「日本語の大規模経年調査に関する総合的研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本語の大規模経年調査に関する総合的研究
リーダー名
井上 史雄 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教授)
開催期日
平成26年3月18日 (火) 10:00~17:50
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

ことばの使い分けの100年間 ―鶴岡調査と岡崎調査の社会言語学的新知見― 発表概要

「第4回鶴岡調査 ―20年間隔4回の調査で分かったこと―」阿部 貴人,米田 正人,前田 忠彦

国立国語研究所は,山形県鶴岡市において,1950年から約20年間隔で4回の言語調査を実施してきた。60年間にわたる調査研究から,方言と共通語の関係を切り口として,言語変化に関わるメカニズムとプロセスを解明することを目指している。
本発表では,2011年に実施した第4回鶴岡調査の調査報告を中心に,60年間の調査で明らかになったことの一部を報告した。鶴岡調査が特に注目してきた単音・アクセントの変化を取りあげ,各項目のプロセスを紹介し,言語変化に共通する普遍的なプロセスの存在について議論した。

「鶴岡方言における俚言のアクセント ―馴染み度との関係に着目して―」佐藤 亮一,米田 正人,阿部 貴人,水野 義道,佐藤 和之

鶴岡の発展的調査ではさまざまな調査をおこなったが,その一部を発表した。
山形県鶴岡市で,高年層・中年層合計50名を対象に,81語の俚言について,それぞれの俚言のアクセント型の個人差の実態,および,俚言の馴染み度とアクセント型との関係を見ることを目的とする調査を行った。
調査に当たって,「馴染み度が大きい俚言はアクセント型の個人差が小さく,馴染み度が小さい俚言はアクセント型の個人差が大きい」という仮説を立てた。
調査結果を分析したところ,例外はあるものの,おおむね仮説に合う結果が得られた。また,例外に関しては,その要因分析をおこない,多くの場合,庄内方言におけるアクセントの基本型が影響していることを明らかにした。そして,俚言の衰退が進むにつれて,将来は基本型への集中度が大きくなり,個人差は小さくなるとの予測を述べた。

「社会言語学の枠組みと岡崎敬語」井上 史雄

ここでは,国立国語研究所がこれまで半世紀以上にわたって継続した岡崎敬語調査を中心に報告する。現代の社会言語学の分析レベルには,言語・方言・敬語などがある。国立国語研究所がこれまで半世紀以上にわたって継続した調査のうち日本語観国際センサス,鶴岡共通語化調査,岡崎敬語調査は,上の分析レベルに対応する。また社会言語学の研究領域は変異と談話に分けることができるが,岡崎敬語調査は,反応文が文字化されているので,変異研究と談話研究の架け橋として,重要な位置を占める。
岡崎の「ていただく」の増加については,すでに発表した。岡崎敬語の「丁寧さ」のレベルについて,第3次調査の結果を入れることによって,大きな変化傾向を把握することができた。3回の調査結果を「生年による絶対年代移動法」で図示した結果,第3次調査で丁寧さが大幅に増加した。また「成人後習得」late adoptionが丁寧さでも認められた。これは実時間real timeによる。一方,3回の調査すべてで,世代差という見かけの時間apparent timeで,中年層以上が丁寧で,若年層はぶっきらぼうという傾向が見られた。
場面差を手がかりにした使い分け原理としては,かつては社会的地位が作用したが,第3次調査では心理的優劣関係が働く。これは社会全体の敬語使用意識と結びつき,さらには人間関係の把握にも結び付くと考えられる。Sapir-Whorfの仮説が,社会言語学的事象にもあてはまる例となりうる。
岡崎データは他にも多様な分析を許す。すでに各種データが公開されたが,さらに,漢字かな混じりデータも公開される。助詞,縮約形などの分析が進行中で,まもなく資料集と刊行される。多くの研究者の参加を待つ。

「岡崎敬語調査反応文の形態素解析」鑓水 兼貴

岡崎敬語調査の反応文回答に形態素情報を付与し,方言談話コーパスとして利用する可能性について考察した。発表では,反応文回答に対して形態素解析処理を行う概要と利用の展望について述べた。
反応文回答は第3回調査のデータ整備の際に,第1回,第2回についても再整備され,すべての回答を電子データとして一括利用できるようになった。このためプロジェクトでは,反応文回答を「経年談話データ」ととらえ,敬語以外の言語現象についても分析を行っている。
形態素解析を行うためには,現状のカタカナ表記のデータでは処理に適さない。そこで表記を漢字かな交じり文に変換したのち,形態素解析エンジンMeCabにて処理を行った。
辞書には国立国語研究所の短単位によるUniDicを利用し,辞書への情報追加や,手作業の表記修正を経て,形態素解析データを作成した。また,データを利用しやすくするために,専用の検索システムも提供する予定である。
発表では,形態素解析の手順の解説と,検索システムの試作版の実演を行った。
形態素情報が付与されることで,品詞からの検索も可能となり,既存の方言資料の活用という点でも新しい手法を提供することになる。様々な角度からの研究に応用することが期待される。議論では,方言形の形態素解析や検索プログラムの仕様に関して,多くの意見が交わされた。

「岡崎における敬語の「丁寧さ」と「てる」の増加」柳村 裕

岡崎敬語の「丁寧さ」のレベルについて,第3次調査の結果を加えることで明らかになった敬語の大きな変化傾向と,丁寧さと関連する「てる」の使用数の変化を報告した。丁寧さが3回の調査を通して数十年にわたって増加し,特に第3次調査で大幅に増加したことが分かった。1940年代前後に生まれた人たちは,3度の調査の対象になったが,半世紀経って丁寧さを増やしている。「成人後習得」late adoptionが丁寧さでも認められた。これは実時間real timeによる。一方,3回の調査すべてで,世代差という見かけの時間apparent timeで,中年層以上が丁寧で,若年層はぶっきらぼうという傾向が見られる。また,場面による使い分けについては,かつては話し相手との身分・階層関係から説明できたが,依頼関係の有無という個人間の心理的優劣関係に左右されるようになってきたことが読み取れた。
次に,丁寧さと関わりのある現象として,岡崎における「てる」の使用数の分析結果を報告した。動詞のテ形+補助動詞「いる」から成る「ている」の縮約形「てる」について,その使用数の変化と丁寧さとの関係を検討した。その結果,調査次が進むに従って「てる」の使用が増えること,そして,丁寧さが低い場面ほど「てる」の使用が増えることが分かった。

「岡崎敬語調査における条件表現「と」「たら」「なら」「ば」の分析」丁 美貞

岡崎敬語調査の反応文資料は様々な観点から分析できる。その一例として,日本語学の観点から条件表現について発表した。また,条件表現と丁寧さのレベルとを比較した結果を述べた。
岡崎敬語調査の反応文資料について,条件表現の「と」「たら」「なら」「ば」の4種類の使用数を数え分析した。調査次,生年,場面,性別などの要因・変数ごとに集計,比較した。使用数が一番多かったのは「たら」であるが,調査次が進むにしたがって使用数が減っていた。「ば」は2次調査から増えている。「と」と「なら」は2次調査まで増えたが,3次調査では減っている。「なら」は使用度数が少なかった為,今回の発表では外すことにした。
今回の分析では,条件表現の種類による違いは分析していなかった (例えば,仮定条件・確定条件など) 。また,場面によって条件表現の使用頻度は異なり,全く使用していない場面もあった為,今後は条件表現の種類及び,一番多く使われていた道教え・議事堂・傘貸し場面だけに絞って,丁寧さ3段階と比較分析を行う予定である。