「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」研究発表会 概要
- プロジェクト名
- 日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究
- リーダー名
- John WHITMAN (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)
- 開催期日
- 平成27年6月13日 (土) 13:30~18:50
平成27年6月14日 (日) 10:00~15:00 - 開催場所
- 国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)
アイヌ語班 平成27年度 第1回研究発表会
平成27年6月13日 (土)
「沙流方言グループをとり囲む方言区分の再考 ―アイヌ語の疑問詞を中心に―」深澤 美香 (千葉大学大学院)
本発表では,アイヌ語北海道方言における疑問詞と不定表現を中心に、沙流グループ (沙流方言,鵡川方言,千歳方言) とそれをとり囲むような方言区分について論じた。WALSによれば,アイヌ語は「疑問詞ベースの不定代名詞」(Interrogative-based indefinites) をもつとされる。しかし,沙流グループ にはその他大多数の北海道方言にはない疑問詞特有の形式があり,それに伴い「総称的な名詞ベースの不定代名詞」(Generic-noun-based indefinites) をもつと解釈できるようになる。こうした状況 について,かつては大多数のアイヌ語北海道方言も疑問詞特有の形式を持っていたが,のちに不定代名詞が疑問詞にも用いられるようになったという通時的可能性を提示し,言語地理学的・統語的観点から説明を試みた。
「アイヌ語沙流方言の助動詞 a の「完了」用法について」吉川 佳見 (千葉大学大学院)
アイヌ語の助動詞aは「完了」を表すとされているが,その用法から逸脱すると考えられる例もある。本発表では,こうした場合の a の機能を,「中断的局面」の表示と「不変の事実」の表示という二種類の機能に分けることを試みた。これらに共通する背景化・対比化のはたらきは,いわゆる「完了」を示す例にも適用できると考えられる。また,語りの上での効果も考察した。
「アイヌ民族とアイヌ語復興運動」大野 徹人 (様似民族文化保存会)
北海道におけるアイヌ語復興運動において,各地で実施されたアイヌ語教室が大きな役割を果たした。発表者自身が関わってきた様似アイヌ語教室は,北海道ウタリ協会様似支部およびそこから派生した様似民族文化保存会の活動の一環として1997年に開始した。その活動は,単なる言語の学習の場ではなく,アイヌ民族のコミュニティの紐帯として機能し,さらに地域住民も参加することによって,交流と理解促進の場としての役割も果たした。
「ハンドブックのグロスについて」アンナ・ブガエワ (国立国語研究所)
全体討論
平成27年6月14日 (日)
「アイヌ語動詞の派生と結合価」小林 美紀 (千葉大学大学院 / 国立国語研究所)
本発表ではアイヌ語動詞の結合価に揺れがみられる現象について項の意味役割から考察を試みた。なかでも漠然と空間・場所をを指す sir が接頭している sir-X という0項動詞に結合価の揺れがあるように見える場合を中心に取り上げた。そして、sir が接頭している一項動詞 (X) に一項と二項という結合価の揺れがあると考えられる場合と、sir が副詞的要素として働き、sir-X という0項動詞に0項と一項の合価の揺れがあると考えられる場合があることを論じた。
「アイヌ語の否定構造について」高橋 靖以 (北海道大学アイヌ・先住民研究センター)
アイヌ語の standard negation に関しては,類型論的に対称的 (symmetric) であるとの指摘がなされている (Miestamo2013)。一方,従属節に否定表現が現れる場合には,ある種の非対称的 (asymmetric) な構造がみられる。本発表ではアイヌ語の否定構造を類型論的な観点から再考し,否定を表す一部の形式の発達に関する仮説を述べた。
「アイヌ語諸方言にみられる三種の成分」深澤 美香 (千葉大学大学院),小野 洋平 (統計数理研究所大学院)
樺太・北千島・北海道というアイヌ語三大方言について,統計学と言語学の両面から歴史的なアプローチを試みる。統計解析には,アイヌ語14方言ならびに近世アイヌ語データ (上原熊次郎『藻汐草』および写本・類本) 4件を使用した。結果としてアイヌ語14方言は,A. 樺太,B. 北千島,C. 北海道東部 (特に美幌) の3種の成分で成り立っていることを確認した。成分AとBはともに成分Cを含み,また成分Cは『藻汐草』と類似するところがある。問題の所在は,いわゆる「アイヌ文化」成立までの文化変容とその後の歴史的変遷のなかで,アイヌ語が何に影響を受け,いかにして3種の成分を有していったのかということである。なお,今回の結果をどのような解釈可能性に結びつけていくのかというのは,これからの課題となった。