「方言の形成過程解明のための全国方言調査」研究発表会 概要
- プロジェクト名
- 方言の形成過程解明のための全国方言調査 (略称 : 方言分布)
- リーダー名
- 大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
- 開催期日
- 平成25年12月21日 (土) 13:00~16:00
- 開催場所
- コラッセふくしま 4階多目的ホール (〒960-8053 福島県福島市三河南町1-20)
公開研究発表会 (シンポジウム) 全体テーマ「東北方言の特徴と形成」 発表概要
指定討論者 : 日高 水穂(関西大学)
発表1東北地方の方言伝播 ―見かけ時間データを手がかりにして―半沢 康 (福島大学)
本発表では仙台を中心とする東北地方南部の方言伝播事例として「ものもらい」を意味するバカ,副詞「もう」に対応するハーを取り上げ,その分布領域の変動を見かけ時間データをも活用して論じた。
バカについてはLAJ期からの分布拡大はほとんど見られないものの,宮城県南部で50年間にノメ>バカへの交替が起きたことが確認できた。県北部にくらべて南部への広がりが遅いことから,バカが中心地仙台よりも北部から広まった可能性も考えられる。ロジスティック回帰分析によるグロットグラムデータの分析では「仙台発祥モデル」よりも「仙台北部発祥モデル」のほうが実測データをよく説明する。
副詞ハヤに由来するハーについては,プロジェクトデータおよびグロットグラム,多人数データより,宮城県を中心に文末詞的なハーが周囲へ広がり,最近まで伝播が続いていた様相を確認した。宮城県内ではハーはさらにワへと変化し,文末詞化がより進行している。東北地方において,受容した中央語を独自に変化させた「方言の再生」(小林隆2008「方言形成における中央語の再生」『シリーズ方言学1 方言の形成』)にあたる事例と考えられ,その変化の過程が地理的な分布に反映されている。
発表2東北地方と首都圏の方言的連続性鑓水 兼貴 (国語研究所)
東北地方は方言と共通語の使い分けが積極的に行われる地域である。首都圏は共通語使用意識が高く,北関東では方言・共通語ともに曖昧な状態にあることから,東北地方と首都圏の関係を考えるときは,北関東との連続性でみることが重要である。
共通語や東京の新方言形の使用率をみると,南東北ほど普及しており,日常場面への首都圏の言語の流入していることがわかる。そこで北関東で使用されている新方言形の首都圏・南東北での普及状況をみてみると,栃木県から地を這う伝播によって福島県に入る語もあるが,東京都と栃木県とで異なる新方言形がある場合は,栃木県の語形は入らずに,東京都から直接伝播することがある。
このときの東京都とは山の手~多摩東部地域を差し,この地域で使用される語形が広範囲に普及し,東北地方にも伝播するようである。一方で,言語意識の調査において,方言使用に対して好意的な回答をしたのは,東京都下町地域から埼玉県にかけてであった。首都圏と東北方言の関係を連続的にとらえる場合は,東京都の下町地域からみる必要があると思われる。
発表3東北方言音声の変化の諸相大橋 純一 (秋田大学)
東北方言では歴史的な古音をはじめ,旧来の方言音声が急速に失われつつある。しかし当方言でそうした変化を問題にしようとする場合,“有か無か”という択一的な観点ではその実相に迫れないものがある。ひとつは変化の過程に段階的な諸相が存在するもの,またひとつは現象自体は変わらずに有るがそれの生成の理屈が相違するものである。本発表ではその各々の実態と意味について,前者に関しては「ハ行唇音」の痕跡の様相をもとに,後者に関しては「連母音融合化」にみられる世代差の様相をもとに検討し,主に次のことを論じた。
①「ハ行唇音」の痕跡を口形分析に即して見ると,聴覚的には分別されないものの中に諸種の口唇形状を示すものがある。それらは当音の衰退過程における段階的特徴を示唆するものと考えられる。
②「連母音融合化」が連母音相互の干渉に由来するもの (上位年層) から一律的な別音への置き換えによるもの (下位年層) へと推移しつつある。当事象は現象がより単純化・規則化されて若い世代へと通じている。
③東北方言音声の変化は,その事象の特質に即した分析を志向することで,単に消えていく (あるいは持続していく) 対象として捉えられるばかりではなく,むしろこれまでの盲点を補うべく,新見の得られることが期待できる。
発表4東北方言の特質と形成に関する試論小林隆 (東北大学)
方言の地域差についての研究は,従来,狭い意味での形や意味,あるいは文法と呼ばれるものを取り扱ってきた。しかし,そのような範疇を超えて,ものごとをどのように表現するかという,そもそもの考え方の面にも地域差が認められる。そのような,言葉を操る考え方のことを発表者は「言語的発想法」と呼び,これまで表現法や言語行動など言語の運用面の観察から,言語化,定型化,分析化,加工化,客観化,配慮化,演出化という7つの発想法を抽出してきた。これらの発想法から見た場合,東北方言は対極にある近畿方言とは対照的に,いずれの発想法も不活発であるという特徴が見て取れる。それは東北方言が制度化された言語への依存度が低いことや,自己と話し手とが未分化であることに起因しており,同時に,現場や経験を重視する高文脈型の言語としての性格が顕著であるためでもある。一方,こうした面の裏返しとして,感動詞やオノマトペなどの発達に見られるように,感性の言語としての特質も有している。東北方言のこれらの特質は,この地域における社会構造のありかたを背景に形成されたと考えられる。