「日本語レキシコンの音韻特性」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
リーダー名
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系 教授)
開催期日
平成27年10月4日 (日) 10:00~16:30
開催場所
神戸大学 鶴甲第1キャンパス (〒657-8501 兵庫県神戸市灘区鶴甲1丁目2-1)

発表概要

10:00~12:00ワークショップ 「三型アクセント研究の現在」

企画 : 小川 晋史 (熊本県立大学)

三型アクセント (体系) というのは,N型アクセント (体系) (上野1977, 2012) の1つであり,語や文節 (すなわち,アクセントが実現されるドメイン) の長さに関わらず最大で3つのアクセント型の対立がある体系である。現在までに本土方言にも琉球方言 (琉球語) にも三型アクセント体系の方言は複数確認されている。しかし,一口に三型アクセントと言っても,共時的な体系を詳しく検討してみるとアクセント型の音声的実現の仕方やアクセント型の最大限の対立が現れる環境など,様々な違いが見られる。
本ワークショップは,現在までの三型アクセント研究が明らかにしてきたこと (成果) を整理し,これから明らかにすべきこと (課題) を示すことを目的とする。本ワークショップでは具体的な例として合計で4つの方言 (福井県あわら市北潟方言,同浜坂方言,南琉球宮古多良間方言,南琉球八重山波照間方言) を取り上げた。それぞれの方言の共時的特徴や三型アクセント体系の通時的成立過程について個別に論じながら,共通の指標によって各方言の三型アクセントの類型的特徴を整理し,今後取り組むべき課題について議論した。


「福井県あわら市北潟方言及び浜坂方言の三型アクセント」松倉 昂平 (東京大学大学院)

本発表では,北潟・浜坂各方言の三型アクセントについて各型の音声的実現と3つの型の対立が現れる環境の相違点を概説した。

北潟方言の3つの型は,文節末 (語末) 付近でピッチの下降を生じるか (A型),上昇を生じるか (B型),下降も上昇も生じないか (C型) という3通りのピッチ変動の「方向」により音声上区別される。1拍語単独形から3つの型が音声上対立し,少なくとも文頭環境においてはあらゆる場合に三型の区別が実現すると言える。

浜坂方言の3つの型は,文節内におけるピッチの下降の有無とその位置により区別される。ただし3拍以下の文節では下降位置による対立が中和されるため,4拍以上の文節で三型の対立が現れる。

「多良間方言の三型アクセント」青井 隼人 (日本学術振興会 / 国立国語研究所)

多良間方言はA型・B型・C型の3つのアクセント型の対立を持つ。それぞれの型は,当該名詞で始まる文節内にピッチの下降があるかどうか,あるとしたらどこに現れるかによって音声的に区別される。ただしこれら3つの型の対立はどのような環境でも常に観察されるわけではない。つまり出現環境によっては対立が中和され,1つないしは2つの型の区別しか実現されない。

本発表では,どのような環境で3つの型が対立・中和するかに特に注目して,多良間方言の三型アクセントの共時的特徴を概観した。型の音声的実現の仕方を正しく予測するためには,2モーラ以上の語根・接語に相当する韻律単位,すなわち韻律語を想定する必要がある。

「波照間方言の三型アクセント」小川 晋史 (熊本県立大学),麻生 玲子 (東京外国語大学大学院)

波照間方言の三型アクセントで最も目を引くのは,現在の三型アクセント体系ができあがるまでに経てきたと推定される歴史的な変化過程である。波照間方言のアクセントの共時的な体系を整理してみると,アクセント型の中に語頭に有声音を持つ語ばかりが所属する型と,語頭に無声音を持つ語ばかりが所属する型があることに気付く。この分布は,「系列別語彙」のみでは説明できず,波照間方言に独自の Tonogenesis によるものであるという結論が導かれた。

また,波照間方言については三型ではなく,全国的にも報告のない四型アクセント体系なのではないかという指摘がごく最近になってなされており,その指摘に関しても追加調査結果を示した。

13:50~16:30シンポジウム 「日本語の三型アクセント ―原理と歴史―」

企画・司会 : 新田 哲夫 (金沢大学)

「三型アクセント」の分布域として,かつては島根県隠岐諸島,南琉球の与那国が知られ,また北琉球の奄美諸島等でいくつか点在的に発見されていたものの,その範囲は極めて限定的なものと思われていた。しかし,ここ数年,南琉球の多良間島と池間島を皮切りに,次々と宮古・八重山の三型アクセントが発見された。それと時を同じくし,福井県越前町に三型アクセントの存在が報告され,また福井県北部にも複数地点の三型アクセントが発見された。このシンポジウムでは,ここ最近発見された南琉球と福井県の三型アクセントの詳細を報告し,隠岐地方の三型アクセントの再検討を行った。それぞれの発表の中心的なテーマとして,従来のモーラ,音節,フットに代わる新しい韻律単位の問題,三つの型が実現するアクセント付与のドメインの問題,三型アクセント成立に関わる歴史的な問題を検討した。


「三型アクセント記述研究の過去,現在,未来 ―隠岐島の三型アクセントに焦点を当てながら―」松森 晶子 (日本女子大学)

本発表ではまず宮古諸島の多良間島を例にとり,そのアクセント位置を正しく予測するためには,モーラや音節といった従来の韻律単位だけでは不十分で,形態素情報を基にして成り立つあらたな韻律単位の想定が不可欠であることを示した。その上で,この韻律単位は,宮古・八重山諸島にわたって想定されるべきものであることも論じた。その単位を想定すると,この地域の方言間のアクセントの仕組みを (その共通点と相違点も捉えて) 記述できるようになる。このことを,八重山諸島の黒島と,宮古島の与那覇という2つの地点の韻律体系を例に挙げながら,具体的に示した。

次に五箇方言に焦点を当て,隠岐島の三型アクセントの今後の共時的・通時的課題を提示した。特に隠岐と福井の三型体系の両者において類別語彙3モーラ語の第4類が第1類と合流している,という事実から,3モーラ語第4類は,本土祖語の段階で,すでに第1類と合流しやすい何らかの性質を備えていたとする仮説を提示した。また隠岐には「式保存 (前部要素の韻律型が複合語全体の型となる規則) 」が観察されることも論じた。

「南琉球宮古語の三型アクセント体系 ―池間方言と多良間方言を中心に―」五十嵐 陽介 (一橋大学)

池間方言と多良間方言は,日琉語族・琉球語派・南琉球語群・宮古語の方言であり,両方言ともに三型アクセント体系を有する。これらの方言は従来二型アクセント体系を有すると誤って記述されてきたが,その理由は,宮古語諸方言がおそらく共有する独特の韻律構造にある。池間方言・多良間方言のアクセント型の区別は,広範な環境で,その一部あるいはすべてが中和する。またアクセント型の実現規則は,日本語 (本土) 諸方言と比較して複雑である。本発表ではまず,両方言の韻律構造は,日本語諸方言のアクセント体系を記述するための枠組みで広く用いられてきた諸概念,すなわち音節,モーラ,語ないし文節を用いるだけでは記述できない事実を示した。そして,妥当な記述を行うためには,階層的にモーラより上位で文節より下位の韻律的単位を,特に2モーラ以上の形態素が写像される韻律的単位を定義する必要があることを主張した。

「福井平野周辺地域の三型アクセント」新田 哲夫 (金沢大学),松倉 昂平 (東京大学大学院)

本発表では,福井平野周辺地域に分布する4種の三型アクセント (越前町厨方言,あわら市北潟方言,同市浜坂方言,坂井市三国町安島方言) を取り上げ,その体系を概観するとともに,アクセント付与のドメインに関わる2つのテーマを提示した。まず1点目に,厨・北潟・浜坂の3方言を比較し,アクセント単位の拡張範囲に段階的な方言差が見られることを示した。例えば最も拡張範囲が広い厨方言では1つのアクセント単位に複数の自立語が取り込まれうる。2点目として,安島方言において一部の助詞・助動詞が見せる特異な振舞いを記述し,その特異性を,1つのアクセント単位の音調を決定するために自立語と助詞両方の性質を参照する現象として解釈した。最後に,三型の通時的由来に関わるテーマとして,動詞活用形アクセントが中央式アクセントのそれと密接に対応することを示した。これは本地域の三型と中央式が系譜上近縁であることを示唆する。