「日本語の大規模経年調査に関する総合的研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本語の大規模経年調査に関する総合的研究
リーダー名
井上 史雄 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教授 / 東京外国語大学 名誉教授)
開催期日
平成26年12月20日 (土) 13:30~17:00
開催場所
岡崎市 図書館交流プラザ りぶら (〒444-0059 愛知県岡崎市康生通西4丁目71番地)

テーマ 「岡崎敬語調査を役立てる ―敬語の乱れと成人後採用―」 発表概要
司会 : 鑓水 兼貴

「東海地方の敬語の歴史と地理」彦坂 佳宣 (立命館大学)

この発表では,第三次までの岡崎敬語調査の前座として,伝統的な愛知県および西三河付近の尊敬語の模様を概観した。この地域は長く近畿の影響下にあり,近畿では江戸時代シャル・ナサル・アソバス類への変化があり,「お出でる」式もまじる。
これを今日の『方言文法全国地図』の「書く」敬語で見ると,上方はナサル出自のハルが盛ん,名古屋は「アソバス」出自のヤース,三河になるとシャル出自の (サ) ッセル,オ書キルなどがあり,そして東三河から遠州になると敬語形式が乏しくなる。愛知県付近を細かにみたデータでは,尾張に「書キャース」,西三河に「書カッセル」「オカキル」などが出る。上方のナサル類は美濃付近までで東進の様子は乏しい。こう見ると,岡崎付近は江戸時代上方語の初期の古いシャル,後期の「オ書キル」あたりが伝わり定着していた様子が分かる。
一方,直近の岡崎調査では,調査場面の関係もあろうが,「行かれる」などラレル敬語が盛んかつ万遍なく使われ,あまり多様な形式が出ない。共通語化やことばの使用法が平均化した印象が強い。都市化や職業・出身地の多様化などにより,伝統的な敬語ないし言語生活が大きく変化したことになる。

「岡崎敬語データの利用法」鑓水 兼貴 (国立国語研究所)

国立国語研究所では,1953年,1972年,2008年の3回にわたって愛知県岡崎市において,敬語に関する定点経年調査を実施した。なかでも提示場面での敬語使用を求めた「反応文項目」については,3回の調査ともほぼ共通な11場面において文レベルの敬語使用データが得られている。これにより55年間という長期間にわたる敬語使用の変化が観察できる。
この反応文項目の回答データのうち,仮名表記による回答データと,回答者の生年と性別の情報について,インターネット上で公開することになった。このデータを利用するためのツールの使用例を示しながら,岡崎敬語データの分析について解説した。
さらに現在,プロジェクトではこのデータを利用しやすくするために,形態素解析を適用した新しいデータベース化を行っている。その進捗状況の報告と,分析支援ツールの紹介を通じて,敬語データの経年変化に関する計量的分析の展望を述べた。

「岡崎市の変容と配慮言語行動」西尾 純二 (大阪府立大学)

岡崎市における敬語と敬語意識の調査は,発話レベルの対人的な言語行動の経年調査としては,世界に類を見ない規模を誇る。この調査結果を中心に,1953年から2008年の約半世紀の間における,岡崎市の人を気遣うことば使い (配慮言語行動) の変容を観察した。配慮言語行動の変容には,岡崎市や日本社会の対人関係のあり方の変容が関わっているはずである。とりわけ都市化に伴う対人関係の希薄化は,しばしば指摘されるところである。岡崎市では昭和中期以降,著しい人口増加はない。しかし,この地の配慮言語行動は,より他者を警戒し,画一化する方向に変容している。人口集中以外の要因が,配慮言語行動を変容させているのである。この発表では,その変容の要因と具体相の解明を試みた。

「岡崎敬語の成人後採用」井上 史雄 (国立国語研究所)

岡崎敬語調査3回の結果を「生年実年代グラフ」で図示したら,これまで見たことのない年齢パターンが現れた。ふつう年齢差から見て若い世代で減る現象は,のちに使用率が減るはずである。ところが岡崎で繰り返してみたら,調査のたびに前回のパターンに復帰する。「丁寧さの段階付け」の結果でも,「ていただく」でも,言い淀み「あのー」でも,回答文全体の長さでも,見られた。これらには相互関係がある。
「敬語をいつ身につけたか」の調査結果によると,学校,職場で身につけたとする人が多い。敬語は社会人としての成長につれ,熟練労働として身につく。若い人が敬語を使いこなせなくとも,成人後に敬語能力を伸ばせる。将来敬語が乱れるわけでもない。このような変化は,一度の調査の年齢差から知ることは難しい。年月を隔てた経年調査ではじめて把握できる。以上の岡崎敬語調査の結果により,日本語の大問題について,実践的な提言を行った。