井上 優(麗澤大学)
平成22年3月22日(月)
国立国語研究所 中会議室1
現代日本語では,「~た。」の文による変化表現の使用は,しばしば体験者だけに許された特権的行動である。発表者はこれまでの研究で「知識~体験」という言語情報(命題内容)上の連続的区分を導入することによってこの現象の記述を試みたが,そこにはいくつかの問題点があった。発表者は他の現象も視野に入れてこの現象について再検討をおこない,次の結論を得た。日本語社会では,現在から離脱し過去に立ち返ってみせるという行為は「責任者」(知識の表現の場合)か「体験者」(体験の表現の場合)にのみ許される。「~た。」の文による変化表現にしばしば見られる体験者の特権性はその一つの現れである。
本発表では,山形市方言の2つの引用・伝聞形式「テ」「ド」とその関連形式の機能について整理・分析をおこなった。テ系形式(テユウ・ッタ)は,話し手が第三者の発話ないし発話内容を、話し手の判断を加えずにそのまま聞き手に渡す(「私は第三者からこう聞いた。それをそのままあなたに伝える。その真偽の判断はあなたにまかせる」)ことを述べる形式である。一方,「ド」は,話し手がその伝聞内容を自身の知識領域に真である情報として取り込んでおり、その情報のソースが第三者にある(「私は第三者からこう聞いた。その情報は私も真であるものと考えている。そのような情報をあなたに伝える」)ことを述べる形式である。
本発表では,言語対照研究の基本的意義が「先導言語と他言語を通じての相対化・一般化」にあることを確認するとともに,日本語研究から言語対照研究に提供できる観点の例として,「構成的モダリティ」,「自発性と誘発性の対立を軸とするヴォイスのとらえ方」,「ヴォイス・アスペクト・テンス・モダリティの意味的相関」,「文法カテゴリーと叙述の類型との関係」などの点を示した。また,その観点から井上,定延,渋谷の発表の内容についてコメントを加えた。