「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 (略称 : 東北アジア言語地域)
リーダー名
John WHITMAN (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)
開催期日
平成26年6月27日 (金) 9:00~16:30
開催場所
国立国語研究所 3階 セミナー室 (東京都立川市緑町10-2)

音韻再建班 26年度第1回研究発表会 発表概要

9:10-10:00「アイヌ語十勝方言における疑問表現のイントネーションについて」高橋 靖以 (北海道大学 アイヌ・先住民研究センター)

本発表では,アイヌ語十勝方言の疑問表現にみられるイントネーションについて調査データに基づく分析を提示した。特に疑問表現の文末イントネーションにおける上昇調タイプと下降調タイプの出現に関して詳細な検討をおこなった。さらにその結果を受けて他方言との比較をおこない,アイヌ語諸方言のイントネーションの類型的な把握を試みた。

10:00-10:50「アイヌ語の合成語のアクセントとその歴史的解釈」佐藤 知己 (北海道大学)

アイヌ語の合成語のアクセントは前部要素のアクセント優先の原則 (田村 1988) によって説明できるが,CVC語幹が母音で始まる語幹に合成される場合には,音節の再構成化が起こり,しかも第一音節にアクセントが置かれる事例と第二音節にアクセントが置かれる事例の両方がみられる。しかしながら,田村 (1996) を資料として分析してみると,この場合,第二音節のアクセントが優勢であり,これは前部要素優先の原則に反している。このような状況は,CV語幹が前部要素である場合との混同を避けるために類推によって新たに生じたものと歴史的には解釈できる可能性があることを指摘した。さらに,類推に従わず,前部要素のアクセントが保持されている事例の中には,未知の音 (一種のわたり音か) の存在を暗示するような例がみられ,最近新たに発見された古文献にもその反映とも見られる事例が記録されていることを報告した。CVC語幹の分析に不可欠な声門閉鎖音の取り扱いに関しても触れた。

10:50-11:00休憩

11:00-12:00"Reversing the tonal value of the Middle Japanese tone dots: From the viewpoint of the modern dialects and the Middle Japanese tone descriptions"Elisabeth de BOER (ライデン大学)

In my presentation I will give an overview of what the historical developments in the Japanese tone system look like when the interpretation of the tone dot material from the 11th to 13th c. is reversed, in accordance with the ideas of S.R. Ramsey (first proposed in 1979). I will concentrate on the larger dialects of Mainland Japan, but if time permits I will also give attention to a number of smaller sub-types that show interesting features.

An important issue is, whether a reversed interpretation of the tone dot material is possible, looking at descriptions of the tones by Buddhist monks from the time when the tone dot material was produced.
In the second part of my talk, I will therefore address the Buddhist tone theories in Japan. They developed from the 9th century on, and flourished during the 12th and 13th centuries. I will concentrate on this period, as this is also the period when the most important tone dot material was produced.

12:00-12:30一般討論

12:30-13:30休憩

13:30-14:20「能登島諸方言におけるアクセント変化 ―「東西両アクセントの違いができるまで」再論―」平子 達也 (日本学術振興会 / 九州大学)

「東京式アクセント」が「京阪式アクセント」から生じたというのは金田一 (1954) 以来の通説である。本発表では,服部 (1976: 37) が「そういう可能性があるということを言い得たまでで,そうに違いないという証明にはなっていない」とした金田一 (1954) の欠を補うべく,金田一が想定した種々のアクセント変化のうち「語頭隆起」と呼ばれる変化が実際に能登島諸方言で起こったと考えられることを当該方言内における動詞アクセントの形態音韻論的交替と句レベルでの音調実現をもとにして主張した。さらに「語頭の隆起」の後の変化についても,能登島諸方言のアクセントが東京式と京阪式とを結ぶ変化モデルとなることを明らかにした。

14:20-15:10「奄美諸方言の複合名詞アクセント」上野 善道 (国立国語研究所)

奄美群島の3方言を対象に,その複合名詞アクセントを取り上げて報告した。特に,前部要素のアクセント特徴が複合語全体において保存されるか否かの,広義の「式保存」の有無に焦点を当てた。

  1. 与論島東区方言。短い和語を中心とする伝統的な方言複合語においては無核 / 有核の式保存に例外がいろいろ出るのに対し,漢語を中心とする生産性の高い複合語では式保存が守られるという違いが見られた。
  2. 徳之島浅間方言。伝統的な複合語では高起 / 低起の式保存にいくつか例外があるのに対して,生産的な複合語では例外が見られなかった。
  3. 喜界島中里方言。伝統的な複合語でもα (語声調) / β (核) の式保存がほとんど守られずβとなる方が優勢であり,生産的な複合語では前部要素と無関係にすべてβに統一されることが明らかになった。

15:10-15:20休憩

15:20-16:10"The accent and phonological system of Proto-Korean" (朝鮮語祖語におけるアクセントと音韻体系)伊藤 智ゆき (東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所)

In this presentation, we analyze the accent and phonotactics of Middle Korean (MK) native simplex nouns and provide the hypothesis of the phonological system of Proto-Korean. Our major findings are as follows:

  1. Proto-Korean had /*ї/, a counterpart of /i/, in its vowel harmony system. In MK, /*ї/ appears as /jə/.
  2. Consonant clusters resulted from weak vowel syncope (Ramsey 1986, 1991, Whitman 1994), which is confirmed by the segmental distribution of disyllabic nouns.
  3. The monosyllabic High class is divided into two subcategories (H-a and H-b). These two classes as well as the Low and Rise classes correlated with the segmental shapes.
  4. Among native monosyllabic nouns, only the H-b class originally consisted of monosyllabic stems.
  5. It is assumed that native nouns in Proto-Korean did not have a distinctive pitch accent. A default final accent was assigned for each stem (Ramsey 1986, 1991, 2001).
  6. MK (as well as Proto-Korean) had a right-to-left iambic accent system. The unaccented class had a floating H tone underlyingly.

We also discuss the phonotactic patterns of verbal stems in MK and compare them with the nominal stems. A possible hypothesis about the different default accents between monosyllabic nouns and verbs is raised to explain the related phenomena.

16:10-16:30一般討論