「方言の形成過程解明のための全国方言調査」公開研究発表会 言語地理学フォーラム 概要

プロジェクト名,リーダー名
方言の形成過程解明のための全国方言調査 (略称 : 方言分布)
大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
共催
科研費 基盤研究A
「方言分布変化の詳細解明 ―変動実態の把握と理論の検証・構築―」
研究代表者 : 大西 拓一郎
開催期日
平成27年9月27日 (日) 10:00~17:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

発表概要

味の表現の地域差 ―『新日本言語地図』から―村上 敬一 (徳島大学)

『新日本言語地図』 (FPJD) の調査内容には,日本語の味覚に関するものがある。その中から,本発表では,最初に「塩辛い」「甘い」「〈塩味が〉うすい」を取り上げた。まず,それぞれの分布状況を概観したのち『日本言語地図』 (LAJ) と比較することで経年変化を確認した。続いて,そこに現れた語形の意味領域に注目し「そのもの自体の味覚」と「調味上の味覚」という観点から,徳島大生を対象とした「意味領域調査」の結果を合わせて考察した。

次に,味覚の程度を表す語として「おいしい」と,その対義語である「まずい」を取り上げた。分布状況の概観と LAJ との比較による経年変化の確認をふまえ,両者の統合図から関東などの「ウマイ/マズイ」の使い分けと,近畿や四国などの「ウマイ/ウマクナイ」の使い分けについて考察した。

最後に「甘い」「うすい」「うまい」を一つの味覚語彙体系としてとらえ,LAJ と FPLD との比較による経年の体系変化を概観した。

福井県若狭地方の約35年を隔てた言語分布の比較 ―共通語化の諸相とその要因―加藤 和夫 (金沢大学)

福井県若狭地方で1976~1978年 (182地点) と約35年後の2012~2014年 (110地点) に高年層を対象に行った言語地理学的調査から,「こおろぎ」,「つらら」,「唐辛子」,「とうもろこし」,「桑の実」,「 (雪に足が) はまる」の6項目を取り上げ,経年変化の実態を報告するとともに,特に共通語形の分布拡大とその要因について考察した。

「こおろぎ」では,かつて,三つの方言形が小浜を中心に周圏分布していたものがほぼ姿を消し,周辺の古形コーロギに共通語形コーロギが被さって共通語化がほぼ完了していた。「つらら」では,かつて交通不便で古形が見られた半島部や海岸部に共通語形ツララの早い侵入が見られたが,民宿経営が盛んな地域で,外からの人の入り込みの多さが背景にあると考えた。「とうもろこし」「桑の実(雪に足が) はまる」では,共通語にそれにあたる語形がないため,方言形の根強い分布が確認できた。

「接触」による方言変容の諸現象日高 水穂 (関西大学)

単純な文法項目をもつ方言と複雑な文法項目をもつ方言が接触することによる方言変容の諸現象を分析した。

西日本の条件表現体系は,近畿中央部にタラ専用の単純な表現体系をもつ方言があり,その周りにバとタラを使い分ける複雑な表現体系をもつ方言がある。両者の接触地域においては,近畿中央部方言の影響を受けやすい地域 (近畿地方南部,四国地方) ではバとタラの併用を経て,タラ専用に変化が進んでいることが確認できた。

東日本の可能表現体系は,関東から東北南部に能力可能と状況可能を区別しない単純な表現体系をもつ方言があり,東北北部に能力可能と状況可能を区別する複雑な表現体系をもつ方言がある。両者の接触地域である東北中部においては,言語形式は東北北部のものを使用しつつ,可能の意味区別はもたないという表現体系が生じている。

近畿・中国地方を中心に授与動詞に人称的方向性によるヤルとクレルの対立のある複雑な表現体系をもつ方言があるのに対し,中部地方以東と九州南西部以南に人称的方向性による対立のないクレルを用いる単純な表現体系をもつ方言がある。両者の接触する地域のうち,九州地方では人称的方向性による対立をもたないヤルが生じており,中部地方では本動詞では人称的方向性の区別のないクレルを維持しつつ,補助動詞ではヤルとクレルの対立があるという表現体系が生じている。

文法項目の方言接触では,単純な表現体系が複雑な表現体系をもつ方言に受容される傾向が認められる一方,在来の表現形式を維持することが起き,それによって新たな表現体系が生じる場合があることがわかる。

【講演】 「今昔マップ on the web」で見る明治以降の地域の変遷谷 謙二 (埼玉大学)

明治以降の地域の変化を見る際に,国が継続して作成してきた地形図は有用な資料である。しかし,紙地図の状態では隣接する図面を並べ,さらに新旧を比較するのは煩雑という問題がある。この点を解決し,誰でも簡単に新旧の地形図を比較できるようにしたWebサイトが「時系列地形図閲覧サイト『今昔マップ on the web』」 ( http://ktgis.net/kjmapw/) である。このサイトでは,全国10地域の新旧の地形図を約2,300枚収録している。表示には Google Maps API を用いており,左右二画面構成でわかりやすく比較できるようになっている。本報告では,まず今昔マップデータ形式であるタイルマップ形式について説明し,間違いやすい過去の地図記号について述べた。次に今昔マップを使用して,明治以降の地域の変化を説明した。その際,鉄道,河川,戦争,郊外化,再開発と時系列的にテーマを設定し,事例を示しながら行った。