新「ことば」シリーズ12「言葉に関する問答集―言葉の使い分け―」 問1

問1 「言葉を使い分ける」としばしば言います。これは,どんな範囲のどんな内容のことを言うのでしょうか。

「言葉を使い分ける」ということが日常生活のどんな場合に言われるのかを具体的に考えてみます。次のAとBとCを比べてみましょう。

 A きのう送ってくれた手紙,すぐに読んだよ。
 B おとといもらったファックス,まだ読んでない。
 C 昨日〈さくじつ〉発送してくださったお手紙,ただちに拝読しました。

 Aを中心にして比べてみます。BもCも,それぞれにAと似たところのある内容を表す言葉なのですが,AとBの違い方とAとCの違い方とでは,その種類が違うことが分かります。

 AとBとでは,表現されている出来事そのものがそもそも違っています。共通点と言えることを捜すと「話し手が相手から何かを受け取った事実がある」ということだけです。受け取った日が「きのう」か「おととい」か,受け取ったのが「手紙」か「ファックス」か,それを既に「読んでいるか」「読んでいないか」などの点で,AとBとでは全く異なる事柄を表現しています。異なる事柄を表現するのですから,それを表す言葉が異なるのは当然でしょう。「きのう/おととい」,「送ってくれた/もらった」,「手紙/ファックス」,「読んだ/読んでない」など言葉は異なっていますが,普通「言葉の使い分け」と言うとき,このように別の事柄を表現するための言葉の違いは意味しないことをまず確かめておく必要があります。

 これに対して,AとCとでは,表現された事柄は共通しています。「前の日に相手が発送した手紙を,話し手は受け取って早速読んだ」という事実です。ところが言葉は別のものが選ばれています。「きのう/昨日」,「送ってくれた/発送してくださった」,「手紙/お手紙」,「すぐに/ただちに」,「読んだよ/拝読しました」の違いです。ふだん「言葉の使い分け」というとき,このAとCのように,同じ内容の事柄を表現する場合に異なる言葉を選んで使い分けるということを意味します。

 ある言葉と別の言葉の意味の関係にはいろいろな種類があります。このうちAとBの例に使われた言葉には,異義とか対義〈たいぎ〉と呼ばれる意味関係のものが並んでいます。別の意味(きのう/おととい),反対の意味(読んだ/読んでない)などです。

 これに対してAとCの言葉には,同義とか類義と呼ばれる意味関係があります。同じ意味やよく似た意味の言葉(きのう/昨日,くれる/くださる等)です。「言葉の使い分け」というのは,一口で言えば,同じ事柄を表現するために同義や類義の言葉をどう選んで使い分けるかということになります。またここから,「言葉の使い分け」ということには,使い分けられる言葉そのものの多様性,という側面と,多様性のある言葉から何らかの「条件」によって言葉を選び取る,という側面があることが分かります。

 ところで,AとCの言葉をもう少し詳しく比べると,そこでの使い分けには大きく分けて二種類のものがあることに気が付きます。

 一つは「きのう/昨日」,「送る/発送する」,「すぐに/ただちに」などのように,一方が柔らかい感じの言葉であるのに他方は硬い感じの言葉だというような場合です。ふだんの言葉と改まった言葉の使い分けだと言うこともできます。これらは,言葉そのものの性格の違いによる使い分けと呼べるものです。この使い分けには,「言葉そのものの多様性」という側面がより強く関係しています。

 もう一つは,その言葉の用いられる相手や場合による使い分けです。「くれる/くださる」,「手紙/お手紙」,「読んだよ/拝読しました」などの言葉は,話し相手に対するへりくだりや丁寧さ,あるいは改まりの気持ちの違いによって使い分けられていると言えます。相手や場合にふさわしい言葉を選んで使い分けるのですから,言葉以外の事柄による使い分けとして,一つ目のものとは区別されます。ここでは,言葉を選び取るときの「条件」という側面が前面に出てきます。

 この二つの種類の言葉の使い分けには,詳しく吟味するとさらにいろいろなものごとが関係しています。次の〔問2〕と〔問3〕でそれぞれの内容を概観した後,言葉の使い分けの種類を第2章から第8章に分類して,具体的な例をあげながら考えていきます。

〔参考〕新「ことば」シリーズ10『言葉に関する問答集―意味の似た言葉―』(平成11年,大蔵省印刷局)