「日本語疑問文の通時的・対照言語学的研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本語疑問文の通時的・対照言語学的研究
リーダー名
金水 敏 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教員 / 大阪大学 教授)
開催期日
平成27年6月6日 (土) 15:30~17:40
平成27年6月7日 (日) 9:30~12:50
開催場所
大阪大学 豊中キャンパス 文学部本館 2階 大会議室 (大阪府豊中市待兼山町1-5)

発表概要

平成27年6月6日 (土)

15:30-16:30「「指定文」および関連する構文の構造と派生」西垣内 泰介

本発表では,日本語の「指定文」および関連する構文について,その構造と派生を示した。本発表の分析では「指定文」は2つの項を含み,外項 (「日本」) が主要部名詞「首都」の意味範囲を限定 (delimit) し,内項 (「東京」) がその意味内容を「過不足なく構成する (exhaustively constitute) という関係を持つ「中核名詞句」と呼ぶ構造から派生する。

[ 日本 (の) [ 東京 (という) [ 首都 ] ] ]

「中核名詞句」の内項が焦点化されることで「指定文」が派生される。焦点化された要素が変項を含む構成素の意味を「過不足なく指定する」という関係が「指定文」の根幹をなすものだが,これは疑問文とその答えの間に求められる関係に由来するものである。この統語的派生を中心として,「自分」の逆行束縛,量化表現の束縛現象,「ナビをたよりに家をさがす」構文の意味的・統語的現象を分析した。さらに,「変項名詞句」,「量関係節」,「潜伏疑問文」の分析の見通しについて述べた。

16:40-17:40「WH疑問文の理論とClause-typing理論の問題点」外池 滋生

外池 (2014) の WH疑問文理論では,日本語の助詞「か」は WH疑問文においても,yes/no疑問文においても同じ選言関数 (disjunction function) として働いていることを主張している。これに対して Cheng (1991) の Clausal Typing Hypothesis (CTH) では,元位置 WH疑問文の存在と yes/no疑問不変化詞の存在の間に双方向の含意関係があることを主張している。この仮説は日本語には二つの「か」があることを主張するものであり,外池 (2014) とは鋭く対立する。本発表では,CTH を批判的に検討し,CTH が成り立つように見えるところには,実は音形のない選言関数が関係していることを示した。

平成27年6月7日 (日)

9:30-10:30「「大丈夫ですか?」と "没事吧?"」井上 優

トラブルに遭った人に「大丈夫?」と聞く場合,中国語では "没事吧?" (直訳 : 何ともないだろう?/何ともないよね?) と言う。"没事吗?" (直訳 : 何ともない?) は,「何ともないの?」という疑いを表し,この場面では不自然である。中国語では,話者の既成の信念の妥当性を問う場合は "吧",話者の外部世界に存在する可能性の真偽を問う場合は "吗" を用いる。日本語では,話者の信念と外部世界に存在する可能性が一致しない場合は「か」,一致する場合は「だろう・よね」を用いる。このケースを含め,文末助詞の使用に関して,日本語は外部世界のあり方が関与するが,中国語は話者の認識のあり方のみが関与するということを示した。

10:40-11:40「中国における文頭疑問マーカー型の言語及び方言について」張 麟声

本発表では,張 (2014) で示した「疑問マーカーが述語動詞の前に来る孤立SOV型の言語及び中国語の呉方言」について,新たな文献を紹介しながら再検討することを目的に展開された。発表においては「疑問マーカー動詞前置型言語」としてのチベットビルマ語派の「独龍語」,「普米語」,「納西語」,「疑問マーカー動詞前置型方言」としての「呉方言」を示した上で西田 (2000) 及び劉・杉村 (2013) の分析理論を紹介しながら,文頭の疑問マーカーの振る舞いについて述べた。

11:50-12:50「間接疑問文の成立をめぐって―ケム型疑問文」高山 善行

日本語の間接疑問文は,係り結びが衰退した中世期に成立したと考えられてきた。古代語で間接疑問文が存在しないこと (近藤1987, 2000) が前提となるが,古代語での非存在は検証されていない。今回,中古初期物語の調査を行い,間接疑問文と見られる用例群を確認した。それらはすべてケムを含んでおり,係り結びを回避している。本発表では,ケム型疑問文の実態を概観した上で,用例群を注釈構文,潜伏疑問文と関連づけた。さらに,高宮論文が示す方法に従って,形成過程を推定した。