はじめに
キき耳クイズに挑戦!
解説ノート
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伊江島(沖縄県国頭郡)の方言
ヤ行にも5つの音がある!?
五十音表は、10の子音(行)と5の母音(段)の組み合わせで整理されています。ヤ行とワ行だけは、特定の母音との組み合わせがなく、「空き」になっています。
ところが、沖縄の方言の中には、これらの「空き」がないものがあります。伊江島の方言はその1つで、ヤ行のイ段音・エ段音もあれば、ワ行のウ段音もあります。
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ヤ行のイ段音はア行のイ段音「い」ととてもよく似ています。しかし2つの音ははっきりと区別できる別の音です。実際、伊江島の方言では、ii(いー)は「胃」を表しますが、yiiは「絵」を表します。
2つの音を波形で見比べてみましょう。するとア行のイ段音は突然大きな波で開始されているのに対して、ヤ行のイ段音は小さな波から始まって次第に大きくなっていきます。この違いは「開始部の強さ」として聞き取ることができます。
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伊江島(沖縄県国頭郡)の方言
清音と濁音と、もう1つ
日本語には清音と濁音の区別があります。この2つは、音声学的には、子音に声(声帯の振動)があるかどうかによる区別です。声のない音は無声音、声のある音は有声音と呼ばれます。なお半濁音(パ行の音)は、音声学的には無声音です。
日本語では、声が「ある」か「ない」かの2つを区別しますが、沖縄にはさらにもう1つを区別する方言があります。その方言の1つが伊江島方言です。
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伊江島方言では、「声帯振動がいつ始まるか」によって、3つの音を区別します。例えば「2つ」を意味するターツと「誰」を意味するターは、どちらも日本語の耳にはタで始まっているように聞こえます。しかしよく聞き比べると、「2つ」のタは声帯振動が比較的早く始まり、「誰」のタは比較的遅く始まることがわかります。音声学の用語では、「2つ」のタを無気音 [t]、「誰」のタを有気音 [th] と呼んで区別します。
声帯振動がいつ始まったかを知る手がかりの1つが「周期的な波形の開始時点」です。「破裂の開放時点から声帯振動の開始時点まで」の時間をVOTと言います。
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伊江島(沖縄県国頭郡)の方言
2種類の「マ」
日本語において、清音と濁音の区別は限られた音にだけ見られます。つまり、五十音図で言えば、カ行・サ行・タ行・ハ行だけです。その他の行は清濁の区別がありません。
清音と濁音は子音に声(声帯振動)があるかないかで区別されます。声がないのが清音(無声音)、声があるのが濁音(有声音)です。一方、清濁の区別がないナ行・マ行・ヤ行・ラ行・ワ行は、いずれも子音が有声音です。
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伊江島方言には、ナ行・マ行・ヤ行・ラ行・ワ行にも清濁に似たような区別があります。ただしその違いは「声があるかどうか」ではありません。たとえば、マーイ「周り」のマに対して、マー「馬」のマは喉(より正確には声帯)を一度完全に閉めてから発音されます。このような音を声門化音(あるいは喉頭化音)と言います。
声門化音 [mʔ] とそうでない音(非声門化音) [m] を波形で比べてみましょう。すると声門化音の方が子音の持続時間がより短くなっていることがわかります。これは [m] が始まる前に喉の「閉め」がある(つまり音がない)ためです。
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多良間島(沖縄県宮古郡)の方言
小さい「っ」から始まる単語
日本語には絶対に単語の頭に現れない音が3つあります。ん(撥音)とー(長音)、そして小さい「っ」(促音)です。
促音は重子音とも言われます。たとえばかた「肩」とかった「勝った」とを交互に発音して比べてみてください。っはたの子音部分と同じ口の形で発音していることがわかりますか。あか「垢」とあっか「悪化」で比べてみても、やはりっは直後のかの子音部分と同じです。まさに直後の子音を重ねているわけです。
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「重子音が単語の頭には現れない」という言語は日本語の他にももちろんあります(イタリア語などがそうです)。かと言って、重子音がある言語のすべてにおいて、重子音が単語の頭には現れないというわけではありません。言い換えれば、単語の頭にも重子音が現れることができる言語はあります。たとえば沖縄県宮古郡の多良間島方言には、小さい「っ」で始まる単語として、っす「白」、っふ「黒」、っふぁ「子」などがあります。
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多良間島(沖縄県宮古郡)の方言
2つの「ん」を区別する
アンまんとアンテナーー。太字部分はどちらも「ン」ですが、音声学的にはすべて違う音です。ためしに「アンまん」と発音するつもりで、「アン…」と言い差してみてください。そしてンのときに口の中がどんな状態になっているかをじっくり観察してみましょう。「アンまん」のンについてよく観察したら「アンテナ」でも同じようにンを観察してみてください。2つのンの違いに気づきましたか?
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2つのんを比べてみると、口のどこの部分がくっついているかが違っています。つまりアンまんのンでは上唇と下唇が閉じていますが、アンテナのンは舌先が歯茎のあたりにくっついています。私たち日本語話者はこの2つのンを区別なく同じ音として認識していますが、よく観察してみると違う特徴を持った音であることに気がつきます。
沖縄の方言の中にはこの2つのンを区別する方言がいくつかあります。その1つが多良間島方言です。たとえばカン「神」のンは両唇がくっつくん [m] ですが、カン「缶」のンは舌先と歯茎がくっつくん [n] です。
2つのんに加えて、多良間島方言には「反り舌音」と呼ばれる音があります。カル「彼」の最後の音がその「反り舌音」です。聞いた印象ではるやうのように聞こえるかもしれません。写真で見てみると、この音が舌裏を上あごにくっつけて発音する音だということがわかります。
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Cf. 斎藤純男 (2006)『日本語音声学入門 [改訂版]』三省堂
青井隼人あおい・はやと
言語変異研究領域 特任助教/東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 特任研究員
琉球列島で話されている言語を研究しています。メインの調査地は多良間島(宮古郡)と伊江島(国頭郡)です。世界的に見ても珍しい音声学的・音韻論的な特徴・現象にとくに注目しています。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の研究員も兼任しながら,若手研究者向けの教育系ワークショップの企画や運営に携わっています。
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