新「ことば」シリーズ12「言葉に関する問答集―言葉の使い分け―」 問30

問30 相手によって言葉遣いがいろいろに変わります。相手による敬語の使い分け以外にどんなことがありますか。

 相手によって変わる言葉遣いというと,だれしも,敬語の違いをまず思い浮かべるでしょう。相手が目上か目下か,どのような利害関係にあるか,によって言葉遣いが決まってくる敬語の使い方です。しかし,相手によって言葉遣いが変わることは,目上・目下や利害の違いだけに限りません。敬語以外に,相手によって言葉遣いが変わるのはどのような場合があるでしょうか。

 まず,相手の性別によって言葉遣いが異なる場合があります。特に親しい間柄でなくても,女性同士,男性同士で話す場合は,いわゆる女言葉,男言葉が出やすいものですが,異性を相手にする場合は,性による言葉の違いが解消されて,女言葉や男言葉を使わない表現に切り替わります。特に,女性から男性に対するときに,この傾向は著しいようです。性別のほか年齢や職業,性格などによっても,相手に応じて言葉遣いは変わります。

 これらは,相手がどのような人であるかによって言葉遣いが変わる場合でしたが,自分と相手との関係がどのようなものであるかということも重要です。例えば,初対面の人には,距離を置いた硬い表現をとりますが,旧知の人には,親しさの度合いによって言葉遣いを変えます。

 また,話題にする事柄について,自分の方が相手より詳しい知識を持っている場合,知識が少ない人にも分かるように,専門的な言い方は避け,やさしい言い方を選びます。例えば,コンピュータに詳しい人が,コンピュータにあまり触れたことのない人に,その操作方法を説明する場合,〔問17〕の例のような,「立ち上げてください」というような言い方をするわけにはいきません。「電源を入れてください」のように言うわけです。理解の助けとなる話題の背景の情報も適宜加え,威圧的にならないように話すために,説明が長くなりがちです。一方,自分も相手も同じ程度に詳しい話題の場合は,専門的な単語を多く使い,説明を省いた短い文が多くなります。

 話題になっている事柄に対して,相手がどのような価値付けをしているのか,ということも,言葉遣いの違いに反映します。例えば,試合に勝った人にインタビューするときなどは,相手の高揚した気分に乗るように調子のよい言葉で話しかけることができますが,敗れた人から話を聞き出す場合は,声の調子を落とし,相手の気持ちを逆なでしない言葉を選び,ゆっくりと質問することになります。これは,喜んで話したい話題の場合と,あまり話したくない話題の場合とで,言葉遣いが変わる場合です。話題になっている事柄に賛成の立場の相手か反対の立場の相手か,という違いもこれに似ています。相手が自分に何を話してほしいと期待しているのか,また何を話題にしてほしくないと思っているのかを察しつつ,選択する言葉遣いを切り替えているわけです。

 重い悩みごとを抱えた人の相談相手になるような場合など,こちらが何をどのように話すかということよりも,相手の話をどのように聞き,話しやすくするか,ということが重要になります。相手の内面に沈みこんだ思いを引き出すのを助けるために,沈黙をいとわず,間を十分取り,じっくり聞く姿勢が必要になります。これも,相手に応じた言葉遣いの使い分けの一つと言えます。

 褒めたり,しかったり,励ましたり,謝ったり,お礼を言ったりなどの場合に応じて,自分と相手との関係は多様に変わります。それぞれの場合に決まった言い回しがあるほか,決まった言葉遣いの方式があるものです。

 以上は,特定の相手を意識して,その人自身がどのような人であるのか,自分とどのような関係にあるのか,といったことに配慮して,それに見合った言葉遣いをする場合でした。ところが,相手が特定できない状態で話したり書いたりする場面もあります。集会や放送でマイクを通して話す場合や,大勢の人に同じ内容の手紙を出したり,はり紙や広告の文章を書いたりする場合です。このような場合は,相手がどのような人か,相手が自分とどのような関係にあるのかは様々ですから,どんな人にもひとまず受け入れてもらえるような言葉遣いをすることになります。特定の思い入れのない表現や,硬い単語,長めの言い回しを用いることで,相手と一定の距離を作ります。こうした場合は,話し言葉であっても,書き言葉の性格に近くなります。