新「ことば」シリーズ15「日本語を外から眺める」 問8

問8 韓国では,相手が家族や友人など親しい間柄の人であれば,あまり謝ったりお礼を言ったりしないと聞きましたが,本当ですか。

親しい相手におわびやお礼のことばは水くさい?

 以前,30人の日本在住の韓国人(韓国で生まれ育ち,仕事や勉強のために現在日本に住んでいる人々)を対象に,日常場面でのことばや行動について,日本と韓国を比較してもらう調査をしたことがあります。その際,次のような質問をしました。

 (家族と一緒に食事をしていた若い女性が,うっかりソース入れを倒してしまい,「あっ,ごめん!」と言う,という日本の家族の一場面をビデオで提示して)「もし韓国の家庭で同じことが起きたとしたら,ソースをこぼした人の謝り方は同じでしょうか?」

これに対して,30人中13人が「違う」と答え,うち8人が「謝らないだろう」と回答しました。

 また,お礼に関する質問では,ある韓国人回答者は,「韓国で友人からお土産をもらったら,『こんなのわざわざ買ってきて…ん,でもこれいいね。』と言って,『ありがとう』とははっきり言わない」と述べていました。

 これは限られた人数の調査の話ですし,韓国ではすべての人がそのように行動するということではないでしょう。しかし,家族や友人との間では,日本ならおわびやお礼を言いそうな場面で,韓国では言わない,という場合がどうやら確かにあるようです。では,それはなぜなのでしょうか。

 韓国では,家族や友人のような親密な間柄でいちいちおわびや感謝のことばを言うのは他人行儀で水くさいという考え方があるようです。上記の調査でも,「韓国では『ごめん』にあたることばが家族や夫婦間では使いにくい」,「家族なら,すまないと思っている気持ちが言わなくても分かるので言わない」,「(謝ったりせずに)甘えることで,お互いによい雰囲気になる」,「韓国では親しい関係こそあまりお礼を言わない」などの意見が見られました。

慣用表現を使うことだけがおわびやお礼とは限らない

 それでは,韓国の人は親しい相手にはおわびや感謝の気持ちを示さないのでしょうか。そういうわけではありません。たとえば先ほどのソースをこぼした場面で,謝る代わりにどうするかというと,「『こぼした,こぼした!』などと言う」,「黙ってふき取る」,「言い訳はしながら片付ける」という回答が見られました。そしてその説明として,「あわてて片付ける行動ですまないという気持ちを表す」,「言い訳を言うのも自分がすまないとか恥ずかしいという気持ちがあるから」ということがあげられていました。

 これはつまり,「ごめん」ということばは使わないけれども,ほかの方法ですまない気持ちを示している,ということです。お礼も同様で,お土産をもらった時の「これいいね」が,友人への感謝の気持ちの表現になっているわけです。私たちはおわびやお礼というと「ごめんなさい」や「ありがとう」などの決まり文句を思い浮かべがちですが,日常の人とのやりとりをふり返ってみると,実際にはそれ以外の方法も併せて相手に気持ちを伝えていることも多いはずです。時には,ことばだけの「ありがとうございます」よりも,うれしそうな「これ,いいね!」の方が,心をずっと効果的に伝えられることもあるのではないでしょうか。

 相手や状況によって,おわびやお礼にもいろいろなやり方があります。韓国でも,目上の人やあまり親しくない相手には,やはり慣用表現が述べられます。その一方で,家族や友人など「甘え」の許される相手には,暗黙の理解を前提としたこのようなコミュニケーションが行われ,それが相手にも快く受けとめられるのだ,と考えられます。

 日本では,「親しき中にも礼儀あり」なのか,何かと「すみません」を口にします。これは相手への配慮を示し,関係を円滑に維持したいという気持ちの表れかと思われます。しかし,「日本では友人に小さなことでも謝られるので(人間関係が)遠い感じがした」,「あまりしょっちゅう謝られると,心からというより単なる習慣のような感じを受ける」などの感想に見られるように,韓国の人たちには時には違和感も感じられるようです。万国共通のように思われがちなおわびやお礼も,言語や文化によって意味合いや使われ方に微妙なずれがある,ということでしょう。

(熊谷智子)