「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」研究発表会 概要
- プロジェクト名
- 日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 (略称 : 東北アジア言語地域)
- リーダー名
- John WHITMAN (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)
- 開催期日
- 平成25年11月16日 (土) 13:00~17:30
- 開催場所
- 筑波大学 総合研究棟A棟公開講義室 茨城県つくば市天王台1-1-1
形態統語論班 平成25年度 第1回 研究発表会 発表概要
日本語方言における連体・終止合流の諸相佐々木 冠 (札幌学院大学 教授)
日本語諸方言は用言における連体形と終止形の合流に関して多様性を呈する。標準語と同様に形容動詞とコピュラで連体形と終止形が形態的に対立している方言でも,連体形が用いられる統語的な環境は方言によって異なる。
Onishi (2012)はノダ文に相当する構文で述部に準体助詞ノが用いられない方言について,コピュラに先行する部分が動名詞であるとする分析を提案した。この提案で分析対象となった方言は標準語と同様に形容動詞とコピュラでのみ連体形と終止形の区別が残存する方言である。この分析には二つの問題がある。第一に,コピュラに先行する位置に形容動詞やコピュラが来る際に連体形ではなく終止形をとる点である。古典語の連体形にあった名詞形成機能を継承しているというのであれば,連体形が現れることが期待されるにも関わらず。また,主格・属格交替が許されないことから,コピュラに先行する部分が統語的に名詞的ではない点も動名詞分析にとって問題となる。
この発表では,茨城県神栖市波崎の方言データを用いて,ノが用いられないノダ文の述部は,コピュラの選択制限の緩和の結果であるとする分析を示した。また,古典語の連体形にあった名詞形成機能と名詞修飾機能のうち,名詞修飾機能だけが生き残ったとする分析を提案した。この分析は,ノダ文の述部や接続助詞の一部になったノに先行する部分といった名詞修飾以外の環境で連体形が終止形に置き換わっている事実から支持される。
名詞化と分詞―現代英語の過去分詞 -ed/-enの観点から中澤 良太 (筑波大学 大学院生),柳田 優子 (筑波大学 教授)
名詞化と分詞はともに脱動詞範疇(deverbal category)を形成する。チュルク諸語,その他の東北アジアの多くの言語では,名詞化節に表れる名詞化接辞は分詞機能をもつことが知られている。本発表では,名詞化と分詞はどのような関係にあるのかという問題を,現代英語の過去分詞の形態的,統語的特徴に焦点をあてて見て行く。名詞化の類型は,名詞素性が導入される統語的位置(C, Aspect, vなど)により決まると言われている(Kornfilt and Whitman 2011)。本研究では,英語の分詞を通時的,共時的観点から検討し,分詞の名詞修飾機能は,中間投射のAspectPを範疇にもつ名詞化構造から二次的に派生されると提案する。
コリャーク語における名詞化:名詞化接尾辞-giNEn, -jon, -jolqElを中心に呉 人惠 (富山大学 教授)
本発表では,コリャーク語の動作名詞を派生する -giNEn と動作主・被動作主名詞を派生する -jolqElを取り上げた。これらの接辞による語は,格標示に制限はあるものの名詞項としてふるまう一方で,名詞節述語あるいは名詞修飾節述語の主語,さらには主節の述語としても用いられ,義務や予定といったモーダルな意味を表わす。また,名詞項,名詞節述語,名詞修飾節述語,主節述語の順に,形態的にも統語的にも名詞らしさが失われ,動詞らしさが増大することが観察される。本稿では,このような段階的な移行のありさまを詳細に観察し,その形態的・統語的特徴を明らかにした。
中期朝鮮語と朝鮮語の一方言の延辺語における主格・属格交替について金 銀姫 (横浜国立大学 大学院生)
本発表では,現代朝鮮語には主格・属格交替が許されない (Sohn (2004) ) ことに対して,中期朝鮮語の主格・属格交替現象 (Jang (1995)) があることを紹介し,中期朝鮮語には他動詞制約がないことについて議論した。更に,延辺語については, Jin & Maki (2013)を基に人称代名詞のピッチアクセントによる主格・属格交替現象について議論し,属格主語が許される構文について中期朝鮮語と比較を行った。
統語機能から見たチュルク諸語の動詞屈折形式江畑 冬生 (新潟大学 准教授)
本発表では,チュルク諸語の動詞屈折形式をその統語機能から考察した。特に,チュルク諸語の下位分類では北東グループに属するサハ語およびトゥバ語についての考察が中心である。
チュルク諸語においては,ある動詞語尾が付加されて形成される屈折形式が複数の統語機能 (主節・連体節・名詞節) を兼ねることがしばしばある。ほとんどすべてのチュルク諸語に共通して存在する動詞語尾-diによる形式 (主として体験過去を表す) は,もっぱら主節でのみ用いられるという点でむしろ例外的である。Old Turkicにおいては,接尾辞-gan (過去) や接尾辞-(y)ar (アオリスト) による形式が主節・連体節・名詞節のいずれにおいても機能する。いわば1つの形式が統語的にpolyfunctionalである。現代チュルク語の形式のうちトゥバ語もやはりpolyfunctionalであり,接尾辞-ganや接尾辞-(a)rによる形式が,OTと同様,統語的にpolyfunctionalである。トルコ語ではこのpolyfunctionalityが部分的に失われた。接尾辞-(y)an (OTの-ganに対応) による形式は主節での働きを失い,接尾辞-(a)rによる形式は名詞節述語の機能を失った。一方で接尾辞-ma(k)が付加された形式は,もっぱら名詞節として機能する。サハ語では,動詞語尾の形式こそ同一または類似するが,統語機能の違いが人称・数の標示などの形態的振る舞いの違いに反映している。
チュルク諸語の動詞屈折形式のpolyfunctionalityは,次の2点と関連するかもしれない。すなわち,OTにおいて名詞述語文と動詞述語文が不分明であること,そしてチュルク諸語ではいわゆる形容詞もpolyfunctionalである (名詞句・連体修飾句・副詞句として用いられる) ことである。