「方言の形成過程解明のための全国方言調査」公開研究発表会 言語地理学フォーラム 概要

プロジェクト名,リーダー名
方言の形成過程解明のための全国方言調査 (略称 : 方言分布)
大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
共催
科研費 基盤研究A
「方言分布変化の詳細解明 ―変動実態の把握と理論の検証・構築―」
研究代表者 : 大西 拓一郎

人間文化研究機構 連携研究 「アジアにおける自然と文化の重層的関係の歴史的解明」
公募研究 「河川流域の自然・人間社会と方言の分布」
研究代表者 : 大西 拓一郎
開催期日
平成26年11月29日 (土) 13:30~15:30
平成26年11月30日 (日) 9:00~12:00
開催場所
富山大学 人文学部 6番教室 (五福キャンパス 〒930-8555 富山市五福3190)

発表概要

平成26年11月29日 (土) 13:30~15:30

「全国方言分布調査」データベースの分析支援鑓水 兼貴 (国立国語研究所 時空間変異研究系)

発表では「全国方言分布調査」データベースを利用するための支援ツールのあり方について,その開発の方向性について論じた。「全国方言分布調査」のデータベースは,調査期間終了直後からほぼ完全な状態で利用できる点で画期的である。しかし『日本言語地図』や『方言文法全国地図』,その他過去の調査資料などとの比較によって言語変化の研究を遂行する上で,データ分析の環境整備は不十分であり,現状で解決しているのは地図作成作業の機械化だけであると指摘した。
 発表者は地図作成の段階ごとに,(1) 言語地理学的調査データの標準化,(2) 回答語形表記の標準化,(3) 言語地図記号の標準化,(4) 語形統合作業の支援,(5) 過去の言語地図資料の電子化,(6) 言語地図項目のデータベース化,の6点を挙げ,これらについて,発表者が提案してきた支援ツールや電子フォーマットなどを紹介しつつ,現状の問題点と求められるツールについて考察した。

「大井川流域言語」経年調査からの中間報告太田 有多子 (椙山女学園大学 国際コミュニケーション学部)

現在行っている「静岡県大井川流域」の言語調査は,かつて静岡大学方言研究会が,1977年から1983年にかけて行った調査結果と比較するために,2012年より始めたものである。かつて,大井川流域では川に沿う道路が整備されておらず,人や物資は安倍川沿いに北上し,その支流から山越えをし,大井川中-上流域に入るいくつかのルートを盛んに利用した。大井川流域の交通の整備が進んだとはいえ,先の調査でも,大井川沿いに北上する伝播ばかりではなく,安倍川からその支流伝いに山越えして大井川上流域に広がったと思われる言葉の広がりがいくつかの項目で見られた。
今回は,1977-83年調査で安倍川とその支流からの影響と考えられる語形が,2012-13年調査において大井川流域でどのような広がりとなっているかに注目した。2014年調査の最上流域と最下流域の資料を含んでいないため,2012-13年調査資料のみを1977-83年調査資料と比較する形で中間報告した。

平成26年11月30日 (日) 9:00~12:00

新潟県における準体助詞の分布と変化―GAJとFPJDを比較して福嶋 秩子 (新潟県立大学 国際地域学部)

FPJD の新潟県調査で,準体助詞についてガの系統の形式とノの系統の形式の分布が見られ,後者よりも前者が古いこと,前者の中に gan から変化した多様な変種が存在することが明らかになった。gan の変種には,wan (イグヮンジャネーケー「行くんじゃないか」) ,母音に後接する an (イグアンデネーケァイ「行くんじゃないか」) ,子音に後接する an (イガンダベ「行くのだろう」) などがある。個別項目の地図化に加え,変種ごとの総合地図の作成を行うことにより,新潟県における準体助詞の変化を推定した。本発表では,GAJ の新潟県のデータについても同様の処理を行い,GAJ と FPJD の分布の比較を行うことにより,新潟県における準体助詞の変化の推定の検証を行った。

中国における河川と方言岩田 礼 (金沢大学 人文学類)

「川は人の交流をうながすとともに両岸の人の交流を阻む。このように川は相反する性格を持つ」という定義は国を問わず普遍的なものと思われる。
本発表では,まず江蘇省東北部を対象とした音韻地図2枚を取り上げ,南北を分かつ等音線が,ある小規模河川と一致すること,またこの河の流域一帯において伝播と変化をめぐる南北勢力のせめぎあいが過剰修正などの現象として顕現していることを指摘した。
発表の後半では,『漢語方言解釈地図』(2009,2012) 所収の全国地図から "長江型" 分布を示す語彙地図と音韻地図を取り上げ,長江下流域又は中流域で生起した変化が長江沿いに上流方向に伝播していく様相を観察した。音韻項目については,古い体系が変化を遂げた新しい体系に次々に置き換えられていくドミノ式伝播が想定されるが,すでに別の変化が起きた地点には伝播しない可能性を指摘した。また,しばしば長江の河道をそれて内陸部に向かって伝播していくパターンが見られるが,それは長江沿いの港町を起点とした経済圏の形成と古くから存在した幹線道路沿いの伝播ルートに因るものと考えられる。

伊那諏訪地方の同音衝突回避澤木 幹栄 (信州大学 人文学部)

『上伊那の方言』は馬瀬良雄が長野県の伊那および諏訪地方で行った言語地理学的調査にもとづくものである。
この調査は同音衝突の回避という現象をつよく意識して行われたものであり,馬瀬自身がこの現象をテーマとして論文を書いている。言語地図を調べてみると複数の項目で共通した語形が出現する (同音衝突を想定して項目を選定したと思われる) ことが,他の言語地図集に比べて非常に多い。
そこで,これらの項目で同音衝突の回避が実際に行われているかどうかを調べてみたところ,分布上きれいに住み分けをする形でそれが行われているケースが何例かあった。この住み分けは川の流域という観点からは上流と下流の対立であることが多い。左岸と右岸の (川をはさんだ) 対立は一例だけだった。
天竜川のような大きな川であっても,川の向こう岸が同じ言語圏であるというのは,まさに川が「隔てる」のではなく,「結ぶ」存在であることを示している。
同音衝突の類型として2例をあげて説明を行った。