「方言の形成過程解明のための全国方言調査」公開研究発表会 概要

プロジェクト名
方言の形成過程解明のための全国方言調査 (略称 : 方言分布)
リーダー名
大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
開催期日
平成26年7月6日 (日) 13:00~16:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

発表概要

時間と空間の中でのことばの動き大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系)

昔と今を比べればことばに違いがあることから,時間の中でことばに動きがあったことがわかる。一方,場所が異なれば,やはりことばの違い (方言) があることから,空間もことばの動きに関与しているはずである。相互の動きは無関係ではなく,基本は,時間の中での変化がすべての場所で一律には発生しないために,空間での差異が生まれるということにあると考えられる。それでは,どのように言語変化が発生して,それがどのように地理空間上の分布に反映されるのか。実時間上でこのことを検証する研究は,あまりに手間と時間を要するため実施されたことはほとんどなかった。現在,われわれのプロジェクトで行っている全国を対象とした分布調査や富山県庄川流域・長野県伊那諏訪地方など特定の地域を対象にした詳細な地点設定に基づく分布調査は,過去の調査・研究をベースに,その後の変化を考慮し組み立てて実行しているものであり,その結果から,言語変化と分布の動きを直接とらえることができる。
言語変化とその結果が具現化する方言分布の変動,ならびにそれがもたらす分布形成について,方言周圏論を含む先行研究も参照しながら理論化した。そしてその理論を,語彙・文法項目の調査結果をもとに実時間上の比較を通して具体的に検証し,構築した理論を実証するとともに,従来の考え方が拠り所とする「中心性」に関する疑問を提示した。

方言分布にみる経年変化 ―実時間比較と見かけ時間比較―岸江 信介 (徳島大学大学院 ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部)

日本列島中央部での方言の変化に関し,おもに地理的分布の視点から実時間上での比較のほか,見かけ時間上の比較を行い,経年による変化に焦点をあてた。
東西で対立するとされてきた,存在を表す動詞の諸形式,コピュラ形式 (断定の助動詞) ,否定形式(否定の助動詞) ,ウ音便・促音便等の対立の状況のほか,今回の全国分布調査で目立った結果を取り上げ, LAJ , GAJ との比較を通じて方言の変化・不変化の視点から考察した。東西方言の境界線の移動に関しては,さほど大きな動きは認められなかったが,注目すべき変化として,以下のような傾向が見られた。

  1. 関西中央部で拡大し続ける否定形式-ヘンが従来の東西方言の境界線を越え,東進する傾向が観察された。この傾向は,日本海側 (北陸地方) ではまったく見られず,太平洋側諸地域 (中部地方) において顕著である。
  2. 一方,東西方言の境界線に移動はなく,依然として維持されているが,西日本方言内で起きたジャ→ヤといった言語変化によって,かつてのジャの分布領域がほぼヤに塗り替えられたが,東西方言の対立として新たにヤとダが対立し,かつてのジャとダの境界線は引き続き,維持されていることが確認された。

実時間上での変化として,発表者が独自で行った老年層の通信調査結果を提示し,比較検討を行った。また,見かけ時間上の比較においては主に全国の大学生を対象に行ったアンケート調査の結果を示し,将来の方言分布の予想も交えながらどのような変化が現在進行しているかについて触れた。
実時間・見かけ時間という二つの角度からこれまでの言語調査の比較を通して,列島における方言変化の実態について述べた。