「言語の普遍性及び多様性を司る生得的制約:日本語獲得に基づく実証的研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
言語の普遍性及び多様性を司る生得的制約:日本語獲得に基づく実証的研究 (略称 : 日本語獲得研究)
リーダー名
村杉 (斎藤) 恵子 (南山大学 教授)
開催期日
平成25年12月21日 (土) 13:00~17:30
平成25年12月22日 (日) 10:00~16:00
開催場所
国立国語研究所 3階 セミナー室

発表概要

12月21日 (土)

13:00-14:00日本語における補文分類に関するノート藤井 友比呂 (横浜国立大学)

補文化 (complementation) は,言語理論において,選択,節の内部構成,統語的な抜き出しの可否など言語理論の中心的な話題に関わる過程である.本発表では,日本語のト節,ノ節,コト節のような従属節について,Kuno1973,Nakau 1973,Josephs 1976, 斎藤2013などで得られた研究成果を吟味しながら,いくつか補文の分類基準を検討した。

14:00-14:50日本語における2種類の状態派生について多田 浩章 (福岡大学)

関係節の「-タ」形と「-ル」形の違いであらわれる対照的な2種類の状態述語の意味をそれぞれ派生するメカニズムを考察した。本発表では,擬態語動詞や数量詞的状態記述などであらわれる同種の対照的現象の分析へと拡張させる新たな提案を行った。

15:00-15:50付加詞と日本語の階層構造岸本 秀樹 (神戸大学)

いくつかの種類の付加詞が現れる環境から,日本語の節構造の階層 (投射の構造) について考察した。付加詞はそれが修飾する投射がないと生起が認可されないということを論じた。言語獲得研究への応用に関する示唆も行った。

15:50-16:50N’削除の比較統語論宮本 陽一 (大阪大学)

本研究は,普遍文法を仮定する立場から,項のみならず付加詞がN’削除を認可するか否かに焦点を当て,N’削除に関わるメカニズムならびに名詞句構造の解明を目指してきた。本発表では,発表者のここ数年間の研究成果を概観した。日本語において付加詞によるN’削除が可能か否かについては,意見の分かれるところである。本発表では,付加詞によって当該削除が認可されているように思われる日本語の事例を,中国語,トルコ語等のデータとの比較を通して,詳細に検討した。最終的に,N’削除は項によってのみ認可されるとするSaito and Murasugi (1990) の主張を支持する。

16:50-17:30統語研究の成果と今後の方向性について瀧田 健介 (三重大学)

本プロジェクト研究成果について,現在の統語理論の発展と記述的研究の成果に鑑みながら,今後の言語理論研究と言語獲得研究の方向性について考察した。

12月22日 (日)

10:00-11:00項省略の比較統語論高橋 大厚 (東北大学)

本研究は普遍文法を仮定する立場から,主語や目的語などの文中で項として機能する要素の省略について存在する言語間差異に焦点を当て,その違いを生じるメカニズムの解明を目指している。本発表は,発表者が最近数年間,特に今回の助成金の補助を受けてきた2,3年の間に行った研究を概観した。当該省略現象は項が機能範疇と一致をしない場合に可能であるという仮説の論拠や一見反例と思われる事例を,様々な言語から採られたデータを見ながら考察しその妥当性を論じた。また,そのような項省略と一致の関係を捉えることができる削除に基づく分析を提示した。

11:00-11:30言語の普遍性及び多様性を司る生得的制約村杉 恵子 (南山大学)

現代言語理論では,母語獲得は,生後取り込まれる言語経験と,ヒトに遺伝により生得的に与えられた言語獲得機構との相互作用により達成されると仮定されている。この言語獲得機構は, (i) 全ての言語が満たすべき普遍的制約と,(ii) 可能な言語間変異を定める制約からなると考えられているが,これらの制約の存在に関する母語獲得からの検討は,これまで主に欧米の言語を対象とした研究に限られている。 本発表では,日本語獲得から言語獲得理論へ,さらに言語理論への貢献をめざした共同研究プロジェクトの内容を概観した。

13:00-14:00Minimality for Merge高野 祐二 (金城学院大学)

本発表では,remnant movementに見られる制約のうち,「適正束縛条件効果」と呼ばれる現象に焦点を当て,それを統語派生の観点から説明する分析について検討する。90年代にMuellerとTakanoによって提示された一般化を説明する理論的メカニズムとして,最小性が併合に課されることを提案し,その分析の理論的および経験的帰結を検討した。

14:00-15:00日本語wh句の不定演算子分析斎藤 衛 (南山大学)

Kuroda (1965) が不定代名詞 (indeterminate pronoun) と呼ぶ「だれ,何,どこ」のような要素については,様々な分析が提示されてきた。これらの要素は,(1)-(2) が示すように,付随する小辞により異なる解釈を受ける。
(1) [CP [TP 太郎が 何を 食べた] ] 教えてください (wh)
(2) [DP [NP [TP 何を 食べた] 人] ] 満足した (∀)
Lasnik and Saito (1984) やTakita and Yang (2010) は,疑問文に表れる不定代名詞を,非顕在的に移動するwh演算子であるとする。これに対して,Nishigauchi (1990) 等は,小辞による非選択的束縛分析を提案する。より最近の分析としては,小辞が不定代名詞とともに生成され,表層の位置に移動するとするものがある。疑問文についてはMaki (1995) やHagstrom (1998),全称数量詞の解釈についてはTakahashi (2002) がこれを提案している。
本論では,疑問文における不定代名詞の非顕在的移動分析を一般化し,全称数量詞の解釈にも適用する。まず,Nishigauchi (1990) において示唆されているように,不定代名詞を具体的な意味素性を欠く演算子 (unvalued operator) として捉え,小辞により意味素性を与値されるものとする。その上で,素性の与値を必要とする機能範疇がDPを探索するように,不定代名詞は小辞を領域に含む位置に非顕在的に移動することにより,小辞を探索し意味素性を与値されることを提案する。「か」は疑問詞 (wh),「も」は全称数量詞 (∀) の意味素性を不定代名詞に与える。この分析により,非選択的束縛分析,小辞移動分析において生じる問題が解決され,さらに不定代名詞と小辞の間に観察される局所性が,Rizzi (2010) のcriterial freezing により説明されることを示した。

15:00-16:00日本語獲得と普遍文法:wh疑問文と削除現象を中心に杉崎 鉱司 (三重大学)

普遍文法 (UG) に基づく母語獲得研究は,UGの「原理」及び「変数」それぞれに対する具体的な理論的提案に基づき,それらの提案と実際の母語獲得とをつなぐ仮説を立てることにより,そこから導かれる予測の検討を通して幼児の持つ母語知識の本質を明らかにするとともに,言語理論研究との有機的な関係を築きあげてきた。本発表では,理論研究の最も進んでいる言語のひとつである日本語を取り上げ,特にwh疑問文と削除現象に焦点を当て,言語理論研究と母語獲得研究がどのように関わりうるかを検討した。