物類称呼巻四
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凡例
1.本文の行移りは原本にしたがった。
2.行移りは、その丁の表および裏の冒頭において、丁数・表裏を括弧書きで示した。
3.仮名は現行の平仮名・片仮名を用いた。
4.漢字は常用漢字新字体によることを原則とした。
5.繰り返し符号は次のように統一した。
平仮名1文字の繰り返し 〔例〕いなゝく、いとゞ
片仮名1文字の繰り返し 〔例〕タヽミ、イタヾキ
漢字1文字の繰り返し 〔例〕千々
複数文字の繰り返し 〔例〕いよ〳〵、ぢう〴〵
6.白ゴマ読点は読点(、)、小さな白丸は中点(・)で代用した。
7.Unicodeで表現できない文字は〓を用いた。
8.傍記・振り仮名は{ }で囲んで表現した。 〔例〕乾坤{けんこん}
9.左側の傍記・振り仮名の場合は、冒頭に#を付けた。 〔例〕乾坤{#あめつち}
10.傍記・振り仮名が付く本文文字列の始まりには|を付けた。
11.割注・角書は[ ]で囲んで表現した。
12.漢文部分(日本語語順でない漢字列)は語順を入れ替えた。
13.訓読記号(レ点・一二点・合符など)は省略した。
14.書名や語形を示す枠囲みは『 』で代用した。
15.原本の表記に関する注記は(*)で記入した。 〔例〕又諸國にて・ざふ(*「ざふ」に傍線)
本文の修正
1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。
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(1オ)
物類称呼巻之四
器用
注連 しめ○肥前の長崎にて・かんじやうと云中国にもかく称{しやう}する所多し
屋台 やたい○東国にて・やたいと云大坂及西国にて・だんじりと云土佐にて・は
なだいと云江戸の祭礼には、一万度大麻の形を制{つくり}て万度と云・又はなを
かざる故花だしとも云又だしと云物有祇園祭の鉾{ほこ}のたぐひなり
今按にかんじやうとは勧請{くはんじやう}といふことにや神をいはひまつる心だて
なるべし又|神縄{かんじやう}なり共云
紙手 かうで○江戸にて・をしがみと云大坂及泉州堺にて・かうでと云中国及土
佐にて・こうじやうと云今按にをしかみは上に口有と云意にて口上と名付る
にや又土佐にては幸定と書よし也
(1ウ)
稲扱 いなこき○京江戸共に・いねこきと云畿内にて・ごけたをしと異名ス越後
にて・ごけなかせと云上野信濃にて・せんだごきと云下野佐野にて・から
はしと云奥の津軽にて・せんこきと云遠江にて・かなこばし江戸田舎にて・
かなごきと云西国にて・せんばごきと云今按に畿内にて後家{ごけ}たをしと異名
せしは昔は篠{しの}竹を三寸斗に切て鳥の觜{くちばし}の如く制{つくり}て掌{て}の中にをさめ
て・いねをこきし也・近世|鉄{てつ}をもて制たる便利なる物有て孀婆{やもめばゝ}の業{わざ}を
失ひしに似たりよつて名とす此説『和漢三才図会』に見えたり
連枷 からざ|ほ{ヲ}[穀をうつの具也]○京にて・ま|ひ{イ}ぎねと云東国にて・くるりと云越後
にて・ふりばいと云中国及四国にて・からざ|ほ{ヲ}と云肥後にて・ぶりこと云
碓 からうす○江戸にて云・からうすは是畿内にて云・ふみうす也江戸の鄙{いなか}
にて云・ぢがらうす也今略してぢがらと云又穀する臼に農家にて云からうす
すりうすの二品有爰に畧す
(2オ)
枴 あふ(*「あふ」に傍線)こ○[物をになふ木なり両はしとがりたるをいふ]○中国及西国にて・あふ(*「あふ」に傍線)こと云長崎にて・らこ
といふ四国にて・さすといふ○江戸にて・てんびんぼう(*「ぼう」に傍線)[物をになふ木にて両の端{はし}丸くあふこと形少しかはれり]
京にて・たごのぼうと云越後にて・かたげぼうと云奥の仙台にて・かつぎ
ぼうと云遠州にて・になひぼうと云大坂及堺或は四国にて・あ{ヲ}ふ(*「あふ」に傍線)こと云九州
にて・ろくしや(*「しや」に傍線)くぼうと云肥後にて・もつこぼうと云古今俳諧哥に
〽人こふることをおもににになひもてあふこなきこそわびしかりけれ
是はあふこを逢期{あふご}とよみし歌也
篩 ふる|ひ{イ}○常陸にて・ほう(*「ほう」に傍線)ろぎと云
案山子 かゝし[わら人形なり]○西国にて・鳥をどし加賀にて・がんをどし肥前
にて・そふ(*「そふ」に傍線)づと云[関西より北越邉かゞしといふ関東にてかゝしとすみていふ]又|添水{そふづ}を肥前にて・うさぎつゞみ河内
にてそふ(*「そふ」に傍線)づがらうす上野にて・みづなるこ信濃にて・しかつゞみ加賀にて・はじき
といふ貞徳翁の云そふづは田へ水を添る具にて板にて拵たる物也そふは添也
(2ウ)
づは水也季吟翁の云そふづは水辺にしかけて水の力を添{そへ}て音を出す鹿
をどしなり続古今
〽山田もる僧都の身こそかなしけれ秋果ぬれは問ふ人もなし 玄賓
今按に加賀にて・はじきと云は『芸文類聚』にいはゆる弾{はじき}歟其制|異{こと}なる
やうにおもはるゝ也又備中国湯川寺の玄賓{げんひん}僧都の故事又僧都添水
の論は哥書の注解『雑事筆海』『和字正濫』等の諸説考合せて分弁{ぶんべん}
有又国々にて其|形{かたち}異{こと}なる品数多しといへとも事|繁{しけ}けれはこゝに略す
〓 ちきり[機{はた}の具なり]○関西にて・ちきり関東にて・をまきと云
きぬまき[きぬをまく物也]○関西にて・きぬまき紀州にて・ちまき東国にて・まへ
がらまき下総にて・まへがらみと云
機躡 まねき○京江戸ともに・まねき遠江にて・いのとゝ云
かざり[梭{ひ}みちをわくる糸也]○関西にて・かざり武州にて・かけいと紀州にて・あそび
(3オ)
下総にて・あやいと西国にて・あぜいとゝ云
あぜ竹[升{よこ}をわくる竹なり]○関西にて・あぜたけと云を東国にて・あや|だ{た}けと云
くさ[経{たて}をまく隔に用ゆる物也]○関西にて・くさと云物を関東にて・はたくさ西国にて・
しとりといふ
杼 ひ[梭同筬{をさ}]○今按に二品ともに諸国の通称か哥には梭{さ}をなぐるまなどゝ
光陰のうつりやすきを詠格とす又|李白{りはく}之{が}烏夜啼ノ詩ニ機中錦ヲ織ル秦川
女碧紗烟ノ如ク窻隔テヽ語ル梭{サヲ}停{トヾメテ}悵然トシテ遠人ヲ憶フ(*原本「李白之烏夜啼詩機中織錦秦川女碧紗如烟隔窻語停梭悵然憶遠人」の順)なども作れり又世俗亙に面を
和して内心の和せざる人をひをすると云諺有是は杼{ひ}と筬{をさ}とすれあふて
ひとつ所に寄らぬにたとへたるなるべし
尺 ものさし[たかばかり]○武州河越にて・しやく共云常陸にて・しやくごと云
綿筒 わたあめ○京大坂にて・ぢんき西国にて・けいまき又・しのまき土佐にて
・へちま又・しのまき尾張にて・あめ越後にて・しの武蔵にて・しのまき遠
(3ウ)
江及安房上総常陸にて・よりこ又ねぢこ豊前豊後にて・まるわたと云
柊楑 さいづち○畿内にて・ばんじやうつち西国及四国にて・さいこづち東国にて
・さいづちと云又|鉄鎚{かなつち}を奥州にて・かなさいづちと云
釿 てをの○関東にて・てう(*「てう」に傍線)な大坂にて・ちよ(*「ちよ」に傍線)んのと云
鋸 のこぎり○畿内及山陽道にて・のこと云上州にて・のこずり上総
安房にて・のふぎりと云これはいにしへ、のほぎりといひし名の転したる也
算盤 そろばん○薩摩にて・ろくろと云
杠秤 ちぎ○関西にて・ちぎと云越後にて・きんれうといふ関東にて・ち
ぎりといふ
銭 ぜに○畿内にて表の方を・もじと云東国にて・かたと云同く裏{うら}のかたを
畿内にて・ぬめと云東国にて・なめと云又銭|緡{ざし}の事を日向にて・つらぬきと云東国にてつ
らぬきと云は出銭の事なり尾張にて各出{かくしゆつ}と云
(4オ)
も此たぐひならん伊勢にて集銭{しうせん}と云
筲 いかき○畿内及奥州にて・いかき江戸にて・ざる西国及出雲石見加
賀越前越後にて・せう(*「せう」に傍線)けと云武州岩附辺にて・せう(*「せう」に傍線)ぎ安芸にて・した
み丹波丹後にて・いどこ遠江にて・ゆかけ越後信濃上野にて・ぼてといふ
又江戸にて・かめのこざるを畿内にて・どんがめいかき芸州にて・どうがめしたみ
下野にて・ひらざると云又江戸にて・御前籠{こぜんかご}といふ物を備前にて・しまふぐ
又小き物を・こじをりと云又関西にて・めかごと云を東国にて・めかいと云或・ふご・びく又・こめあげざる又其大イなるを・かたまきと云其外品類尽し
かたし今爰に略す
椀 わん[飯椀{いひわん}汁{しる}椀菜{さい}椀等の品類あり]○西国及北国にて・ごきと云東国中国四国にて日用
の飯器{はんき}を・じや(*「じや」に傍線)うぎと云相模安房上総下総武蔵辺に至るまて・かう(*「かう」に傍線)だい
と云[江戸は勿論其国〳〵の駅舎にてはかうだいとは称せずわんとのみよぶ也]
(4ウ)
今按にごきと云事|卑賤{ひせん}の詞にはあらさるべし『続日本紀』に御器ノ膳と
有又ぢやうぎと云へるは則常器也西国にてはぢやうぎ膳ぢやうぎ椀ぢやう
ぎ箸などゝ云又かうだいといふは今の椀の制とは少たがへり今の世に椀といふ
物はいにしへ引入|合子{がうし}などいひし也『壒嚢抄』に見えたり『平家物語』に木曽
義仲精進がうしの詞あり『職人尽哥合』にいなばがうしなどの詞あれば
因幡の産を上品とせしにや今も年の初に門松につくる藁合子{わらごうし}といふ
物有古き詞なり○大|峰{みね}の図司{づし}のわたりにて人々俳諧連哥せしにいと
せばき家なりけれはゆふけもる器物こしらへる音席に聞えけれは
〽大峰の図司のあたりのちかきにやなりわたるらんごきもぜんきも 季吟
・卒{ひら}[ひらざら]○下総及奥州にて・ひらきといふ
・皿{さら}○常陸及下野にて・かにこといふ
・坪{つぼ}○肥前佐賀にて・のぞきと云・箸{はし}○豊州にて・をてもとゝ
(5オ)
云又|食盤{しよくばん}を俗に膳といふ然とも膳は飯食を兼備ふるの惣名也又俗
に折敷{をしき}は食机{をしき}にていにしへ食ををしといひし也
猪口 ちよく○薩州にて・のぞきと云江戸にても底深きを・のぞきぢよく
と云又福建及朝鮮の方言に鐘{かね}を呼てちよくと云
盆 ぼん○中国にて・ぼにといふ[哥に蘭をらに紫苑をしをにといふごとくにはね也]
爼板 まないた○駿河及上総にて・きりばんと云下総或は奥の津軽にて・さい
ばんと云信濃にて・まなべいたと云まなは即魚なりいにしへ魚菜{ぎよさい}をなと云
けり後菜をなといひて魚をまなといひかへたり
摺鉢 すりばち○江戸にて・すりばち大坂にて・すりこばち山陽道及四国
にて・かゞつ西国にて・すりこのばち共いふ東国の女言に・しらぢと云上総
及出羽にて・いせばち奥州にて・らいばん[擂盆か]同三ノ戸{ヘ}にて・かはらけばち
といふ
(5ウ)
摺粉木 すりこぎ○江戸にて・すりこぎ五畿内及西国中国四国にて・れんぎと云
出雲にて・めぐり越後にて・めぐり又まはしぎとも云出羽にて・めぐりこぎ
津軽にて・ますぎと云
煻舁 じうのう○京にて・をきかき江戸大坂共に・じふのう北陸道及因幡
伯耆或は土佐にて・せんばと云奥州南部にて・ひかきと云今按逓火{テイクハ}
ひかきと訓す江戸にて台じふのうと云物也炭鉤{すみかき}是江戸にて云じうのう也
『合類節用』に十王{しふのう}は冥官の像の
手の形に似たるゆへ十王と云々
逓火(*イラスト有り)
炭鉤(*イラスト有り)
鉄灸 てつきう○上総及信濃越後にて・てつ(*「てつ」に傍線)きと云仙台にて・ごとくといふ
飯櫃 めしびつ[めしつぎ]○京にて・いご上総下総常陸これにをなじ安房にて・あ
まご伊勢にて・さう(*「さう」に傍線)ないといふ
煙筒 きせる○江戸にて・きせる京にて・きせろ伊勢にて・きせりと云是
(6オ)
皆五音相通にて如此の類余多ありたとはゞ江戸にて哥骨牌{うたがるた}といふ物を京
にてうたがりたと云ならべたる形|刈田{かりた}に似て殊に秋の田のかりほの御製哥{ごせいか}
巻頭{くはんどう}に置侍れは刈田ははなはだ雅名{がめい}とやいはん○火皿{ひざら}京にていふ江戸にて・
がんくび伊勢にては・ぶくといふ○斑竹{らう}は羅宇国{らうこく}より出す故にその名あり
羅宇国{らうこく}は南天竺{なんてんぢく}の内暹羅{しやむ}の西{にし}隣国{りんこく}也又きせるの脂{やに}を大坂にては・ずと云
煙盒 たばこいれ○薩摩国の農夫{のうふ}・のんこつと云(*イラスト有り)かくの如の形に桐をもて制{つくり}
たる物也提銃卵{さげとうらん}又は提たはこ入なといふ物に形は殊{こと}也といへともをなじ類{たくひ}也又提た
ばこ入を越後にては・やらうと云
今按にやらうとは薬籠{やくらう}の畧語なるべし世に印籠と称する物はむかし印石{ゐんせき}
印肉を入たる器にて竹をもて小く籠を制{つくり}腰にたれたるものなりしが今
薬を貯{たく}へる具となれりやらうと云も此たぐひにてやあらん
釜 かま○江戸にて称するかま(*イラスト有り)如此を畿内及西国四国倶に・はがまと
(6ウ)
いふ[関西にてははがまの小なるものにて茶を煎して茶がまといふ]又江戸にて云ちやがま(*イラスト有り)如此を畿内及ヒ
西国にて・くわ(*「くわ」に傍線)んすと云東国にてくはんすとよぶものははのなき物につるをかけた
るをいふ、四国にてあられくわ(*「くわ」に傍線)んすとよぶたぐひ也
今按に上世かなへといひし・あし鼎{かなへ}まる鼎などいひし物を後かまといひはがま
などゝよぶ安房の国の浦里にかなへむらといふ所あり大いなる釜のふた荒
波に打あげられて・今なを有とかや往古かなへむらとなづけたる成べし又|古{いにしへ}
竈{かま}と称せしは今|竈{かまど}といふ然とも塩竈炭かまなどの名遺れり
鍋 なべ○江戸にて・くちなべといふを遠江及上総下総にて・せんばと云[四国にては銅にて制]
[たるをせんばといふ]泉州にて・てとりなべと云
和泉国堺の南に一路菴といふ有一路上人住給ひし旧跡とて今なを存す
上人は一休襌師同時の僧也世に在{いま}せし頃一休此菴室に来りていかなる
か是一路と問ひ玉ひしかば一路言下に万事皆休すへしいかんぞ一休と答
(7オ)
へられしと也草菴もとより余財なし手取鍋ひとつ有けるを窓前に掛
置て食を乞{こ}ふ道ゆく人其徳をしたひて米穀{べいこく}菜瓜{さいくは}のたぐひを施
をとりて其日〳〵の糧{かて}とす一首の哥あり
〽てとりめよをのれが口のさしでたぞざふすいたくと人にかたるな
○なべのふたを房州にて・かざしといふ
杓 ひしや(*「しや」に傍線)く○関西にて・しや(*「しや」に傍線)くといふ関東にて・ひしや(*「しや」に傍線)くと云もとひさ|ご{こ}に
てつくりたり、よつていにしへはひさごといひし也瓠{ひさご}をば生{なり}ひさ
ごといひし也ひさご転してひしや(*「しや」に傍線)くとなれりとそ
茶碗 ちやわん○北国及中国西国四国或は常陸にて・てんもくと云肥前ノ鍋嶋
奥州二本松にて・いしごきといふ信州筑摩辺にて・けんぐりと云此辺の山
民は隣家へ行かふに茶碗を袂に入行て其うつわにて湯茶を飲{のむ}と也
其ゆへをしらす
(7ウ)
鏊 いりなべ○京にて・いりごら大和及東国にて・ほう(*「ほう」に傍線)ろく下総にて・いり
がら常陸にて・ちやほう(*「ほう」に傍線)じといふ
今按にいりなべ俗にいりがはらと云いりごら、いりがら又こう(*「こう」に傍線)らなといふは共
に、いりがはらの転語なるべし又ほう(*「ほう」に傍線)ろくはほいろの器{き}といふ意{こゝろ}是|鏊{いりなべ}の
属{たぐひ}也『東雅』『下学集』を引て焙爈{ばいろ}の字訓{よみ}てほいろと云ほいろは火色{ほいろ}
なり其火を得て、色の変するをいふと見えたり又いりがはらは土のやきなべ
といひて、今の制とは形かはりたる物也
湯鑵 やくは(*「くは」に傍線)ん○大坂及中国四国にて・ちやびんと云遠江にて・とう(*「とう」に傍線)びんと云信濃に
て・てどりと云土州の客予に語ていはく我故郷にやつ(*「やつ」に傍線)くわ(*「くわ」に傍線)んと云有ちやびん
と云物よりは少大きくして口短を云ちやびんと云は形丸らかにして口長きを云
とぞ江戸にて其かたちいろ〳〵有といへともすべてやくは(*「くは」に傍線)んと云、又茶びんは其
制別物なり
(8オ)
土瓶 どびん○薩摩にて・ちよ(*「ちよ」に傍線)かと云同国ちよ(*「ちよ」に傍線)か村にてこれをやくちよ(*「ちよ」に傍線)かは
もと琉球国の地名なり其所の人薩州に来りてはしめて制るゆへに
ちよ(*「ちよ」に傍線)かと名づく又常陸及出雲或は四国にてどひんとひの字を清{すみ}て
唱ふ出雲常陸などにてはどびんとなづくるは牛馬の睾丸{きんたま}也四国にては人の
睾丸の大イなるをいふとぞ武蔵の国にて春のたはふれにすなる宝曳の親|
縄{なわ}といふ物のしるしにつくる物を胴{どつ}ぷぐり又どつぴんなどゝいふも此|意{こゝろ}なるべし
提灯 てう(*「てう」に傍線)ちん○仙台にて・ひぶくろ常陸にて・をつぺしあんどんともいふ
日向にて・へこといふ
行灯 あんどん○加賀にて・しほんばりといふ○江戸にていふ・丸あんどんを加賀
にて・まはしあんどんと云津国にて・ゑんちやんどんと云是はゑんしうあん
どんの誤也小堀遠州侯の物数寄にて制りはしめ給ひしと也
江戸にて・はちけんと云もの有竹をもて丸く輪{わ}を作り菅笠の如くたて
(8ウ)
に骨を組て紙にて張、灯{ひ}を点{てん}じてうつばりなどにかくる物也加賀にて
・かさあんどん越前にて・つりあんどん又はつ(*「はつ」に傍線)ほう(*「ほう」に傍線)又につほんといふ津国にても
・はつ(*「はつ」に傍線)ほう(*「ほう」に傍線)武蔵にて・さんとく共云○灯心を・とう(*「とう」に傍線)しみと云時は和訓和名と成
縦{たとへは}|芭蕉{ばせう}を・はせを文を・ふみ紫苑{しをん}を・しをにと云類也是音ヲ和語に用ル例也
灯㮇 かきたてぎ[とうしんをさえ]○備後福山にて・へけ〴〵と云筑後国久留目にて・
さんとくといふ越前にて・かきたてぐゐ、越後にて・かんだしといふ
発燭 つけぎ[ゆわうぎ]○東国にて・つけぎといふ関西にて・ゆわうと云越後にて
・つけだけと云土佐にて・つけぎと云又・つけだきと云
今按に関西にてゆわうといふはゆわうぎの下略成へし又外より重の物
にもあれ何にもあれ贈{をく}り来る器の内へうつりに紙或はつけ木を入て返す事
有硫黄{ゆわう}又いわう共いひ侍れは祝ふといえる心にてつけぎを入る事ならん
又東国にてうつりといへる物を土佐の国なとにては其器に入て返ス物の名を
(9オ)
は・とめといふ又越後にてつけ竹といふはむかしは竹を薄くへぎて今のつけぎ
の如く用ひたるとぞ土佐のつけだき、つけだけ成へし
衣架 かけ|ざほ[俗称]○上野にて・みせざほ下総|猿嶋{さしま}郡にて・みぞゞと云筑紫にて・
ならしと云今按にみぞゞは御衣{みぞ}なりそはさ|ほ{ヲ}の反{かへし}そなれば、みぞゞと称
するは古き詞なるべし疑{うたがふ}らくは平ノ将門{まさかど}の時代の遺風にてやあらんか又世に衣
桁{いかう}をみぞかけといふも同し心也『杜甫カ詩』翡翠衣桁ニ鳴ク(*原本「翡翠鳴衣桁」の順)と有は是衣を
曝{さら}す竿なり
歩障 ついたて○豊州にて・ざちう(*「ちう」に傍線)と云[肥前にてつきたてといふはついたてといふに同し]
剃刀 かみそり○西国にて・そりと云奥州白河にて・すりといふ[婦女の用ゆる剃刀の小なるものを]
[・けたれと云は畿内東武ともに同し]
楴 かう(*「かう」に傍線)がい○参河及遠州にて・ほせと云
櫛 くし○京大坂にて・たいまいのくしといふを江戸にてべつかうのくしと云
(9ウ)
蝉髩挿 つとさし○畿内にて・つとさし東国にて・たぼさしといふ[関西にて云髪のつとを東国にてたぼといふ]
中国西国共に・つとはね土州にて・つとさし又つとばりと云加賀にてつとかう(*「かう」に傍線)がいと云
罟 てんのあみ[小鳥を捕あみ也]○関西四国にて・てんのあみと云京にては・かすみといふ東
国にて・ひるてんと云
竹瓮 たつべ[魚をとる具也]○近江にて・たつめといふ河内にて・ぢんどうといふ四国にて・うゑと云
武州にて・どう(*「どう」に傍線)と云江戸の北いなかにてどうと云物に似て少し別なる物を
ごしうけと云其形椀をふせたるに似たりいにしへ椀をがうしといひけれは盒子
魚器{がうしうけ}とやいひつらん今は詞ちゞみてごしうけとよぶ也
人偶 にんぎやう[てくゞつ]○京江戸共に・にんぎやう(*「ぎやう」に傍線)と云豊後にて・でこん
ぼう(*「ぼう」に傍線)と云中国にて・できのぼうと云四国にて・でこ又でく共云豊前及
武蔵相模安房上総下総にても・でくのぼうと云[これいにしへでぐるぼうと云し詞の変したる也京大坂の]
[いなかにてもでこといふ]又京大坂にていふ・そろまと云人形は東国にて・のろまといふ物也
(10オ)
又京にて・つくね人形といふ物を江戸にて・ねりにんぎやうと云又|起上小法師{をきあがりこぼうし}
といふ物を勢州|久居{ひさゐ}にて・うてかへりこぼしといふ[この所にてはかたなの鞘{さや}のかへり角{づの}といふものをうてかへりづのと云]
[其外もこの類にてをして知るべし]
紙鳶 いかのぼり○畿内にて・いかと云関東にて・たこといふ西国にて・たつ又ふう(*「ふう」に傍線)
りう(*「りう」に傍線)と云唐津にては・たこと云長崎にて・はたと云上野及信州にて・たか
といふ越路にて・いか又・いかごといふ伊勢にて・はたと云奥州にて・てんぐばたと
云土州にて・たこと云[上かたにてハいかをのぼすといふ江戸にてたこをあくるといふ東海道にてたこをのぼすといふ相州にてたこをながすと云]
穀匣 こめびつ○東国にて・こめびつ京にて・からとと云大坂及堺にて・げぶつ奥ノ仙
台にて・らう(*「らう」に傍線)まいびつ[粮米]、津軽にて・けしねびつと云[東国西国ともに雑穀をけしねと云余国はしらす]
桶 をけ○上下総州及武蔵にて・こがといふ[江戸にて四斗樽京にて四斗をけと云を総州にて四斗こがといふすえふろをけ]
[をすえふろこがなとゝいふ]常陸にて・とう(*「とう」に傍線)ご豊州及肥前佐賀にて・かいといふ長崎にて・そう(*「う」に傍線)
と云[大イなるをふといそうといひ小なる物をほそいそうと云]畿内にて・たご[担桶]といふを江戸にて・にな|ひ{イ}といふ
(10ウ)
[これになひをけの略也又になふとは人ふたりにてもつを云かつくと云ヒかたぐると云は意違へり又たごとはをけの惣称也上かたにてはなにたこかたごといふ、たごとばかりいふ時は畿内西国共に水]
[桶也東国また豊後にてはたごと云は糞器をいふ也『多識』ニ尿桶{たごひ}と有この事にや]京にて・かたてをけと云を江戸
にては・かたてをけ又・さるぼう又・くみだしとも云越前にて・かいみづをけと云
にて・かいげ上野にて・ひづみと云[造酒屋にて用ゆるかたてをけの大なるものを肥前にて○たみをけといふ]
盥 たらい○奥州南部にて・たいへと云陸奥にて・せんそくばちと云因幡にて
・はんざうと云江戸にては匜盤{みゝだらい}を匜{はんざう}と云又|角{つの}だらいといふものは耳だらいに
角{つの}の有物也
𥶡 たが○京にて・かづらと云[工匠をかづらかけと云]畿内近国及九州四国にて・わと云[同桶のわ入]
[といふ]江戸にて・たがといふ[同たがかけと云田舎にてたがやといふ]
褁 かます[かまけ]○西国にて・かまきと云肥前島原にて・ゑなまきと云唐津
にては米穀を入るをかまきといひ銭を入るをかますといふ
苞 つと○西国及四国ともに・すぼといふ
(11オ)
木鉢 きばち○江戸にて・きばち京にて・ひきばち越後にて・ふくばち土
佐にて・きぢばちといふ
杵 きね○出羽にて・うちぎといふ下総にて・をといふ○腰の細き杵を関西
にて・かちぎねと云[かちは搗也搗栗{かちぐり}と云もをなしこゝろ也]東国にて・てぎねといふ上総にて・
きゞといふ[婚礼に用る手杵に鶴亀やうのもやうを粉ンを以て画くことあり]
梯 はしご○伊勢の長嶋にて・ほう(*「ほう」に傍線)じう(*「じう」に傍線)といふ又・ごすけといふ
今按に東海道五十三次の内に桑名の渉{わたし}より言語{げんぎよ}音声{をんせい}格別に改リ
かはるよし也将{はた}五十三駅とは『山谷カ詩』鬼門関外遠シト道{イフコト}莫レ五十三駅是レ
皇州(*原本「鬼門関外莫レ道{イフコト}遠シト五十三駅是レ皇州」の順)と有詩によつて定られしと云
甀 とくり○下総にて・ぼちといふこの国にて・酢ぼち酒ぼちなとゝ云○江戸にて
・ゑだる[とくりの家也]といふを京及北越にて・たじといふ○江戸にて云ぬりだるを
遠江にて・やなと云又此国にて酒を嗜む人の女子を生{う}む時は其名をやな
(11ウ)
とつくる人多し[柳樽の略語なるへし]
漏斗 じやうご[酒を器にうつす具なり]○上野にて・す|ひ{イ}かん又・す|ひ{イ}はくなどゝいふ[別に米穀を俵]
[にいるゝ竹器に同名あり]
屐 あしだ○関西及西国にて・ぼくり又・ぶくりといふ中国にて・ぼくり又・ぶく
りと云物は江戸にて云げたの事也
草履 ざうり○江戸にて・こんがう(*「がう」に傍線)又・のりものざう(*「ざう」に傍線)り[うらおもて共に藺{い}の殻{から}をもつて織たる物也]畿内西国
にて・こんが{か}う(*「がう」に傍線)と云[乗物ざうりの名はなし]○江戸にていふ・かはざう(*「ざう」に傍線)り[竹の皮にてつくりたる物]を九州にて
・うらなしと云東国にて・がづざうりと云○江戸にて・なかぬきざうりを京
にて・すべざうりと云[江戸にてわらのしべといふ物を京大坂にてわらすべといふ]因幡にて・わらみござうりと云
○江戸にていふ・わらざうりを奥州仙台にて・ちりざうりと云○江戸ニて
云・ごんずわらぢを関西にて・あとづけざうりといふ九州にて・むし(*「し」に傍線)やわらぢ
又・むしや(*「しや」に傍線)ざうりといふ[小児のはく物也]
今按に屩靪{こんがう}和名たちはめといふ物なり
(12・13オ)
地下にて用るは制{せい}異{ことなり}といへともこんがうとよぶ昔比叡山安然僧正|貧窮{ひんきう}に
して書を求る力なしよつて金剛[法器也]を手に持給ひて草履{さうり}を制
しよりこんがうざうりと世にいひならはしたるとなり
橇 かんじき[かじき]○畿内にて・なんばといふ今按にかじきはくろもじの木
をたはめて輪となし縄にてあみ革{かは}の紐をつけ大サ壱尺ばかりあるもの也
北越及奥羽なとにて雪沓{ゆきくつ}をはきかじきを結ひ付て道路を蹈かたむ
るに用ゆ畿内にてなんばといふは深田の泥の上を行ものにて是則かじき也
西行家集に
〽あらち山さかしく下る谷もなくかじきの道をつくるしら雪
『太平記』ニ曰かじきを踏ざる故雪中に四五尺落入たりと云々『史夏記』山行ニハ
檋{かんじきに}乗{のる}ル(*原本「山行乗檋」の順)と有是山上を行の具也橇{かんじき}は又深き泥を行もの也又越前にて山の
雪崩れて落る時は山人声を発{はつ}して跡くろもじに端ナはぜの木あめうし
(12・13ウ)
の革{かは}で八尋延{やひろばへ}といひ〳〵其処を逃{にけ}去るとなりかく呼ぶ時は其難を遁{のか}
るゝと云つたへたりとかや跡くろもじとはかじきの輪をいひはなはぜの木とは
櫨{はぢ}の木なるへし鼻緒{はなを}といふ物をはぢの木にてつくりたらんか黄牛{あめうじ}の革{かは}と
は紐{ひぼ}の事八ひろばゑは縄八ひろをもつてあみたりといふ事にてやあらん尚{なを}可尋
○雪車{そり}といふ物を越前にて・こいすき又・こすきともいふかじきとは別物なり
そりたる木にて制り雪の上をすべらかし行ものと見へたり『堀川治郎百首』
〽初深雪降にけらしなあらち山こしの旅人そりにのるまて
『会津風土記』ニ雪車又雪舟ニ作ル共ニ素履{ソリト}訓ス云々(*原本「雪車又作雪舟共訓素履云々」の順)
供饗 くぎやう○江戸及び四国にて・けそくといふ東国にて・ろくがう(*「がう」に傍線)と云西国
にて・ろくごう又ごう(*「ごう」に傍線)と云近江にて・くげと云越前にて・くぎや(*「ぎや」に傍線)うと云
加賀にて・をけそくだいと云[供したる品ををけそくといふ]今按にろくごうと云はおく
ぎやう(*「ぎやう」に傍線)の訛か
財布 さいふ○甲州及上野上総辺にて・ぢんきちといふこれ武田信玄陣中に
て陳吉と名づけ給ひしといひつたふ
巾着 きんちやく○豊州にて・ふうづうと云長崎にて・だらと云津軽にて・だらこと云
(14オ)
衣食
羽織 はをり○安房国にて・はごりと云阿波にて・どうぶくと云今按に
姓氏に錦織{にしごり}とよめり羽織をはごりといへるもおなじ心歟又|道服{どうぶく}といふ
物はもとより道子の服にして其制法有はをりは又旅道中に便{たより}よ
き服なれは道服共いふなるべし同字別物也と古人もいえり
袴 はかま○信濃国木曽路にて・じんぎぶくろ又いんぎんぶくろともいふ
頭巾 づきん○奥州南部の俗・てつ(*「てつ」に傍線)ぺんぶくろといふ江戸にて・枲{からむし}づきん又・がんだうづきんと云を[強盗{がうたう}東国にてがん
だうと云]北国にて・ぼう(*「ぼう」に傍線)しと云又・をくそづきん・をくづ
(14ウ)
づきんと云武州|秩父{ちゝぶ}にて・ちよつ(*「よつ」に傍線)ぺいと云[品類多しこゝに略す]
腰帯 こしをび○東国にて・こしをびといふ物を畿内にて・かゝえをびと云又東国
にて・しごきと云物を畿内にて・かゝえぼうしと云肥後にて・てぼそといふ
[江戸にててぼそといふはわたぼうし也泉州堺にてこきんわたといふにをなじ]
繻半 じゆばん○諸国ともにじばんと唱ふ東国及西国にて・はだぎともいふ関西
にて・はだつけともいふ越中にて・はだこと云北国及東奥の所々にて・てゝらといふ今按にてゝら夏の日農民の業をつとむるに着る物也単{ひとへ}にて
丈ケみぢかく紐はありなしにてひら〳〵としたる物也又どてらといふもてゝらといふ
詞の転したるなりといへる人も侍れと今どてらと呼物を見るにひとへなる服
にはあらずわたを入たる布子となづくる物也てゝらといひどでら又つゞれなど云
是皆通音也其制はかはり有て名は同し心ならんか又小児の繻伴を肥前
及土佐にて・ちんこといふ『万葉集』の哥に
(15オ)
〽たのしみは夕顔たなの下すゝみおとこはてゝらめはふたのして
犢鼻褌 ふどし○東国にて・ふんどしといふ西国および中国にて・へこといふ奥州
にて・へこしといふ常陸にて・てこと云[てこをかうなどいふてこはへこの転したるか]畿内及美濃近江にて
・まはしといふ上総にて・たふ(*「たふ」に傍線)さぎといふ『日本紀』ニ犢鼻褌{たふさぎ}『万葉集』ニ
〽わかせこかたふさきにするつふれいしよしのゝ川にひをそかゝれる
『和字正濫』ニふみもだし昌郁翁{しやういくをう}ノ説にふみとほしなどゝ有たふ(*「たふ」に傍線)さぎは胯塞{またふさぎ}
の上略也礼家にははだまきといふ又相撲を業{げう}となすものはまはしといふ
其外下をびはだの帯などゝいふ所有○二布{ふたの}[女の身に近く腰をふさぐ具也]京にて・き
や(*「きや」に傍線)ふといふ畿内及美濃近江にて・ゆぐといふ西国にて・ゆのものと云上総
にて・みゝねと云江戸にて・下をび又ゆもじと云陸奥にて・こしまきと云
津軽にては・よまきといふ
寝衣 よぎ○奥州にて・よかぶりといふ
(15ウ)
雨衣 あまぎぬ[和名]○江戸にて・もめんがつ(*「がつ」に傍線)ぱと云中国四国ともに・あまばをりと
いふ肥後にて・じう(*「じう」に傍線)りんと云大和にて・じうりがつぱと云伊勢にて・じう(*「じう」に傍線)りと云
今按にじうりといひじうりんなど云是は時雨凌{じうりやう}成へし
清水谷実業卿の狂詠に
〽霜月に霜のふるのはことはりやなど十月に十は降らぬそ
中院通茂卿かへし
〽十月にじうはふらぬと誰かいふ時雨はじうとよまぬ物かは
飯 いゝ[めし]○加賀及越中又は武蔵の国南の海辺にて・おだいといふ薩摩
にて・だいばんと云出羽にて・やはらといふ[羽黒山の行者のことば其国にひろまりたるなるべし]○小児の詞に
関西関東共に・まゝといふ又東国にて・ごゞ共いふ[これは供御{くご}なるべしいせ流の女詞にもぐごといふ]上総
下総の小児・ぱつぱといふ[余国にてはたばこの事をぱつぱといふ総州及常州にてまゝといふは水のことなり]
今按に飯をおだいといふは古き詞也故に飯を炊く所を諸国通じて
(16オ)
おだい所といふ又土佐国|幡多{はた}郡は西の境也此所にては女の陰門{いんもん}をまゝと云専ら
少女のをいふとぞ又往古には飯ををしといひし也『古事紀』『日本紀』等に
袁須{をす}袁勢{をせ}など見え侍るは是則食の事なり今の世に婦人産の時|
産棚{うぶだな}にをし桶といふ物を飾{かさ}るをし桶は飯器をいへり『徒然草』ニ御産の
時|甑{こしき}おとす事は定れることにはあらず御|胞衣{ゑな}とゞこほる時のまじなひ也
[下略]甑『和名』古之岐{こしき}飯を炊{かし}く器也と有又|鷹{たか}に餌{ゑ}をするををしする
といふも同し意にやあらん○昼食○畿内にて・おこゞといふ南都{なら}にて
・けんずいといふ今按に東国の農家にて午未の尅{こく}の間に食事|為{する}
を・こぢうはんと云或村老の云昼食をこぢうはんとなづくるは午時{ごじ}半
と云|意{こゝろ}なりとぞ予おもふに農民は形チを労する事はなはたしければ
の長きころはふたゝびも食すべし再{ふたゝ}びめの昼食なるか故に小昼飯{こぢうはん}
なるへしや駿河国にて・やう(*「やう」に傍線)びるいと云は夕|昼飯{びるいゝ}の転語にや土佐の国にて
(16ウ)
・こびるまといふ是におなじ土州にては昼食{ちうじき}を・ひるまといひ[ひるまゝなり]夜
食{やしよく}を・よいと云[夜飯{よいゝ}なり]上総下総にてこうだいごろと云は是は昼飯{ひるめし}をいふ
[こうだいとは汁椀をいふなり]
小豆粥 あづきがゆ○加賀にて・さくらがゆと云但馬国にて・ざふすいといふ
世俗わたましに赤豆|粥{かゆ}を煮て祝ふこと有、一説に是はもと伊豆の国
風にて三嶋明神の氏子伊豆の豆と三嶋の三を象{かたと}りて豆三粒入る
より今通じて世上の流例となるといへり[未詳]又正月十五日小豆
がゆを煮て都鄙{とひ}家毎に是を食す『清少納言枕草子』ニ十五日は
もちがゆのせくまいるとかきしも此こと也をなじ草子にかゆの木にて
女をうつ事を書るも此日なり『狭衣』にも見えたり、今も北国及
西国には松の枝柴などにて男根の形をつくりて女の腰をうては子を
うむまじなひとて今もする事也東国にも聟嫁なとをうつ事有
(17オ)
又今日河内国平岡の神社に卜田祭{うらだまつり}と云有御粥{かゆ}殿に大イなる釜をすへ
小豆粥を煮て神供とし五穀|成就{じやうじゆ}の祈念{きねん}終りて竹を五寸ばかりに
伐{きり}て管{くだ}となしたるを五十四本それに五穀{ごこく}及色々の種もの五十四品に書
分て釜の中へ投{とう}じ・さて一々其管をわりて粥管の中に入たる多少或は贄{にへ}
の加減{かげん}を見てそれ〳〵に何の種は十分何の種は八分など神主{かんぬし}高声に吉凶を
よみ上る事也近国の農民群集して其|卜{うら}の善悪を書付置て神卜{しんほく}に任
せて農事をつとむる事也これを平岡の御粥{みかゆ}といひ卜田祭{うらだまつり}とも云又或人曰
粥を目出度ことに用るは粥祝{しゆく〳〵}通音ゆへなりとぞ又諸国にて此日の粥の初
穂をとり置て十八日の朝これを食すその糜{び}[やわらかなるかゆ]粥{しゆく}[かたきかゆ]によりて一年
の風雨を卜{うらなふ}事有是を則十八日粥といふ『千金月令』『荊楚歳時記』の
に略す
奈良茶 ならちや○大和奈良にて・やじふ(*「じふ」に傍線)と云畿内にて・ならちやがゆと云[諸国にてならちや(*「ちや」に傍線)]
(17ウ)
[と称するはならちやめし也]『宇陀法師』ニ〽たしかなる夢を掃込む椽の下といふ句に
〽茗粥{やじふ}たく火の夜は明にけりと李由か附たり李由は近江の産亮隅律師也
雑炊 ざふすい○河内及播州辺にて・びやう(*「びやう」に傍線)たれと云加賀越中或ハ但馬にて
・みそづといふ越前にて・にまぜと云伊勢にて・いれめしと云東国にて・ざふ
すい又・いれめしといふ婦人の詞に・おぢやといふ又京都にて正月七日の朝
若菜の塩|𩞀{こながき}を祝ひて食すこれを・ふくわかしと云大坂及堺辺にては神棚{かみたな}
に備たる雑煮あるは飯のはつほ等を集置て糝{こなかき}に調へ食すこれを福わかし
と云こながきとは俗にいふ雑水{ざふすい}也土佐の国にては正月七日雑水に餅を入たるを福
わかしと云武江にては正月三日上野谷中口護国院に福わかし有大黒の湯と
称す男女群集すること也
餻 もち[和名もちひ]○関西にて・あもと云江戸にては小児に対して・あもといふ
○雑煮[餅にいろ〳〵の菜肴を加へ煮てあつものとし年のはじめに祝ひ食ふ俗にこれを雑煮といふ]畿内にて・雑煮と云又
(18オ)
かんとも云江戸にては新吉原にて・かんと云[おかんを祝ふ又をかんばしなど云]案に新吉原市中を
はなれて一ト廓{くるは}を構へ住居すゆへに古く遺{のこ}りたる事多し又浅草の市にて
の雑煮箸おかんばしとよびて売侍るも古く云伝たるなるへしかんとは羮{かん}
なりあつものと訓ず○ぜんざいもち京江戸共に云上総にて・じさいもち出雲
にて・じんざいもちと云[神在餅と書よし也]土佐にて・じんざい煮といふ土州にては小豆に餅を
入て醬油にて煮砂糖をかけて喰ふ神在煮{じんざいに}又|善哉煮{せんざいに}などゝ称すとなり
○かゞみ餅諸国の通称也円{まとか}なる形によるの名なりとかや東国にて・そなえと呼
又・ふくでん共云越後及信濃にて・ふくでと云○搔餅{かきもち}[鏡餅に刀剣{とうけん}をいるゝを嫌て手を以てかく故にかき餅と]
[いふ今刄物を以てへぎたるをへぎもちといふ]越後にて・けづり餅と云同国にてかき餅を氷らせて
名づけて・しみ餅といふある人のもとにて搔餅{かきもち}を炙{あぶ}りて出せり余りにかた
かりけれは老の歯には得及ばしといふあるじのいふさらば搔餅によする述懐{しゆつくわい}と云
題にて狂哥よめといひ侍れは
(18ウ)
〽老の身の今さら恥をかき餅のむかふ鏡の昔恋しき 吾山
○しるこ餅○江戸にて・しるこもち京にて・ぜんび西国にて・ゆるいこ出雲
にて・にごみ越後にて・ざふに上野及駿河にて・ゆるこ総州及常陸下野辺
にて・ぜんびんと云[染餅と書よし也]加賀にて・あづきがゆ薩摩にて・おとしれとよぶ
牡丹餅 ぼたもち[又はぎのはな又おはぎといふは女の詞なり]○関西および加賀にて・かいもちと云豊州
にて・はぎ餅と云羽州秋田にて・なべしり餅と云下野及越前越後にて
・餅のめしと云下総にて・がうはんと云今按に ぼた餅とは牡丹に似たるの
名にして中略なりとぞ萩のはなは其制煮たる小豆を粒のまゝ散{ちら}しかけ
たるものなれば萩のはなの咲みだれたるが如しと也よつて名とすかいもちとは
上かたにてかいといふ詞は関東にてつゐといふにをなじつゐ餅になる故にかい
もちと云又粥餅也とも云いかゞ奥の仙台には蚫{あはび}を日にほし粉になしてもちに
制す名づけて貝もちといふ出羽の最上にては蕎麦{そば}ねりと云物をかい餅と云
(19オ)
又下総の国にては糯米{もちこめ}を焼{たき}て煮たるに小豆の粉を上下タに置て椀に盛{もり}
たる物を合飯{がうはん}と云或は夜舟といふはいつの間につくともしれぬと云|意{こゝろ}なり又
隣しらずといふも同し意なるべし奉加帳とはつく所も有つかぬ所も有と
いふ心也『発心集』ニやせおとろへたる老尼清水寺に奉加すゝむる所に行硯をこひて
〽かのきしにこぎはなれたるあまなれはをしてつくへきうらもなきかな
此哥の心も同しことはり也又京都にて土蔵の壁{かへ}を塗{ぬ}るいわゐとてかい餅
を饗{きやう}すさればかいもちは焼ても火の通らぬ物故にいはふての事なるべし
団子 だんご○伊勢にて・をまりといふ・女詞にいし〳〵と云[尾州にてはひらめに丸きをいし〳〵といふ]又筑紫
にて・けいらんと云有、江戸にて云・米まんぢうの丸き物にて今江戸にてはいまさ
か餅といふに似たり[雞卵と書り圑子にはあらす]○をとごの餅又川びたり餅とも云十二月朔日に
つく餅をいふ中国及九州にて・かはわたり餅と云
(19ウ)
煎餅 せんべい○出羽ノ秋田にて・をへらまきと云
白雪糕 はくせつ(*「せつ」に傍線)かう○仙台にて・さんぎぐは(*「ぐは」に傍線)しと云
滑飴 しるあめ○畿内にて・しるあめといふ西国にて・ぎや(*「ぎや」に傍線)うせんと云関東にて
・水あめ又ぎやうせんと云水あめはぎやうせんよりもゆるし又ぎやうせんは
濃煎{じようせん}なるべしや又地黄煎とも書江戸にては下りともいふ
糄米 やきごめ○奥ノ津軽及豊州薩州にて・ひらごめと云越州にて・いりごめと云
加賀にて春は・いりごめ秋は・とりの口といふ
炒 こがし○東国にて・こがし又みづのこといふ畿内及西国にて・はつ(*「はつ」に傍線)たいと云[麦粉と]
[書てはつ(*「はつ」に傍線)たいと訓ず]上野或は越前にて・こぐはしと云[粉のくはし成といふ意とそ]加賀にて・むぎいりこと
いふ[賀州の諺にいろまぬさきの麦いりこなといふ事あり]近江にて・いりこといふ奥州及総州肥州にて・か
う(*「かう」に傍線)せんと云今按に香煎{かうせん}は是和品なり洛陽祇園町江戸にては下谷の池
の端にて制し売を各産とすこがしとは其制少し異なり然とも此国
(20オ)
〳〵にてはこがしを香煎と呼也
菜菔漬 だいこんづけ○京にて・からづけといふ九州にて・ひや|く{ツ}ぽんづけと云関
東にて・たくあんづけといふ今按に武州品川東海寺開山沢庵禅師
制し初給ふ依て沢庵漬と称すといひつたふ貯漬{たくはへづけ}といふ説有是をとらず
又彼寺にて沢庵漬と唱へず百本漬と呼と也又沢庵和尚百首の中に
〽老らくの耳にはうときほとゝきすおもひ出るや初音なるらん
烏丸光広卿御点添書に初音の僧正同日の論にあらずと云々又初音僧
正と聞えしは興福寺花林院別当永縁
〽きくたひにめつらしけれはほとゝきすいつも初音の心地こそすれ
酒 さけ○出羽にて・いさみと云和州大峰にて・ごまのはいと云今按にいさ
みといふは羽州羽黒山などの行者の隠語なるべしを俗人もそれに傚{なら}ひて専ラ
いさみといふ事にや成けんごまのはいといへるも是にをなじかるべし又畿内の番
(20ウ)
匠の詞に間水{けんずい}といふ今はけづりともいふ江戸にても番匠はけづりと云かゝるたぐひ
の隠し詞を東国にてせんぼうと云士農の上にはなくして巧商{こうしやう}或ハ遊女{ゆうじよ}野郎{やらう}
の類ひ馬士{まご}竹輿舁{かごかき}に至まて符{ふ}帳詞あり今爰に略す又西国にてけんずい
と云は灸治する節酒食を饗{きやう}するをいふ○江戸にて参州酒などの味辛ク
つよき酒を鬼ころしと云如此の類を美作にて・やれいた酒と云野州日光に
て鬼ごのみといふ又駿河辺にては・てつ(*「てつ」に傍線)ぺんといふなり
物類称呼巻四
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底本:国立国語研究所蔵本(W52-5/Ko85/4、1001089869)
翻字担当者:太田幸代、畠山大二郎
更新履歴:
2015年5月7日公開