「方言の形成過程解明のための全国方言調査」公開研究発表会 言語地理学フォーラム 概要

プロジェクト名,リーダー名
方言の形成過程解明のための全国方言調査 (略称 : 方言分布)
大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
共催
科研費 基盤研究A
「方言分布変化の詳細解明 ―変動実態の把握と理論の検証・構築―」
研究代表者 : 大西 拓一郎

人間文化研究機構 連携研究 「アジアにおける自然と文化の重層的関係の歴史的解明」
公募研究 「河川流域の自然・人間社会と方言の分布」
研究代表者 : 大西 拓一郎
開催期日
平成27年3月8日 (日) 13:00~16:30
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

発表概要

方言形式の発生・分布とその背後 ―全国方言分布調査の「彼岸花」・「ものもらい」・「じょうぎ」・「こくばんふき」―鳥谷 善史 (天理大学)

本発表では,全国方言分布調査の中からL16-a「ひがんばな (彼岸花) : 名称」・L-16-b「ひがんばな (彼岸花) : 語源意識」,L-26-a「ものもらい : 名称」・L-26-b「ものもらい : 治療方法」,L-27「じょうぎ (定規) 」,L-28「こくばんふき (黒板拭き) 」を地図化し方言形式とその背後に存在する,様々な言語外の要因との相関を考察した。
「ものもらい : 名称」は,『日本言語地図』と可能な限り同じ見出し語と記号を用いて作成した。その結果,半世紀の変化はさほど大きくないことがわかった。また,「治療方法」では,俚言形「モノモライ」と「物をもらう」という「まじない」との相関が確認できた。
「ひがんばな (彼岸花) : 名称」においては,全国で「ヒガンバナ類」であり,その他の俚言形は,これとの併用であった。また,「語源意識」では,「ヒガンバナ類」と「彼岸」や各地の俚言形と回答との相関が確認できた。
「じょうぎ (定規) 」では,「モノサシ類」と「サシ類」は交互分布の様相を示し,「こくばんふき (黒板拭き) 」では,基本的には「ケシ類」と「フキ類」の対立であった。全国的に見ると分布の差はあまり確認できないが,都道府県単位で特徴的な分布があることが確認できた。

グロットグラム調査データの実時間比較半沢 康 (福島大学)

福島県内ではこれまでに多くのグロットグラム調査が行われてきた。古くは1980年代初めに東北線沿線で実施された調査 (井上史雄 1985 『関東・東北方言の地理的・年齢的分布 (SFグロットグラム) 』) があり,また東北線と同様に県内を縦断する常磐線沿線でも調査が行われている (半沢康他 1998 『宮城・福島沿岸地域におけるグロットグラム調査報告』)。本発表では,近年実施したこのふたつのグロットグラムの経年追跡調査の結果について報告した。
実時間比較の結果,一部の項目を除くと方言形の分布が拡大した例は認められず,共通語化の進行が目立った。この傾向は数量化Ⅲ類による分析でも確認された。また各コーホートにおける方言形の回答結果にも大きな変化は見られなかった。独立に実施した各2回の調査結果が大局的には一致することから,年齢差をもとに方言の変化・伝播の様相を把握するグロットグラムという手法の有効性が一定確認できたものと考える。

地域の概念からみた庄川流域大西 宏治 (富山大学)

本報告の目的は,まず,いくつかの地域概念から庄川流域をとらえ直し,次に方言調査結果を活用して庄川流域の地域区分をすることであった。地域をとらえる場合,どのような見方をするのかによって,まったく異なる地域が見いだされる。そこで,地域のまとまりを地理的なデータで整理した後に,方言分布のデータを活用し,調査地点間の類似度を数量化理論でまとめ,それを手がかりに方言による地域区分を試みた。これまでの方言研究をみると地点間の差異と地域間の差異を同様のものとしてとらえる傾向あった。ただ,調査地域の状態に応じた適切な区分の単位が必要であり,その設定も行った。方言分布の類似度による地域区分は,明瞭な地域区分には至らなかったものの,地形による地域区分と方言分布の区分の間には一定の対応関係,特に河川の合流点や右岸側,左岸側での違いなどが見いだされた。方言のデータが地域を表す一つの指標ととらえて,地域のまとまりをとらえることができる可能性が示された。

大井川流域における語の分布域の変化木川 行央 (神田外語大学)

大井川は,源流である北,中上流域の東西に高山がそびえ,川は急峻である。また駿河と遠江の国境であり,その後も志太郡と榛原郡の郡境となっていた。さらに,大井川流域は歴史的・民俗的に東西の境界ともなっていた。交通面では,大井川沿いの道はながく整備されず,江戸時代架橋通船が許されなかったことで知られる。このような背景をもつ大井川流域において,静岡大学方言研究会が,安倍川流域 (1974~1976年) に続いて,1977年から1983年にかけて言語地理学的調査を実施した。この調査からほぼ30年を経た2010年から2012年同じ地域で言語地理学的調査を行った。この二つの調査結果を比較の結果,方言形の分布域に変化が見られる項目は少ない,すなわち分布域の外縁があまりかわらないこと,またその分布域の中で方言形の使用の減少が認められること,わずかであるが回答が増加している方言形の存在が確認された。