「方言の形成過程解明のための全国方言調査」公開研究発表会 言語地理学フォーラム 概要
- プロジェクト名,リーダー名
- 方言の形成過程解明のための全国方言調査 (略称 : 方言分布)
大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授) - 共催
- 科研費 基盤研究A
「方言分布変化の詳細解明 ―変動実態の把握と理論の検証・構築―」
研究代表者 : 大西 拓一郎 - 開催期日
- 平成27年6月7日 (日) 10:00~17:00
- 開催場所
- 国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)
発表概要
アスペクトの全国分布地図を読む ―GAJとFPJDの比較と周辺形式の地域差の把握―津田 智史 (国立国語研究所 / 日本学術振興会)
GAJとFPJDのアスペクト項目の地図を比較し,分布の変化を把握した。「散っている」の進行と結果の局面のそれぞれの地図をみても,各形式の分布範囲に大きな変化はみられない。ただし,一部で形式の増減が確認できるものもある。さらに,北海道に共通語化の傾向が窺え,結果の局面において全国的に「-テシマッタ」の回答の増加が確認できた。
また,上記地図で確認できる各地の周辺形式について,進行の局面を表す九州の「-カタ」(ciikata) や北琉球の「-テアルク」 (utitakuN) を取り上げ,東北や北海道で使用される同一形式の意味の地域差を確認した。「-カタ」は東北で反復性を含意する形式として,「-テアルク」は北海道・北東北で「移動する・回る」といった意味で使用されていることを示した。
方言音声の追跡調査 ―新潟県北部のガ行入り渡り鼻音について―大橋 純一 (秋田大学)
新潟県北部には,全国的にも例が少ないガ行入り渡り鼻音が残存する。それ以北には鼻濁音,以南には破裂音が分布していることからすれば,当域の実態は,そのどちらにも変化しかねて取り残された,いわゆる古態残存の姿を反映しているものと解される。本発表では,2003年に行った分布調査 (前調査) を基礎資料とし,それから約10年を隔てて実施した追跡調査 (本調査) の結果を報告した。具体的には,前調査時に発音にゆれのあった1高年層話者に着目し,変化の過渡的状況を示すと思われる同話者が,本調査においてどのような実態にあるかを検討した。その結果,当話者には,いわゆる衰退という括りで総括されるような動きは目立ってはみとめられないこと,しかし一方,広母音音節の中に入り渡り鼻音を安定的に発音するものが多くみとめられる (逆に狭母音音節の /gi/ が特段に破裂音に現れやすい) など,主に音環境との関わりにおいて,一定の傾向が指摘されることが明らかになった。
【講演】 地図表現のルール大西 宏治 (富山大学)
地図の表現には様々なルールがあり,それに則った描画をするのが望ましい。ルールを無視した表現をすると,地図の読者に誤解を生じさせてしまうことも珍しくない。ところが,地理情報システム (GIS) を利用して容易に様々な地図が作成されるようになると,誤った地図表現が蔓延するようになった。作者が意図しない形で誤った地図が発信され,場合によっては表現した事象が誤解される例がみられるようになった。これまでの地図作製者の多くは何らかの形で地図表現のあり方を学び,地図表現を行ってきたが,GIS が普及した結果,そのような学習なしに地図が作成できるようになった。そこで,適切な地図表現のあり方について,様々な事例をあげて説明を行った。
富山県庄川流域における疑問表現の分布松丸 真大 (滋賀大学)
本発表では,富山県庄川流域調査における勧誘表現・待遇表現項目の結果をもとにして,当該地域の疑問表現,特に疑問の終助詞の分布についての考察をおこなった。従来の研究では,疑問の終助詞に「カ/カイ/ケ/コ」というバリエーションがあり,これらの形式は待遇的意味に違いがあることが指摘されてきた。すなわち「カ」がぞんざいで「カイ/ケ」が中立的とされてきた。本発表の目的は,この疑問の終助詞の使い分けが現在どのようになっているのかを把握することである。分析の結果,(1)疑問終助詞や勧誘表現形式の分布から当該地域は上流・中流・下流の3地域に区分できること,(2)庄川下流域西岸のほうで疑問終助詞カが待遇的に中立の意味で用いられていること,(3)庄川下流域東岸と中流域で「ケ」が丁寧形式と共起するという特徴が見られることが分かった。今後は,親疎による使い分け,素材待遇形式との共起,地理情報との関連といった観点を加えて,当該地域の疑問表現の変化とその広がりについて考えてみたい。
推量表現形式,意志・勧誘表現形式の分布から見えてくること ―接触と対人的用法に注目して―舩木 礼子 (神戸女子大学)
GAJ と FPJD の推量表現形式の分布を比較すると,全体像に大きな変化はないが,細部の変化として(1)ナヤシ方言域の「イクズラ」が減り愛知の「イクダラ」が静岡などに増えたこと,(2)新潟,山口,島根,大分の「イクロー」「イッド」が減ったことが挙げられる。(1)の地域では形式の取り替えは進みつつも,名詞述語推量と動詞述語推量の対応関係を多くの地点で維持している。また(2)の地域では,「ロー」や「ド」が否定推量や形容詞述語推量に使える汎用性を持たなかったことが衰退の一因と考えられる。
意志表現形式については,西日本でウ・ヨウ類が多いのに対し,東日本では地域的意志表現形式か「動詞終止形+カ」が多いという東西対立が指摘できる。また対話場面に注目すると,近畿などに「動詞終止形+終助詞ワ」が多くなっている。このことから,ウ・ヨウ類は西日本一帯で独話と対話の区別なく使えるものであったが,近畿などでは対話で話し手の意向を明示する表現として「動詞終止形+終助詞ワ」が使われるようになったと考えられる。