「日本語疑問文の通時的・対照言語学的研究」研究発表会 概要
- プロジェクト名
- 日本語疑問文の通時的・対照言語学的研究
- リーダー名
- 金水 敏 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教員 / 大阪大学 教授)
- 開催期日
- 平成27年12月19日 (土) 8:40~18:30
平成27年12月20日 (日) 9:00~18:00 - 開催場所
- 国立国語研究所 2階 講堂 (東京都立川市緑町10-2)
発表概要
平成27年12月19日 (土)
8:40~9:00受付・開会
SESSION 1
9:00~10:00 「集合操作表現と間接疑問節」 江口 正
本発表では,不定的同格構文の構成要素としての間接疑問節が,名詞並列表現とどのように異なっているのか,いくつかの現象を通して考察を加えた。まず,不定的同格構文は「太郎とか次郎とか」「太郎やら次郎やら」なといった表現が名詞修飾マーカー無しに同様の集合を表す名詞と同格的に共起するものであるという定義を確認の上,本来不定的同格構文に馴染みにくい「か」や「と」といった並列句であっても「選択の候補」を導入する文においては自然になるということを示した。また,不定的同格構文に部分的に似たものとして「学生は太郎のほか来なかった」というような集合操作表現を提案し,遊離数量詞や取り立て語句との類似性について言及した。
さらに江口 (1998) では不定的同格構文と位置づけていた間接疑問節について,新たに名詞句並列タイプの不定的同格構文との差異性として「か」による並列句の容認性の違いや,同列要素との共起の容認性についても論じた。
10:00~11:00 「日本語における疑問対象とその形態統語範疇の関係」 黒木 邦彦
本発表では,「疑問附加部」を中心として,日本語において疑問対象とその形態統語範疇がどのように相関しているかを明らかにすることを目的に設定した。まず,「疑問附加部」の構造として通常は複数語から構成されることを示した他,特に日本語においては副詞の乏しさ故に附加部を1語に絞って回答することが困難であると述べた。さらに,統語意味論の観点から理由表現形式の順序について述べ,例えば「私のせいにされるから体調不良で欠席しないで」というような文に見られるように,理由表現の形式では "発話の根拠 (本心) > 因果関係 > 名目" という順序が保たれねばならないと論じた。
11:00~11:40 「現代標準アラビア語の疑問文 ―古典アラビア語との比較を中心に―」 松尾 愛
本発表では,古典アラビア語の Yes/No 疑問文の疑問小辞の出現頻度についてコーパス調査を行い,その出現頻度および違いについて示した。話し言葉 (方言) との比較の観点から,カイロ方言,モロッコ方言を中心に比較した。また,古典アラビア語の疑問代名詞が『アル=クルアーン』の中で特に ʔannaa と maa,maaðaa "what" を特に取り上げその使われ方を調査した。さらに話し言葉 (方言) との比較からモロッコ方言,バグダッド方言にみられる ʃ- の統語的な現れる位置と,カイロ方言の what の出現位置との比較を行った。また,否定疑問文に対する応答 balaa について,古典アラビア語での用いられ方を調査し,結果を示した。
11:40~12:40昼食休憩
SESSION 2
12:40~13:40 「近代日本語の諸文体と疑問文の用法との関係」 矢島 正浩
本発表では近代日本語疑問文を (1) 古代・近世・近代,(2) 上方大阪 vs 江戸東京,(3) 話し言葉資料 vs 講義体・演説資料という3つの軸から検討し,文体・様式的変異と地位的変異と,縦横双方の関係から文法史の把握を試みた。その結果,特に話し言葉資料においては上方大阪で説明・打診的な共有指向性を持ち,江戸東京では主張・提示的な一方向性をもつという点,また書き言葉資料では江戸東京に注釈的用法が・間接疑問文が多く,上方大阪では〈ト〉用法が多いという特徴と並列して,講義体・演説資料にも間接疑問文や注釈的用法がみられるということを示した。
13:40~14:40 「間接疑問文とゾ・ヤ・カ・ヤラ」 竹村 明日香
本発表では,従来注目されてこなかった発話行為とゾの脱落の関連性に着目して,中近世期の資料『毛詩抄』,『虎明本狂言集』,『近世世話物浄瑠璃集』を対象に疑問文形式の調査分析を行った。その結果,中世末期以降「不定詞-ゾ」という不定詞疑問文ではゾが脱落する傾向がみられること,ゾの脱落は聞き手への問いかけ性の弱いものから脱落する傾向性にあることが示され,最終的には,(1) <問い>の形式であっても聞き手への問いかけ性が弱い疑問文ほどゾを脱落させやすい。(2) ゾを脱落させた不定詞疑問文は,現代語でのノダ文にならない不定詞疑問文にほぼ相当する。という2点が指摘された。
14:40~15:40 「上代・中古の「や」について」 金水 敏,山田 昇平
本発表では,万葉集,古今和歌集,落窪物語といった上代・中古の韻文/散文資料を対象として取り上げ,焦点 (フォーカス) の観点から係助詞「か」と「や」の相違について検討することが試みられた。下地 (2015) において用いられた,「琉球方言を対象とした焦点タイプと守護への焦点標識の出現可能性」という枠組みをもとに,中央語における焦点標識の歴史的変遷について試論を示した。
結論としては,上代文献において「か」が付加された構成素は広い意味で焦点 (焦点,または近似焦点) と言えるが,「や」は必ずしも焦点に付加されるとは限らず,前提部に付加されることも有るという点,また中古以降「か」は疑問詞疑問文に限定され,さらに必ずしも疑問詞 (を含む節) に「か」が付加されるとは限らなくなるという点が述べられた。
15:40~16:00休憩
SESSION 3
16:00~17:00 「「か/も」の移動について―帰謬法による議論」 外池 滋生
本発表では,これまでの研究会での発表を概観したうえで,日本語や英語は大規模異携帯であるとみなし,か=some=or (選言関数) で,も=every=and (連言関数) であると説明することで「か / も」が移動することを証明しようと考える。some / or は ∪ (カップ) の異形態,every / and は ∩ (キャップ) の異形態とみる言語に共通する関数であると提案した。なぜ移動をするのかという説明として,疑問節 / 場建設をその引数としてとるために CP指定部に移動するが,∪だけの移動では音的にはφであるため,後続の音のあるものを引き連れていくという「移動には必ず音を伴う」という仮説に立つことで,wherever you went の where の移動には ∪ に音の乗り物を提供しているという説をあげた。
17:00~18:00 「「指定文」を中核とするいくつかの構文について : 量関係節,潜伏疑問文,比較構文などの分析」 西垣内 泰介
本発表では,西垣内 (2015) で提案されている「指定文」の分析を発展させ,「変項名 詞句」を基本として,「量関係節」,「潜伏疑問文」さらに「主要部内在型関係節」のあらたな分析の方向性を示した。一般に「主要部内在型関係節」と呼ばれているものは,'ID' という非飽和名詞を主要部とする「中核名詞句」から派生するものであることを示した。
18:00~18:30全体討論
平成27年12月20日 (日)
9:00~9:30受付
SESSION 4
9:40~10:40 "TYPOLOGY OF WH-WORDS: AN AUSTRONESIAN PERSPECTIVE" 大塚 祐子
本発表では,オーストロネシア言語のうちトンガ語とタガログ語を特に取り上げた。一般的にはオーストロネシア言語の WH疑問文は擬似分裂文だとされるが,トンガ語の場合は,WH名詞句,副詞句は分裂文のほかに元位置でも表すことができる。しかし,WH述語句の場合,分裂文は許されず元位置にしか許されない。一方,タガログ語の WH疑問文は WH中核項の場合のみ擬似分裂文でつくられ,WH斜格項と WH副詞は移動によって作られる。言語間のおよび言語内の WH表現の扱いは何に起因するかについて,ミニマリスト・プログラム理論を用いて検討した。トンガ語では WH移動が不可能なのはトンガ語の WH句は変項の性質しかもっておらず,OP素性を持たないから演算子として機能しないためであると説明した。WH述語詞が擬似分裂文の形をとれないのは,名詞述語標識の ko には選択素性 [uD] があるが,WH述語句には範疇素性 [D] がないため併合が不可能であるとの考えを示した。一方,タガログ語に関しては,sino,ano は擬似分裂文の形しかとれないがその他の WH表現は擬似分裂文の形はとることができない。この理由として,斜格項を関係節化することはできず,時間を ang名詞句にするための語形は存在しないことから擬似分裂文の主語として現れる独立関係節自体が非文であるためにこれらの WH疑問文も非文であると説明した。sino,ano は演算子素性とは別の何らかの理由で動詞の項として生成されることができないとの考えを明らかにした。述語素性を持つため述語の位置にしか現れることができず,WH移動の禁止のように見える現象がおきるとの考えを示した。
10:40~11:40 「孤立型 SVO 言語のイエスノー疑問文の構文パターンについて ―WALS における記述の修正を目指して―」 張 麟声
本発表では,世界の言語を類型的に記述したうえで統語的特徴,語順などの理由を明らかにしたいという考えを基底に主に中国~タイ,カンボジア,チベットなどの yes/no 疑問文の形をまずは概観した。中国語では語末に不/没/無といった否定の語を付加すると疑問文になる。台湾や福建などの閩南方言では宋時代の古い形式を保持している。V不V のような動詞連続に割り込んで否定の語が置かれることがある。中国国内の諸方言の中には、北京官話の疑問マーカーも用いられているが借用に過ぎず、孤立型 SVO の言語では否定マーカーを用いて疑問文を作るほうが多いということを事例を通して示した。
11:40~12:40昼食休憩
SESSION 5
12:40~13:40 「日本語,韓国語の従属疑問文の動作主性に関する考察」 富岡 諭
本発表では,事象に関して判断のできる人という意味での動作主 (Agent) 期限の埋め込み文に関して意味論的考察を与える。主張として,Agent-oriented 埋め込み文と裸の quotative 疑問文とは別物であると結論付けた。Agent-oriented 埋め込み文は前提としてこれまで2013年の自身の研究では unselected なものと扱ってきたがこの前提を改め,意味的な選択があるのではないかという考えを示した。事象にすべて目的があるとは限らないがここでいう目的は「知識を増やしたい」という目的に限ったものとして,調べる,探す,Vてみるなど特定のクラスの動詞との共起性があるのではないかという考えを示した。
13:40~14:40 「現代韓国語の疑問形式 KKA の成立と文タイプ―慶南・済州方言を手掛かりに」 鄭 聖汝
本発表では,現代韓国語の疑問形式 -kka は,歴史的に見ると丁寧体の表現形式に変化が起こり,[-s+ka] が一単位として認識され硬音化が起こったことにより -ni-Is=ka > (かつての謙譲語) sAp-ni-s=ka > (sup-ni=ska) > sup-ni=kka (丁寧体) のように成立していったという説を示した。
14:40~15:40 「佐賀方言における韻律語と疑問文」 日高 俊夫
本発表では,東京方言とは対照的な容認性を示す佐賀方言の疑問文について,韻律構造と統語構造の対応の面から説明することを試みた。佐賀方言の性質として特に重要なものには「発話全体が1つの中間句から成る傾向にある」ということと,「WH句の中に韻律上アクセント句 (αP) をなすものとそうでないものがある」ということを挙げた上で,
- 佐賀方言の場合は語順の純粋な「かきまぜ」においては,それがアクセント句であるかどうかが重要となる。
- 東京方言「かどうか」に相当する「こっちゃいどがんこっちゃい」は,「かどうか」と異なり,アクセント句であるか否かに関わらず Wh句と共起出来ない。
- 佐賀方言の「こっちゃいどがんこっちゃい」は Wh解釈が許されず,島の制約に従う。東京方言では「かどうか」で格助詞が入ると Wh解釈自体は可能だが,Wh句を明示的に移動させることは出来ない。
という3点の指摘がなされた。
15:40~15:50休憩
SESSION 6
15:50~16:50 「日本語と中国語の「話し手情報」と「聞き手情報依存」」 井上 優
本発表では,木村・森山 (1992) の「話して情報の確定・不確定」と「聞き手情報への依存・非依存」という枠組みに関して,中国語と日本語とで無標平叙文をとるか有標平叙文をとるかの違いは何に起因するものであるかを考察した。その結果,日本語の場合,聞き手に情報があるか否かによって有標 / 無標の使い分けが起こるのに対し,中国語の場合,話し手に情報があるか否かによって有標 / 無標の使い分けが起こることから,日本語の有標疑問文の出現と中国語の無標平叙文との間に出現環境に一部重複が起きることを明らかにした。
16:50~17:50 「疑問文における「敬語」の類型 ―甑島平良方言の記述から―」 森 勇太
本発表では,九州方言に複数の疑問助詞があることによって,特定の疑問助詞の運用が義務的になるという特徴的な待遇表現の運用が成立しているという仮説に立ち,平良方言の敬語の運用や,九州方言の行為指示における否定疑問形の運用について考えることを主題に設定した。『方言文法全国地図』のデータをもとに実施した調査の結果からは,大別して以下の2点が導かれた。
- 疑問助詞の運用が義務的となる :
甑島平良方言では,疑問文において上位者には助詞カナの使用が義務的である。
主格待遇接辞ラルも存在するが,その使用は必須のものではない。 - 否定疑問形が矛盾非考慮の行為指示でも用いられる :
九州方言では疑問助詞が複数あり,それぞれで待遇の違いがあるために,新しい命令形式を形成しようとした際,否定疑問形と待遇度の高い疑問助詞を組み合わせた結果,否定疑問形による行為指示が矛盾非考慮場面でも用いられると考えられる。