し符号は次のように統一した。ただし、漢字1文字の繰り返しは原本の表記にしたがい、「〻」と「々」を区別して示した。
 平仮名1文字の繰り返し 〔例〕またゝく、たゞ
 片仮名1文字の繰り返し 〔例〕アヽ
 複数文字の繰り返し 〔例〕つら〳〵、ひと〴〵
7.「さ」「つ」「ツ」に付く半濁点符は「さ゜」「つ゜」「ツ゜」として示した。
8.Unicodeで表現できない文字は〓を用いた。
9.句点は原本の位置に付すことを原則としたが、文末に補った場合がある。
10.合字は〔 〕で囲んで示した。 〔例〕殊{〔こと〕}に、なに〔ごと〕、かねて〔より〕
11.傍記・振り仮名は{ }で囲んで示した。 〔例〕人生{じんせい}
12.左側の傍記・振り仮名の場合は、冒頭に#を付けた。 〔例〕めへにち{#毎日}
13.傍記・振り仮名が付く位置の紛らわしい場合、文字列の始まりに|を付けた。 〔例〕十六|歳{さい}
14.原本に会話を示す鉤括弧が付いていない場合も、これを補い示した。また庵点は〽で示した。
15.原本にある話者名は【 】で示した。 〔例〕【はる】
16.割注・角書および長音符「引」「合」は[ ]で囲んで示した。
17.不明字は■で示した。
18.原本の表記に関する注記は*で行末に記入した。 〔例〕〓{たど}りて*〓は「漂+りっとう」
19.花押は〈花押〉、印は〈印〉として示した。
20.画中文字の開始位置に〈画中〉、広告の開始位置に〈広告〉と記入した。

本文の修正
1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。
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(口1オ)
娘節用二編叙
いろは引{びき}の節用集{せつようしふ}は。日用{にちよう}の御重宝{ごちやうほう}
にて。士農工商{しのうこうしやう}が朝暮{あさばん}の。引書{いんしよ}。乾坤{けんこん}時候{じかう}
草木{さうもく}器財{きざい}。何{なん}でも撰採{よりどり}十三門{じふさんもん}。部分{ぶわけ}に
四声{しせい}の画引{くわくびき}入{い}らず。和{やは}らかいのが当世{たうせい}と。思{おも}ひ
ついたる仮名{かな}まじり。娘節用{むすめせつよう}とこじつけしを。
俗{ぞく}でいゝとか。実意{ぢがね}だとか。茶{ちや}かして称{ほめ}る看

(口1ウ)
的{ごけんぶつ}の。洒落{しやれ}を販元{はんもと}実{ま〔こと〕}とこゝろえ。二編{にへん}は今{も}些{そつと}
色気{いろけ}沢山{たつふり}。恋{こひ}といふ字{じ}の趣意{いきさつ}を。穿{うがて}〳〵の
平催促{たてざいそく}。初編{しよへん}の縁{えん}にひかされて。いやと
いはれぬ義理{ぎり}と犢鼻褌{ふんどし}。書{かゝ}れぬものは新趣
向{しんしゆかう}。変{かは}らぬ口舌{くぜつ}の魂胆{こんたん}も。おもしろ狸{たぬき}の腹合{はらあは}せ。
帯{おび}の心実{しんじつ}解尽{ときつく}せし。小三{こさん}金五郎{きんごらう}が偕老{かいらう}の。
その約言{かね〔こと〕}のひそ〳〵と。枕{まくら}に残{のこ}る仇言{あだくち}は。

(口2オ)
こんなものでもあらうかと。書肆{ふみや}の携{おこ}せし
稿本{たねほん}へ。ちよつぴり加{くは}へた補書{むだがき}の。序{ついで}に
朱墨{しゆずみ}を摺{すり}ながして。口絵{くちゑ}の前{まへ}を
よごすといふ。
江戸 三文舎主人戯題

$(口2ウ)

$(口3オ)

$(口3ウ)

$(口4オ)

$(口4ウ)

(1オ)
仮名文章{かなまじり}娘節用{むすめせつよう}後編{こうへん}上之巻
江戸 曲山人補綴
第四回
こゝに又{また}千歳屋{ちとせや}の真名鶴{まなつる}は。妹{いもと}の小三{こさん}に名{な}のりあひて
より。力{ちから}になりつなられつして。いとむつましく万{よろづ}の事{〔こと〕}を
かたらひてくらせしが。かねてつき出{だ}しの時分{じぶん}より。さる
有徳{うとく}の商売{あきびと}の。隠居{いんきよ}がふかくなじみきつ。何{なに}くれと
なく深節{しんせつ}に。よく世話{せわ}をなしたりしが。其{その}としの暮{くれ}

(1ウ)
真名鶴{まなづる}はかの隠居{いんきよ}に受出{うけだ}され向{むかふ}じまの辺{ほとり}に楽〻{らく〳〵}と
世{よ}を送{おく}る身{み}となりにける。されば月日{つきひ}の過{たつ}〔こと〕速{すみやか}にて
明{あく}る二月{きさらぎ}のころには小{こ}さんははや五{いつ}ツ月{つき}になりしかば
座敷{ざしき}へ出{で}れば夜{よ}もふける又{また}は無理{むり}なる酒{さけ}も呑{の}むゆゑ
身{み}のためにあしかるべしと金五郎{きんごろう}は額俵屋{がくだはらや}のあるし
にかけ合{あひ}些{ちと}の手付{てつけ}の金{かね}をつかはしてちかきうちには
受出{うけだ}すほどに夜{よる}の座{ざ}しきへ出{だ}さぬやうにとた
のみにあるし重兵衛{ちうべゑ}もさすがは粋{すい}な男{おとこ}ゆゑ

(2オ)
早速{さつそく}に承知{しやうち}して。いと深切{しんせつ}にいたはりけり。かくて金五{きんご}
郎は小{こ}さんを身受{みうけ}の金{かね}とゝのへんと。さま〴〵に思按{しあん}
したりしが。もとより大金{たいきん}の事{〔こと〕}なれば。養父{やふふ}文
次郎{ぶんじろう}へ。うち明{あけ}ていふべきやうもなかりしゆゑ。いかにや
せんと左{と}や右{かく}に。ひとり胸{むね}のみくるしめしが。やう〳〵に
思按{しあん}をめぐらして。京師{みやこ}の父{ちゝ}文{ぶん}の丞{じやう}かたへ。ひそかに言{い}ひ
送{おく}りけるは。この程{ほど}三条{さんでう}の小鍛冶{こかぢ}宗近{むねちか}の銘作{めいさく}にて。大小{だいせう}
のはらひものあり。殊{〔こと〕}に焼刃{やきば}世{よ}にすぐれし。わざものにて

(2ウ)
其{その}価{あたひ}は。一包{ひとつゝみ}との事{〔こと〕}なるがもとより。両刀{ふたこし}は武士{ものゝふ}の
たしなみ。何{なに}とぞ是{これ}を手{て}に入{いれ}たきまゝ。内〻{ない〳〵}にて右{みぎ}の
金子{きんす}。御{をん}かし被下{くたされ}候やうにと。ひたすらに懇望{こんまう}の文面{ぶんめん}
ゆゑ。文之丞{ぶんのぜう}もいとひそうなる。一人{ひとり}の子{こ}の望{のぞみ}なれば。
いつわりなりとはつゆしらず。ま〔こと〕ゝおもへばわが子{こ}ながら。
よき心{こゝろ}がけ末{すゑ}たのもしく。本家{ほんけ}を継{つ}げとも。両親{ふたおや}の
あるゆゑ万事{ばんじ}身{み}まゝにもならで。心{こゝろ}にまかせぬがち
さこそあらんと子{こ}をおもふ。なさけある親{おや}ごゝろに。

(3オ)
故{ゆへ}なく百両{ひとつゝみ}の金{かね}をとゝのへ為替{かわせ}にてひそかに金五{きんご}郎
のかたへおくりけり。偖{さて}も金五郎{きんごろう}はげいしやの小{こ}さんが
只{たゞ}ならぬ身{み}となりしより猶{なを}さらに可愛{かわい}さいやまし
はやくつとめをひかせんとおもへど身請{みうけ}の金{かね}とゝのは
ねば是非{ぜひ}なくみやこの父{ちゝ}のかたへ刀{かたな}もとむる金なり
とていつわりて書状{しよでう}を送{おく}りしかどかの地{ち}で金とゝ
のふやそれさへ当{あて}にならざればとにかくに心安{こゝろやす}からず
みやこのたよりを待{まつ}うちにしだい〳〵に月{つき}かさなりて

(3ウ)
小{こ}さんははやこの月{つき}が臨月{りんげつ}になりしかば額俵屋{がくだはらや}の
重兵衛{ぢうへゑ}夫{ふう}婦も深節{しんせつ}なる心{こゝろ}から欲{よく}をはなれて小三
をいたはり殊{〔こと〕}に金五郎{きんごろう}の親{おや}もともゆたかなる〔こと〕
しるゆゑに手附{てつけ}の金{かね}を取{とり}しのみにて残{のこり}の金{かね}はうけ
取{とら}ねどさらにあやぶむ〔こと〕もなく産{さん}の手当{てあて}を何{なに}くれと
のこるかたなくまめだちて安産{あんざん}をこそいのりける。金五郎{きんごろう}
はかくまでも額重{がくぢう}夫{ふう}婦の深切{しんせつ}のひとかたならねは
すこしもはやく身請{みうけ}の金{かね}をわたしたくおもへどそれも

(4オ)
自由{じゆう}ならず。ひとり胸{むね}をぞくるしめける。はや月{つき}みちて
小{こ}さんは玉{たま}のやうなる男子{おのこご}を産{うみ}しかば。金五郎{きんころう}はさら
なり。額重{かくちう}夫婦{ふうふ}もよろこぶ〔こと〕大{おほ}かたならす。その名{な}を
金{きん}の介{すけ}と名付{なづけ}しが。両親{ふたおや}に似{に}てうつくしければ。金五郎{きんごらう}
は日{ひ}ごろにまして。小三{こさん}金之助{きんのすけ}の愛{あい}にひかされ。とかく
そは〳〵気{き}もおちつかず。内{うち}にゐる〔こと〕は稀{まれ}にして。額重{がくぢう}へのみ
行{ゆく}ものから。白翁{はくおう}は惣領{そうれう}の。文之丞{ぶんのぜう}が不身持{ふみもち}にて。大{おほ}かた
ならぬ苦労{くろう}をしつれば。秘蔵孫{ひそうまご}の金五郎{きんごろう}。いたづらものに

(4ウ)
なりもやせんかと。はら〳〵おもひゐたりしに。ちかきころは
外を内{うち}。内を外{そと}と居{ゐ}つかぬも。はじめのほどは若{わか}ものゝ。
ならひとさのみとがめもせず。うち捨{すて}ておきけるに。漸〻{したい〳〵}
につのるゆゑ。かくては身{み}のためあしかるべしと。おもふてある日{ひ}
わが居間{ゐま}に。孫娘{まごむすめ}のお雪{ゆき}に琴{〔こと〕}を弾{ひか}せ。たはこくゆらし
聞{きゝ}ゐたるが[きせるをはたいておゆきにむかひ]「コリヤお雪{ゆき}よ。モウ琴{〔こと〕}もよいに
しやれ。この頃{ごろ}は大{だい}ぶん上達{せうたつ}したが。ずいふん身{み}にしみて
ならふたがよい。わしもおのしが琴{〔こと〕}をきいて。大{おほ}きにうさを

(5オ)
はらしました。年{とし}がよるとおつなもので。外{ほか}に何{なに}もたの
しみがないから。お念仏{ねんぶつ}でも申シたり。おのしが琴{〔こと〕}や三味線{さみせん}
をきくのが。なによりよいなぐさみじや。イヤそれはさうと。アノ
金五郎{きんごらう}は内{うち}にゐるかの。」ト[とはれておゆきは琴{〔こと〕}のつめをはづしながらにこやかに]「ハイお兄{あにい}
さんは。お部屋{へや}にお出{いで}あそばしました。なんぞ御用{ごよう}でござり
ますか。」【白】「ヲヽさしたる用{よう}もなけれど。わしが今{いま}茶{ちや}を入る
から。ちとはなしに来{こ}いと呼{よ}んで来{き}やれ。」【ゆき】「ハイ〳〵かしこまり
ました。お呼{よび}申てまゐりませう。」ト[琴{〔こと〕}をかたよせ出て行{ゆ}く。引{ひき}ちがへて金五郎は祖父の

(5ウ)
白翁{はくおう}が居間{ゐま}に来れば]「ヲヽ金五郎{きんごろう}か。サア〳〵もつとこつちへ来{き}て。茶{ちや}が
出来{でき}たから一{ひと}ツ呑{の}みやれ。茶菓子{ちやくはし}はさいはひ御前{ごぜん}から
頂戴{てうだい}したのをとつてある。」[いつにかはらぬまめ〳〵しさに金五郎も茶をのみつゝよもやまのはなし
のついで]【白】「コレ金五郎。おぬしも今{いま}が血気{けつき}のさかり。老人{としより}の
いふ〔こと〕はおもしろふあるまいが。マアよふきゝやれ。おつなもの
で子{こ}をおもふは親{おや}の常{つね}で。貴{たつと}い賤{いやし}ひの差別{しやべつ}はないもの。
さきだつていつの頃{ころ}でかあつたか。上方{かみがた}から状{ぜう}が来{き}た時{とき}。
あちらは一統{いつとう}風{かぜ}がはやると。さういふてよこしたもやつぱり

(6オ)
おぬしを案{あん}じるゆへ。気{き}をつけてくれとの事{〔こと〕}であらう。
もとよりおぬしもひとりの親{おや}。又{また}兄弟{きやうだい}とても外{ほか}には
なし。もちろん文之丞{ぶんのぜう}はじめおぬしまでも。かくし
てはゐるなれど。お亀{かめ}とやらいふ容㒵{みめ}よき娘{むすめ}を。親{おや}しらず
にもらふてそだてあげ。たがひに兄弟{きやうだい}のやうにして。にくからぬ
中{なか}であつたとやら。そのお亀{かめ}でも側{そば}にゐたら。又{また}まぎれ
にもならうけれど。それとても行{ゆき}がたしれず。生死{しやうし}の
ほどもわからぬと。サ。ちらりとおりやきいたぞや。何{なに}をいふ

(6ウ)
てもこちらのお雪{ゆき}は。まだ一向{いつかう}の子{こ}どもなり。内{うち}にゐても
おもろくあるまいが。今{いま}では文之丞{ぶんのぜう}もおぬしをば。こちらへ
もらひうけてからは。お亀{かめ}もゐぬゆへたのしみに。おもふは
コレそちばかりぢやから。わるい耳{みゝ}をきかせぬやうに。せに
やならぬが若{わか}いうちは。利発{りはつ}なものでも些{ちと}づゝは。身{み}にあや
まりの出来{でき}るもの。もつともはやあそひなどは。めん〳〵の
得手勝手{えてがつて}ゆゑ。暑{あつ}さ寒{さむ}さも何{なに}ともおもふまいが。また
内{うち}ではさうはない。アこの寒{さむ}いに出{で}てゆきをつたが。風{かぜ}でも

(7オ)
ひきそへねばよいが。夜{よ}がふけてかへらねば。寝{ね}てゐてもろく〳〵
ねられず。人{ひと}の足音{あしおと}のするたび〳〵に。帰{かへ}つたか〳〵。門{かど}をしめ
たで|這入{はい}られぬのかと。引{ひつ}たて耳{みゝ}をしてきいてゐるぞ
や。ずいぶん折{おり}ふしは附{つき}あひなどで。あそびにもゆくがよしサ。
若{わか}いうちの事{〔こと〕}なれば。なんでもするなではないけれど。この
ごろはあまりにこうじたぞや。それがつのるとはて〳〵は。
モウどうなつてもまゝの川{かは}と。身{み}のをさまりもつかぬ
やうに。なるものだからたま〳〵は。内{うち}にゐてみんなの気{き}も

$(7ウ)

$(8オ)

(8ウ)
ちつとはやすめるやうにしやれ。このくらゐな〔こと〕はいはずとも
承知{せうち}してゐるであらうが。つのらぬやうにしたがよい。」ト
[かたいやうでもどこやらかどのとれたる丸あたまなでつゝ〔こと〕ばやわらかき]異見{いけん}に金五郎は一言半句{いちごんはんく}の。
かへす〔こと〕ばもなかりしが【金】「だん〳〵の御異見{ごいけん}心根{しんこん}に徹{てつ}し
まして。申{もふ}シ上{あげ}る〔こと〕ばもござりません。これまで種〻{しゆ〴〵}に
御苦労{ごくろう}かけましたは。重〻{ぢう〳〵}身{み}のあやまり。おゆるし
なされてくださりまし。」ト[あやまり入りたるをりからにおゆきはまたもいてきたり]【ゆき】「モシ
おあにいさまへ。アノ上方{かみがた}からお使{つかひ}がまいりましたヨ。」ト

(9オ)
聞{きく}より金五郎{きんごろう}は俟{まち}かねたる。たよりにとびたつうれしさを。
しられじと胸{むね}にをしかくし【金】「ナニ上がたから人が来た
かへ。」ト[いふに白翁もきゝ耳だて]「ヲヽなんじや上がたから便{たよ}りがあるか。
今も今とてうわさをした処{とこ}。はやふ金五郎|行{いつ}て見やれ。」ト
[すゝむる〔こと〕ばに]金五郎{きんごろう}はいそ〳〵として玄関{げんくはん}に立出{たちいで}。使{つか}ひに逢{あふ}て
状{でう}うけ取。ひらきて見{み}れば刀{かたな}をもとむる金{かね}一包{ひとつゝみ}は。使{つか}ひの
ものに持{もた}せつかはし候へば。あらためてうけ取申すべしと。
こま〳〵といひ送{おく}りつ。猶{なほ}其{その}書状{しよでう}の封{ふう}じの奥{おく}より。隠居{いんきよ}

(9ウ)
白翁{はくおう}への書簡{しよかん}も出しかば。その状{ぜう}は白翁{はくおう}のところへ
さし出し。かの一|封{つゝみ}の金{かね}をうけ取。おのが部屋{へや}に入りて
返書{へんしよ}をしたゝめ。使{つか}ひの者{もの}はかへしけり。金五郎はかの
一封{ひとつゝみ}の金{かね}を得{え}しかば。飛{とび}たつばかりによろこびて。すぐに
懐中{くはいちう}し。立出{たちいで}んとして中{なか}の間{ま}を見れば。お雪{ゆき}はひとり
一心{いつしん}に。人形{にんぎやう}の着物{きもの}を縫{ぬ}ふゐるすがたは。今年{ことし}十四に
なりけれど。よろづうちばにして。あどけなく
容㒵{みめ}かたちもうつくしく。心だてさへやさしけれど。

(10オ)
小{こ}さんにくらべてはをとるなるべし。【金】「コウお雪{ゆき}ぼう。それは
このあいだの人形{にんぎやう}にきせる着物{きもの}か。」ト[とはれておゆきはゑみをふくみ]【ゆき】「ハイ
あなたにいたゞきました。人形{にんぎやう}のでござります。」【金】「それは
いゝがの。おれは今{いま}出{で}て行{ゆく}から。おぢいさんやおつかさんが
お聞{きゝ}なすつたら。今{いま}仲間{なかま}からよびに来{き}てまゐり
ましたと。いゝ子{こ}だからさういつてくんなよ。」ト[いへばおゆきは
わらひながら]【金】「なぜそんなに。
わらふのだ。」【ゆき】「それでもお仲間{なかま}へお出{いで}あそばしたと

(10ウ)
申ましてもおかへりがお遅{おそ}ひと。うそだとお思{おも}ひあそ
ばしませう。」【金】「何{なに}さあとでは又{また}どふでも。いひやうがある
からいゝはな。案{あん}じずとさういゝなよ。」【ゆき】「ハイさやうなら
おはやく。お皈{かへ}りあそばしまし。」ト[いふに金五郎は出てゆく。引{ひき}ちがへておゆきのうばはたちいでゝ]
【うば】「おぢやうさんなにをあそばします。」【ゆき】「これかへ。これは
此{この}あいだおあにいさんに。いたゞいた人形{にんぎやう}の着物{きもの}だよ。」
【うば】「もういゝかげんねゝさまいぢりもあそばしまし。
いつまでもそのやうに。ねゝさまばかりかわいがつて。

(11オ)
どふした物{もの}でございます。今{いま}に若旦那{わかだんな}さまの奥{おく}さまに。
おなりあそばすお年{とし}でからに。」【ゆき】「ヲヤうばはいやな〔こと〕を
おいひだよ。あれはおあにいさんだものを。そんな〔こと〕はなり
ません。さうしてもうどこにか。奥{おく}さまがお出{いで}だよ。」【うば】「それ
だからあのやうに。お内{うち}にとては片時{かたとき}も。お出{いで}あそばす空{そら}は
なく。それといふもおまへさまが。もうちつとをとならしく
あそばせばよいに。ほんのねゝさまで。若旦那{わかだんな}の女{おんな}ぐるひを
あそばすを。しらぬ顔{かほ}でお出{いで}あそばすから。わたくしはもう

$(11ウ)

$(12オ)

(12ウ)
しれつたくつてなりません。」トいはれておゆきは気{き}の
どくそうに。顔{かほ}をあかめて猶{なほ}あばい【ゆき】「それでもアノ
おあにいさんは。おぢいさんやみなさんに。ま事{〔こと〕}におこゝろ
づかひをあそばすから。おかわいさうだものを。ちつとは
御保養{ごほやう}のおあそびを。あそばしてもよいではないかへ。」【うば】「それ
は又{また}しれた事{〔こと〕}。あなたはお家{いゑ}のお娘{こ}さま。若旦那{わかだんな}さまは
お血{ち}すぢでも。御養{ごやう}子でござりますもの。お心{こゝろ}づかひも
あそばす筈{はづ}を。」ト。お主{しう}おもひの岡焼{おかやき}もち。[おゆきはにこ〳〵わらひながら]

(13オ)
「ヲヤ〳〵そんな事をいふとしかられるよ。上{かみ}がたの伯父{おぢ}さんの。
まことのお宿{やど}は爰{こゝ}だから。おとつさんよりお兄{あにい}さんが。
大切{たいせつ}だとつね〴〵から。おつかさんがおつしやつたよ。」ト子供
心{こどもごゝろ}にも金五郎{きんごろう}を。大事{たいじ}にするぞいぢらしゝ。さても
金五郎{きんごろう}は。件{くだん}の金{かね}をたづさへて。飛{とぶ}が〔ごと〕くに額俵屋{かくだはらや}へ
至{いた}りて。あるし重兵衛{ぢうべゑ}に逢{あふ}て。小さんの身の代{しろ}を。わた
して。是{これ}までひとかたならず世話{せわ}になりしを厚{あつ}く報{むく}ひ。
夫{それ}よりたゝちに青柳橋{あをやぎばし}の。辺なる粂川{くめかは}といふ。料理屋{れうりや}の

(13ウ)
裏{うら}に家{いゑ}をもとめ。造作{ぞうさく}までも奇麗{きれい}にしてこの家{や}に
小さん金之助{きんのすけ}をひきとり。乳母{うば}をかゝへ婦女{けぢよ}をおきて
住{すま}はせけるに。小さんはゆゑなく。産後{さんご}すら〳〵肥立{ひだつ}ものから。
小さんはつく〴〵行{ゆく}すゑを。考{かんが}へ見れば金五郎{きんごろう}も。養子{やうし}の
身にて。この身をはじめ。金之介{きんのすけ}や乳母{うば}下女{げぢよ}まで。
はぐゝまん〔こと〕大{たい}ていならず。所詮{しよせん}わが身はおちぶれて。
一旦{いつたん}廓{くるは}の芸者{げいしや}して。人にも顔{かほ}を見しられたれば。
今さら斯{かう}してくらすとも。誰{たれ}しらぬものもなければ。

(14オ)
女{おんな}の手わざにはか〴〵しき事も出来{でき}ねば。またもとの
げいしやとなればなれし事ゆへ。さのみに気{き}ぼねもをれぬ
わざ。三筋{みすぢ}の糸{いと}の世わたりも。芸{げい}は身を助{たすけ}ると。たとへの
ふしも金五郎{きんごろう}が。せめては心{こゝろ}やすめなりと。思{おも}へは金五郎へ
我{わが}胸{むね}を。うちあけてものかたれば。今更{いまさら}一旦{いつたん}うけ出せし。
小さんをふたゝび客{きやく}へ出さんは。人のおもはく世のそしりも。
口{くち}をしくはおもへども。万事{ばんじ}心{こゝろ}にまかせぬゆゑ。詮方{せんかた}なくて
承引{うけひき}ければ。小三は是{これ}より又もとの。かへり花{ばな}さく唄妓{げいしや}

(14ウ)
となりて。客{きやく}の相{あい}手に出しかば。容㒵{きりやう}もすぐれ座{ざ}もち
なれば。引手{ひくて}あまたにいよ〳〵はやり。内{うち}に居{ゐ}る間{ま}はなかり
けり。頃{ころ}しも霜月{しもつき}のすゑつかた。小さんは金{きん}の介{すけ}を。
かきいだき。その身もこたつへよこになり。出もせぬ乳{ちゝ}を
ふくませて。ねんころ〳〵と鼻{はな}うたを。うたふて寝{ね}かし
つけてゐる。そのかたはらに乳母{うば}のおちゝは。火鉢{ひばち}に煮花{にばな}
をこしらへながら金{きん}の介{すけ}の頭巾{づきん}を縫{ぬ}つてゐる。[かゝるところへ
金五郎は。しやうじをあけて入りきたるを。小さんは見てかほをあげ]「ヲヤ入らつしやいましたか。

(15オ)
さぞおさむうござりましたろう。」【金五郎】「さうよ。なんだか
ひどくひへるのふ。ぼうずめは又{また}ひる寝{ね}か。」ト[いひながらはをりをぬぎすてて]
巨燵{こたつ}へあたりて寝{ね}ころべば。小{こ}さんはかた手{て}にてたばこを
すひつけ。金五郎{きんごろう}に[出しながら]【小三】「もしおまへさんヱ。あの廓{てう}から
最中{もなか}のもらつたのがありますがアノお雪{ゆき}さんにあげ
ましてはわるふございますかへ。」【金】「ナニわるくもねへが。あんな
大{おほ}きなものにやるよりは。取{とつ}ておいて坊{ぼう}にやるがいゝ。」
【小三】「それでもこの子{こ}には。あんまりあまくつて。わるふ

(15ウ)
ございます。ほんに甘露梅{かんろばい}もありましたから。一所{いつしよ}に
しておぢいさんのところへでもあげませうか。」【金】「ばかアいひ
ねへ。石部{いしべ}金吉{きんきち}鉄{かな}かぶとといふかたい内{うち}へ。花街{てう}からもらつ
たものが出{だ}されるものかな。」ト[いはれて小三はこゝろづき]「ヲホヽヽヽ。ほんにさう
でありましたね。それはさうとアノおゆきさんは。さぞ
おうつくしくおなりなさいましたろうね。」【金】「さうさ。まん
ざらではねへけれど。まだ一向{いつかう}のねゝさまなり。どこのか
人{ひと}とくらべては。とても及{およ}ばねへ論{ろん}なしよ。」ト[ゆびのさきで小さんの顔{か}をちよいと*「顔{か}」は「顔{かほ}」の脱字か

(16オ)
つく。小さんはわらひながら]「又{また}そんなにくらしい〔こと〕を。夫{それ}でもモウ女{おんな}といふものは。
子{こ}もちになると色気{いろけ}もなくなり。つまらぬものであり
ますねへ。」【金】「ちげへねへ。色気{いろけ}がなくつても汁気{しるけ}があれば
沢山{たくさん}だ。のふばゞア。」ト[こゑをかくればうばもふきだし]【うば】「ヲホヽヽヽほんにさやうでご
ざいます。わたくしのやうになつてはいけませんが。御新造{ごしんぞ}さん
などはこれからが肝心{かんじん}でございます。」【小】「ヲヤいやよ。夫{それ}でもおつな
もので。子供{こども}にかまけると。いくじなくじゝむさくつて。わか身{み}
ながら婆〻{ばゞ}アじみたとおもふやうだよ。夫{それ}だから座{ざ}しきへ出{で}

(16ウ)
てもお客{きやく}がみんなわたしの事{〔こと〕}を。子{こ}もち山姥{やまうば}だなんのと
いふから。わたしも夫{それ}をやつぱり通{とふ}して。斯{かう}いふ唄{うた}を唄{うた}つてやるよ。」
〽わかい時{とき}は二度{にど}はない。有頂天{うてうてん}までのぼりつめて。親{おや}に苦労{くろう}を
かけるはばかよ。子{こ}をもつてしる親{おや}の恩{おん}ほど深{ふか}いものは
ないわいな。」「たとへ金銀{きん〴〵}で富士{ふじ}の山{やま}つむとも子{こ}にや易{かへ}
られぬ。ほんに世{よ}の中{なか}に子{こ}ほどかわゆいものはない。」と
唄{うた}ふゆゑ。中{なか}にはむねきなお客{きやく}は。てめへのやうなもの
にやア。ろくな子{こ}は出来{でき}やアしめへ。子{こ}といふものは屁{へ}を

(17オ)
ひつても。できるのなんのとぢらす人{ひと}があるから。わたしも又{また}
まけぬ気{き}で。味噌{みそ}をあげるじやアないけれど。かわいゝ人{ひと}と大{おほ}ぼね
を折{おつ}て。こしらへた子{こ}だから出来合{できあひ}の子{こ}とは。ちつとちがひ
ますといひますから。色気{いろけ}がなくつていゝといつて。呼{よ}んで
くださるからおかしいのサ。」【金】「ヘンとんだからくりのいひ立{たて}だ。
ほんにこのごろぢやア。めつさう口{くち}が達者{たつしや}になつたよ。道理{どうり}
でおれもいひまくられる。」ト[いひつゝねてゐる金{きん}の介{すけ}がみゝをひきはなをつまむゆへ金{きん}の介{すけ}は顔{かほ}をしかめながら目を覚{さま}す]
【小三】「アレまたそんないたづらばつかり。とう〳〵おこしておしまい

(17ウ)
なすつた。せつかくよく寝{ね}かしつけましたものを。」【金】「いゝはな。あん
まりひるねをすると。夜{よ}るになつて目{め}をさますから。やかまし
くつてねられねへ。」【金】「ナゼ〳〵。」
【小三】「なぜもよくできました。あなたはいつでもひるまでづゝおよつ
てはお起{おき}なすつて宵{よひ}ツぱりをなさるものを。」【金】「なんの。
むりにおこしても。もうねあきた時分{じぶん}だから。アレ機{き}
げんのいゝ事{〔こと〕}を見{み}な。おれが顔{かほ}を見{み}ちやアにこ〳〵わらふ
ぜ。いゝ子{こ}か〳〵。いゝ坊{ぼう}ちやんだぞ。」ト[金{きん}の介{すけ}の顔{かほ}をなで〳〵]「こりや。おつかアの

(18オ)
やうに。うは気{き}になつちやアいかねへぞ。」【小三】「ヲヤけしからねへ。
わたくしよりあなたに似{に}たら。親{おや}に世話{せわ}ばかりやかせませう。」ト
[いひながらたいどころのかたをむゐて]「お竹{たけ}や何{なに}をしてゐるか。坊{ぼう}が起{おき}たから
ちつとだいておくれよ。」【下女】「ハイ〳〵サア〳〵おぼうさんお出{いで}て
なさいまし。アノお乳母{うば}どん。わたしやア今{いま}おぼうさんを。
つれ申て恵迎院{ゑかういん}へ行{いつ}てあそばせ申すから。アノ歯入{はいれ}やが
来{き}たら。ながしの下駄{げた}の歯{は}を入{いれ}させて。おくんなさいよ。」
【うば】「アイ〳〵。それはいゝが。お泣{なき}なすつたらはやくお帰{かへ}りよ。

(18ウ)
お怪我{けが}をさせ申さねへやうにおしよ。」【下女】「アイそんなら
行{いつ}てまゐりませう。」ト[お竹{たけ}はそとへ出{で}て行{ゆく}。引{ひき}ちがへて女かみゆひあらひがみのおたぼが来{く}るを見て]【小三】「ヲヤ
おたぼさん。丁度{てうど}よい間{ま}だよ。サアおあがり。坊{ぼう}を今{いま}あそびに
出{だ}したからこの間{ま}にちよつと結{いつ}ておくれな。」【たぼ】「それは丁度{てうど}
よふございますね。ヲヤ旦那{だんな}お出{いで}なさいまし。この間{あいだ}は間{ま}
ちがひまして。さつぱりお目{め}にかゝりません。」【金】「ほんにさうサ。なん
だか急{きう}にさむくなつたね。モウこんなにこたつと首{くび}つひきを。
するやうになつちやアいけねへのサ。」【たぼ】「ヲヤおまへさん。そんな

(19オ)
〔こと〕をおつしやるが。こたつといふものは能{よい}もので。ちよんの間{ま}の
楽{たの}しみがありますよ。ねへ小三さん。」【小三】「なんだねおたぼさん。おつな
事{〔こと〕}をおいひでない。人{ひと}の鼻{はな}をこするやうな。わたしらアそんな
〔こと〕はきらいサ。」【金】「コウおたぼさん。おまへもよつほど好物家{こうぶつか}だね。
なるほどちよつといちやつくには。まんざらわるくねへやつさ。
冬{ふゆ}の色事{いろ〔こと〕}はこたつで出来{でき}るやつが。いくらもあるものさ。」
【小三】「もしおかしくもないそんナはなしは。もうおよしなさい。気障{きざ}
で有{あり}ますはね。サアおたぼさん。今{いま}に煮花{にばな}ができるから。其{その}内{うち}結{いつ}て

(19ウ)
おくれなねへ。」ト[これよりおたぼは小三のかみをゆひながら]【たぼ】「小三{こさん}さんきのふはアノどこへお出{いで}
なすつたへ。」【小三】「きのふかへ。きのふは舟{ふね}で酉{とり}の町{まち}へ行{いつ}たはね。夫{それ}だから
いつもより髪{かみ}がだいなしになつたのサ。」【金】「ナニきのふは舟{ふね}へ行{いつ}たから
髪{かみ}がこはれたと。そいつはちとあやしい。」【たぼ】「ヲヤ〳〵旦那{だんな}が何{なに}かおつ
しやるよ。」【小三】「又{また}おやきがはじまりさ。めづらしくございません。」
【金】「これがやけねへでとうするものか。番人{ばんにん}のねへ生巣{いけす}だもの。
どんな人{ひと}が釣{つる}かしれやアしねへ。」【小三】「ヲヤとんだ寃{むじつ}を受{うけ}るもんだ。
たとへどんな釣人{つりて}があつて。餌魚{ゑさ}をどん〳〵まけばとて。曲{まが}つた

(20オ)
針{はり}にやアかゝりませんよ。はゞかりながらわたくしハ。」【金】「ヘンとんだ所{どころ}で
りきむやつよ。あかゑが芝居{しばい}をするやうに。」ト[からかつてゐるうちかみをゆひしまひ]【小三】「ばア
やアお茶{ちや}はまだ出来{でき}ぬかへ。」【うば】「ハイやう〳〵できました。」【小三】「そんなら
一{ひと}ツあげやう。」ト[金五郎のはつおをとりておたぼにもついて出す]【たぼ】「是{これ}ははゞかりさま。モウおかまい
なさいますな。ほんに旦那{だんな}へ此{この}ごろに顔見{かほみ}せはどうてござります。」
【金】「わたしも此間{こないだ}からさういつてゐるのサ。小三も見{み}てへといふから
一所{いつしよ}にお出{いで}な。四五日のうちに。」【たぼ】「夫{それ}はありがたふこさいます。楽{たの}しみ
にいたしておりますよ。」ト[いふところへくめ川のわかいもの入り来り]「モシ小三{こさん}さんへ。このぢうの

(20ウ)
お留守居衆{るすゐしゆ}が。夕方{ゆふがた}行{ゆく}から口{くち}をかけて。置{おい}てくれろといつてめへり
ましたよ。」【小三】「ヲヤさうかへ。けふはお店{たな}の衆{しふ}のやくそくも有{ある}が。こつ
ちは夜{よ}が更{ふけ}るから〔こと〕はつて。おまへのほうへ参{まゐ}らうよ。」【わかい者】「そん
ならのちほど御案内{ごあんない}をいたしませう。」ト[わかいものはたちかへる]【たぼ】「どれわた
くしもまゐりませう。さやうなら小三{こさん}さん。又{また}明日。」トあいさつ
して。髪{かみ}ゆひおたぼはかへりけり。
仮名文章娘節用後編上之巻終


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底本:国立国語研究所蔵本(W99/Ky4/2、1001952983)
翻字担当者:片山久留美、金美眞、島田遼、銭谷真人
付記:鶴見人情本読書会編「〈翻刻〉『仮名文章娘節用』前編(・後編・三編)」(「鶴見日本文学」2~4、1998~2000)を対校資料として利用した。
更新履歴:
2017年3月28日公開

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